中村彰憲のゲーム産業研究ノート グローバル編

立命館大学映像学部 中村彰憲教授による、その見識と取材などを元に、海外ゲーム情報を中心としたブログ連載!

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【ブログ】『アベンジャーズ:エンドゲーム』の興行収益初週12億900万ドル(1330億円) という世界記録は、如何に達成されたのか

2019-04-29 14:00:00

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 『アベンジャーズ:エンドゲーム』(以下、『エンドゲーム』)が世界中で社会現象となっている。

 ウォルト・ディズニー・カンパニーは4月28日、『エンドゲーム』が公開初週にして、全世界で12億900万ドル(1330億円)もの興行収益を達成し、映画史上はじめて公開初週で10億ドルを突破したと発表した[1]。

これは間違いなく映画業界の事件だろう。

 3時間強の長編、22作も連なる「インフィニティー・サーガ」の最終章。しかも本作は、トランスメディア・ストーリーテリング(Transmedia Storytelling、略称、TMS、TMS)を実践している代表的な例であり、劇場用映画の他にテレビドラマシリーズと、一部のコミック(タイ・イン・コミック)とも連動してひとつの巨大な世界、マーベル・シネマティック・ユニバースを形成している。つまり、これら全ての作品を受容しなければ、シリーズの全容は把握できないのだ。本来、ここまで物語展開が複雑となると、少数のコアファン層しか作品を楽しむことが難しくなる。

 前述のような世界記録を牽引したのは無論、アメリカと中国という二大市場だ。まず、中国では、前売り券の段階で7億元(115.5億円)を突破。また、ハリウッド映画ながら、全米より先駆けて4月24日0時から上映されたが、その次の回に当たる早朝3時の上映の段階で、1.79億元(28億円)を突破した。さらには25日20時21分の時点で興行収益が10億元(165億円)と突破。さらに初週としては22億元(363億円)を突破し、この全てにおいて中国映画興行史の記録を塗り替えた。そればかりではない。中国の各口コミサイトにおいても10点満点中、9点~9.2点を記録するなど評価指数の記録も塗り替えている[2]。

 実際、この状況は同作の発信元でもあるアメリカも同様だ。劇場映画の前売り券を提供しているサイトや前売り券をオンラインで提供している劇場チェーン、AMC、Regal Cinemasは購入者殺到によるサーバーダウンなども経験しつつも、初日上映会販売数をわずか6時間で完売し、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』時の記録を塗り替えた[3]。さらに前述のプレスリリースによれば、初日で1億5670万ドルを突破、週末には3億5000万ドルに達している。

 またRottem Rotten Tomatoesにおいても4月29日の段階で17000以上のユーザー評価のうち92%が5点満点のスコアにおいて、3.5点以上をつけている。これは歴代スコアの中でも最上位に当たる評価だ。

 つまり、中国、アメリカともに本作は「社会現象」になっているのは間違いないだろう。ハリウッドのシリーズモノで同じく話題となる「スター・ウォーズ」シリーズにおいては中国で苦戦しているという報がなされているのを考えると、世界における映画の二大市場が概ね高い評価をしたというのは本シリーズが初ということになる。

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 ここで注目すべきなのは、本作の興行売り上げの推移だ。中米の興行収益を示したのが図2だ。前述のとおり、本作は22本のシリーズモノである。一般的なシリーズモノの場合、第一作が最も大きなヒットとなり、そこから、興行規模が減少する傾向にあるが、本作はむしろ、増加していったのだ。北米においては、同シリーズ第一弾の『アイアンマン』2作がヒットし、その後、『アベンジャーズ』で一気にブレイク。以降、『アベンジャーズ』を冠したタイトルが興行収益を牽引しつつも、物語展開や世界観で新たな方向性を示した『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』や『ブラックパンサー』なども大きく収益を上げつつ終章の『エンドゲーム』に向かっていった。これは多様化されている市場層が同シリーズの受容に影響を与えていると推測できる。

 その一方で、中国の推移はある意味北米よりも分かりやすい。これは、中国映画市場がこの数年の間に一気に開花したということも関係しているが、22作において「インフィニティ・サーガ」が大きく進展する「アベンジャーズ」3作を中心に興行収益が伸びているからだ。さらに、「アベンジャーズ」という冠タイトルがつけられてはいないものの、本サーガの物語を大きく動かす『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』、『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』の興行収益も軒並み高い。『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』の興行収益が、『アイアンマン2』や『マイティ・ソー』よりも低いのと対照的だ。つまり中国の観客は、『アベンジャーズ』以降、「インフィニティ・サーガ」のストーリーそのものに強い関心を持っていたことが分かる。

物語そのものの魅力がより多くのユーザーをうねりのように巻き込み、その最期を見届けようとする一体感までに昇華

 この中国におけるファン動向はTMSをしかけてきたプロデューサーにとって最も理想的な消費形態であろう。巨大な「ユニバース」を舞台とした壮大な「ストーリー」をシリーズに渡って展開するたびに、その意図が口コミなどで拡散され、より多くのカジュアル層を巻き込む形でファン層の拡大を実現したのだ。新ヒーローが登場する作品はコアファンからの話を聞きつつ補完し、「インフィニティ・サーガ」において重要な物語を展開する作品については劇場に足を運ぶことで話題に乗り遅れないようにするという消費形態である。日本においてこれに違い観戦形態はスポーツなどではないだろうか?例えばプロ野球のライト層の場合、通常の野球中継はほとんど見ず、新聞などで結果はチェックするが日本シリーズの中継は抑えておくといったものだ。

 ただ、ひとつ言えるのは中国並びに北米の人たちは共に早期から「インフィニティ・サーガ」に対し時間を費やしてきたという点だ。そして、こういったファンは本作での物語の帰結に大きな喜びと興奮を得ている。実際、作品レビューにも「この10年間、ありがとう」といった記述や「3時間があっという間」、「これで青春時代が終わった……」など感傷的な記述が多い。これはTMSがより壮大なスケールで展開し、物語が破綻しない形で終結を迎えるときユーザーは1作や3部作、または連続性のない単なるシリーズモノでは得ることができないカタルシスを感じることができることを意味する。

 それをそこまで本シリーズに入れ込んでいないライト層すら巻き込んでの壮大なフィナーレまで迎えたのが「インフィニティ・サーガ」の快挙と言える。

「メディアミックス」大国日本で「マーベル・シネマティック・ユニバース」を成功に導くには

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「10年以上、見続けていてよかった!」と実感できるシリーズものは早々ないが日本の観客には本国アメリカや中国ほど、その魅力が伝わっていないようだ……、ユーザー評価は軒並み高いのだが。



 注意しなければならないのは「メディアミックス」大国、日本では、この「インフィニティ・サーガ」がアメリカや中国のようには響いていないというところだろう。それが確認できるのが公開年におけるランキングを日中米で比較した図3だ。ここでは、ランキング25位以下を圏外として示しているのだが、アメリカでのランキングでラング外になった作品はひとつもなく、中国でも、全22作品のうちランク外となったのがわずか2作品だったのに対し、日本ではむしろランクインしたのがわずか6作品だったのだ。つまり、「スター・ウォーズ」シリーズや「ハリーポッター」シリーズなどと違い、「インフィニティ・サーガ」については日本において一般層を巻き込めていない状況であることが分かる。つまり、「ハマれば面白い」(ちなみに筆者もそのひとりだが……)という域に留まっているというのが本シリーズの実際だろう。この物語が大局を迎えるとき、「とりあえず話題を抑えるために」劇場に足を運ぶ層をいかに捉えるかを考えていることがTMSプロジェクトの「のるか反るか」の分水嶺となる。今回「インフィニティ・サーガ」自体は終結を迎えるが、マーベル・シネマティック・ユニバース自体は続くことは既に決定しており、国内においても、『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』の公開を今夏に控えている。サーガ終了後にここまで構築された世界観をいかに広げていくか、さらに改めて日本のライト層を巻き込むための施策がいかにとられるのかに注目が集まる。


[1]Marvel Studios’ ‘Avengers: Endgame’ Makes History with $1.2 Billion Global Debut

[2]《複仇者同盟4:終局之遊戯》成国内票房最快破10億的電影 「東方富快」

[3]Hibberd, J (2019/4/2) "Avengers: Endgame breaks box office pre-sales record in only 6 hours" Entertaiment Weekly.com