中村彰憲のゲーム産業研究ノート グローバル編
立命館大学映像学部 中村彰憲教授による、その見識と取材などを元に、海外ゲーム情報を中心としたブログ連載!
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中村彰憲
立命館大学映像学部 教授 ・学術博士。名古屋大学国際開発研究科後期課程修了 早稲田大学アジア太平洋研究センター、立命館大学政策科学部を経て現職。 日本デジタルゲーム学会(DiGRAJapan)会長、太秦戦国祭り実行委員長 東京ゲームショウ2010アジアビジネスフォーラムアドバイザー。 主な著作に『中国ゲームビジネス徹底研究』『グローバルゲームビジネス徹底研究』『テンセントVS. Facebook世界SNS市場最新レポート』。エンターブレインの ゲームマーケティング総合サイトf-ismにも海外ゲーム情報を中心に連載中。
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【ブログ】劇場版『スーパーマリオ』大ヒット、日米のTMSプロデューサーはどう見る? ジェフ・ゴメス氏、イシイジロウ氏インタビュー(前編)
2023-06-28 16:00:00
▲ジェフゴメス氏(右)とイシイジロウ氏。おふたりが当ブログに登場するのは、2021年1月18日の記事以来 |
5月31日のブログで、劇場映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』(以下、劇場版『マリオ』)の快進撃とそれをとりまく任天堂によるメディアミックス戦略の新展開について、お伝えした。そこでは、今ハリウッドでトレンドとなっているIPメディアミックス手法であるトランスメディア・ストーリーテリング(Transmedia Storytelling、以下、TMS)に言及しつつ、任天堂とイルミネーションが手がけた劇場版『マリオ』に関する戦略について、そのTMSと一線を画した「NEW NINTENDO MODEL」として紹介した。
では、この劇場版『マリオ』の成功を、実際にIPメディアミックスを軸にプロデュースしてきた側はどう見ているのか? 今回、特にTMSの旗手とも言える日米のプロデューサーに話を聞けた。そのおひとりは、北米でTMSを主導してきた人物のひとりであるStarlight Runner Entertainment CEOのジェフ・ゴメス氏。そしてもうひとりが、ゲームクリエーターとして『3年B組金八先生 伝説の教壇に立て!』(監督)、『428~封鎖された渋谷で~』(総監督)、『文豪とアルケミスト』(世界観監修)、『新サクラ大戦』(ストーリー構成)、『ゾンビ・オブ・ザ・ドット』(企画・原案・監修)を手がけ、著書『IPのつくりかたとひろげかた』でも知られるストーリーテリング代表取締役のイシイジロウ氏。おふたりには、これまでも当ブログで何度か取材に応じていただいているが、今回も有意義な話を聞くことができた(ZOOMによるオンラインインタビューにてお話をお聞きした)。前編・後編の2回に分けてお届けしようと思う。
世代交代でハリウッドがゲームクリエイターと価値共創できる時代に
Q:劇場版『マリオ』の成功した理由はどこにあると思いますか?
ジェフ・ゴメス(以下、ゴメス):理由は明確です。映画を観たとき、マリオをはじめとしたキャラクターと一緒に自分自身も成長したゲームプレイ体験が、ポジティブな記憶としてすぐに蘇るよう作られているからです。ゲームから直接導き出されたデザイン感覚や、あらゆる種類のディテール、ストーリーポイントが、楽しかったゲームプレイ体験を強烈に思い起こさせるからです。これは、「スーパーマリオ」の世界と任天堂の世界を研究し、マリオのブランドと物語の本質を根本から理解することを示しています。これこそが、一つのメディアから別のメディアへと知的財産を翻訳する際の秘訣なのです。
イシイジロウ(以下、イシイ):すごくいい意味で映画作品へと翻訳、翻案されたと感じ、すごく驚きました。ある意味完璧な作品ではないでしょうか。
Q:劇場版『マリオ』では、任天堂とイルミネーションとの間でIPに関する暗黙知の共有と価値共創による組織間協業で作品がプロデュースされましたが、これはハリウッドでは一般的なのでしょうか?
ゴメス:いいえ。でも、変わりつつあるのは確かで、この新しいアプローチは、この後、さらに強化されると思われます。かつてのハリウッドは、自身のストーリーテリング能力に自信を持ち、アメリカの観客を引き付けるために適宜変更を加えることに、自信を持っていました。それが故に、かつては(映画原作となる)ビデオゲームや海外のコンテンツといったメディアに対する敬意はあまり払われていませんでした。そのため、ハリウッドは本質的なアイデアだけを取り入れ、それをハリウッド風のコンテンツへと変換していました。
1980年代半ば頃から、北米の人たちはアジアの大衆文化に魅了されるようになりました。例えば、香港映画のチョウ・ユンファが大人気となり、小池一夫原作、小島剛夕作画のコミック『子連れ狼』がアメリカのコミック業界に進出、新たなストーリーテリングの形を示しました。また、『宇宙戦艦ヤマト』や『Robotech』(『超時空要塞マクロス』を独自編集して生み出されたIP)などの日本アニメも広まりました。その結果、やがてかつてハリウッド上層部から嘲笑され、見下されていたマンガ、アニメ、ビデオゲームといった日本のポップカルチャーを若い時分から尊重し、楽しみ、愛情を育んだ多くの人々が、ハリウッドに入っていきました。それから20年、いや30年が過ぎ、これらの人々は今、ハリウッドで影響力を持つクリエイターへと成長しています。そして彼らは、自分たちが幼少期から観たいと思っていたものを映画化することを切望するようになりました。つまり、ブランド価値を尊重しつつ、それを映画という体験へと発展させる作品を作り出すことを願うようになったのです。
Q:それはわかりますが、例えば、ケヴィン・ファイギ(※2)やジェームズ・ガン(※3)がMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)やDCEU(DCエクステンデッド・ユニバース)を展開する際、たとえリスペクトしていたとしてもコミックアーティストに直接介入させることはありません。その点で、任天堂が直接映画制作に携わったということはどの程度特異と言えるのでしょうか?
ゴメス:これはビジネスによる違いと言えます。劇場版『マリオ』に携った任天堂は、ハリウッドスタジオさえも凌ぐ収益を上げている巨大企業です。そのため、任天堂が「クリエイターを尊重してほしい」「私たちと密接に協力し、質の高い製品を作ってほしい」と要望するなら、答えは必然的に「イエス」になるでしょう。ケヴィン・ファイギやジェームズ・ガンが、マーベルやDCのコミックアーティストを大好きなのは周知の事実です。しかしながら、ビジネス面で考えると、これらのコミックアーティストたちは、必ずしもマーベルやDCに所属しているわけではなく、フリーランスとして活動しています。したがって、仮にこれら個々のコミックアーティストと映画化のプロジェクトを進める場合には、莫大な費用や報酬を支払う必要が生じます。これが高額になると、ディズニーやワーナー・ブラザーズは、「既存のストーリーがある以上、オリジナルのクリエイター(コミックアーティスト)と協力する必要はない」と判断するでしょう。なぜなら、クリエイターの参画がコスト増につながるからです。したがって、会社の方針として、個別のクリエイターとの連携はできないのです。
シンプルな物語体験と複数作品融合から生まえれる壮大なストーリーのバランスとは?
Q:ジョージ・ルーカスを(「スターウォーズ」の最新三部作に)参画させないのも同様でしょうか?
ゴメス:すこし類似性があります。「スター・ウォーズ」IPがもはやルーカスのものでないことはご存じかと思いますが、ディズニーによる買収が成立した当初(※1)、ルーカスはもともとの物語を続けるために多くのアイデアをディズニーに提示していました。しかし、その際、ディズニーの関係者たちは自分たちのビジョンを「スター・ウォーズ」という物語世界に上乗せし、それをハリウッド風にアレンジしても問題ないと信じていました。その当時の責任者たちは、ビデオゲームやアニメや漫画が革命を起こす前の世代で育ったため、伝統的なハリウッドスタイルの手法が最適だと考え、ルーカスの深いレベルでの関与を拒否したのです。ただし、その判断が適切だったかどうかについては議論の余地があります。
Q:劇場版『マリオ』では、シンプルなストーリーに、マリオシリーズの中でも人気作品のゲームステージがモチーフとして多数組み込まれています。「スーパーマリオブラザーズ」シリーズのような横スクロールアクションはもちろんですが、「マリオカート」シリーズのようなレースコース、「大乱闘スマッシュブラザーズ」シリーズのような格闘ステージ、『スーパーマリオ オデッセイ』のようなニューヨークでのアクションシーンなどです。このようなストーリー体験についてどう感じましたか?
ゴメス:これこそが、優れたTMSの真髄です。なぜなら、単に個別の作品を分離し、長編映画というメディアに適応させたのではなく、作品の世界観全体を設計した任天堂のクリエイターによる業績を尊重して映画が作られたからです。この世界はゆるやかにつながりっていることから『ロード・オブ・ザ・リング』のようにはいかないものの、我々が知り、愛着を感じているキャラクターたちが共存した世界となっています。それぞれの世界の断片が作品に反映されているため、今後の映画では、このような世界観をさらに広げていくことが出来るのです。
Q:では続編展開をするとき、劇場版『スーパーマリオ』シリーズはMCUのようにTMS手法で物語を発展させるのが望ましいのでしょうか?
ゴメス:恐らく、中程度の複雑さにとどめるべきでしょう。私は全ての映画が自己完結型であるべきだと信じています……始まりと終わりが必要で、満足のいく体験となるべきです。しかしながら、過去をほのめかす要素や続編へのさりげない設定を示唆する程度はあってもいいと思います。そしてこのIPはそうした方法に特に適しています。つまり、映画は自己完結型である一方で、同じユニバースを舞台にした複数のプロジェクトが共存可能なのです。
Q:イシイさんはどう思われますか?
イシイ:MCUのような感覚で、マリオの横に(「ゼルダの伝説」シリーズの)リンクがいる世界という展開はすぐにはやらないのでは?と思います。ただ、劇場版『マリオ』においてもMCUのエンドクレジットと同様に続編を示唆するシーンがあったので、続編、ユニバース作品へと発展することを想定してはいるのでしょう。ですので、マリオユニバースがさらに広がるのはわかります。となると、次に気になるのが「ゼルダ」シリーズが映画になるのかどうか? 仮に、「ゼルダ」の映画化が進んでいると仮定したら、次に気になるのは「スマッシュブラザーズ」の映画展開です。もし、任天堂主導でスマッシュブラザーズが形になるようであれば、おそらくMCUにおける「アベンジャーズ」級の衝撃にはなりますね。
ハリウッドのシェアード・ユニバースが抱える大きな課題
ゴメス:MCUが少し失敗したと感じる部分は、観客に事前知識を強要する点です。フェーズ4(※4)以降、例えば『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』(2022年5月公開のMCU映画)を観るためには、ストーリーを理解するために様々なテレビシリーズや他の映画を事前に見ておく必要があります。これは、観客に求めすぎだと思います。「スター・ウォーズ」シリーズのテレビドラマ『マンダロリアン』(Disney+でのローンチタイトルとして2019年より配信)も同様です。新シーズンを理解するためには、事前に他の作品を理解しておく必要がありました。これも視聴者に求め過ぎです。視聴者が安心してこの作品だけで何が起こっているのかを理解できるような工夫が求められます。イルミネーションがマリオの作品をシリーズ化する際には、おそらくこの問題に対応するでしょう。
Q:観客はむしろMCUのような複雑なストーリーではなく、90分くらいで現実を忘れることができるシンプルな映像体験を求めているのでは?その点はどうでしょうか?
ゴメス:これはバランスの問題ですね。続編であっても、新規の観客やカジュアルなファンも満足させる必要があるということを理解することが重要です。『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』(2023年公開のMCUフェーズ5の劇場映画)は、そのシリーズの1作目と2作目だけを観れば理解できるように設計されており、10種類すべてのプロジェクトを見る必要はありません。興行収益も好調ですね。
Q:(2023年2月公開のMCUフェーズ5最初の劇場映画)『アントマン&ワスプ クアントマニア』が北米の劇場興行収益で振るわなかったのは?
ゴメス:過度な急ぎ足から生じるストーリーテリングの未熟さが大いに問題だと感じています。これはMCUと並ぶシェアード・ユニバース作品群、DCEUが抱えていた課題でもありました。ストーリー展開が速すぎて矛盾が多く、結果的に意味が分かりにくくなったのです。ディズニーの前CEO、ボブ・チャペックは、ケヴィン・ファイギに対してDiseney+
のサポート、MCU作品数の劇的増加、さらに多くの作品の公開を求めました。スピードを上げると、作品の質が低下することは、急ぎ足になるビジネスが常に抱える問題です。
Q:動画配信サービスでも、テレビドラマシリーズ『ゲーム・オブ・スローンズ』の前日譚としてHBO Maxで配信された『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』(日本国内ではU-Nextが配信)と「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズの前日譚としてAmazonのPrime Videoで配信された『ロード・オブ・ザ・リング: 力の指輪』(以下、『力の指輪』)では明暗が分かれました。
ゴメス:テレビ版『ゲーム・オブ・スローンズ』最終シーズンの評価は少し残念なものでした。ストーリーが急ぎ足になってしまったため、評価が下がったのです。それに対し、『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』では、VFXのクオリティが高く、ストーリーテリングにおいても非常に説得力がありました。まるで前作に対する贖罪のような仕上がりでした。
一方、『力の指輪』については、我がStarlight Runner Entertainmentが、Amazonのトールキン・プロジェクト(「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズの原作であるファンタジー小説『ホビットの冒険』や『指輪物語』の原作者、J・R・R・トールキンの作品をAmazonプラットフォームで二次展開するプロジェクト)に協力するため、関係者への聞き取りを行ったのですが、彼らは『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズにおける根本的な良さをわかっていない印象で、それに加え、なぜトールキンファンがそこまで作品を愛しているのかを理解していないようでした。もし、シリーズ作品の本質を理解していなければ、10億ドルを費やして如何に豪華で美しい番組を作ることはできても、魂がこもっていないという評価を得ることになります。実際、視聴者は何かが足りないと感じ、それが観客の反応となり、マーケティング的にも残念な結果となりました。今でも多くの視聴者を引きつけてはいますが、社会現象的な成功とは言えませんでした。
(後編に続く)
前編では、劇場版『スーパーマリオ』の製作プロセスが、ハリウッドのプロジェクトに携わってきたプロデューサーから見ても、如何に特異であり、新しいアプローチであるかが明らかとなった。後半では日本のコンテンツ、そしてゲーム発IPが世界のメディアミックスの波の中でどう受け入れられていくのか、その展望についてそれぞれの意見を伺っている。
※1:ジョージ・ルーカスは自身の映画制作会社ルーカスフィルムを2012年にウォルト・ディズニー・スタジオに売却。2015~2019年にかけて公開されたスターウォーズ最新三部作(エピソード7、エピソード8、エピソード9)は、ジョージ・ルーカスが製作総指揮から外れた。
※2:マーベル・コミックのキャラクター群をベースに統一世界観で描かれるシェアード・ユニバース映画作品群「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」を手がける映画プロデューサー。マーベル・スタジオ社長。
※3:映画プロデューサー。DCコミックを原作としたシェアード・ユニバース映画作品群「DCエクステンデッド・ユニバース(DCEU)」を手がけるDCスタジオのCEOを2021年5月より務める。
※4:2021年に始まるMCUの第4のフェーズ。18の映画、ドラマ、アニメから構成される。最新フェーズは『アントマン&ワスプ:クアントマニア』から始まる第5フェーズ(構想は第6フェーズまで明らかになっている)。
▲今回ゴメス氏とともに取材に協力してくれたイシイ氏が企画、原案、監修を手がけるゲーム『ゾンビ・オブ・ザ・デット』が、6月27日より配信開始された。70年代アメリカの雰囲気をドット絵で描いたゾンビものターン制コマンドバトルで、PS4、PS5、Switch、Xbox Series X|S、Xbox One、Steamでの展開となる(iOS・Android版は上記に先駆け配信) |