中村彰憲のゲーム産業研究ノート グローバル編

立命館大学映像学部 中村彰憲教授による、その見識と取材などを元に、海外ゲーム情報を中心としたブログ連載!

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【ブログ】『君の名は。』の中国における仕掛け人に聞く

2016-12-05 18:40:00

初週で2.89億元を達成し、2016年中国映画ヒットランキングへの道をひたすらすすむ『君の名は。』の中国における仕掛け人に聞くコンテンツ展開の秘訣

 2Dアニメとしては、中国劇場映画の興行収益においてヒットと言われる水準である1億元を軽々突破し、さらに12月4日で2.89億元(1元16円換算で46億円強)を達成。中国国内における劇場用2Dアニメとしても、日本産アニメの中国展開として異例の成功を続ける『君の名は。』。

 一般的に、海外で如何なる成功を収めても、中国における成功は、とりわけ外国産モノの成功を占うのは極めて難しい中で、なぜ、成功に結びついたのか? 今回は、『君の名は。』の中国展開の仕掛け人である株式会社アクセスブライト(以下、アクセスブライト)代表取締役社長の柏口之宏氏から話を聞いた。

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株式会社アクセスブライト代表取締役社長の柏口之宏氏

話題の外国産映画を迅速に中国展開する上で必要となる行政側との交渉力

 まず、驚きなのが、日本公開のタイミングから中国全国上映までにかかった時間が、異例の速さで展開されたことだ。その期間、わずかに3か月強。これについて、交渉自体は日本での上映前から進めてきたとしながらも、一番重要だったのはアクセスブライトがこれまで築き上げてきた中国政府との関係性だったという。というのも、中国の場合、申請側の思惑どおり、審査が進む場合がほとんどない。

 他にも審査中の作品が数多くあるからというの当局側から伝えられる理由だ。そこをお願いして、「審査をしっかりやってもらえた」(柏口氏)。このどうするかに対するヒントではなく「しっかりやってもらえる」という回答そのものが同社が築きあげてきた行政との確かなネットワークを物語っている。

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繁忙期になっても必要時にスクリーン数を空けられる興行主に対する交渉力

 審査が通ったとしても劇場で上映してもらえるわけではない。中国国内のスクリーン数は、2015年末の段階で3万スクリーン以上(※1)と確かに多くなったものの、実際に映画をかけるかどうかは、興行主の判断に任されている。昨今劇場用映画の市場が急速に拡大すると同時に、大手企業など他業界から続々と進出してはいるものの、結局、市場展開における要であるスクリーンを抑えられるか否かは興行主といかなる関係を築いているのかが重要になるのだ。

 その点アクセスブライトは、中国映画会社最大手のひとつであるエンライトメディアと資本・業務提携をしているということもあり、自分たちの理想の時期にスクリーンを空けてもらうことができたという。

 エンライトメディアは、中国国内において継続的にヒット作を連発している。従って「映画館との密接なネットワークがここで活きてきた」と柏口氏。つまり、行政とのパイプ、興行主側とも堅固なネットワークを既に構築していたという事実が今回、日本公開後に異例の速さでの、しかも初日から7000スクリーン数以上(※2)といった大規模な中国全土公開の原動力となったのだ。

短期的な視点ではなく長期的な視点で地道に築き上げたネットワークが15年弱のときを経て力となる

 だが、そもそも、ベンチャー企業であるアクセスブライトがどうやってこのようなネットワークを築きあげられたのか……、その点については、「ひとえに中国にとどまりネットワークづくりに尽力してきたからだ」と柏口氏は言う。

 同氏は2002年、セガが中国開発拠点を設置するのに併せて上海に行き、2004年には世嘉(上海)軟件有限公司 ネットワーク事業 総経理に就任。そして、2005年には世嘉(中国)網絡科技有限公司 董事兼総経理兼CEOを務めた。2007年満を持して独立を決意。

 ゲームコンテンツを中心に中国と日本の架け橋役をつめながら資本力とネットワークを築き、2011年9月、現在の会社、株式会社アクセスブライトを立ち上げ、今に至っている。紆余曲折が続きながらも柏口氏はずっと中国に留まった。

 「日本の会社だけなく韓国もそうだが、市場が大きくなると進出を決めるが、2~3年でうまくいかないと撤退するというケースが多い。だが中国の人たちは撤退する姿もずっと見ている。2002年から2016年、14年も中国に住んでいると地場のネットワークをつくるには10年ですら浅いと実感します。」と柏口氏。

 『君の名は。』の中国展開を成功させた、アクセスブライトには2015年中国で大ヒットを飛ばした『西遊記之大聖帰来』(日本語暫定訳『西遊記ヒーロー・イズ・バック』)の日本での展開が控えている。これについて同作が東京アニメアワード長編コンペティション部門に参加したのを機に(結果的に優秀賞を受賞)来日した同作の田暁鵬監督とスタジオジブリの宮崎監督とを引き合わせ、最終的に宮崎吾朗監督の日本語監修へとつなげていった。ここでも、拙速にビジネスへと動くことなくネットワーク構築を重視した柏口氏の事業理念がかいま見える。

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 『君の名は。』の中国国内著名人を集めて実施された特別試写会の後、田監督と新海誠監督を引き合わせることができたときは感激もひとしおだったという。「新海監督も田監督もクリエイターとして自分の想いだけで作品をつくってきていたという点に共感していたと同時に、アニメの新境地を開きたいと語りあっていたのが印象的だった」とうれしそうに語った。

 中国ビジネスにおいては、確かに「関係(GUANXI)」が重視されるといわれるが、単なる打算的なネットワークではなくいいモノを多くの人たちに広げるためにネットワークを構築してきた人の言葉がそこにはあった。今後の柏口氏率いるアクセスブライトによる次なる一手に期待がかかる。


※中村彰憲 2016「2015年中国デジタルコンテンツ産業の現況」『デジタルコンテンツ白書2016』一般社団法人デジタルコンテンツ協会
※プレス発表会などの撮影は全て柏口之宏氏

※1当初は中国での報道内容をもとに2億元としておりましたが、以降、中国国内の映画興行データベースサイトにて公式に見解がでましたのでその情報をふまえ、2.89億元に変更させていただきました。

※2スクリーン数は、柏口氏への追加インタビューによる。また、「延べ」スクリーン数(総上映回数?)ではない。