『AVA』プレイヤーが東大の実験に協力、そしてDeToNatorはマルチゲーミングチームへ

公開日時:2014-09-13 00:00:00

 オンラインゲームとの接しかたは人それぞれだ。

 娯楽として遊ぶ人もいれば、スポーツ(e-Sports)として真剣に取り組む人もいる。僕は“オンラインゲーム=使いかたの自由なおもちゃ”だと思っている。

 なかには学術的な研究対象にする人だっている。2013年11月頃、東京大学大学院の情報学環・馬場章研究室で、ゲームを使った研究が行われていた(※現在は終了)。

 何やら面白そうだったので取材させてもらったのだけど、諸事情で記事の掲載を見送ることに。

 待つこと数ヵ月。「掲載しても大丈夫になりました」と連絡をいただいた。ちょうどバタバタしていたタイミングだったので寝かせておいたのだけど、少し落ち着いたので公開します。

(当時の原稿をほぼそのまま載せているので、やや時系列がおかしい部分があるけどスルーしてください)

★ここから当時の原稿です

 件の実験は、オンラインFPS『Alliance of Variant Arms』(以下、AVA)とRTS『StarCraft II』のプレイヤーを対象に行われている。PCを使ったテストを行い、認知機能について新たな見識を抽出するのだと言う。

 認知機能? 新たな見識? よく分からないけど興味はある。知人の『AVA』プレイヤーに「誰か応募してみてー」と呼びかけたら何人か参加することになったので、僕もついていった。

★認知機能って何ですか?

 東大。日本の頭脳が集まる場所。ここで勉学に励む若者たちは、きっと日本の将来を背負って立つのだろう。ぜひたくさん稼いでたくさん納税して、僕の年金生活を支えてほしい。

※東大に入れたことがうれしかったので、その晩、母に「今日、東大に行ってきたんだよ」とメールした。母は「すごいね!」と喜んでいました。

Lia9tx6Iy9ba9RZTp8eBLZ94N3z7Ds3o

▲被験者のトンピ?くん(左)と実験者の吉川真人さん(右)。トンピ?くんはアレルギーで鼻がずるずるだったのでマスク着用。

 神経心理学を専攻する吉川さんはゲームに関する研究をしている。“CEDEC 2013”では“デジタルゲームが人の認知機能に与える影響”というテーマで講演を行った。認知機能とは、理解、判断、論理といった知的機能のことで、現在はゲームによって改善する傾向にあるという説が有力みたいだ。

ユースケ「ゲームを使った研究はたまに話題になりますが、FPSやRTSって題材としてメジャーなんですか?」

吉川さん「日本ではRTSというジャンルそのものの知名度は低いですけど、RTSを使った認知機能研究は海外ですごく注目されているんです。教育分野に導入されたり、年配の方の認知機能のリハビリに効果的と言われているくらいです」

 『AVA』と『StarCraft II』を使う理由がよくわからなかったのだけど、話を聞いたら何となく理解できた。FPSもRTSと同じく思考能力や反射神経が重要だし、日本ではRTSよりもメジャーなジャンルなので、協力者を集めやすいというメリットがあるのだろう。

OnHrNty3mawI12oG2WidEH1ncyG946WB

▲今回の実験に使うのはノートPCのみ。ケーブルをつないだヘッドセットとか仰々しいのはなし。

ユースケ「今回の実験は、その認知機能研究とは違うんですか?」

吉川さん「今回はおもに高次の認知機能である“遂行機能”が対象です。遂行機能は前頭前野が司る機能なんですけど、社会的な能力と関係しているという仮説が強まっているんです」

ユースケ「社会的な能力と言うと?」

吉川さん「段取りをしたり、目標を立てて筋道に添ってスケジュールをこなしていく能力のことです。一般的に“問題解決力”と言われていますね」

 ほうほう。たしかに、やることが多くて行動順が勝敗に直結するRTSのプレイヤーは、物事を効率的にこなすのがうまそうだ。

 FPSもRTSも、トッププレイヤーともなれば相手がつぎに起こすアクションを想定するのは当たり前。不意の出来事にも最小限の労力で対応できるから、彼らは強いのだ。

 ただし、吉川さんが“仮説が強まっている”と言うように、遂行機能と社会的能力の因果関係はまだはっきりしていないのだそうだ。それは脳科学の領域だと言う。

 将来的に遂行機能と社会的能力が明確に関係していることがわかり、しかもゲームで遂行機能が高められるとなれば、ゲームの地位は間違いなく向上する。吉川さんはいまからその筋道を作っていきたいと言っていた。目標が高尚過ぎて震える。

吉川さん「ゲームを使った研究は盛んなんですが、熟達者が対象となると海外でも進んでいないんです。ゲームをしない人とする人(初~中級者レベル)の違いを扱ったものは多いんですけどね。今回はプレイ経験や競技経験が果たして認知機能にどう影響しているかを調査できればなと」

SL5xm7s1VU3Jy5Yvn78ruwsHw68TA6Vq

▲実験時のイメージ。

 今回は細かく条件を提示して、被験者を初級者、中級者、上級者の3段階に分けている。『AVA』を例に挙げると、

【初級者】
“AVA公式大会”に参加したことがない。または参加したことはあるが勝利した経験はない。

【中級者】
“AVA公式大会”に参加し、予選で勝利を上げたことはあるが予選ブロックを突破した経験はない。

【上級者】
“AVA公式大会”に参加し、予選ブロックを突破し決勝トーナメント以降(またはベスト8以上)まで残った経験がある。

 こんな感じだ。上級者区分の人はそもそも人数が少ないから集まりが悪そうだが、意外と初級者の応募のほうが少ないらしい。

吉川さん「とくに『StarCraft II』の初級者は集めにくかったです。『StarCraft II』好きの人はしっかりプレイしている人が多いので」

 洋ゲー系が好きな人に初心者は少ないということか。そういうイメージはたしかにある。

吉川さん「遂行機能の研究は、ようやく海外で本腰を入れられ始めた分野なんです。日本でもそのうち流れは来ると思いますね」

 被験者の募集を開始したとき、最初はあまり応募がなかったので、吉川さんは『AVA』のオフラインイベントに足を運んで研究への協力を呼びかけた。

 なぜ、わざわざ苦労してまで不明確なことをやるのか。それは、“学問や研究の世界では新しい実験をやることに意義がある”から。つまり“やったもん勝ち”なのである。

 それを聞いて安心した。「まだ誰もやってないから、やってみるか!」の延長なのだ。ベースの発想は僕らと大差ない。

 ただ、彼らは「○○というテストを行ったら○○な結果が出るだろう」という理論的な推測に基づいて研究のプランを練る。

 僕らと違って“裸の男が台車に乗って会社の廊下ではしゃいだら面白いのではないか”という理由でムービーを撮ったりしない。ましてやそれを雑誌付録のCD-ROMに収録するなんてもってのほかだ。

(裸で台車に乗った先輩は現在はWebデザイナーとして活躍しており、このブログの基本デザインを作ってくれました。人生、何があるかわからない)

★いよいよテスト開始

 気になっていたことを聞いたところで実験スタート。まずは被験者に研究の概要や個人情報の取扱方法(個人情報はこの研究以外には使用しませんとか、わりと一般的な内容)を説明し、改めて同意を得る。

tJx1LE8ro8gg7GjZ2t4TQYjcWI4k5uMY

▲被験者にも守秘義務はある。詳細が広く伝わると、今後似たような研究に参加する人のスコアに影響が出る可能性があるから。

 テストは全5種類。最初に3つの検査を行い、10分の休憩を挟んで残り2つの検査を実施。所要時間は90~120分ほど。

 テストにはこういった実験によく使われるPCソフトを使用する。論文を書くうえでも、一般的に広く認知されているものを使ったほうが説得力が出るからだ。

 トンピ?くんの集中を乱すと悪いので、実験が始まったら僕はいったん別室に退避した。聞いた話を頭のなかで整理しながら待つ。ふと机の上のPCを見たらメモが目に入った。

DTlh45VsL8Q98Y5ZoD3cSmf2f5Fy3JTl

▲外からかかってきた電話の回しかた。

 話を聞きながら「東大ってすごいなー研究者ってすごいなー」と漠然と思っていたのだが、このメモを見てぐっと親近感がわいた。

 外線電話なら僕のほうがスムーズに対応する自信がある。伊達に14年も社会人をやっていない。「これなら勝てる!」と、こっそりガッツポーズをした。

★ゲームとスポーツの関係

 5つのテストが終了し、最後にプレイヤーとしてのキャリアを確認するためのアンケート用紙に記入。アンケートにはスポーツ経験に関する内容もあった。

吉川さん「一般的に、運動経験と遂行機能は関連性があると言われています。プロとアマのサッカー選手で検査結果に差が出たという話もあるくらいですから」

ChbbZh7wNuVU68m6xYJ7oO4eTRsqps8r

▲『AVA』大会・イベントへの参加経験やスポーツ経験を事細かに書き込む。

 トンピ?くんは『AVA』の上位プレイヤーで、スポーツ全般が得意だと言っていた。5種類のテストのスコアは全体的に高かったらしい。彼以外の中~上級者プレイヤーも何人か検査を受けているが、必ずしも好成績ではないという。

吉川さん「ゲームとスポーツは能力的に共通する部分もあると思います。たとえば、視覚認知能力とか」

 視覚認知能力が高ければ、視界(画面)の端のかすかな動きにもすぐに対応できる。ゲーマーにもスポーツ選手にも必要な能力だ。僕らゲーマーに、陽のオーラの根源とも言えるスポーツ選手との共通項があるのはすごくうれしい。

★僕も少しだけ役に立ちたい

 トンピ?くんの実験終了後、吉川さん的にもう少しデータを集めたいとのことだったので、知人を紹介することにした。

 『AVA』の世界大会にも出場経験のある強豪クラン・DeToNatorのメンバーだ。真摯に交渉した結果、協力してもらえることになった。クランマネージャーのMaxJamさんに「実験に協力してー」とメールしただけだが。

 実験当日、研究室の前で待ち合わせ。

IrQb3lAsPi8Qnn718TbPl1rF2o655K2g

▲左から、DeToNatorのDarkよっぴー選手とAk~ayS選手と保護者。

 『AVA』運営プロデューサーの井上さん(写真右)もやってきた。「研究の内容に興味があるんですか?」と聞いたら、

井上さん「東大に入ってみたかったんです」

 と、おのぼりさんみたいな返答。キャンパス内を歩く学生を見ては、

井上さん「東大生の女の子は聡明そうな顔してますよね」

 楽しそうだなー。

EL861RMZms712lyI6JvRPq3tDtQBJe2l

▲吉川さんから実験概要を聞くふたりと、

HH7Ahlg3r38176U782z98v551MAfWSus

▲それをケータイで撮影する井上さん。

 実験はAk~ayS選手、Darkよっぴー選手の順番で行うことになったので、僕ら3人は退室。僕は別の取材の予定があったので、ここで失礼することに。井上さんはDarkよっぴー選手を誘って学食を探しに行った。

 もう一度言う。井上さん楽しそうだなー。

★まとめ

 こうして集まったデータは、吉川さんの手によって入念に分析される。現時点ではどんな結果になるかわからない。

 もしかしたら歴史に残る大発見につながるかもしれないし、意味のない実験に終わる可能性もゼロじゃない。でもきっと、研究ってこういうものだ。仮説と挑戦の積み重ねが、いつの日か大きな研究成果に変わる。

 ゲームが教育などに役立つという話は、誰でも一度は聞いたことがあると思うけど、みんな実感がわいていないと思う。僕もそのひとりだ。だけど、今回の実験の概要を聞いて、夢物語が現実になっていくのを目の当たりにするようで面白かった。

 僕らが昔「勉強に役立つからゲーム買ってよ」と親にせがんだように、子どもたちが「遂行機能が向上するからゲーミングPC買ってよ」と言う未来も、そう遠くないのかもしれない。

nFb8LySeDT3Z7TedIfl2Q8p2TX8DoCI4

▲生協で東大Tシャツを買いました。これを着て六大学野球とか応援に行きたい。

—–おまけ—–

 テストを受けたトンピ?くんは、特定の場所をクリックするとアラートメッセージが変わることに気づいた。

トンピくん「ここをクリックすると、おばさんの声がするんですよ」

 たとえば、1番が正解の問題があるとする。1番をクリックすると「正しいです」、2番をクリックすると「間違いです」と落ち着いた女性の声が発せられる。おばさんと言うか、20代後半くらいのお姉さんの声だ。

 で、ボタンじゃない場所をクリックしたら「これは押しちゃだめ」と小さい女の子の声が聞こえたのだ。これには驚いた(吉川さんもびっくりしてた)。きみ、デバッガーに向いてるんじゃないか?

 あと、一応言っておく。きみにとっては20代後半はおばさんかもしれない。だが、それくらいの歳の女子がいちばん素敵だと思うときが、きみにも来る。

馬場章研究室サイト
(いろいろな研究をやってます)

『Alliance of Valiant Arms』公式サイト

 テストに協力してくれたDeToNatorは、2014年9月13日でクラン設立5周年を迎えた。ハッピーバースデー。

 冒頭で書いたプレイヤーごとのジャンル分けで言うと、彼らは“スポーツとして真剣に取り組む人”にあたる。2014年7月の世界大会“AIC2014”では世界第2位に輝いた。さらに、11月に開催される世界大会にも出場が決定している。

 彼らが世界大会で優勝し、もっと有名になったら、「DeToNatorのメンバーとは昔からの知り合いでさー」なんて自慢する予定だ。僕のためにもがんばってほしい。

pa694QXRsrlER7O67ex793CMN4Yxwps5
xVWbU6G7G77ueyPif37wqjP6F1XL2zW3

◆DeToNator代表
 江尻 勝(MaxJam)さんのコメント
 2014年9月13日を持ちましてDeToNator設立5周年を迎えることができました。

 これまで多くの方に支えていただきここまで来れました。ファンの皆様、スポンサー様、関係者各位に心より感謝申し上げます。

 これからもProfessional Gaming Teamとしてメンバー一丸となって活動していきます。

 さらに今後DeToNatorはマルチゲーミングチームとして新たなタイトルに挑戦をする予定でおります。

 1歩1歩焦らず、地に足を付けて歩み続けます。これらもDeToNatorを宜しくお願い致します。

Md9Qm429iG7hA7P963cBxq5jMb3f6F93

◆DeToNatorチームリーダー
 Darkよっぴーくんのコメント
 ついにDeToNatorが5周年を迎えることができました! 私は設立当初からのメンバーではありませんが、設立してから1年後くらいには加入していたのでクラン内では古株になります。
 思い返してみると、加入当初から考えるとクランの雰囲気も凄く変わりました。最初は大会で優勝を目指そう! くらいの気持ちだったのが徐々に志も高くなり、今では世界的なプロゲーミングチームとして活動をするところまで目標が高くなりました。
 ここまでDeToNatorが成長できたのも、応援してくれる皆様やスポンサー企業様、また協力してくれている皆様の力があってのもと思っています。この場を借りて感謝の気持ちを伝えたいです。本当にありがとうございます。
 これからもDeToNatorは更なる飛躍を目指して、メンバー一同頑張っていきますので 応援よろしくお願いします!

——————

 クラン設立5周年を記念して、PCショップArkさんでオリジナルTシャツの販売がスタート。今後はDeToNator公式サイトでの通販も実施予定みたいです。

hck96i2Ai9l913HpbZwTn7uH773g7i1P

販売予定価格:2,980円(税抜き)サイズM・L

 MaxJamさんのコメントによると、DeToNatorは『AVA』以外の部門も抱えるマルチゲーミングチームになるようだ。進出タイトルはなんだろう。

 知名度が高まるのは間違いないので、いまから人気に便乗する準備をしておきたい。

パソコンショップArk公式サイト

DeToNator公式サイト

この記事の個別URL

ファミ通グループでおもにPCのオンラインゲームを担当。企画記事を作るのが好き。
『まいにちがβテスト』は、ミス・ユースケがPCオンラインゲームで遊んだり考えたりしたことをテーマにしたブログです。タイトルには「つねにβテスト時のわくわく感を抱きながらゲームを遊び、実験的な企画もやっていきたい」という意味を込めていると、後付け設定的に考えました。

『PCオンラインゲームのブログ まいにちがβテスト』ブログ