中村彰憲のゲーム産業研究ノート グローバル編
立命館大学映像学部 中村彰憲教授による、その見識と取材などを元に、海外ゲーム情報を中心としたブログ連載!
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中村彰憲
立命館大学映像学部 教授 ・学術博士。名古屋大学国際開発研究科後期課程修了 早稲田大学アジア太平洋研究センター、立命館大学政策科学部を経て現職。 日本デジタルゲーム学会(DiGRAJapan)会長、太秦戦国祭り実行委員長 東京ゲームショウ2010アジアビジネスフォーラムアドバイザー。 主な著作に『中国ゲームビジネス徹底研究』『グローバルゲームビジネス徹底研究』『テンセントVS. Facebook世界SNS市場最新レポート』。エンターブレインの ゲームマーケティング総合サイトf-ismにも海外ゲーム情報を中心に連載中。
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【ブログ】『El Shaddai - エルシャダイ』Steam版発売、そのオリジンについて(その2)
2021-08-25 14:00:00
「そんな装備で大丈夫か?」で約10年前、日本を席巻した『El Shaddai - エルシャダイ』のSteam版がいよいよ発売!その創造主である竹安佐和記氏にそのオリジンについて聞いた!(その2)
竹安佐和記氏(『エルシャダイ』ディレクター)と元イグニション関係者との出会いから、ルシフェルのコンセプトメイキングまでを伺った本シリーズ(前回の模様はこちら)。第2弾は、UTVトップへのプレゼンテーションからを発売時当初までの状況を伺う。
▲「あのPV」でおなじみのルシフェル登場シーン |
Q:最終的に本社側にはどのようにプレゼンしたのでしょうか?
元イグニション関係者:「映画のようなゲーム体験」というのがコンセプトでした。昔、映画館に行ったらいつも買っていた定番の「パンフレット」風にGDDを作りました。タイトル名については、英国本社社長が来日中に彼のホテルの部屋で2人でずっと考えていて、やっと「Angelic」と言うタイトル案が出ました。字体、ロゴ化のイメージ、響き、ゲームとの親和性も悪くなかったのでこれにしようと英国本社社長に言われましたが、「商標調査をやってからにしよう」と私が言って、即調べたのですが、コーエーテクモゲームスさんが既に「アンジェリーク」というゲームシリーズ名をご登録されていましたので断念しました。ただ、その後、タイトル名は簡単には思いつきませんでした。そこから時間が過ぎて、継続検討している中で、英国本社に当時在籍していたプロダクト・マネージャーのジムフィルポット氏が『エルシャダイ』を提案し、それを竹安さんに預けて、最終的に採用の判断をしてもらいました。
竹安:はい。いくつかある中から選ばしてもらいました。日本にない「音」だったので。
Q:たしかに無いですね!(笑)
竹安:あと一回目で言えない発音だったということもあります。
元イグニション関係者:登場する天使全員に「エル(EL)」がついているので、その最上の「エル(EL)」という意味だったと聞きました。
竹安:そうですね。通常、天使には「エル(EL)」が語尾についているのですが、「エル(EL)」を前につけるというのは、天使を超えるという意思表示があったんです。イーノックが天使を超えるという示唆があるんです。実はこれは、イーノック本人というよりはルシフェルの願いだったのですが。所詮、神の付き人でしかないルシフェルは実はそれを超えたいという想いがあったので。もちろん、主人公はイーノックですけど。
Q:ASCENSION of the METATRONとはなんでしょう?
竹安:あの部分は本社からの提案だったのですが、最終的に様々な意見でつくりあげられていったという感じです。でもそちらのほうが、作家の意思を超えることになるので良かったと思っています。作り手の見る先がひとりだと、ユーザーも先読みしやすくなってしまうんです。それが、作り手自身も見えていないものだったらいいじゃないですか(笑)。
あの伝説のプロモーションビデオは、企画の最終審査で用いられたものだった!
エルシャダイ公式トレーラー
Q:イグニッション本社側も『エルシャダイ』の企画案に手ごたえを感じ始めていたようですが、開発が決定するプロセスはどのようなものでしたか?
元イグニション関係者:最終的には当時の出資元だったインドのUTVから予算を獲得しなければなりませんでした。パンフレットの出来が良くても、ゲームプレイそのものがイメージ出来ないと単に絵に描いた餅なので。なので、そのイメージを具現化するためにムービーをつくることになったのです。そこに竹安さんのイメージを可能な限りに詰め込みました。それが「そんな装備で大丈夫か」でネット界隈を騒然とさせたあの伝説のムービーです。
Q:あの、伝説となっている、東京ゲームショウ2010の際にも流されたあれだったんですね!
元イグニション関係者:そうですね。竹安さんが白組さんと苦労に苦労を重ねて密接に連携しながらつくりました。
竹安:このころには既に木村雅人プロデューサーにも参画いただいていました。学生時代からの友達で気心もあい、能力もあったので、木村くんが前職を辞めるというタイミングで参画してもらったのです。
Q:本社やUTV側の反応はどうだったのでしょうか?
元イグニション関係者:ムービーが完成したときも英国本社の社長に来日してもらって白組オフィスでお披露目したのですが、出席できる開発スタッフにも集まってもらいました。英国本社社長と私は後で来てくれと言われたので時間通りに着くと、まだ準備ができないので待ってて欲しいと言われて、三茶周辺の喫茶店で1時間も待たされてイライラしていました(苦笑)。それから程なく「準備できた」と電話がありました。私と社長は感動しました。正直、その後、あそこまでネタにされるとは夢にも思わなかったのですが……、あのようなビジュアルは見たことがなかったし、指パッチンで、時間を巻き戻して、再起動すると少しシーンが変わっていたのにも驚きましたが、それ以上に唯一無二のオリジナルコンテンツの種を作れたことの感動が大きかったです。北米の血なまぐさい戦闘シーンの3DCGというわけではないですが、異形の雰囲気や空気感などですごく新鮮だったことを覚えています。英国本社社長とホテルに帰るタクシーの中でずっと興奮状態でした。いまでもはっきり覚えています。社長が帰国後、プロトタイプ開発用の予算についてUTVにプレゼンし、その後程なく、開発費を獲得しました。
▲近未来と諸民族の黎明が融合したような不思議な雰囲気が特徴だ |
Q:では、プロトタイプ開発に着手した時はどのような感じだったのでしょうか?
元イグニション関係者:ひとりづつスタッフを自前で採用していき、必要最低限の開発機を揃え、プログラミングも開始する為に事務所を探していました。新宿三丁目のオフィスに移転するまではパークタワーの貸しオフィスで開発を進めていましたが、開発機を数台動かして、フロアの電源をふっ飛ばすというアクシデントもあり、その後、必死で場所を探し新宿三丁目に移転しました。
Q:プロトタイプを開発するにあたって、ゲームデザインに特化した専門家をディレクターとして据えるというのが一般的ですが、なぜこのプロジェクトはアーティストである竹安さんがそのままディレクターも兼務したのでしょうか?
竹安:最初はディレクターも探していたんです。ただ、つくっている世界観が個性的になりすぎてしまい、人に託せなくなってしまったんです。
Q:ゲームのコンセプトを伝えた際、クリエイターの反応は当時、どうでしたか?
竹安:やっぱり、きょとんとされますよね!
Q:なるほど(笑)。
竹安:たぶん、分からない、理解できないということだと思います。エロもグロも排除し、無国籍感を強調し、元ネタを「エノク書」としてたので分からないことだらけだったんですね。分かりやすくするのなら、エロやグロを強調するでしょうし、日本的や北米的といったテイストも明らかに、元ネタも「聖書」にしたことでしょう。実際、いまでも新たなプロジェクトを提示した際、「きょとん」とされます。でもそれでダメと言われたこともないですね。「面白そうだけど出来るかな~」と言われます。
Q:ここまでで、クリエイティブに関しては一発でOKをとってきてますもんね。
元イグニション関係者:NGを出せる人がいないといった方が良いですかね。少なくともそれに対してモノを言えたのは英国本社社長だけだったので、そこでクリエイティブコントロールをやっていました。彼は竹安さんに対しても友達のような感覚で接してくれました。とにかく新しいモノを作りたいという一心でしたから。なので、我々は、竹安さんを信じて、竹安さんのもとに集うスタッフも全て竹安さんに任せました。お金の管理とUTVとイグニッションの経営層への対応は私が全て担当しましたが、人選は竹安さんにお任せしました。竹安さんが作るゲームとそのゲームが発売される未来を守り、その未来を英国本社社長と私は見たかったからです。
Q:プロトタイプは最終的にどこまで出来ていたのですか?
竹安:ここから1年程かけて開発を進めました。ただ、1年と言っても実際のゲームづくりに直接的に費やしている時間は3ヵ月程度だったのです。残りの9ヵ月はシステム開発やその検証の連続でした。トライアンドエラーばかりです。
Q:当時のミドルウェアはそこまで使いやすいわけではなかったわけですね。
竹安:プレイヤーキャラクターをジャンプさせるだけでも、ジャンプ距離や、着地時のカメラワークなど、ひとつひとつ決めていく必要がありました。これに非常に時間を費やしましたね。
『エルシャダイ』の世界観を見事に反映したゲームデザイン
▲不思議な魅力であふれるステージ構成はまさにスタッフによる叡智の結晶だったと竹安氏は言う |
Q:プロトタイプを経ていよいよ本開発なのですが、まず、『エルシャダイ』で注目したのがボタンアクションです。どのような発想で取り組んだのでしょうか?
竹安:モーションディレクターの三宅章仁さんがバトルディレクションをやってくれたので、そこでかなり助けてもらいました。
Q:ガーレなどの武器はいかがでしょうか?
竹安:こちらはゲームデザイン上、遠距離からの攻撃が必要になって結果的に生まれました。その攻撃技の特徴から「機動戦士ガンダム」シリーズのファンネルなどからも影響は受けていると思います。結局、遊びをつくろうと思ったら足し算をしていかなければならないので。武器を増やすというのは分かりやすいですよね。
Q:武具が徐々にはがれていくという仕組みはなぜ導入したのですか?
竹安:それは、体力バーを入れたくなったからです。
Q:ステージデザインについても、まずオープニングクレジットにはおどろかされました。
元イグニション関係者:手前みそですが、実は、あのシーンが大好きなんです。通常はオープニングでムービーを入れてゲームタイトルにいったりするお約束のプロセスがありますが、あのオープニングシーンで時代の流れを語るという点でまさにコンセプトである「映画のようにゲームを見せる」というのに合致していたと思います。今みても、あの部分は新鮮です。
竹安:「エノク書」を読んだときの印象がとにかく壮大でしかなかったからです。人の寿命は神の手に乗っている程度しか考えられない、まさに仏陀の手の平のような、そんな雰囲気を出そうと思いました。我々の常識感覚を遥かに超越しているというイメージです。その中を、僕らと同じような人間がひとり旅をしている、これだけでユーザーは惹きつけられるのではと思いました。死ねない、死なせないんですよね。その点から見ると、ルシフェルは悪魔だと感じますよね。死ねないというのはある意味無限の死を経験することと同じですから。
Q:帳の中の無国籍、無時代、まるで過去、現在、未来をひとつの空間に入れたようなビジュアルもすごかったです。
竹安:あれは、堕天使がイメージした世界だからああなっているわけですね。人類は時間を積み上げて発展しますよね。堕天使は、時間軸が目の前に見えてしまう存在なので。
Q:音楽はいにしえの民族音楽のようなのに、使われているテクノロジーは超未来といった違和感がありました。
竹安:音楽についてはアフリカの民族音楽なども参考にしました。その他にもインディアンの間で信じられたガチナドールなどの自然信仰も取り入れています。
Q:エゼキエルの2Dプラットフォームステージも非常に印象深いです。
竹安:あれは背景ビジュアルを担当していたスタッフのセンスが良かったからですね。僕がオーダーしたのは「変わり続ける世界」と「人智を超えた」イメージでとお願いしたんです。時間が混乱している世界でもあるので。
Q:突風をプラットフォームにしてジャンプするといった表現に挑戦するのはかなりの冒険でしたよね?
竹安:僕も怖かったですよ。すごく! でも、スタッフの技術力を信じた結果、実現しました。担当者は技術屋だったので、技術的にもかなりのチャレンジをおこなっていましたね。この他にもステージごとに担当を決めていたので皆さんのセンスが反映されています。
Q:なぜ、作品全体が奇抜な発想になったのでしょう?
竹安:感情的な視点で様々なものを分析するくせがあったからでね。戦国武将の甲冑展を見に行っても、甲冑デザインについて注目するというよりは、甲冑のサイズの小ささに注目したり(笑)。……といったものです。
Q:この他にも1980年代のロックスターを彷彿とさせるアルマロスだったり、超巨大なネフィリムだったり……。
竹安:ものすごくスタッフたちが「遊んで」いましたね。スタッフによる努力のたまものです。ネフィリムについても「サリエルがネフィリムを預かっている」ステージだと提示したところ、あとはスタッフがアイデアをふくらましていったんです。まあ、「エノク書」の設定として、ネフィリムが巨大な存在で物を食べ尽くすというのがあったのも関係していますが。
このような形で、プロトタイプから本開発へと進み、いよいよ、作品プロモーションへと進んでいく。また同作は、新規IPでありながら作品世界に矛盾を生むことなく小説、ライトノベル、コミックへと展開された、トランスメディア・ストーリーテリング的展開を行った珍しい作品である。一般的に、このように作品を拡げていく場合も1作目の場合は保守的に展開することがほとんどだからだ。そこで次回は、なぜ竹安氏がそのような構想を2010年の時点で思い立ったのか伺っていく。