中村彰憲のゲーム産業研究ノート グローバル編

立命館大学映像学部 中村彰憲教授による、その見識と取材などを元に、海外ゲーム情報を中心としたブログ連載!

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【ブログ】akinakiのJust Watched:山本寛監督『薄暮』が示す福島県いわき市の情景と情感、そして現代ファンタジーとしての「青春賛歌」

2019-07-16 13:00:00

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▲主人公は音楽部でバイオリンを演奏する小山佐智


 難産だったというのが正直なところだろう。山本寛監督、3年ぶりの最新作である劇場用アニメ映画『薄暮』はクラウドファンディングにより、2017年2月25日から資金調達が開始され、1225人から21,036,500円が支援されたことでプロジェクトがスタートした[1]。

 だが制作は難航。本来2018年春に公開が予定されていたが、最終的には2019年6月21日からの公開となった。作品そのものは山本寛監督が言うところの、『blossom』、『Wake Up Girls !』に続く、東日本大震災の復興プロジェクトの一環である「東北三部作」。その、最終作を飾るにふさわしい情緒豊かな「青春ファンタジー」ができあがった。

 ここで、これまで『薄暮』のクラウドファンディングプロジェクトを追っていた人は「ファンタジー」という表現に違和感を覚えるかもしれない。というのも、本作について、山本寛監督は随所で「社会性・メッセージ性の強いものにするつもりはなく、福島の”いま”を、素敵に生きる少年少女を描く」としていたからだ。

 実際、「かんなぎ」以降、一貫して東北地方と深いかかわりをもってアニメ制作に携わってきた山本氏だからこそ描くことができるリアリティも、本作全編を通して実感することができる。

ロケーション・ハンティングの先を行く、地域密着型で描き出す福島県いわき市の情感

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▲音と映像が山本監督の視点で繰り広げられた田園の薄暮を描き出す


 いったん、あらすじだけを示そう。『薄暮』は福島県いわき市の女子高生で音楽部に所属する佐智が、帰り道の西日が映える田園前の古ぼけたバス停前で、田園の夕景画を描くために訪れた男子高校生・祐介と出会い、友情を育んでいくという物語だ。

 本来、このあらすじだけを見てもファンタジー要素は存在しない。実際、作品全編を渡って実感できるのは、山本監督が綿密に行った、ロケーション・ハンティングに基づく圧倒的なリアリティ。

 ロケーション・ハンティングとは映像業界において、自身の「物語」を描く上で適切な場所を探すという行為だが、作品を見て実感したのはむしろ、その域を超えた圧倒的な「実在感」だ。それは単に風景(シーン)を描くという領域に留まらない。

 例えば、佐智の家族を描くシーンにもあふれている。さりげなく飾られている家族写真。撮影された場所は「スパリゾートハワイアンズ いわき」、そこでの記念写真だ。また、父親が読む新聞はいわき民報。これらは、長きにわたり現地の人たちと関わったり交流したりがなければ取り込むことは難しいだろう。つまり地域に密着し、地元によりそってものづくりをして、初めて実現できる領域だと言える。

 ただ何と言っても、注目したいのが、祐介との出会いの場所となる”バス停前の田園風景に広がる薄暮”のシーン。太陽が沈んだ直後という絶妙な時間での福島県いわき市郊外の田園風景を前に、筆舌で尽くし難い多様な色彩がスクリーンに映える。

 さらに劇中で奏でられる「朧月夜」。そのすべてが山本監督の情感というフィルターを通して描き出されたいわき市の田園風景を示している。まさに現実と幻想が絶妙なさじ加減で融合し、見る者の心に刻まれるのだ。

日常劇とシームレスに統合された「ファンタジー」が鑑賞者の心に「メッセージ」として刻まれる

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▲佐智と祐介の間の友情は恋へと発展するのか?



 もちろん、このファンタジー要素は「作家性」と言うこともできる。本作は、前述のとおり、「いま」の福島にいる少年少女を描いている。同じく音楽部に所属する女友達との恋バナも、生活を占有するLINEやスマホの存在などもしっかりと描かれた。

 また本作は、311から逃げることをしない。佐智は震災以降、恋愛や人との関わりに対し感情を抱けないようになっており、祐介も避難施設滞在時のホロ苦い想いを抱きながらいわき市に移り住んだという過去を持っている。そしてこれらある種の心の傷を2人がいかに克服するかが紡がれていくのだ。

 ただ、その手段は「ファンタジー」的という表現がしっくりくる。つまり、前述のように物語全編を通して情景や人の心情、そして使われるコミュニケーション機器などを含む社会環境までもリアルに描きながら、最後は、山本氏が大学生時代から思い描いていた「どこにでもいる少女が体験する、どこにでもある生活」を忠実に描き切った。その状況は現代日本の若者という視点からは若干乖離しているように感じられるものの、それはむしろ山本監督の若者に対するエールとしても捉えることができる。そして、震災後をとりまく環境と心情のリアルを全編通して描いてきたからこそ、これらある種の「ファンタジー」が「人間の生きる力」を表すメッセージとしていきてくるのだ。

 このようなことから、『薄暮』は「東北三部作」の終章としてふさわしい作品になったと言えるだろう。同時にエンドクレジットに示された多くの協力者に対しても拍手を送りたい。



©Yutaka Yamamoto/Project Twilight