中村彰憲のゲーム産業研究ノート グローバル編
立命館大学映像学部 中村彰憲教授による、その見識と取材などを元に、海外ゲーム情報を中心としたブログ連載!
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中村彰憲
立命館大学映像学部 教授 ・学術博士。名古屋大学国際開発研究科後期課程修了 早稲田大学アジア太平洋研究センター、立命館大学政策科学部を経て現職。 日本デジタルゲーム学会(DiGRAJapan)会長、太秦戦国祭り実行委員長 東京ゲームショウ2010アジアビジネスフォーラムアドバイザー。 主な著作に『中国ゲームビジネス徹底研究』『グローバルゲームビジネス徹底研究』『テンセントVS. Facebook世界SNS市場最新レポート』。エンターブレインの ゲームマーケティング総合サイトf-ismにも海外ゲーム情報を中心に連載中。
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【ブログ】『El Shaddai - エルシャダイ』Steam版発売、そのオリジンについて(その1)
2021-08-18 14:00:00
「そんな装備で大丈夫か?」で約10年前、日本を席巻した『El Shaddai - エルシャダイ』のSteam版が9月2日発売! その創造主である竹安佐和記氏と同作パブリッシャーである元イグニション関係者にそのオリジンについて聞いた!
「そんな装備で大丈夫か?」ネットミームとして伝説的な存在となって10年たった今でも色あせない『El Shaddai ASCENSION OF THE METATRON(エルシャダイ アセンション オブ ザ メタトロン)』(以下、『エルシャダイ』)。その不思議な世界観や独自なゲームデザインは、いまだに記憶しているひとも多いだろう。このような中、驚くべき事実が、同作ディレクターである竹安氏のツイッターより発信された。なんと、Steam版が9月2日にリリースされるというのだ。そこで当時、同作のパブリッシャーだったUTV Ignition Entertainment Ltd.日本スタジオ(以下、イグニッション・ジャパン)で『エルシャダイ』のディレクターを務めた竹安佐和氏に取材を申し入れた所、今回のインタビューが実現した! なお、竹安氏は本誌のコーナーで同作発売時(ほぼ10年前!)にもインタビューを敢行しており、その模様はこちらからも読むことが出来る。
特集!『El Shaddai』のIgnitionを訪問。第1弾
第2弾 シンプルでわかりやすく、常に動き続けるゲームデザインとは!
第3弾 竹安ディレクターが語るイーノックとルシフェルの誕生秘話
インタビューでは、竹安氏と元イグニション関係者との邂逅から、「エルシャダイ」のこれからまでを伺ったが、今回は、2人の出会いから、企画原案におけるキャラクターデザインまで解説する。
竹安氏の才能に一目ぼれして始まったイグニッション・ジャパン・オリジナルIPプロジェクト
Q:いよいよ『エルシャダイ』のSteam版がリリースされるとのことですが心境は?
竹安佐和記氏(以下、竹安氏):そうですよね。なんか意外に話題になったので、ちょっと逆にびっくりしているくらいなんですが……。
Q:ゲームがリリースされてからも小説などで続編が次々とリリースされましたよね。やはりプレイした後のあの不思議な感覚に戻りたいという人も多いのではないでしょうか?
竹安:ありがとうございます。実はこの間、表に出ていないのもいっぱいあります。本当に様々なことをやってきました。
Q:そうなんですね。この度は、竹安さんと、元イグニション関係者がどのように『エルシャダイ』の開発に至ったかというところから聞いていきたいと思います!
元イグニション関係者:私は2006年位からイグニッション・ジャパンの責任者に就任したのですが、当初は1人事務所で、主に日本のゲームライセンスを取得して、イグニッションUSAとEuropeへのタイトル供給を主導していました。ですが、数年で我々が取得出来るIPにも限界が見えてしまったのです。というのもライセンスを受けて、一生懸命ローカライズしてパブリッシュしても、結局は数年後に版元に返さなければいけません。収益を作るだけのビジネスとしては成立しますが、結局は何も残りません。ですので、この時頃から自分達のオリジナルコンテンツを作りたいと英国本社社長と話していました。当時は正に夢を語っていましたね。
Q:では、どのように竹安さんと出会ったのでしょうか?
元イグニション関係者:お話ししたように私は常に積極的にライセンス獲得営業をしていたので色々な方と会っては話をしていました。ある時、どうしても欲しいIPがあって、それをリメイクしようと英国本社社長と作戦を練っていました。そして、あるキーマン(当時はそう思っていました)の会社にお邪魔して商談していました。会議も終わりに差し掛かり、私が帰ろうとした時にその会社の社長が「元イグニション関係者さんミリオンダラープロジェクトに興味ある?」(本当にこう聞かれたのです)と聞いてきたので、「ミリオンダラーに興味ないわけないじゃないですか!」と返したら、「ちょっと待ってて」と言い、大きなスケッチブックを私の前にポンと差し出したんです。その時、「これがミリオンダラー?」と思いながらページをめくっていきました。そしたら、「バイオ」だとか「鉄騎」だとかのイラストが出てきて、「これ何ですか?」と私が聞いたら、「この人は億かせげる人だ!」と言われて、「ふーん」と思いながら、最後のページを見た途端、正に何かがigniteしました。(笑) 私を痺れさせたのはカプコンさんのゲーム『大神』の「タカマガハラ大緑化図」でした。あんなに衝撃を受けたものを見たのは初めてでした。花びらが渦を巻いて、まるで動いているかのように見えるイラストに圧倒されました。その時の感覚は「この人となら英国本社社長と話していた夢を実現できる!」と思いました。その後、平静を装いながらも慌てて自分のオフィスに戻り、英国本社社長に「すごいアーティストを見つけた!」と言ったんです。竹安さんと話をはじめたのはその後ですね。
Q:この時、竹安さんはどのような状況だったのですか?
竹安:既に、クローバースタジオ(※※)もやめて、完全にフリーランスでした。
元イグニション関係者:タイミングも絶妙に良かったんですね。私は竹安さん獲得の為にその後、大きな試練に立ち向かう訳ですが、その内容はここでもお話できません。その後、英国本社社長に来日してもらい、竹安さんも交えて話を進める中で最終的に我々に飛び込んでくれました。そして、我々は聖書の儀典「エノク書」をテーマに企画を温めてほしいというオーダーを出したのです。
Q:なぜ「エノク書」だったのですか?
元イグニション関係者:これは竹安さんが東京に出てきたタイミングや英国からゲームに関するコンセプトが提示されたタイミングも偶然合致したということも関係があります。当時は、「デビル メイ クライ」シリーズや「ゴッド・オブ・ウォー」といったファンタジーアクションが人気だったのですが、竹安さんのデザイン力を活かしつつ、新しいファンタジーアクションゲームをつくれるアイデアはないかと英国本社社長に聞いた時に英国側から提案されたのが「エノク書」だったんです。
Q:竹安さんのその時の印象は?
竹安:いただいたのは、簡単な企画アイデアが書かれていたシートと、その世界で登場する、帳(とばり)に隠されていた堕天使の,塔とその解説ぐらいでした。
Q:そのあと、どうしたのでしょう?
竹安:「エノク書」は当時、日本のひとは全く知らない状況だったのでとにかく調べて読みました。ルシフェルという名称すら知らない状況でしたから。マンガ「デビルマン」に出てくるルシファーしか知らないんです。それでまずは本気に勉強から始めました。この時期はもう2007年にはいったころでしたね。
Q:当時、聖書や「エノク書」に対する知識はどの程度でしたか?
竹安:ぜんぜんないですよ!旧約聖書と新約聖書の違いすら分からないレベルでした。なので、フラットでそんなに深く考えずに文書で書かれているものを絵にしていきました。逆に先入観がなかったこともよかったのかもしれません。
ルシフェルが全ての始まりだった!ジーンズの謎に迫る!
▲ルシフェルキービジュアル |
Q:最初に描いたキャラクターは?
竹安:ルシフェルですね。人間の理解を超えたものであることを表現しようと思いました。プレイヤーが見たとき、すぐに「おかしい」と思わしたかったんです。これは僕の感性だと思うんですけど、江戸時代でスーツの人でできた変じゃないですか。
Q:確かに(笑)
竹安:なのに、ふらっとあらわれて、「お前たちはいつかこの格好するんだよ」と言われたらもう人智を超えているじゃないですか。この違和感をパッと見てわかるものにしたかったんです。神話性が高いのに、強烈な違和感を得られる作品にしたかったので。
Q:ルシフェルのイメージはどのように湧き出てきたのでしょう?
竹安:どちらかというと、ロジックですね。当時は、ルシフェルがここまで人気になるとは全く思っていませんでした。
Q:でも、ジーンズというのが!
竹安:イメージした時点で最初から履いてましたね(笑)。ルシフェルに関しては初めて考えたときからほとんど変わっていません。いろいろは反響もありましたが、実は世の中がどうリアクションするか、というよりは「ルシフェルはどんな考え方をしているのだろう」というところから、ビジュアライズしているので。ルシフェルがイケメンであるのも、別にルシフェルがイケメンになりたいんじゃなくて、「お前たちはこういうものがこういう姿をしていると信じるんだろう?」みたいな、ちょっと上から目線なんです。本来はアストラル体で、姿が無いわけなので。このように、彼の思考をすごく意識してデザインに落とし込んでいったんです。
Q:ルシフェルの次に考えたのはどのキャラクターだったのでしょうか?
竹安:7人の堕天使ですね。作品をプレイしたひとは分かると思いますが、ゲームではルシフェルは水先案内人なのですが、見た目は敵ですよね。何もないところにルシフェルだけが出てきたら、ラスボスになってしまいます。なので、誤解させないためにも敵キャラクターとなる堕天使のデザインに取り掛かりました。
Q:この時期の開発体制はどのような感じでしたか?
元イグニション関係者:企画書制作を進める段階では4人編成でした。
Q:堕天使も非常に濃いキャラクターであふれているのですが、その点も含めてどうデザインしていったのか教えてください。
竹安:一番初めにコンセプトを作ってくれたスタッフのセンスが良かったですね。
アザゼルとエゼキエルについては関係者全員が驚いていました。というのもいきなり高年齢の男性と女性ですからね!メインで出てくるキャラクターなのに。いまのエンターテインメント業界から考えれば非常識じゃないですか。敵であってもイケメンや、美人をもってくるのが普通なのですが、その真逆をいっているわけですから。僕はすごい好きだったんです。世界観を大事にしたいので。
天使、人類、堕天使…様々な種族を理詰めで想像力を拡げていく
▲イーノックキービジュアル |
Q:イーノックについてはどのように発想を拡げたのでしょう?
竹安:あれは一番、時間がかかったデザインでした。これも非常にロジックで考えていて、まずアストラル体である天使が人間を支援するのであれば、なにかを物質化しなければならない。鎧や武具などを与えたり。ただ、天使はアストラル体なので、見た目などは理解出来ても体感が理解出来ないだろうという思考を発展させたうえで、まず、全体的に天の羽衣をイメージして、白を基調としたデザインを生み出しました。その他、イーノックのまとう、武具や防具のデザインは自分が個人的に好きだった特撮ヒーローモノやロボットアニメモノからの影響が、一緒くたになって入ってますね。特定の作品を意図して入れているというわけではないです。
このように、キャラクターデザインの段階から、竹安氏が想像力を極限で拡張させて生み出された『エルシャダイ』ワールド。でもこの企画は日本側単体で完結しているわけではない。竹安氏と元イグニション関係者は、如何にイグニッション本社やその先にある出資元のインドの大手メディア会社であるUTVを説得させたのか? 次回はその点を中心にインタビューを進めていく。
※『大神』-カプコン傘下のクローバースタジオ開発によるアクションRPG。日本神話やお伽話、和風のモチーフが特徴。
※※クローバースタジオ カプコンが100%出資で2004年から2006年まで存在していたしゲームスタジオ。竹安佐和記氏も所属していた。『ビューティフル ジョー』、『大神』、『GOD HAND』を開発した。