中村彰憲のゲーム産業研究ノート グローバル編

立命館大学映像学部 中村彰憲教授による、その見識と取材などを元に、海外ゲーム情報を中心としたブログ連載!

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【ブログ】2021年はIPにおけるニューウェイブの台頭と新サイクルのはじまり(その1)

2021-01-06 17:00:00

例年、年初にはその年の潮流を「占う」ということを行ってきた。2020年は「混沌の1年」としたが、結果的に新型コロナの状況も相まり、まさに様々なデジタルエンターテインメント業界の状況が一筋縄ではいかない様相となった。では2021年の諸相を特徴づけるものはどのようなものだろうか? 今年も慣例にならい「占って」みる。

IP展開においてユーザー参加の多様化が加速する2021年

 西野亮廣氏の絵本を原作とした映画『えんとつ町のプぺル』が、2020年12月25日に公開されたが、新規IPであるのにも関わらず並みいる強豪を前に、堅調な動きを見せている。

 このような中で、筆者が注目したいのが、そこで生み出されたユーザー参加のデザインである。この多様な取り組みのいくつかが将来的に業界全体に影響力を発揮するのではという「予感」からだ。

 これについてはその一旦として、上映直前の筆者の大学での取り組みも紹介したが、これは「宣材」の使用を西野氏及び製作委員会が許可したことで実現した施策で、実施する側にかかる費用は主にポスターの印刷代である。つまり、数ある施策におけるほんの末端に過ぎない。

 映画『えんとつ町のプぺル』(以下、映画も絵本も『プぺル』とする)についてはこういったファンまたは賛同者による自主的な取り組みが重層的な形で展開されており、映画の上映に先駆けて映画そのものまたは原作である絵本の認知度を拡大するための施策が講じられてきたのだ。また、その規模も小規模のものから大手広告代理店が本来、展開する大規模なものまで様々だ。これら非公式の広告活動と公式組織による広告活動が混然一体としたうねりとして認知度を高めたのが新規IP『プぺル』における広告戦略の総体と言える。

『プぺル』理念に共感してリスクをとってプロジェクトを立ち上げ、地方での広告活動に貢献

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▲プぺルバス(左)とインタビューに答えた、高綱氏(中)と毛利氏(右)



 年末、『プぺル』の光る絵本パネルを搭載した特別トラックを、熊本豪雨の被災地であった同県人吉市青井阿蘇神社へと走らせ、2020年12月23日から24日の2日間、絵本展を開催し、その翌々日の26日には大阪道頓堀でトラックをお披露目するなどで映画公開時を各地で盛り上げていたのが、高綱博史氏。2005年から15年程、物流会社の営業マンだったが、『プぺル』の光る絵本パネルを搭載した「プぺルバス」の存在を知り、「展示会の開催出来ない場所に展示会そのものをとどけることで子供たちの笑顔を増やす」という理念に強く共感。そのトラック版をやりたいと想いたち、実績、愛着ともにあった物流会社から脱サラを決意。8月3日、西野氏が実施しているニシノコンサルにて本件を相談したうえで10月からクラウドファンディングを開始し、最終的に706人から935万円強を獲得した。ただ、映画公開に間に合わせるため、高綱氏は既に融資をしてトラック制作に着手。2020年12月18日に完成させた。同月23日、24日に人吉市青井阿蘇神社で開催した展示は、トラックが完成して初めてのイベントとなるが2日間で933人を集めた。初の展示をやられての感想を聞くと「物流屋の場合、どのトラックが来ても変わらないのですが、プぺルトラックの場合、行っただけで人に喜んでもらえるので(これまでの物流の)価値観を根底から覆す経験をしました。」※と感慨深く語った。

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▲道頓堀で繰り広げられているシャッター・ギャラリーやその他の広告



 一方、2020年12月26日のプぺルトラック展示を道頓堀に誘ったのが毛利英昭氏だ。同氏はもともと不動産業を営んでいるが、同時に『プぺル』の世界観を踏襲したゲストハウス「TOMBORI道頓堀宿泊室」の運営を公開月である12月から開始した。このゲストハウスは「えんとつ町に存在する宿泊室」をコンセプトに作られたワンルームのゲストハウスだが、これは、2019年に開催されていた満願寺や東京タワーで開催された光る絵本展に参加する中で、自分の事業の中でもえんとつ町の世界観を取り入れたものを行いたいと 株式会社NISHINOに問い合わせたことでスタートした。世界観に対し忠実にするためにこれまでの西野亮廣氏の展示会を全てデザインしてきた空間デザイナーの只石快歩氏に空間デザインを依頼した。この結果については「想像を超えていた」と毛利氏。「現実の世界とファンタジーの世界を曖昧にすることで自分がえんとつ町の世界に迷い込んだ空間が出来た」と付け加えた※※。

 道頓堀商店街は2020年12月30日~2021 年1月31日まで「映画えんとつ町のプペル」タイアップキャンペーンを行い、複数店舗にはシャッター・ギャラリーが、デジタルサイネージにはキャンペーンの紹介動画も展開中なので、その点においても相乗効果が見込める可能性がある。地方においては、こういったファンや賛同者による自主的な取り組みに加え、製作委員会のメンバーであるローソングループ傘下のHMV&BOOKS店内のhmv museumにて「えんとつ町のプペルができるまで展」が順次開催されているが時期とタイミングがあえば公式と非公式活動によるシナジーも十分見込めるだろう。

東京ならではの大規模な取り組みを1人のスタッフが発想し、クラウドファンディングで実現※※※

 前述の地方での取り組みに加え、数千万円規模の大規模な広告イベントが公式ではなく、西野氏のスタッフが主催するオンラインサロンのチームを中心に行われたのが六本木ヒルズでの広告活動である。この施策については、もともと、西野亮廣氏のマネージャー的業務を行っていると同時に、これまでも西野氏の元、「あらためて新成人を祝う会」や「チックタック ~光る絵本と光る満願寺展」で陣頭に立ち、成功へと導いた田村有樹子氏が今秋、立ち上げた「映画を公開する西野亮廣に『めちゃくちゃ応援してる』ってどうしても伝えたい」というクラウド・ファンディングで明らかとなったもので、その内容は、六本木ヒルズ、メトロハットの円形広告を公開に合わせてジャックするというもの。結局、このクラウド・ファンディングは、田村氏が西野氏の薦めではじめることになった、自身のオンラインサロン、タムココサロンのサロンメンバーをはじめ、1269人から2524万円もの支援を得た。ただ、メトロハットには、地下鉄六本木駅からヒルズまでエスカレーターを経て直結するメトロハット内側や天井にも広告スペースがある。そこにあらわれたのが、これら一連の活動に注目したYouTube講演家の鴨頭嘉人氏だ。同氏は、「六本木ヒルズを使った【史上最大級のクリスマスプレゼント】を西野亮廣に渡したい!」といったクラウドファンディングを立ち上げ、同氏が主催するサロンメンバーをはじめ、1014人から1300万円強の支援を得ている。すでに製作委員会側では、前述のプぺルバズも乗り入れた、えんとつ町のプペル 光る絵本展 in 六本木ヒルズの開催を決定していたことから、映画『プぺル』は公開時期にあわせ、六本木ヒルズの大規模ジャックに成功した。

 一方、渋谷においても、映画『プぺル』曼荼羅交差点のモデルとなった、渋谷駅前のスクランブル交差点にある「QFRONT」の特大ビジョンに、映画「プペル」の90秒予告動画を流すためのクラウドファンディングが琴奏者で西野氏のサロンメンバーによる「お琴くん」によって進められ、523人から315万円を獲得している。同地域である東急プラザ渋谷においても、「映画 えんとつ町のプペル」展 が開催されていることから、一定の相乗効果が得られた可能性がある。

「広告活動の民主化」は一般の人、とりわけファンにとって貴重な非日常的体験になりうる

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▲六本木ヒルズジャックへのクラウド・ファンディングでのファンの参加は広告活動の民主化を示す 公式のえんとつ町のプペル 光る絵本展 in 六本木ヒルズ(左下)メトロハット内側及び天井の広告展開(左上)、メトロハット円形広告(右)



 これら一連の活動を体験することは、これまで大手広告代理店やその関連業者に関わる人達のようなごく限られた一部の層のみの特権(業務ではあるが)であった、「広告活動の民主化」と言える。さらに、これらファンやプロジェクトの賛同者は、プロとは違い、広告活動に対する金銭的または人的資源の提供を「業務」としてではなく、自分がお金を払ってでも何らかの形で「携わり」たい「エンターテインメント」と捉えている点も注目すべきであろう。デジタル・コンバージェンスが唱えられた頃から叫ばれ続けたIP展開におけるユーザー参加というものが、このように自然に、仕掛ける側と本来仕掛けられる側であるファンが一体となって行っているこの体制の全てを模倣することは不可能だが、この施策に刺激を受けた業界関係者が新たな独自の取り組みをデザインし、展開する可能性は高い。

 公開後もクリエイターである西野氏自らが30分の独演会付き上映会を日本各地で行って、IPの宣伝活動に尽力していればなおさらである。こういった、作り手側の姿勢はゲーム業界を含むあらゆるクリエイティブ業界に影響を与えていくのが2021年なのだ。

 実は筆者が2021年に注目しているもう一方の潮流がIP展開における「トランスメディア性の新展開」だが、これについては次回、特別インタビューを準備しているのでそこで言及していく。

※2020年12月26日における高綱氏に対するインタビューに基づく
※※2020年12月26日における毛利氏に対するインタビューに基づく
※※※これら、クラウドファンディングの立ち上げの経緯に関する詳細は各プロジェクト提案サイトから確認出来る。

田村有樹子氏による、映画を公開する西野亮廣に 「めちゃくちゃ応援してる」 ってどうしても伝えたい

鴨頭嘉人氏による、六本木ヒルズを使った【史上最大級のクリスマスプレゼント】を西野亮廣に渡したい!

「お琴くん」による、映画「えんとつ町のプペル」の予告動画を、渋谷スクランブル交差点で流したい