中村彰憲のゲーム産業研究ノート グローバル編

立命館大学映像学部 中村彰憲教授による、その見識と取材などを元に、海外ゲーム情報を中心としたブログ連載!

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【ブログ】Tiny Islandsにみる中規模スタジオでもグローバル展開する方法

2016-02-05 16:00:00

シンガポール系コンテンツベンチャー、Tiny Islandsにみる中規模スタジオでもグローバル展開する方法

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▲Tiny IslandsのCEO David Kwok氏と


 今回は久々にシンガポールに目を向けて見る。以前、本コーナーでも何回か扱ってきたが、市場規模があまり大きくない国々でコンテンツ開発を夢見るスタジオは創業当初から多国籍展開を前提として進める場合が多い。シンガポールのCGスタジオなどは、ルーカスアーツ・シンガポールを除きほぼWork For Hire(下請け)を想定しているのが常だ。これはシンガポール自体が国全体で500万人強という都市国家だから当然とも言えるだろう。そのような中で企画段階からグローバル展開を意識することでオリジナルコンテンツ開発を実現したコンテンツ制作スタジオがある。同国老舗のスタジオTiny Islands Production(以下、Tiny)だ。3DCG作品を主軸にAugmented Reality Game (以下、ARG)やVRにも取り組み始めた先進的なコンテンツ開発スタジオである。今回は同スタジオのCEOであるDavid Kwok氏から話を伺った。

 もともとTinyは海外市場に興味を持っていた何人かのCGアーティストのエージェント的機能を果たすために2002年に創設された。その後いくつかのプロジェクトを進めつつ、CGアーティストの育成を目的にCG専門学校なども併設し、CGスタジオと専門学校の双方を運営してきた。現在、従業員数はコアメンバーとして20名程度、全体で100名程度のCGアーティスト抱えるスタジオだ。なお、アーティストの人数はプロジェクトごとに変化し、コアメンバー以外は、プロジェクトベースの契約社員となり、一時期は120名以上を雇っていた時期もあるという。一方、専門学校は毎期Maya、3DMAXクラスを30名、Zbrushクラスの受講生20名程度の総勢50名を受け入れている。ちなみに、同スタジオはシンガポール政府が導入しているインターン受入れに対する補助金制度を利用し、専門学校卒業生を何人かインターンとして受け入れることもあるとのことで、併設された学校は人材発掘、育成にも一役買っているようだ。

タイのCGスタジオと組むことで世界進出を開始

 Tinyの創業当時は様々なアーティストのために仕事を受託するといった完全な下請け業務だったが、2009年、まずタイのShellhut Entertainment(以下、Shellhut)と共同制作という体制で同社が所有出来るコンテンツの開発を進めていった。作品名は『Shelldan』という。もともとShellhut 側がコンセプトとキーデザイン並びにストーリーを提供し、Tinyがアニメ化するという役割分担だったが、キャラクターデザインが3Dアニメを意識したデザインになっていなかったため、Tiny側でデザイン案を改善し逆提案することとなった。結果的にメインキャラクターとヒロインは、Tiny側のデザインになっている。このほか、映像制作においては、動画、エフェクト、コンポジット、編集なども全てTiny側で行い、タイ側にて実施した工程は、企画、脚本作り、音楽とアフレコのみであることから、アニメ工程全体の75%をTiny側が担当した。これまで様々な受注業務を受けてきたことでノウハウの蓄積を重ねてきたのがこの実績に繋がったのだ。以降、Tinyは『G-Fighters』(2013年)で韓国のアニメスタジオElectric Circusと共同製作を行っている。またカートウーンネットワークから、『Ben10』シリーズを3DCGとして作り上げた『Ben10:Destory All Aliens』(2012年)を受注している。

完全自社コンテンツとして制作した『Dream Defenders』は企画段階からグローバル展開を意識して開発

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▲『Dream Defenders』は米国などでのテレビ放映も実現した


 一方、自社の完全オリジナルとして制作したのがテレビ用3DCGアニメーション『Dream Defenders』だ。本作は、北米では3D番組を専門に提供するテレビ局3net(2014年に閉鎖)で放映され、ヨーロッパではSUPER RTL並びにPlaneta Juniorで、アジアではDreamworks TVが配給担当になるなど全世界80か国で放映された。また、現在Huluにて映像配信も行われている。

 この作品についてはパイロット版を制作するにあたりシンガポール政府からの援助を受けている。製作費全体の40%の助成を受け、後は様々な出資者を募ってプロジェクトを開発したのだ。これにより完成後はコンテンツを100%自社で所有出来たのだ。

 『Dream Defenders』は企画段階からグローバル市場での展開を想定して制作を進めたという。まずはキャラクターデザインだが、設定資料を作成する段階で、アジア人とも白人とも見て取れるようなデザインを意識して作り上げている。作品の舞台も、セリフなどで具体的な地名を名指しするようなことはしなかったが、なんとかなくハワイを想定させる情景を多数入れ込んだ。服装や、キャラクター名などだ。

 『Dream Defenders』ではある登場人物を日系人にした。これによってアジアでも多様な地域をカバーすることが出来る。また脚本全体のスーパーバイザーにはアメリカ人のベテラン脚本家、Eric LewaldとJulia Lewaldを採用した。もともと米国市場への販売を想定していただけに、これは戦略的に非常に重要な一手だったという。というのも米国企業の買い付け担当が脚本家の名前を知っていたからだ。これで少なくともストーリーについては米国テレビ局で放映出来るクオリティであることを担保出来るという安心感につながった。

 またこれらの脚本家を採用したことで、別のメリットが生まれた。それは米国の子供向に番組をつくる場合、銃を画面上に向けてはならないなどといった細かなルールがあるのだが、脚本家がそういったルールを熟知していたのだ。これにより制作進行という視点からも、脚本という視点からも米国市場を比較的容易にターゲットできる作品へと仕上げることが出来た。

 一方、敵役についてはユニークでありながらも子供たちに恐怖を感じさせないというデザインを想定してつくりあげた。例えば、米国の子供たちはなぜかピエロを恐怖の対象として見る傾向にあるのでピエロをデザインしつつも、恐怖という要素があまり入れずにデザインするなどだ。さらに各キャラクターは玩具化展開されることを前提にデザインされる。つまり作品全編に渡り、「子供」、「玩具展開」ならびに「国際化」を3つのキーワードとして作品の開発を進めている。

 一般的にCG作品をつくるうえでここまでビジネスを意識した制作は、従来少なかったが、これには事情がある。競争激化にともないアニメプロジェクトの一話あたりの製作費も低下が進んでいるからだ。つまりアニメ制作のみでは利益が極めて限られたものになってしまったのである。

 そこで『Dream Defenders』では、玩具の試作品なども自社出資で製作している。玩具展開も可能だというところに魅力を感じる業者もいるのではとの想定からだ。

 さらに、ARGの開発にも取り組んだ。同コンテンツは「ロードショー」というコミュニティイベントに合わせて開発された。子供たちを対象にしたもので、テレビ画面上に投影された自身を体でコントロールし、敵による光線銃などを交わすというARGで、地元のテレビ局からの依頼で開発しイベントにおいて出展したのだ。このイベントをきっかけにほかのイベントプロデューサーなどからのAR出展に関し、引き合いも来るようになったという。『Dream Defenders』をテーマとしたARGということもあり、イベントを実施すればする程、作品並びにスタジオの認知度向上にもつながるというわけだ。

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▲ARG『Dream Defenders 』は子供たちにも大人気。コミュニティイベントに一役かっている


 このような一連の施策について、ソーシャルメディア台頭の時代において単にテレビ制作をする時代ではなくなったとDavid氏。「テレビアニメを端緒にフィルム、テレビ、ゲーム、そしてマーチャンダイズ」を連想させるようなポテンシャルのあるコンテンツを提案しければとDavid氏は力説する。

 現在企画を進めている新プロジェクトも『Dream Defenders』と同様に企画段階で既にMattelやHasbroといった玩具会社に持ち込んでいるという。

 一方、VRなどの技術的動向もかなり意識している。だが、技術そのものではなく「技術を用いていかにコンテンツをつくりあげるか」を重視しているという。とりわけマルチ・プラットフォーム化の推進が急務であるという。さらに海外との連携を強固なものにしていくのも重要だ。Tiny Islandsは既に米国とのネットワークを持っており現在は韓国との関係も強めているという。また東南アジアでは、タイと特に強いネットワークを築いていると同時にインドネシアでも足場を固めた。

 肝心の日本との連携については、希望はあるが「じっくりと進めている最中」とDavid氏。ただし、多くの日本人プロデューサは「アニメ」的なコンテンツを望んでおり、どうしても日本市場重視となってしまうのでそのようなプロジェクトには参加出来ないという。というのも氏が最も重視しているのはグローバル・マーケットであり、グローバルトレンドはTiny Islandsが現在得意としているフル3DCGだからと持論を述べた。

 「とにかく日本だろうが韓国だろうが1国だけを狙ったプロジェクトは受けることが出来ない」とDavid氏。ただし、中国市場については例外であるという。その理由として市場が米国市場に並に近づいているのに加え、中国独自のIPも大きな成功を収めている実情を挙げた。ただ、単独市場で巨大な中国ですら多くの企業はグローバル市場を狙いつつあると中国市場の現状を分析した。

為替の動向に一喜一憂、まさに商社のような意識で会社経営に臨むDavid Kwok氏

 創業時から世界とビジネスをやることを夢見てきたDavid氏。現在は、米国、韓国、ヨーロッパと様々な地域にアニメを提供しながら、まさに自社スタジオの国際化を果たしている。だが、国際化は一人では出来ない。クリエイターひとり、ひとりがそういった意識がなければ他国の動向を前提としたうえでクリエイティブな企画提案など不可能だからだ。これについて「つつみ隠さず経営についても話すことが大事」とDavid氏。「制作工程のみはなく企業戦略など全て説明すれば教育は出来る」と自信を見せる。

 現在、クライアントは米国、アジアに絞り込んでいるという。理由はシンガポールドルに対しユーロが弱く、ドルが強いからとニヤリ。

 コンテンツ制作会社というよりは商社のようなビジネス感覚で仕事に取り組むDavid氏。こういった新しいタイプの経営者がシンガポールのコンテンツ業界を変えていくのだろう。