渡辺篤史さんがコーエーテクモゲームスにやってきた
「職場」とは従業員にとって家と同様に大切な空間――。今回の企画では、日本でもっとも有名な“建ものの探訪者”であり俳優の渡辺篤史さんが、ゲームメーカーを訪問。建物に造詣が深い渡辺篤史さんの目を通して、「優れた職場とは何か?」を考えていく。
渡辺篤史さんが訪れたのは、『信長の野望』や『三國志』、『無双』シリーズなど、数々の人気タイトルで知られるゲームメーカー“コーエーテクモゲームス”。それではオフィスを巡ってみましょう。
都心からほど近い、神奈川県の日吉に本拠地を構えるコーエーテクモゲームス。東急東横線の東側には石造り風デザインの本社ビル、西側には太陽の壁面アートが印象的な別のビル(通称:ジェミニビル)が建っている。
今回の取材で初めて本社ビルに訪れた渡辺篤史さんは、社屋の外観を見た瞬間からすでに興奮気味。「この建物はよくある企業とどこかが違いますね……」と目を輝かせた。
そして、「ようこそいらっしゃいました」と渡辺さんを歓迎したのは、コーエーテクモゲームス 広報担当・桂毅氏。今日は桂氏の案内で社屋を探訪していく。
本社ビルの屋外から、すでに渡辺篤史さんの興味は尽きない
「では、お入りください」と、桂氏が社屋に招き入れようとしたところ、渡辺篤史さんは足を止めた。どうやら屋外の床に描かれた装飾が気になるようだ。
コーエーテクモゲームスの正面入口の外には、天使と星の装飾が施されており、その周囲には石のタイルが放射状に伸びている。まるで宇宙の誕生をイメージさせるデザインである。渡辺さんは「こういうのを見るとさ、建物に入る前からワクワクするよね!」と期待で胸を膨らませた。
会社の入り口に、こんな立派な装飾があるなんて珍しいですね。
ありがとうございます。気に留めていただいて光栄です。
完成したデザインを見て、こうやって感想を言う我々はいい身分だよ。これを作った職人さんはたいへんだよ。どうやって作ったんだろう?
そうですね。設計図に沿って、一枚一枚丁寧に石を張ってくださったんだと思います。
そうだよね? これは石工さん泣かせだよ(笑)。でも、こうやって完成したモノを、多くの人が見て感動する。建築物はおもしろいよね。
本社ビルをじっくり見回した渡辺篤史さんは、振り返って線路の反対側にあるジェミニビルと対比する。ジェミニビルは壁面に大きな太陽のイラストが描かれており、一度目にした人は忘れないほどインパクトがある有名な建物だ。
これらのデザインは、日本を代表するグラフィックデザイナー、アートデザイナーである永井一正氏によるものとのこと。桂氏によると「太陽が本社を照らしている」という意味で描かれているそうだが、渡辺さんは「それとは別の意味もあるのではないか?」と言う。
曰く、目立つ建物はその街の象徴になり、目印として機能していることが多い。渡辺さんが長年出演しているテレビ番組『建もの探訪』では、毎週のように印象的な建物が紹介されている。「おそらく太陽の建物は、地元の目印として地域に貢献している」と、長年の取材活動で培った氏ならではの感想を述べた。
いよいよコーエーテクモゲームス社内に訪問
そして、いよいよ社屋へ。コーエーテクモゲームス本社の入り口では、二頭のライオン像がお出迎えしてくれる。渡辺篤史さんは「まるで三越のようだね」とジョークを交えながら、桂氏に案内されて建物に入っていった。
コーエーテクモゲームスに入った渡辺篤史さんは、「すばらしいエントランスだ」と目の前に広がる広大な空間を見渡す。コーエーテクモゲームス本社ビルのエントランスは、床一面を大理石が埋め尽くし、ところどころに星座モチーフのマットが敷かれている。また、壁面には大きな絵画や、星座のイラストが飾られていた。
装飾品や家具をチェックし始めた渡辺篤史さんは、待合スペースに置かれた“ル・コルビュジエ”のソファーに腰を下ろした。じつは渡辺さん、椅子に関してはかなりコダワリを持つ人物なのである。
とても広くて、装飾品も豪華。会社のエントランスとは思えないですね。
ありがとうございます。我々はゲームというクリエイティブなものを作る会社なので、社内にはたくさんのアート作品が飾ってあります。
どなたの意向なんですか?
会長の襟川が美大出身で、芸術に詳しく、こういった作品が好きなんです。
エントランスを散策しているとき、渡辺篤史さんは中庭を見て「これは?」と近づいていった。桂氏によると、この中庭も建物をデザインした永井一正氏の作品。
この作品は、硬い石の中から豊臣秀吉の旗印でもある“ひょうたん”が誕生したように見える。さらに周囲には丸や三角、四角のオブジェを配置。説明を聞いた渡辺篤史さんは、「なるほど、破壊と再生をイメージさせられますね」と分析してエントランスを後にした。
コーエーテクモゲームスの待合室は“源平”がテーマ
エントランス横の応接室に通された渡辺篤史さんは、部屋に入ると「ほほぅ!」と笑顔で室内を見渡した。ここは“源平合戦”をイメージして作られたコーエーテクモゲームス自慢の部屋。壁には源頼朝と平重盛の肖像画も展示されていて、数々の歴史シミュレーショーンゲームを生み出してきた同社らしい一室だ。
室内を見渡す渡辺篤史さんは、ある装飾品を見つけた。“顔のついたクワガタとカブトムシ”のオブジェだ。クワガタが源氏、カブトムシが平家で、源平の“一ノ谷の戦い”を現した作品とのこと。
渡辺さんは「すばらしい作品ですね。力強い目と、背中に書かれた龍と鳳が美しく、世界が広がっていくように感じる」と気に入った様子。じっくりと鑑賞していた。
ギャラリーのような廊下を通った後に渡辺篤史さんが注目したものは……
エントランスと待合室を堪能した後は、廊下を通ってオフィス棟へ案内された。移動中に通った廊下にも、何枚もの絵画が飾られている。等間隔に並んだ通路の絵画を、一枚一枚ゆっくり見ながら歩いていると、美術館を訪れたような錯覚に陥る。
廊下を抜けると、渡辺篤史さんが“階段”に目を輝かせた。金属と木材で作られたよくある階段のようだが、渡辺さんの眼には特別に映ったそうだ。
「こういう階段は好きだなぁ。どうしても誘われちゃうよね!」と、階段をあらゆる角度から入念にチェックする。硬いメタルと柔らかいウッド、相反する素材でデザインされた階段。設計した建築家の意図を読み解きながら建物を散策するのが、渡辺流の楽しみ方だ。
階段を上がった先のフロアには、大きなソファーが置かれていた。陽の光がたくさん入る明るいスペースで、まるでホテルの待合室のような空間。渡辺篤史さんは鼻歌を歌いながらソファーに座り、「はぁ、気持ちいい……」としばしの休息。
そして渡辺さんは、「まだ見学している最中だけど、この建物には装飾品に強いこだわりを感じます。会社だけど、とても居心地がよい空間だとわかりました。建物のどこに何を配置するかが“空間造り”なんです。管理をしている方のセンスを感じられます」と、感嘆した様子だった。
講堂のように美しく設計された大会議室
続いては社内でもっとも広い会議ホールに移動。この部屋は会議室ではあるが、よくある白く硬い壁に覆われた会議室ではない。木材がふんだんに使われた温かみのある講堂のような空間だ。
部屋のドアを開けた渡辺篤史さんは、「おお、これは広い! まるで舞台のようで、音響設備にもこだわってそうですね」と、我先にと入室。桂氏によると、この部屋は社内の大きな会議をするだけでなく、報道機関向けに製品発表会を開くこともあるそうだ。
桂氏から大きなスクリーンと7.1チャンネルの音響システムの説明を受けた渡辺さん。気分がよくなったようで、得意の歌『ククルクク・パロマ』を披露した。大会議室に響き渡る歌声を聴くと、まるでここが本物の舞台のよう。
『信長の野望』でお馴染み、信長のタイルアートは渡辺さんの目にどう映る?
大会議室を後にし、再び廊下を通って移動。移動中も渡辺篤史さんは、観葉植物や椅子など、あちこちの装飾品や家具に興味を示す。そしてここでも、もっとも注意深く見ていたのは階段だった。階段という当たり前のものだからこそ、そこに住まい、働く人の空気がにじみ出てくるのかもしれない。
コーエーテクモゲームスの階段は日が差し込む明るい場所が多く、「単なる階段でもしっかり考えて設計されている。階段を昇り降りしているときも、ホッとできていいよね」と感心する。
そして階段を通って廊下を歩いていると、桂氏が「窓から下をご覧ください」と案内。その方向に目を向けると、なんと眼下に広がる中庭に“信長”のタイルアートが描かれていた。
タイルをドットに見立て、信長の顔が描かれているユニークな中庭に、渡辺さんは「これはすばらしい。信長に守られている感じがする。下に見に行きましょう!」と興味を示す。
桂氏の案内で階下の中庭に出ると、地面いっぱいに巨大な信長の顔が広がっていた。渡辺篤史さんは「これは感動する! 色違いのタイルを並べただけなのに、こうやってデザインすると楽しくなるんだなぁ」と感激していた。
さらに渡辺さんは、中庭が吹き抜けになっていることにも注目した。中庭に面する部屋は開発ルームが多く、日中は多くの従業員が働いている。彼らの作業部屋にいつも陽の光が差し込むのは、とても健康的な職場環境だ。
この信長の中庭を囲むように建っている社屋はなんですか?
こちらは開発エリアです。部屋に入るとキーボードを叩く音が鳴り響いています(笑)。
なるほど。みなさんお忙しそうに働いていらっしゃいますね。信長さんが見守る場所で。いい環境だと思います。