中村彰憲のゲーム産業研究ノート グローバル編

立命館大学映像学部 中村彰憲教授による、その見識と取材などを元に、海外ゲーム情報を中心としたブログ連載!

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【ブログ】2023年のキーワードはシェアード・ユニバース

2023-01-17 13:30:00

 例年筆者は新年初回のブログを直感で語ることを継続し、来る年を予想してきた。

 1年前を振り返ると、2022年の直感は「コンテンツ大爆発」の1年だったが、「エルデンリング: ELDEN RING」が爆誕し、新規IPながら全世界で累計販売本数1750万本を突破することで、まずその予想が現実として現れた。さらに既存IPでは『モンスターハンターライズ:サンブレイク』が全世界販売本数で500万本に至り、「ポケットモンスター」正規ナンバリングタイトルの『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』は発売後、わずか3日で全世界累計販売本数1000万本を達成した。

 一方、映画興行もわきに湧いた。『ONE PIECE FILM RED』による日本国内興行収入180億円越えを筆頭に、『劇場版 呪術廻戦0』『トップガンマーヴェリック』『すずめの戸締まり』と100億円を超える作品が4本誕生し、2005年の5本に次ぐヒット作大爆発の年となった。

 洋画で唯一、そして実写作品で唯一日本国内100億円を超えた『トップガンマーヴェリック』は、「トップガン」シリーズ最新作にして「36年ぶり」の続編として話題となり、世界でも2022年の興行収益14.9億ドル(1937億円@130円)を記録する。さらに12月の公開からわずか3週間程度ながら15.2億ドル(1976億円@130円)を獲得し、『トップガンマーヴェリック』の世界興収を抜き去った『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』は、歴代世界興行収入トップの座をいまだに堅守する『アバター』の「13年ぶり」の続編だった。国内では、バスケットボール漫画の不朽の名作『スラムダンク』が、原作者の井上 雄彦氏自らが監督、脚本を務める形でアニメーション映画『THE FIRST SLAM DUNK』として制作され、年末、公開後わずか23日で50億円を突破するなど、往年のIPがコンテンツ産業全体を盛り上げたのも特徴的だった。

 コンソールゲーム、映画以外に注目すると、さらにここだけでは終わらない。ゲーム新興地域であるベトナムやフィリピンなどでは、NFTゲーム、『Game Infinity』が人気を維持し、NFTバブルが崩壊する中でも堅調に推移した。エンタメコンテンツ関連テクノロジーでは、Mid Journey、Stable DiffusionなどのグラフィックやSoundrawなどの音楽をはじめとした高度なジェネラティブAIサービスが台頭し、コンセプトアートメイキングなどを皮切りに新たな作品づくりのバリューチェーンに確実に組み込まれていくであろう片鱗を見せ、ツールレベルのテクノロジーからメディア・フランチャイズの大規模展開まで多様な分野でコンテンツの「大爆発」を目撃したのが、2022年だったと言える。

シェアード・ユニバースとは

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▲Mid Journeyを用いて描いたクトゥルフ。グラフィックに限らず、ジェネラティブAIサービスはコンセプトメイキングに対して民主化をもたらす



 さて、「2023年に注目される現象は何か」について思いを馳せた時、最初に直感的に頭に浮かんだのは「シェアード・ユニバース」と言う概念だ。

 「シェアード・ユニバース」(「Shared Universe」)は、複数の作家による複数の作品によって共有される物語世界を指す。一般的に世界設定、法則、人物、クリーチャー、デバイス、テクノロジー、イベント、文化、価値観が共通されていることを前提として作品が展開されるとされ、結果的に異なる作品間において連続性や相互関連性が存在するような感覚を生み出す効果がある。もともとは、コミック関連のライター兼編集者で、アメリカンカートゥーンのオンライン百科事典である「Don Markstein's Toonopedia?」を生み出した、Don Markstein氏が、アメリカンコミックに登場するキャラクターのクロスオーバー傾向を分析するうえで「Universe」という表現を使っていたことが端緒である※1と言われる。だが、「mega-texts」など比較文学研究にて、これに近しい概念はかねてから議論されていると考えられるため、どれが起源かについては断定することが出来ない。その一方で、「Shared Universe」とう用語がそのものを用いた議論がアカデミックで進められたのは1980年末ごろのようだ。Dalhousie Universityの英文学部に在籍していたPatricia Monk教授(1970年から教授を務め2003年で定年退職)が作家、C・J・チェリイ(CJ Cherryh)によるThe Alliance-Union universeの小説群を比較分析する中で、「share similar if not identical future-universe settings」(同一では無いにせよ類似した未来宇宙の設定)という表現で分析を進め※2、1990年には「The Shared Universe: an experiment in speculative fiction」(シェアード・ユニバース:スペキュレイティブ・フィクションにおける実験)※3と題した論文を発表している。

 これまで、筆者は「トランスメディアストーリーテリング」(「TMS」)や「メディアミックス」などハリウッドや日本のI Pホルダーが展開する多メディア戦略についてリポートしてきたが、ここにきて、また横文字概念を出すことに「眉唾感」を持つ人もいるかもしれない。ただそれには理由がある。TMSやメディアミックスは、二次創作の扱いなども内包することがあるにはあるが、基本的にIPホルダーが特定のIPを展開する上でのメディア戦略や物語の展開方法であるのに対し、「シェアード・ユニバース」は「共有する物語世界」そのものを示す。つまり、西遊記や水滸伝、ウィリアム・シェイクスピアをはじめとする古典作家の作品や、クトゥルフ神話(※ハワード・フィリップス・ラヴクラフトによる小説とそこに帰属する内容に関し)のようなパブリック・ドメインに属するもの、「クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス」に基づいて世界観や設定を共有する共同創作サイトSCP財団、スレンダーマンなどをはじめとした都市伝説なども「シェアード・ユニバース」に含まれる。これら、パブリック・ドメインやクリエイティブ・コモンズと指定された「シェアード・ユニバース」の場合、それぞれの古典やコミュニティが設定しているルールに基づいてコンテンツを生み出すことができれば、その世界観の再解釈や拡張に貢献することが出来る。その度合いの大小はそれぞれの作り手としての技量や「シェアード・ユニバース」に対する知識の差によって違いは出てしまうが、それでも、生み出された作品が、二次創作としてではなくその本流に組み込まれる(その程度の差はあれ)ことの意義が大きい。

 これらに加え、異なる文化伝統や伝承、ギリシャ神話や、聖書とその外典偽典で描かれている逸話といった宗教や三国志演義などの時代小説も「シェアード・ユニバース」として機能することがある。これらに示された世界観や事象を創作活動に用いることで、既存の作品群の中において自らの創作物を巧みにポジショニングすることが可能だ。たしかに宗教的なコンテンツは神聖であるため、扱いにおいてとりわけ注意を払う必要があるが、それが成功すると影響力のあるコンテンツとなる。ルー・ウォーレスによる小説『ベン・ハー』や手塚治によるマンガ『火の鳥(鳳凰編)』などはその好例と言える。

 既存の「シェアード・ユニバース」を利用することは、新規作品を展開するにしても、当初から世界観として濃厚で統一感のあるユーザー体験を生み出すことができるという点で事業展開の可能性を高める。

日本人にとって戦国時代とは日本独自の「ファンタジーシェアード・ユニバース」だ

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▲上映を2023年1月27日に控えた映画『レジェンド&バタフライ』のプロモーションも最高潮だ



 日本におけるその際たる例が「戦国時代」という「シェアード・ユニバース」だ。厳格に言えば、「シェアード・ユニバース」は主にフィクションにおける創作活動に対して使用されているものだが、日本で描かれる戦国時代は歴史的事実をそのまま描くというよりは「三国志演義」のように歴史を踏まえたうえでのファンタジー的要素が強く、そのような意味で「シェアード・ワールド」と位置づけても不自然ではない。

 例年、1月はNHK大河ドラマが始まるが、その時代設定が「戦国時代」になると、他の歴史関連コンテンツを展開する会社も例年以上に活況となる。例えば「真田丸」が放映されていた2016年には、カプコンから『戦国BASARA 真田幸村伝』がリリースされている。映画では同年9月に『真田十勇士』が上映され、その他、年間を通して、「真田家」や「真田幸村」をテーマにした漫画や書籍が多数出版されるなど、2016年は「真田」づくしの1年であった。大河ドラマは放送2年前には番組の内容が発表されるため、これら一連の作品が放送される年に偶然、発売されるとは考えにくい。無論、映像作品における製作委員会での運営とは違い、それぞれが便乗して「勝手」にやっていることだ。物語展開の詳細を知るよしも無く、リリースタイミングも推測に基づいて決定したことだろう。だがそこはメディアミックス大国日本。一般的に日本人はこれらが示す矛盾や多様性を楽しむことが出来る消費者としての特性を兼ね揃えているので製作に関わる企業側も展開をしやすいのだ。

 そして本題に戻ると、2022年は、「シェアードユニバース」的展開のメディア消費に特徴づけられた1年になる予感がするのだ。もちろん、その中心のひとつとなるのは日本独自の「ファンタジー」としての「戦国時代シェアードユニバース」だ。2022年『鎌倉殿の13人』の最終回でバトンを渡された松本潤演ずる徳川家康を中心に据えた『どうする家康』は、織田信長の台頭から大阪夏の陣あたり(と家康の死まで)を1年かけて描く。おそらく最初の3分の1は織田信長の躍進に翻弄される家康の姿、中間期には豊臣秀吉が天下統一を進める中でどう生き残るか、最終期でようやく徳川家康の大成が描かれると考えられる。

 これらのタイムラインを踏まえつつ、歴史関連コンテンツのリリース状況を見てみると、放送1ヵ月前である2022年12月1日にコーエーテクモゲームスよりシブサワ・コウ"40周年記念作品と銘打たれた『信長の野望覇道』がiOSとSteamで同時リリースされたことが頭に浮かぶ。また、1月末には木村拓哉演ずる織田信長と綾瀬はるか演ずる濃姫の生涯を描いた、大河ドラマチーフ演出OBである元NHKの大友啓史監督による『レジェンド&バタフライ』の公開が控えている。時期的に、その頃、本筋の大河の放送では、V6のメンバーでジャニーズ随一のアクションスターとも言われる岡田准一が、『レジェンド&バタフライ』の木村と同じく織田信長役で活躍していることが想定され、奇しくもジャニーズアクター二大巨頭による競演を楽しめるという図式となっている。

 またリード社の月刊コミック乱では、2022年10月号から戦国時代マンガの金字塔である「センゴク」シリーズの宮下英樹氏による『大乱関ヶ原』の連載がスタートしているが、月に1回、かなりじっくりと大乱へと至る経緯を描くスタイルを貫いていることもあり、おそらく今年の11月号か12月号あたりが開戦前後になる可能性が高い。つまり、時期的に大河とシンクロする可能性がある。このように、パブリックドメインであるファンタジーとしての「戦国時代」が『どうする家康』を中心に「シェアード・ユニバース」的に位置付けられ、密接な関係がない中、さまざまな作品群が競演することになり、これまで類を見ないレベルで顕著に印象付けられることとなりそうなのだ。

ゲーム業界にとって「シェアード・ユニバース」は新たな金脈となりえるか

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▲超巨大IPとなった「鬼滅の刃」フランチャイズも2月から敢行するワールドツアー上映という前代未聞の作品展開でさらなる価値の拡大化を進める


 もちろん、大河を中心とした複数企業による暗黙の連携で達成されるメディアミックスは、その規模の大小に関わらず例年実施されていることだが、こういった暗黙の発揮されるシナジー効果とユーザー参加モデルをヒントに、これまでに見たことがなく且つ日本独自の「シェアードユニバース」モデルがさらに台頭する予感もする。それがなんであるか分からないが、例えば2023年2月から3月に「鬼滅の刃」フランチャイズが前代未聞の『ワールドツアー上映「鬼滅の刃」 上弦集結、そして刀鍛冶の里へ』を敢行するが、その際、SNSプロモーションでのユーザー参加要素においてひと工夫が加えられるだけで、「シェアード・ユニバース」モデルの新展開へと昇華する可能性がある。

 この他にも、「シェアード・ユニバース」に、前述のジェネラティブAIサービスやDAOなどのWeb3技術が組み合わさることで生まれる新サービスの台頭などにも可能性を感じる。これまで一部の才能のある、または一定の努力を重ねた者のみが享受出来る嗜みであった「シェアード・ユニバース」によるクリエイティブコラボレーションが、広く一般へと広がっていく何らかの胎動があるような予感がするのだ。

 ゲーム業界にとって「シェアード・ユニバース」の利用は特に有益だ。RPGやアドベンチャー、アクション、オープンワールドゲームにおいて、緻密な世界観設定はゲームデザイン上必須だからだ。作品づくりに費やされるコンセプトワークや世界観設定で生まれた膨大なビジュアル、サウンドならびにテキスト情報は従来、メイキングやアートブック、攻略本ならびに特集記事に掲載するなどしか活用法用が無かった。だがむしろこれらを「シェアード・ユニバース」の一部として公開し、ユーザーがこれらの膨大な資料をベースに更なるクリエイティブを生み出すための枠組みを整理すること出来れば、プレイヤーは複数の異なるメディアプラットフォームで興味のあるストーリーやキャラクターを追うことが出来、より没入感のある体験をそのユニバースで得ることが出来る。結果的にそれはIP価値の最大化につながることになるだろう。既存IPは様々な関係企業が連携しそれ自体がビジネスエコシステムとなっていることから、このような戦略は非常に難しいが、新規IPの場合、一気にそのIPの存在感を高める戦略へと展開出来る可能性を秘めている。

 2023年は、そのような意味からパブリック・ドメインに属する「シェアード・ユニバース」に、大いに注目していきたい。


※1 MARKSTEIN, Don. The merchant of Venice meets the Shiek of Arabi.
CAPA-alpha [September, 1970]):http:/toonopedia.com/universe.htm#selection-15.55-15.65 で、" Tracing out "universes" of comic book characters is fun"(コミックブックキャラクターの「宇宙」を追跡していくのは楽しい)から始まるこのエッセイは、様々なコミックのキャラクターがクロスオーバーする際の傾向などについて多数の事例とともに解説している)。

※2 Monk, P., 1986. The Gulf of Other Minds: Alien Contact in the Science Fiction of CJ Cherryh. Foundation, p.5.

※3 Monk, P., 1990. The shared universe: an experiment in speculative fiction. Journal of the Fantastic in the Arts, 2(4 (8), pp.7-46.