中村彰憲のゲーム産業研究ノート グローバル編
立命館大学映像学部 中村彰憲教授による、その見識と取材などを元に、海外ゲーム情報を中心としたブログ連載!
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中村彰憲
立命館大学映像学部 教授 ・学術博士。名古屋大学国際開発研究科後期課程修了 早稲田大学アジア太平洋研究センター、立命館大学政策科学部を経て現職。 日本デジタルゲーム学会(DiGRAJapan)会長、太秦戦国祭り実行委員長 東京ゲームショウ2010アジアビジネスフォーラムアドバイザー。 主な著作に『中国ゲームビジネス徹底研究』『グローバルゲームビジネス徹底研究』『テンセントVS. Facebook世界SNS市場最新レポート』。エンターブレインの ゲームマーケティング総合サイトf-ismにも海外ゲーム情報を中心に連載中。
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【ブログ】akinaki のJust Watched:伊藤監督の真骨頂「未来世界での恋愛ストーリー」が爽やかに描かれた『HELLO WORLD』
2019-09-17 12:00:00
昨今、「物語」の「語り方」は多様だ。とりわけ、情報がかように容易に多くの人が伝えることができ、それぞれの考え方を伝えられてしまう(伝わってしまう)、高度情報化時代の現代であればなおさらだろう。
したがって、話の筋が同じだったとしても、それを表現しようとする媒体によって、そこに忍ばせる「メッセージ」や「考え方」の伝わりようも大いに変化する。そのような視点で改めて見ると『HELLO WORLD』は映画だけでは完結していない。むしろ、鑑賞後にポスターデザインやウェブサイトのキービジュアル、並びに「たとえ世界が壊れても、もう一度、君に会いたいー」や「この物語(セカイ)は、ラスト1秒でひっくり返る」といったキャッチコピーを俯瞰してとらえることで、初見での印象からはガラリと変わったものとして胸に刺さる。そしておそらく、これこそが監督の意図していたことであり、監督が目指した「このストーリー」の「語り方」なのだ。
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当初、よそよそしい素振りを見せる瑠璃の心を直実はいかにつかむのか |
『HELLO WORLD』は『ソードアート・オンライン』シリーズで知られる伊藤智彦監督による最新作で、2027年の京都を舞台とした「SF青春ラブストーリー」。内気な男子高校生、堅書直実の前に10年後の自分と名乗るカタガキナオミがあらわれ、本作のヒロイン、一行瑠璃と直実が恋愛感情を育むように指南を始めた。未来と過去が交差した奇妙な関係の中、直実と瑠璃は予想を上回る状況に巻き込まれていく……。
ナチュラルに添えられた「未来感」の中で紡がれる思春期の心情変化
本作は、世界観や使用されているテクノロジーなどを見る限り、緻密な時代考証に基づく近未来SFという印象を受けるが、紛れもない、「青春モノ」であり、「恋物語」である。主要人物は、直実とナオミ、そして瑠璃の3人のみに限られる。ナオミと直実は同一人物であることから、実質上、2人の物語であることは間違いない。
他の登場人物も存在はする。ナオミの上司、千古恒久、同僚の徐依依や、直実と同様に図書委員で学内アイドルでもある勘解由小路三鈴などだ。だがナオミの上司、千古は典型的な「教授像」を、三鈴は「学園アイドル」的な言動やふるまいといった「如何にも」という形でのリアクションに終始しており、物語を駆動するうえでの役割は全く果たしていない。このような人物像は往々にして批判の対象になりうるが、結果的に、観客は終始、ナオミ(直実)と瑠璃、この2人の感情変化のみを追い続けることになる。
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美しい京都が見られるのも本作の魅力のひとつ |
秀逸なのが、この2人の距離感の変化だろう。内気な主人公がどの段階で主体的に動き、瑠璃がそれに応えていくようになるのかが、表情の変化、しぐさや視線、そしてセリフなど多彩な表現で観客が手に取るようにわかるような演出が施されているのだ。自ずと観客は直実を応援したいという気持ちに駆り立てられるようになる。ここは、SF的な世界観に翻弄されながらも、2人で支え合うというキャラクターを描くことを得意としている伊藤監督の真骨頂ともいえるだろう。
解釈の余地を残すことでSFファンもストーリーの真意探求に参加できるクライマックス
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直美と瑠璃の人生が交差するも、不穏な空気も感じられるシーン。一体、2人やそしてセカイはどうなってしまうのか? |
ただ、これまでの伊藤監督の作品と同様に、本作は恋愛物語のみで終わるわけではない。とりわけ後半部分で展開される「世界の本質」へと迫っていく展開は「怒涛のごとき」という表現がピッタリのスペクタクルとダイナミズムにあふれている。この畳みかけるような展開では、息つく暇もなく様々な(ただし作品冒頭から巧妙に暗喩された)世界の真実が明白なものとなりストーリー展開も加速していく。同時にあたかも「2人の恋愛の成就を目指していた」と思われていたストーリーが「世界に隠された秘密」を探求する壮大なものへと一気に昇華していくのだ。
同時にここで、千古教授や三鈴といったサブキャラクターの希薄な描写に対する批判が短絡的であることに一部の観客は気がつくことになるだろう。これすら、この世界の真実を解釈するうえでの要素となりうるからだ。
このように、後半のクライマックスは、観客がどの程度、SFや、サイバースペース、近未来モノというジャンルに精通しているかで解釈に違いが生まれる余地が与えられており、それぞれの視点から分析をしたくなる要素であふれている。この、中盤までの恋愛ストーリーと後半のSFファンタジー的展開の対比は見事だ。同時に最後まで明言されることのない「謎解き」劇は、「考察」という形で個人がこのストーリーに参加できる余地を残している。
総じて、『HELLO WORLD』はこの時代にあった恋愛ストーリーであり、近未来ファンタジーと言えるだろう。筆者も「この世界を読み解くうえでの解釈」を持ってはいるが、映画が公開されてしばらくたったところで、言及していくこととしたい。
Ⓒ2019「HELLO WORLD」製作委員会