中村彰憲のゲーム産業研究ノート グローバル編

立命館大学映像学部 中村彰憲教授による、その見識と取材などを元に、海外ゲーム情報を中心としたブログ連載!

  1. ゲーム・エンタメ最新情報のファミ通.com>
  2. 企画・連載>
  3. 中村彰憲のゲーム産業研究ノート グローバル編>
  4. 【ブログ】2022年はコンテンツ大爆発の年に

【ブログ】2022年はコンテンツ大爆発の年に

2022-01-14 12:00:00

 2021年はニューウェイブの台頭と新サイクルの始まりとしていたが、そのような視点からいうと、「エヴァンゲリオン」シリーズといった、大規模IPが一区切りをつけた年初からはじまり、「マーベル・シネマティック・ユニバース」の第4フェーズの本格的始動や、「スター・ウォーズ・ユニバース」における『ジェダイの復讐』直後の群像劇の胎動、劇場版「鬼滅の刃」 無限列車編での成功を劇場版 『呪術廻戦 0』へと継承した集英社型メディアミックスの新展開、ゲームアプリのリリースにともなうメディアミックスプロジェクト、「ウマ娘 プロジェクト」の本格的なブレイクなどまさに新しいものの胎動を見る機会に恵まれた1年であった。では、このような状況を経た2022年、我々は何を目撃するのか、例年にならって「占って」みた。

『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』が見せるTMSの発展体系としてのマルチバース展開

CAP001

▲筆者も最速上映に参加したが、0時にも関わらず9割程の席が埋まっていた。



 日本も含む世界で破竹の勢いで興行収益があがっている作品がソニーピクチャーエンターテインメント(以下、SPE)とディズニーによる「スパイダーマン」シリーズ最新作、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(以下、『スパイダーマン NW』)だ。2021年12月に北米をはじめ世界各地で展開された際は、パンデミック期で初めて世界での興行収入が15億ドル(1725億円)を突破したのに加え、SPEが北米で配給した作品のトップ、12月に上映を開始した作品のオープニング週の興行収益としては長年記録を保持していた『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の記録を更新して継続的に話題を振りまいている(1)。日本では、2022年1月7日から公開したが、ユーザー評価も極めて高いのに加え業績的にもかなり高くなるのは確実と言えよう。

 『スパイダーマン NW』で鍵となる概念にマルチバース(多元宇宙)がある。マルチバースとは現存している宇宙とは別次元で多数の類似した宇宙が並行して存在していることを仮定する論説である。ライト系では、「パラレルワールド」として扱われるSFファンタジーもその一環と言えるが、ガチなマルチバースというと従来、かなりハードなSFで用いられてきた。それが『スパイダーマン:NW』は、非常に自然な形でライト層に受け入れられるようにマルチバースが導入されたのだ。

 もちろん、長年の特撮ファンや、アニメファンであれば、マルチバースこそ、メディアミックスの王道展開(2)で、もはや日本のお家芸でしょうというひともいるかもしれないが、すこし待って欲しい。筆者が注目したのはマルチバースそのものではなく、今回のマルチバースの導入が、世界観や物語の連続性を維持しながら複数のメディアで物語を拡張させていくトランスメディア・ストーリーテリング(TMS)の発展系として実現した点だ。

 これは簡単ではない。もともと物語の一体感や世界における時空間の連続性を維持することで各作品に散在されていた伏線がクライマックスで回収されるカタルシスを重視するのがTMS展開の醍醐味であり、これまでの観客もそれを望んでいるのは間違いない。

 このような観客に対してはイベント上映的ないわゆるお気軽なクロスオーバーはむしろマイナス効果になってしまう。そのような中で、予告編でも明らかになっているように今回は従来までMCU外であったサム・ライミ版3部作と、マーク・ウェブ版2部作の「スパイダーマン」シリーズからヴィランが集結する。ただ今回、筆者が作品を見た限りではこれらのヴィランが「ご都合主義」で、または「お祭り気分」で集結しているわけではなく、そこまでに至るきっかけやその意味が、MCUの世界線的にも、物語展開においても、主要人物の成長という視点でも存在意義がある形で登場しているのだ。これによりクライマックスでは観客がとてつもなく満足度を高めることが出来る。実際、Youtubeなどの動画共有サイトでは『スパイダーマン NW』における観客のリアクション動画がアップされているが、クライマックスでのリアクションは『アベンジャーズ/エンドゲーム』のそれに匹敵するかそれを上回っているといっていい(作品を未見のひとはこれらを見ることはおススメしないが)。つまり、観客はTMSでの大団円ばりのカタルシスを味わっているということだが本来、物語が繋がらない作品でのクロスオーバーでこのような感動を得ることはないだろう。そのような意味でも『スパイダーマンNW』は革新的だと言える。

 もっとも、なぜ、ソニー版スパイダーマンユニバースのヴィランたちがこうも簡単にMCUに来てしまうのかという点において『スパイダーマン NW』は説明不足かもしれない。だが、MCUのコアファンであれば、これを「ご都合主義」と捉えるひとは皆無だろう。 というのもMCU世界が従来の域を超え「多様な世界線が存在する世界になっている」状況になっている理由をDisnely+のマーベルドラマ『ロキ』、『ワンダ・ヴィジョン』でかなり丁寧に描いていたのだ。マルチバースの存在自体、既に2017年に公開された『ドクター・ストレンジ』で示されていたことから、MCUファン層に対してはこの概念についてかなり前から「仕込んでいた」ということが出来る。スパイダーマンの熱心なファンにとっては、そもそも「スパイダーバース」シリーズがある位なのでマルチバースの説明は不要だ(辻褄があっていなくともあまり気にしないと言う意味でも)。つまり、熱狂的なファンからライトファンまでだれもがマルチバースという複雑な世界観を「納得出来る」形で提示出来たのだ。この数年間、ケヴィン・ファイギ率いる映画版マーベルシリーズを生み出すクリエイター集団の戦略は、世界中のクリエイターにとってのベンチマークの対象となっているのは間違いないが、今回の展開は世界中のトップクリエイターにとってあらたなインスピレーションを与えたのは間違いなく、そのような意味でも今後、これらの作品から影響を受けた世界のIPがどう変容していくのか楽しみでならない。

『Arcane』の成功がeスポーツ対象種目xTMSの可能性をさらに拡張させる

CAP002

▲『Arcane』の成功はeスポーツファンも自分たちがプレイする作品の世界観を拡張する優れたコンテンツを望んでいることが明らかに。



 MCUに加えて注目するべきなのが、Netflix独占アニメとしてファースト・シーズンが展開された『Arcane』だろう。これまで海外で成功しているeスポーツの競技タイトルとしては、『Dota2』を原作としたアニメ『Dragon’s Blood』があるが、これは、リリース直後の数日、ロシア、ウクライナ、フィリピン、ブルガリアなどの国で視聴者数がトップ1になる程度であった(3)。この中でロシア、ウクライナなどは『Dota2』のトッププロプレイヤーが在籍している国であり、フィリピンはeスポーツが盛んな国である。またブルガリアにおけるeスポーツプレイヤーの賞金獲得総額は2021年、37位と決して上位にランクインしているわけではないが、同国で最も賞金を稼いでいる選手が『Dota2』プレイヤーである(4)。

 だが、3DCGテレビドラマ『Arcane』は更にその先を行く成功を収めた。eスポーツ競技としてもトップクラスであるライアットゲームズの『League of Legends』ユニバースである、ルーンテラワールドの一角に存在する二重都市国家、ピルトーヴァー とゾウンを舞台に、『League of Legends』世界大会が開催される前の時代を舞台としており、同都市国家ゾウンにおける主要チャンピンのひとりであるジンクスの出自などが描かれた。ストーリー展開も、最終的に現在のゲーム世界に通じるように矛盾なく展開されていることから、本作はトランスメディア・ストーリーテリング(以下、TMS)の定義に近い形で作品がプロデュースされたと言える。

 また、同作は全9話で構成されるシーズン1のコンテンツを3話ごとにActとして区切り、Act1を11月6日に、Act2を11月13日に、そしてAct3を11月20日に順次リリースした。その結果はすこぶるよく、TVドラマ部門のグローバルランキングで11月14日の週は2位、11月21日の週はトップを獲得。11月28日も4位にランクインするなどの好成績を収めた(5)。さらに注目したいのは『League of Legends』の2021年賞金獲得総額でトップ20のプレイヤーを輩出している韓国、チェコ、ドイツ、トルコ、スペインや、eスポーツ賞金獲得総額のランキングトップ5に位置づけられるロシア、ウクライナなどでは軒並み高視聴者数を獲得している点だろう。表でも示したとおり、同作の視聴者数ランキングにおいてはリリースされてからAct2及び終章を含むAct3がリリースされた第2週から第3週まで軒並みトップ5にランクインしている。意外にも同作品を展開しているライアットゲームズの本社があるアメリカではトップ10に2週ランクインしただけに留まっている。

 その一方でeスポーツ大国であるロシアではリリース後、3週にわたりトップ1にランクインし、以降、8週にもわたりトップ10にランクイン。ウクライナにおいても最初の2週間はトップ1入りした後、7週間もトップ10内に滞在するという盛況ぶりだ。既に第2シーズンの制作が決定しているが、まさに「興行として」成功しているeスポーツ種目はTMS展開でも成功出来ることが本作で明らかになった。またeスポーツの興行がブローバル規模で成立している種目は、たとえ本社が存在する国での視聴者数のランキングがそこまで高くなかったとしても同作が種目として盛んであったり、単純にeスポーツに対して関心が高かったりする国々では注目されるのも明確となった。コロナ後の日本ゲーム産業において注目したいのがやはり興行としてeスポーツだが、今後、期待されるのは、付加価値の強いIPx興行としてのeスポーツを統合出来るゲームパブリッシャーであるということだ。この点については、今年は更に深いところまで踏み込んで取材を続けていきたい。

PS5にとって豊作の1年となるか

CAP003

▲抽選販売はいまだに30~40倍とのこと。黒カード縛りがあっても転売屋を撲滅するのであればゲームファンはそれを受け入れるだろう。



 さて、ここまで、今年も結局、TMSの新トレンドから日本ゲーム業界の将来を占う形となってしまったが、そこでとりわけ中心的な役割を果たしうるプラットフォームはやはりPlayStation5であり、ソニー・インタラクティブエンターテインメント(SIE)であろう。というのも「機動戦士ガンダム」における「宇宙世紀ユニバース」がそもそも、ティーン層以上の年齢層を意識し、ドラマとしてのリアリティを重視して制作を進めたことが、自然とTMS展開に発展していったことからも明らかなとおり、TMSというのは社会の複雑性について学び始めた層に熱狂的に受け入れられる傾向にあるからだ。そのような意味で日本発のIPにおいてTMS的展開で先進的に進んでいるのは、前述の「宇宙世紀」ユニバースの他では「鬼滅の刃」シリーズなり「Fate」シリーズだったりする。いずれにもソニーグループであるアニプレックスがIP展開で主要な役割を果たしている。今後、これに「呪術廻戦」シリーズが加わってくるのだが、この際もおそらくPlayStationプラットフォームは主要な役割を果たす可能性がある。

 これに加えeスポーツ興行イベントにおける一角をしめるEvoも既にSIEグループ傘下となった。格闘ゲームを種目としたeスポーツの興行が強い同イベントがSIE傘下の中でどう興行としての格闘ゲームの魅力を盛り上げていくか、さらには国内外のゲームパブリッシャーと協業を果たすにかが注目される。格闘ゲームとしては前述のライアットゲームもルーンテラワールドを活用した『Project L』が開発の佳境を迎えており、同作がサービスインした際にEvoにも正式種目として参入するのか気になるところだ。状況によっては、eスポーツ大会での結果がIPにおけるTMSの進展に影響を与えるといったARG的な展開も不可能ではなくそのような視点でもeスポーツxTMSから望める新たな可能性に期待がかかる。

 このような中でPlayStationプラットフォームは、ゲームプレイはもちろん、ライブ配信の受送信という点においても、アニメやVFXドラマなどに派生したコンテンツの受信をするにしても極めて優れたプラットフォームだ。つまりすぐれたIPから拡散されるコンテンツ群をしっかりと受け止められるプラットフォームがPlayStationプラットフォームだといえる。

 そのような意味からも俄然、重要になってくるのがPlayStation 5(以下、PS5)の存在だ。PS5は発売以来、いまだに在庫不足が続いているが、2022年はいよいよそれが解消に向かう1年となる可能性が高い、というよりは、解消に向かわないと前述のようにTMS展開が国内外で爆発的に発展し、その中におけるゲームの存在感が俄然高まる中でブランドとして付加価値を高める機会をいよいよ失ってしまうフェーズへと突入する。年初、ゲーム業界界隈で一番話題となったのは、ヨドバシカメラが日本全国で展開したPlayStation5の店頭販売だろう。「黒カード縛り」といったことがSNS上で飛び交ったように、今回の店頭販売は、ヨドバシカメラが発行するゴールドポイントカード・プラスというクレジットカード付のヨドバシカメラカードでクレジットカード決済をおこなう場合のみ購入可という縛りがあった。かなり敷居の高い販売手法ではあるが、これでほぼ確実に転売屋への販売を防ぐことが出来る。店側としては、「顧客ID」と「決算の簡便さ」を確保することが出来るのに加え、店の賑わいも生み出すことが出来る。これにあわせて、ポイントを付与したり、それ以外の特典をしっかりと提供出来れば、「入口」はどうあれ、確実に地元の店舗ファンを生み出すことが出来るだろう。ヨドバシカメラは2021年初頭にも同様の戦略を採っていたが、その後、抽選販売が各所から永遠と続き、落選ばかりしていた消費者が多い現在、たとえ「黒カード縛り」であっても、店頭に先に並びさえすれば購入できることほど嬉しいことはない。とりわけヨドバシカメラの店頭販売は2022年、かなり大規模に展開し、その反応もかなりのものであったことをふまえると、他の家電量販店もこのビジネスモデルを踏襲する可能性が高い。

 「転売屋や他国への並行輸出業者」に対しゲーム機を販売する店舗に対する消費者のアレルギーをふまえると、店側にとってこの手法を継続することの正当性が生まれることから、たとえ、ハードの供給が進んだとしてもこの手法を採用する量販店が今後も維持されることは想像に難くない。いずれにしても、従来の転売屋が入り込む余地を与えていたエコシステムが改善され、ゲームをプレイしたいユーザーの手に公平且つ正当な方法でゲームハードがいきわたるコシステムが市場原理ではなく消費者良心のもとの構築されるのが2022年だ。消費者のモラルが、転売屋から勝利した年になるとも言えよう。

 こうしてローカルなゲームのファンコミュニティから、グローバルIPのファンコミュニティ、そしてeスポーツファンコミュニティへとシームレスにつなげることが出来るサービスが2022年は注目されるようになるのだ!



(1) McClintock, Pamela (2021) “‘Spider-Man: No Way Home’: All the Box Office Records Broken” The Hollywood Reporter.com

(2)アニメとしては『マジンガーZ対デビルマン』(1974年)、特撮モノでは、『五人ライダー対キングダーク』(1974年)、特撮映画では『キングコング対ゴジラ』(1962年)などのクロスオーバーモノも概念的には簡易なマルチバースであると位置づけられる。「スタートレック」シリーズにはミラーユニバースが存在しており、『新スタートレック』第163話『無限のパラレルワールド』(1993年)はまさにマルチバースがテーマ。J・J・エイブラムス監督によるリブート版「スタートレック」(2010年)シリーズが展開されているのはケルヴィン・タイムラインと言われこれもマルチバースの一環といえるが、その他の作品がシリーズ展開されているプライム・タイムラインとの関係性はそこまで深くは扱われていない。

(3)Kathuria Rakshak (2021)” In Which Countries Is DOTA: Dragon’s Blood Trending on Netflix?”AFKGAMING.com

(4)esportsに関する記述は全てeSportsearningのカントリーリポートに基づく。ブルガリヤについてはTop 100 Highest Earnings for Bulgariaによる

(5)Netflix Top 10 Ranking(最新データ2022年1月2日にもとづく)