中村彰憲のゲーム産業研究ノート グローバル編
立命館大学映像学部 中村彰憲教授による、その見識と取材などを元に、海外ゲーム情報を中心としたブログ連載!
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中村彰憲
立命館大学映像学部 教授 ・学術博士。名古屋大学国際開発研究科後期課程修了 早稲田大学アジア太平洋研究センター、立命館大学政策科学部を経て現職。 日本デジタルゲーム学会(DiGRAJapan)会長、太秦戦国祭り実行委員長 東京ゲームショウ2010アジアビジネスフォーラムアドバイザー。 主な著作に『中国ゲームビジネス徹底研究』『グローバルゲームビジネス徹底研究』『テンセントVS. Facebook世界SNS市場最新レポート』。エンターブレインの ゲームマーケティング総合サイトf-ismにも海外ゲーム情報を中心に連載中。
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【ブログ】「Replaying Japan 2024」ヨコオタロウ氏基調講演 ヒット作『NieR:Automata』に見る「AI融合社会」と「人間性の本質」の危うい相関関係
2024-11-14 13:00:00
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▲もはやヨコオ氏の象徴と言えるエミールマスク |
2024年8月20日、米国のニューヨーク州立大学バッファロー校で開催された日本のゲームに関する国際カンファレンス、「Replaying Japan 2024」(カンファレンスの会期は8月19日〜21日。会場はニューヨーク州立大学バッファロー校のほか、ストロング国立遊びの博物館)の基調講演に、ゲームクリエーターのヨコオタロウ氏が登壇した。2017年に発表された彼の代表作『NieR:Automata』の制作エピソードをモチーフに、「日本のゲームクリエイターから見たAI融合社会のワールドビルディング」(World Building in an AI-Integrated Society from the Perspective of Japanese Game Creators)と題した講演を行った。カンファレンスには北米を中心に、ヨーロッパやアジアから150名ほどの人たちが参加。本来、研究者を対象としたカンファレンスだが、一般のゲームファンも多く参加しており、『NieR:Automata』が海外でも高く評価されていることが再確認された。
『NieR:Automata』は2010年発表の前作『NieR Replicant』から数千年後の世界を舞台に、エイリアンが送りこんだ機械生命体によって占拠された地球を、人類に代わってアンドロイド部隊「ヨルハ」が奪還するという物語を描いたアクションRPGだ(ヨコオ氏は『NieR Replicant』『NieR:Automata』両作でディレクターとして指揮を執ったが、『NieR:Automata』では自らシナリオも担当した)。この概要からも明らかなとおり、プレイヤーが操るキャラクターは、作中で敵対するキャラクターからインタラクションをするキャラクターまですべてAIという設定。ただ、驚いたことに開口一番にヨコオ氏が言及したのは「AIをテーマとしてない」という点だった。
機械生命体にせよ、アンドロイドにせよ、出てくるキャラクターはすべてAIで構成されているのに「AIがテーマではない」とはどういうことか?「AIをテーマにしたSF作品が多数あるなかで、キャラクターがAIだからといって、AIをテーマにすると、ありきたりの作品になってしまう。なので、人間にとって一番興味深いテーマ、人間をテーマにしました」とヨコオ氏は語った。「エイリアンプラネットの、エイリアン文明、エイリアンテクノロジーの中でエイリアンが奮闘するような物語には、私たちは共感できません。エンターテインメントを作りたいなら90%の要素はみなが慣れ親しんでいるものでなければならないのです」(同氏)。最終的に行き着いたテーマは「不完全な機械による人間性の探求」にしたとし、作中の例をあげて、どのようにこのテーマを落とし込んていったかについて解説した。ヨコオ氏は、脚本を書く際、人間による重層的な物事の理解や考え方を意識していると言う。ひとつの事象を複数のレイヤーとして捉え、「見たままの物語を理解する」レイヤー(本稿では「レイヤー1」とする)と、「見たものをベースにその意味を考える」レイヤー(本稿では「レイヤー2」とする)、そしてさらに「ゲームクリエイターやシナリオライターが想定していないことを考える」レイヤー(本稿では「レイヤー3」とする)を加えるという。また、少なくとも最初の2つのレイヤー(「レイヤー1」および「レイヤー2」)までを考えるのが脚本家の仕事であると感じているとのことだ。したがって、作中の例を挙げる際もこれら2つのレイヤーを解説する形で講義を展開していった。
なお、ここからは『NieR:Automata』作中のエピソードについてヨコオ氏が言及した解説を追っていくが、ネタバレが含まれるので、今後プレイ予定の読者はご留意いただきたい(結論部分まで読み飛ばすことも一考である)。
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▲基調講演のあとは記念撮影。カンファレンスとしては非常に和気あいあいとした雰囲気 |
■機械生命体パスカルに見る「人間性」ゆえの矛盾
まず、ヨコオ氏が紹介したのは、平和主義者である機械生命体パスカルのエピソードだ。パスカルは、戦争を嫌い、同じ志を持つ機械生命体と村を作って平和な生活を送ってきた。本来は敵対関係にあるアンドロイドのプレイヤーキャラクターとも友好的な関係を築いた。しかし、村が敵の機械生命体に襲われた際、パスカルは超大型兵器エンゲルスに乗り込み、村を守るために戦うことを余儀なくされる。
このエピソードにおける「第1レイヤー」は「パスカルが平和を信じるにもかかわらず、戦わざるを得なくなる」という状況だとヨコオ氏は説明した。さらに「第2レイヤー」は「戦争を否定していたパスカルが、戦わなければならない状況に追い込まれたことで、言動が矛盾する」という点にある。平和主義と戦争主義の両方を併せ持つパスカルは、実際どちらが本当のパスカルなのかという葛藤は、人間が抱える本質的な矛盾を象徴しているとヨコオ氏は解説した。
■村の子供たちに仕掛けられた「恐怖」の悲しき末路
次にヨコオ氏が取り上げたのは、パスカルが村の子供たちに「恐怖」を教えた結果、悲劇が起こるというエピソードだ。機械生命体はもともと戦うようプログラムされているため、近くで紛争が起きると自ら戦場に赴くよう設計されている。これは子供型機械生命体にも適用されているため、パスカルは、子供たちを守るため「恐怖」を教えることにした。だが、敵の襲撃で恐怖を感じた子供たちは、自ら命を絶つという判断を下す。
このエピソードの「第1レイヤー」は、「恐怖によって自殺してしまう機械生命体の子供たち」だが、「第2レイヤー」は「なぜ人は自殺するのか」という普遍的な問いだ。このエピソードでは「恐怖」が理由となっていたが、現代社会でも、一見、些細と思われる理由でも人が命を絶つことはあるとヨコオ氏。さらに「第3レイヤー」についてヨコオ氏は、「先進国では今、出生率が急激に低下し、人口も減ってきている。その理由に教育費の高騰といった実情がある。よって、恐怖で自殺してしまう機械生命体を、我々は実は笑えないのではないか」と語った。ただ、「第3レイヤー」はユーザーが考えるべき内容なのでひとりひとり考えてほしいと促した。
■機械生命体にみる愛ゆえの進化
次に紹介したのはボーヴォワールという敵キャラクターのエピソードだ。ボーヴォワールは、他の機械生命体やアンドロイドの部品を自分の体に取り付けることで巨大化してきた機械生命体だ。この一見、異常ともとれる行為はサルトルに恋をしたことをきっかけとしており、部品を取り付けることで「より美しくなれる」と信じて続けてきた。これが「第1レイヤー」となるが、「第2レイヤー」は「理解できない他者の価値をどう受け入れるか」という問いが提示された。このエピソードでは「美しくなる手段」として、他の機械生命体やアンドロイドの部品を取り自らに付けている様子が示されたが、人間が同じことをしたら人間社会では到底受け入れられないだろうとヨコオ氏は指摘。ただ、ここまで極端でなくとも世の中には理解できない行動をとる人たちが確かに存在するとヨコオ氏。そのひとつの例としてペットを虐待する人たちをあげ、その行動や考え方は理解不能ではあるものの「人間の存在そのものを否定するべきなのか」いうような答えのない「問い」がこのエピソードの「第2レイヤー」として描かれているとヨコオ氏は解説した。
■寡黙な賢者ロボに秘められた深層心理
さらにサブクエストの賢者ロボについても言及。このキャラクターは基本、無口だが、ハッキングすることで「自分はなぜ存在しているのか」を常に考えていることがわかるようになっている。だが「機械生命体は殺し合いの螺旋に陥り、そこから抜け出せない存在である」ということに気づき、鉄塔の上から飛び降り自殺をする。これは「第1レイヤー」だが、「第2レイヤー」は「表層の言葉と深層心理」がテーマとなっている。これは、それまで寡黙だった賢者ロボットが飛び降りる直前に初めて叫んだことと関わっている。それが「怒り」からなのか「恐怖」からなのかは示していないが、ヨコオ氏自身がこのシーンを通して問いかけたかったのは「人は本当に意味することを言葉にしているのか」という点であったと説明した。
■敵キャラが示した知識と感情の人間的対比
最後に示したのが主要な敵キャラクターで兄弟のアダムとイブについてだ。アダムは知能が高く、人間の知識を貪欲に取り入れるキャラクターとして描かれた。一方、イブは、単純に兄、アダムに憧れを抱くというキャラクターである。アダムは人間を学ぶうちに、「人間とは恨み合う存在だ」と悟ってプレイヤーと対峙し、最終的に敗れ去ることになる。イブはアダムが倒されたことに怒り、復讐を企てる展開になっているとし、これが「第1レイヤー」であるとヨコオ氏は解説。これに対し「第2レイヤー」は「知識で人間性を獲得しようとしたアダムと、兄が好きだという感情だけで生きてきたイブとの対比」にあると語った。多くのひとがイブをより人間的と感じるだろうとヨコオ氏は推測しつつも「知識には本当に価値はないのか」を考えることが「第2レイヤー」の本質であると語った。
さらにキャラクターの対比という点から2Bと9Sの関係についても言及。この2つのキャラクターは「強固な絆で結ばれている」と示しつつ、その「絆」は2Bがプログラム上、いずれ9Sを殺さなければならないという宿命を抱えている点にあるとヨコオ氏。2Bの正式名称である2Eは「Executioner」の意味であり、処刑執行人をあらわすとのこと。対して9Sはいずれ2Bによって殺されることを理解しつつ、それを受け入れるというという設定であるとヨコオ氏は解説した。また、彼らはアンドロイドなのでたとえ殺されても再生産される設定であるとヨコオ氏。ただ、繰り返し9Sを殺すことで2Bの心は重く変化しているとのこと。また物語の中盤で2Bはウィルスに汚染され、9Sを殺すことがないまま死んでしまう。9Sはその死によって自分が殺される状況を回避するが、逆にその事実が9Sを蝕んでいくことになるとのこと。つまり9Sにとっては「2Bに殺されることが生きがいだった」ということになる。この物語展開は一見、「いびつな関係に見えるかもしれない」とヨコオ氏は認めつつも、「本当に何かの対償なしで、本当に純粋な気持ちで友達や家族と付き合っているのだろうか」とヨコオ氏は会場に問いかけた。そして、この問いが、2Bと9Sの関係性における「第2レイヤー」に込められているとヨコオ氏は指摘した。
■AI融合社会のワールドビルディングに込められた人間性の再考
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▲基調講演が行われたメイン会場はニューヨーク州立大学バッファロー校。ナイアガラの滝から40分ほどの場所にある |
講演の終盤でヨコオ氏は、『NieR:Automata』は全編を通じて「保護者のいない世界でどうやって生きていくか」、「この不安からどうやって脱出するのか」、そして「たとえ脱出しても保護者がいないという事実は変わらないという螺旋状態にどう向き合うのか」に焦点に当てたと語った。
本作では、(前作に登場した)機械生命体にとっては生みの親であるエイリアンが現れず、アンドロイドの生みの親である人類も登場しない。これは「頼れるべきものが世界にはない」という漠然とした不安感とリンクしているとヨコオ氏は言う。また、改めて本作がSFをテーマにしているのではなく「人間性をモチーフにしている」という点を強調した。登場キャラクターを、人間らしく行動する機械として描くことで、逆に「僕ら自身が本当に人間らしい存在なのか」をプレイヤーに考えてもらいたかったとも述べた。AIの本質は模倣であるとしつつも人間の成長過程もまた外部情報からの学習に頼っていると指摘。日頃の行動や言葉を反射的に使うとき「機械的」な行動をベースにすることも多いとヨコオ氏。つまり、AIの発展を目の当たりにすることで、「人間自体が模倣する機械だったのではないか」と自問する機会を提供しつつ、それでも「機械ではない」と叫ぶ内なる言葉を認識することに人間性があるのではないかと結論づけて講演を締めくくった。
ヨコオ氏が招へいされた「Replaying Japan」は人文学的な視点からゲームを研究する研究者が中心となったカンファレンスだが、本講演は、「AI」と「人間性」を真正面からとらえるまさにカンファレンスの趣旨に合致した内容となった。さらに物語の行方をプレイヤーにゆだねる特性を有するインタラクティブナラティブの可能性を改めて示した形となった。次回の「Replaying Japan」は2025年8月、オーストラリアで開催されることが既に決定している。