中村彰憲のゲーム産業研究ノート グローバル編

立命館大学映像学部 中村彰憲教授による、その見識と取材などを元に、海外ゲーム情報を中心としたブログ連載!

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【ブログ】2021年はIPにおけるニューウェイブの台頭と新サイクルのはじまり(その2)

2021-01-18 19:00:00

(その1)では、ユーザー参加について言及したが、その他に筆者が今年のトレンドとなるのではと感じているのがやはり、トランスメディア・ストーリーテリング(以下、TMS)の新展開についてだ。つまり、2020年を起点とした、TMSの新サイクルが2021年に多様化されるだろうといことだ。むろん、日本はメディアミックス大国であり、実はTMS自体、日本で長年実践されていたメディアミックスから色濃く影響を受けてきたのは昨年末、3回にわたり特集してきた、TMSをハリウッドで主導してきた人物の1人と言えるジェフ・ゴメス氏が言及したとおり。では、これから、それがどう変化していくのか、またTMSは日本においてどう位置づけることが出来るのか。この点については日米において、このようなプロジェクトに携わった方々から直接対談をしていただくほうがむしろいいのではと思っていたところ、『3年B組金八先生 伝説の教壇に立て!』(監督)、『428~封鎖された渋谷で~』(総監督)、『文豪とアルケミスト』(世界観監修)、『新サクラ大戦』(ストーリー構成)などを手がけ、年末に『IPのつくりかたとひろげかた』を刊行したストーリーテリング代表取締役のイシイジロウ氏と連絡を取ることが出来た。そこで、今回、急遽、ジェフ・ゴメス氏と、イシイジロウ氏による奇跡のZOOM対談が実現したのだ。今回はその中から、メディアミックスとトランスメディア・ストーリーテリングを展開するうえでの相違に関する2人の見解について考察したインタビューをフィーチャーする。

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▲ジェフ・ゴメス氏(左)とイシイジロウ氏(右)による奇跡の対談が実現した!

IPを複数のメディアへと展開するうえでの日本とハリウッドの相違

Q:そもそも日本において、ひとつの知的財産(以下、IP)を複数のメディアに展開する際、どのようなことに留意して展開を進めていくのでしょうか?

イシイジロウ氏(以下、イシイ):少し前までは、日本で―まあこれは世界的にもそうだったとは思うのですが―問題だったのは、メディアミックスをする際、「ひとつの作品に中心がある」という点でした。アニメーションから生まれたものはアニメーションが中心にあって、ゲームがサブジャンルに、ゲームが中心であったものは、アニメがサブジャンルになる傾向があったのです。これが実はメディアミックスを最適化出来ない問題だったと僕は思っているのです。なので、それをどう解決するかというのがここ十年来の日本における課題でした。例えば、「ファイナルファンタジー」や「ドラゴンクエスト」シリーズなどは、ゲームは人気でもアニメはそこまで人気にならない状況が続きました。これらの作品の場合、ゲームのキャラクターをそのままアニメにもってくることが出来なかったからです。ゲームの主人公に匿名性があったからです。あまり「キャラ立ち」していないので、アニメにもってくるのにはまったく違う主人公を立てる必要がありました。結局、ユーザーからしたら「違うものである」と認識された、または同じものではないと思われたので人気が出なかったんですね。
 そのような中で、「ポケットモンスター」(以下、「ポケモン」)シリーズが、アニメもゲームも人気となった最初期の作品だったと思います。「ポケモン」では、サトシという主人公をゲームでもアニメでも共有したのですけど、実は、サトシという主人公はあまり色がついていないかわりに、まわりのポケモンというモンスターたちが世界観をつくったのです。つまり、ストーリーを共有するのではなく、世界観のみ共通にすることでアニメもゲームも人気作にすることが出来るようになったのです。なので、今、日本では、主人公をメディアミックスでは同一にするのではなく、世界観のみ同一にしようしています。その代表作が『Fate』シリーズとなります。これは、主人公は違いますが、世界観は同じとなるようにつくられています。そういうモノがいまの日本のメディアミックスは成功しているのです。

Q:では、メディアミックスにおけるストーリーテリングとはどのような形で構想するのでしょう?

イシイ:ストーリーテリングにおいて一番単純な方式は、物語自体を、ゲームでもアニメでも両方で通用出来るものをあらかじめつくることが出来れば、メディアミックスとして成功するんですね。その一例が『STEINS;GATE (シュタインズ・ゲート)』シリーズです。この場合、ゲームからはじまったのですが、ストーリーは実は非常にアニメ的なのです。だからアニメでも成功していました。しかし本来、ゲームは体験を重視するので、それをそのままアニメにもってくることが難しくなってしまう。そのままストーリーの整合性を合わせようとすると逆に失敗するんです。

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▲筆者と共同研究者であるSusana Tosca准教授がDiGRA 2019の発表時に示したトランスメディア・ストーリーテリングの構成とメディアミックスでの展開の違いを端的に示した概念図。



Q:ジェフさん、この日本でのメディアミックスの構築の仕方についてどう感じられますか?

ジェフ・ゴメス氏(以下、ゴメス):非常に面白いですね。私が最初に体験した日本のメディアミックスは1970年代でした。本当にいい体験でした。アメリカでは「スター・ウォーズ」が出る前でしたから、そのような体験がなかったんです。なので、テレビを見て、映画をみて、様々な玩具を買える体験はただ驚きでした。(詳細はこちらの記事を参照)ですが、それぞれのメディアでの展開において「非整合性」(Inconsistency)というものを許容したんですね。これについて考えている中で、あるとき、ふと私は「メディアミックス」というのは、あるストーリーワールドの複数メディアへの具現化と、ナラティブにおける解釈の差であるということに気づいたのです。これで、日本のメディアミックスでは、メディア経験の間における(世界観の)一貫性を維持することの難しさを回避することが出来ます。なぜなら、日本では「ビデオゲームとアニメでは必然的に異なる解釈になることをユーザーが理解している」ことを前提にメディア展開をしているからです。なので、私から見ると、日本のメディアミックスとは「単なる移植」ではないある種のトランスメディアであると言えます。メディアミックスはプラットフォームに応じてIPを再解釈しているからです。
 これに対して、私たちが実践しているTMSは、シェアード・ユニバース(共有された宇宙)を重視します。例えば「スター・ウォーズ」シリーズであれば、私たちは、異なるメディアで物語を展開することの難しさに直面するのにも関わらず、どの媒体で作品が展開されても、同じユニバースの一部になるような物語をつくっています。例えば、スター・ウォーズ・ユニバースでは、特定のメディアで作品を展開する際、それに最も適した舞台とキャラクターを配置して展開され、そこで語られた内容は、スター・ウォーズ・ユニバースにおけるキャノン(正史)として(世界観)の一部になります。ウルトラマンのような作品群を扱う際には、このユニバースは多次元で構成され、多くの現実が存在し、時にはこれらの次元が交差するが前提であることを示すようにしていきます。

物語の整合性以上に世界観の共有と同一性の維持が重要な日本のメディアミックス

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▲ZOOM対談中にハカイダーのフィギュアを嬉しそうに示すゴメス氏。同氏の「キカイダー」シリーズに対する愛は今でも続いている。



Q:イシイさん、日本ではそこまで整合性は意識しないようですが、実際はどうでしょうか?

イシイ:日本のメディアミックスの場合、ストーリーの整合性を敢えて合わせないという方法もあるのですが、単純にそのままだと、違うものが出来てしまいます。そこで、日本語で言う「世界観」を大切にしようとしているのですが、ここには、多分、「World View」と「World Build」の両方の世界観が鍵になってくると思ってるんですね。この内、「World Build」がまさにフィクション世界の中の歴史や設定などになります。もう1つの「World View」もすごく大切で、それは、その世界において、「何が正義」で、「何が大切なのか」になります。これが、合致していれば、実は、アニメーションとゲームが違う主人公で、違うことを描いていても「同じユニバース」に見えるんです。

ゴメス:それが、まさに「メディアミックス」の素晴らしい側面ですよね。たとえば、「人造人間キカイダー」(以下、「キカイダー」)シリーズなどは、テレビや、スーパーヒーローショーなどで共通して「「心」とは何かを探求アンドロイド」という概念を探求出来る。同じテーマで異なる視点を与えられているので、ストーリー・ワールド自体に整合性はなくとも、異なる解釈について考えることで,(シリーズ全体の中からの)分岐として芸術的貢献をはたしています。

イシイ:ぼくもその世代なので、「キカイダー」シリーズは見ていたのですけど、「キカイダー」シリーズのときは、原作にあたる漫画とテレビドラマが同時に作られているので、約束事だけを決めて一緒に作ってるんですね。「キカイダー」とは何か、「ハカイダー」とは何か などのテーマだけを共通にし、脚本家とマンガ家さんがそれぞれ作品を作ることで、ストーリー自体は違いがありながらもIPとしては同じ印象を受けるんです。まさにゴメスさんの言われているとおり。『キカイダー01』では「ハカイダー」で4人が出てきて「ガッタイダー」になったのですが、これはまさに戦隊ヒーローの先駆けだったのではと思っています。

ゴメス:だから、私としては、(「トランスメディア・ストーリーテリング」と「メディア・ミックス」の間の)どちらの手法がいいのかではなく、双方のやり方が、全く有効であるということです。それぞれにおいて課題もあります。ただ、私が北米で、シェアード・ユニバース型であるTMSを推進している理由は、ハリウッドにおける複数のメディア展開は、ふつうにやると、IPをバラバラにしてしまうからです。動態的にシリーズとしてひとつに連携させることが出来なくなるのです。概念的にストーリーワールドで一括りにすることも難しくなります。これが消費者に混乱をきたす原因ともなるのです。親としても子供にどれを買うべきか、どれが子供にとっていいものなのかを分からなくなります。なので、シェアード・ユニバースとすることで、より一貫性を高め、ブランドと、その世界観そのものに対して優雅さをもたらします。

イシイ:それはリスペクトの問題だと思っています。つまり、ゲームからはじまるものだったらゲーム、マンガからはじまるものだったらマンガに対するリスペクトが昔はあまりありませんでした。例えば、マンガの実写映画化で原作とまったく違うものが80年代はよくあって、それが90年代あたりから原作をリスペクトしたものが出てくるようになった。クリエイター同士でリスペクトしあうことで、そのような問題を乗り越えてきたんです。

TMSを成功へと導く「エピック・ナラティブ・デザイン」とは

Q:イシイさん、欧米で展開されているTMSでゴメスさんに伺いたいことはありますか?

イシイ:TMSで気になっている作品に「スター・ウォーズ・ユニバ―ス」があります。ゲームの「Star Wars バトルフロント 」シリーズや、Disney+ (ディズニープラス)の「マンダロリアン」シリーズは成功しているのに対し、新三部作はファンの評価があまり高くないようです。私はその理由は、本来、新三部作で、スカイウォーカー家の物語から脱却しなければならなかったのにそれが出来なかった結果、スカイウォーカーというキャラクターに縛られてしまったのが問題になったのだと見ています。これに対し「マンダロリアン」や「バトルフロント」は、既存のキャラクターに縛られることなく、世界観、つまり「World View」、「World Build」を統一しながら新しいキャラクターを投入するなど他に展開することが出来たことで、「スター・ウォーズ」シリーズは、新三部作で失速しそうになったところを復活させることに成功したと感じています。これについてゴメスさんはどう感じていましたか?

ゴメス:新三部作ではTMSにおけるシェアード・ユニバースを実践するにあたり、大きな試練が訪れました。それは、従来のハリウッドの劇場用映画における手法―つまり、IPを監督にそのまま手渡すという方法、イシイさんが言っていた「マンガ原作の映画化権をそのまま監督に手渡す」というものに近いと思いますが―が障害になったということです。つまり、作家中心のビジョンにもとづいて作られてしまったのです。従って、J・J・エイブラムス監督が『フォースの覚醒』の制作時、3作分のプロットを考案していたとしても、ライアン・ジョンソン監督はそのプロットに従う責務は全くなかったのです。その結果、監督独自の解釈による「スター・ウォーズ」というものが、『最後のジェダイ』やその後の『スカイウォーカーの夜明け』に色濃く表れてしまいました。これによりファンとブランドの間に対立的な関係が生まれてしまいました。 作家主義的なやりかたは、TMSでは効果的ではないのです。

Q:では、TMSで効果的に物語を語るにはどうしたらいいのでしょうか?

ゴメス:TMSでは長期的なナラティブ・デザインが必要となります。「スカイウォーカー家」という強力な血筋が存在すること自体は問題ないのです。これまでの文学や映画でも優れた血筋に関するものは多数あります。ですがこの「解釈」を無作為に複数の監督に依存してしまうと物語の一貫性が粉砕され、観客はそれを敏感に察知し、無計画だったと確信するようになるのです。これは失敗です。そのようには機能しないのです。これに対し、マーベル・シネマティック・ユニバース(以下、MCU)のケヴィン・ファイギは、10年単位、時にはそれ以上の長期間にわたる物語デザインを構想しています。これは、映画のみならず、動画配信サービス用テレビシリーズなどメディアの垣根を越えて展開される作品が対象です。これを私たちはエピック・ナラティブ・デザインと呼んでいます。ユニバースの広範囲にわたる視点でありこれはリニア―(連続的)ではありません。巨大な世界の中で様々な状況が同時多発的に起こる考え方です。ですが、作品が相互に協調するよう細かくキュレーションされる必要があります。複雑なシェアード・ワールドを用いたTMSを実践するにはそういった体制が必要なのです。


 ここまで、ゴメス氏、イシイ氏、双方の視点から、日本的メディアミックス、欧米で主に展開されてきた、TMSが語られたが、改めてプロデュースする側からいずれの手法にも利があることが示された。また、TMSを展開する際に長期的な視野を持ち、それにもとづいて各メディアでの展開と同時多発的に展開されるストーリーラインをまとめ上げることの重要性についても示された。この意義は大きい。もし、ここで示された原則を整理し、自身のIP展開について再整理出来れば、日本のメディアミックスの中でその一部をTMSとして展開することも現実的となってくるだろう。このような多様な方法を用いてIP展開を整理する際、参考になるのが、イシイ氏により執筆された書籍『IPのつくりかたとひろげかた』だ。実は、本インタビューにおいては、同書の要点を整理しつつ、ゴメス氏にその件についても伺っている。そこで次回は、その際のインタビューを中心にフィーチャーしていく。