第11回: なぜプロ翻訳者が『Gone Home』有志翻訳をやったのか? 武藤陽生さんに聞く(後編)

公開日時:2014-08-29 00:00:00

ども! 割と早めの更新となりちょっとホッとしているLYEですこんにちは。PAXやらTGSやらゲーマー諸氏にはワクワクのイベントが連発ですね。僕らも気合入れてギョーカイ盛り上げていきたいなと思っとります。

 そんなワケで、前回から大して時間経っていませんが、僕ら架け橋ゲームズでは新作2本のリリースをお手伝いできました。『Block Legend』開発元の新作にしてイヌ派とネコ派の架け橋『Wan Nyan Slash』(iOS/Android)と、今年PAX 10にも選出された騎士道パズルアクション『Life Goes On』(Steam)です。どちらもここから詳細チェックできるので、気になったらチェックしてみてくださいませ。

 さて今回も前回に続き、「なぜプロ翻訳者が『Gone Home』有志翻訳をやったのか? 武藤陽生さんに聞く」後編をお送りしまーす。さっそくどうぞ!


●インディー時代に求められるゲーム翻訳者の能力とスタイル

矢澤 そういえば、『Gone Home』の翻訳中って、普段は使わないようなマクロを使ったりとか、管理だとか、いち翻訳者として参加している時にはやらないような仕事とかあったと思うんですけど、どうでした?
武藤 僕はもともと翻訳会社でそういう仕事もやっていて、それなりにはできたので…苦にはならなかったかな。そういう仕事も覚えておいて損はないというか。

矢澤 そこでちょっと話を聞きたかったのが、これからたとえば「インディーゲームのローカライズをするぜ!」みたいなのが流れとして来たとき、大きくわけて2種類になると予想してて、翻訳会社から仕事を受けてインディーゲームを翻訳する言う仕事と、今回みたいに全部、開発元からファイルをもらって納品するところまで1人でやる仕事に分かれると思うんですよ。
 僕が『スキタイのムスメ』をやった時は翻訳会社さん(ハチノヨンさん)からファイルをもらって翻訳して返すだけだったんですけど、今やってる仕事だとファイルの管理から変換からエンコードのチェックまで全部やらなきゃいけない。そうなってくると求められる翻訳者のスキルセットが変わってくると思うんです。
武藤 翻訳者のタイプにもよると思うんですけどね、僕は本来、翻訳に専念したいタイプです。ただ、たとえば文字制限とかあるじゃないですか。ここは何文字しか表示できないとか。「このタイトルでは何ができて、何ができないのか」ということは知っておいたほうが、最終的に自分が納得できる形に仕上げられるとは思いますけどね。

矢澤 (翻訳会社経由と、開発者からの直受け)どっちの仕事が増えていくのかなっていうのは最近ちょくちょく考えてることなんですよね。業界の今後にも影響されるところではあるとは思うんですけれど。直請けって、「マクロ書いてファイル準備しないといけない」とかそういう点以外に「翻訳の総合ディレクションもしなくちゃいけない」という点もあるわけで。
武藤 今多いのは、翻訳だけやる人だとは思いますね。僕はもともと自分で翻訳方針を考えたり、ディレクション込みで仕事をしてきた部分があるので、だから『Gone Home』では、二人で相談して決めるっていうのがすごく新鮮でしたね。
矢澤 「どっちが良いか?」みたいな話を?
武藤 そうですね。あくまで対等な立場として、お互いの担当分について率直にコメントしあう感じで。最終的には二人とも納得するようにできたとは思います。
(どっちが増えていくのかって話に戻ると)AAAタイトルについては翻訳会社を通さないという選択肢はないと思うんですけど、インディーについては、『Gone Home』みたいにボランティア(あるいは直請け)というのも出てくるかもしれませんね。 そうしていく中で、「インディーで名前の売れた人が、AAAでも名前を出してもらう」みたいなことが起きてきて、翻訳会社にとっても宣伝要素になるというメリットが出てくるようになったら…っていう道はあると思います。
矢澤 ただAAAのボリュームにおけるひとりの翻訳者って、実は一番影響与えにくかったりするじゃないですか。一日2000ワードしか翻訳できない。でもレビュアーなら同じ時間で倍以上に関与できる。総合ディレクションだったらさらに…みたいな。
武藤 僕もそういう道はありえると思っていて。前に『Call of Duty』で、監修がつきましたよね。軍事ものの作家さんが、ってやつ(福井晴敏氏のこと)。あとは翻訳ではないですけど、セリフ調整みたいなのをやってもらったりとか。そこまではいかないまでも、それに近いような道はあると思います。
矢澤 書籍の翻訳者でも、誰もが知ってる翻訳者ってそうそういないじゃないですか。もともと翻訳者って知る人ぞ知るっていうところあると思うんですよね。普通の人は柴田元幸さんとか知らないし。

 話は飛ぶんですけど、今後翻訳者の直請け、みたいな話が増えてくる上で、開発側の受け入れ体制みたいなものも大きく影響してくると思ってるんですよ。
 たとえば僕が今仕事をしている Unity とかだと、サードパーティー製のツールを組み込むと多言語対応できるよみたいなものが売られてて。そういったものが一般的になってデータ構造の標準化みたいなものが進んでくると、マクロを組むとか、エンコードを意識するとか、そういった必要性も減ってくると思うんですね。
 僕が今まさに仕事しているプロジェクトでも、Google Spreadsheetのデータを直接読み込んで多言語化できたりする。そういうのが一般化したり、あるいは何らかの形で標準化したりすると、今でいうところのExcelとおなじ感覚で翻訳できるようになったりする可能性があるなと。そういう風になると、翻訳を始める前にやらなきゃいけなかった処理は減っていくんじゃないかなと。(注:ここまで矢澤)


矢澤 さてさて、漠然とした質問ですけれど、今後ゲーム翻訳界隈ってどうなっていくと思います?
武藤 海外から入ってくる量は増えると思います。大きいゲームもそうだろうし、インディーゲームみたいな小さいゲームもそうだろうし。翻訳のクオリティという面で言っても、年々上がってきてるとは思うんです。翻訳者や翻訳会社が、スケジュールの組み方とか音声収録のノウハウをだんだん蓄積してきてるから。あとは、海外の開発会社も多少はローカライズを意識するようになってきてくれてますね。男性名詞と女性名詞の区別がある言語だったら、それが区別できるように配慮をするとか。双方が配慮しなくちゃ意味がないわけですが、現状ではいい方向に進んでいるのかなっていう気はしています。

矢澤 そういえば、『Gone Home』の場合、二人チームで翻訳しているわけで表現規制とか、普通のプロジェクトよりは緩かったわけじゃないですか。そのへんどうでした?
武藤 それはけっこう考えましたよ。Psycho House(きちがい屋敷)っていう表現が出てくるんですが、これは二人で話して、このままの表現を使いたいということになりました。ただ、やはり「きちがい」はちょっと過激かなということで、「気狂いピエロ」の表記を拝借したんですが。表現の規制については、二人でずいぶん話しましたね。文芸翻訳でも、果たしてこの規制にどれだけの意味があるのか、というものもあるわけです。「片手落ち」がダメとか。一番厳しいのは映像だとは思いますけど。映像だと、「片手」っていう言葉すら使ってはいけないみたいな話も聞いたことがありますが、さすがにそこまで規制するのは…
 ゲーム翻訳でもそうした規制はあるにはありますけど、自主規制ですよね。『さいなん:かいせん』を見てると、CEROもそんなには見ていないんだろうなと(笑) まあそれはともかく、「気狂い」はぎりぎりいけるだろうと。それしかないだろうと。そんな感じで落ち着きました。
矢澤 でもその線引きするのって、普段は自分じゃないと思うんですよ。
武藤 そうですね、僕はタイトルによっては限界ギリギリまで試してみるタイプで、もしダメ出しされたら別の言葉に変える、くらいのスタンスなんですよ。最初から翻訳者があきらめちゃうと、どうしても表現の幅が狭くなっていってしまうと思うので。もちろん絶対ダメだろうと思うものは使わないですけど、もしかしたらいけるかも、っていうものは使ったりしますね。
矢澤 そういう表現の部分て、日本で問題になったときに一番困るのは日本でパブリッシャーしてるトコですよね。
武藤 ですよね、やっぱりクレームはそこに行くと思うんで。
矢澤 もし日本にパブリッシャーいなかったらどうなっちゃうんでしょうね。たとえば『さいなん:かいせん』もそうですよね… あと、パロディとかもそうですよね。今後インディーゲームを翻訳していく上で結構頻出しそうです。でもある程度の経験を積んでくるとどこで線引くかも同じになってくるんですかね?
武藤 今のところ、そういう線引きの工程も含めて「全部の工程」を担当している人って少ないですよね。複数の工程や立場を知ることで、配慮すべきポイントについての理解が深まる、あるいはポイントが増えていく、という面もあると思うので、最終的には一般的なラインというか、オーソドックスな基準に落ち着いていくのかもしれないなとは思います。

矢澤 翻訳会社に勤務してレビュアーとかテスターとか、あるいはコーディネーターみたいなことをした上でゲーム翻訳実務をやっている人って実は結構少ないと思うんですよ。僕は自分以外だと武藤さんしか知らない。
武藤 確かに少ないですね… 翻訳者として優秀な人はいっぱいいますけど、全部の工程をとなると…そう言われてみると少ないですよね。
矢澤 その点について、自覚的な部分というか、自分の強みだなって思ってるところはありますか?
武藤 そうですね…冷静に考えるとそうかなとは思いますが、僕はどちらかというと純粋な翻訳者としてやっていきたいという思いがあったので、ファイルの準備や言語テストも含めて、それらも翻訳に伴う必要な作業ということでやりますけれど、一番やりたいのは翻訳ですね。
 そういう意味で、一番純粋に翻訳に専念できるのは出版翻訳だと思うんです。文字情報だけで翻訳するから。映像翻訳も映像がなければできないし、テキストだけで翻訳するっていうのは出版翻訳だけですよね。それで、さらに言えばストーリーのあるものをやりたかった。僕は今、ゲーム翻訳と出版翻訳の両方をかけもちしていますけど、出版翻訳をやっていることが、ゲーム翻訳をする上でも一応の信頼にはなるかなと。出版翻訳のほうで名前が出れば、ゲーム翻訳もやりやすくなるのでは、と思っています。


●ゲーム翻訳コミュニティの可能性?「今はまだ自己流でやっている部分がある」

矢澤 そうして名前が出るのが普通になっていった結果、何が起こるのかなって、僕はいまいち具体的には浮かばないんですよね。やりたいことだってのはあるんですけれど。そうなると業界的にどんな変化が出るのかって。一般的な人は気にしないと思うんですけど、ディープな人にとっては「あの人がやったなら安心できるな」って思ってもらえるようになって、ディープな人と翻訳者の間につながりが生まれるのはあるだろうと思うんですけど、その変化が、その両者以外に対してどう作用するのかはまだわからない。
武藤 でも、それだけでもいいと思うんですよ。そういうことが話せるようになるだけでも。たとえばフェロー・アカデミーで授業やってみて、「自分はこういうことを考えて翻訳してる」って話をするのは、やってみたら楽しかった。今はゲーム翻訳者同士で集まっても、そういう話はできないじゃないですか。それができるようになるだけでも、今まで伝わらなかった情報が伝わるようになるだろうし、翻訳者の技術の底上げにもなるだろうし、文化ができるのではないかと。
矢澤 コミュニティ。
武藤 ええ。今はまだそうした文化がないので、みんな自己流でやっている部分がある。伸びる人はそれなりに出てきてはいるけれど、それ以外の人が新しく参入するという点においては、どうやって入って、どういうことを勉強したらいいのかわからない、というところがあるでしょうね。
矢澤 その点 @Garyou_Tensei さんとかはすごく精力的に活動されていますよね (注:翻訳者の集いを企画したり、Twitter上で翻訳者同士をつなげる活動をされているゲーム翻訳者さん。Unity Games Japanのタイトルでも『Stick It To The Man』の翻訳をお願いしています)

 さて、もう一つ… 現在翻訳業界ってワード単価 (一単語いくら、例えばThis is a penなら4単語) で動いていますけれど、この先これってどうなっていくのかなって考えるんですよね。たとえば今の仕組みではチェック作業は時給、翻訳はワード単価で支払われるけど、それが技術の発達によってゲーム実機でのチェック作業をしながら翻訳ができるようになった場合、イチ単語いくらというしくみでは機能しなくなっちゃうじゃないですか。
武藤 そうですね… お金の話になると難しいですよね。
矢澤 Unity Games Japan x 架け橋ゲームズのプロジェクトは全部、レベニューシェアでやってるんですよ。だから「頑張ればがんばった分だけ売上があがる」という前提に基づいて動いてる。そして『Gone Home』のケースであれば、プロとして名前を出してやっているからそれに見合う、名刺代わりに使える品質をという話になりますよね。で、会社で仕事しててもフリーでやってても「コレ以上時間使ったら赤字だな」っていうポイントがあるじゃないですか。でも、それはすげーゲームと相性悪いなと思うんですよね。
武藤 僕は、翻訳って利益を気にしてたらできない仕事だと思うんですよ、基本的には。たとえば調べ物の時間、推敲の時間、読みなおす時間とか…そういう時間に料金は発生しない。それが当たり前のことで、まあ出版翻訳やってる人はほとんど赤字だと思うんですけど
矢澤 その話、よく聞きます (笑)
武藤 (笑) でも、それでもなぜやっていけるかというと、「もし重版になれば…」っていう宝くじ的なインセンティブがあるから、というのはひとつの理由としてあると思います。そういう望みがまったくなかったら、誰も、とは言わないまでも、やりたい人は減るだろうなと。
矢澤 基本給とインセンティブのハイブリッド的な。それもゲームだとまた難しいですよね… もちろん本もそうなんですけど、売れたのって元コンテンツのおかげじゃんという、そこの比率がメッチャでかくなるじゃないですか。ゲームならゲームプレイがあって、映像があってって。これから始めたいという若い人に、自信を持って進められるだろうかって時々自問するんですけど、「好きなら多分大丈夫」くらいしか浮かばない (笑)
武藤 そうですね。もしゲーム翻訳で食べていきたいということであれば、今はやっぱり翻訳会社経由でAAAタイトルをやるという選択肢しかないですよね。あるいは架け橋ゲームズのようなやり方でやるか。でも、そこまでできる人もほぼいないでしょうし。
矢澤 そもそも席がそれほど用意されていないというか、何百人も入ってくるほど(市場の)受け皿がない。
武藤 今、ゲーム翻訳だけで食ってる人ってどれくらいいるんですかね。
矢澤 しばらく前に @Garyou_Tensei さんと話した時に、ホントに(英日)ゲーム翻訳だけで食ってる人なんて50人もいないんじゃないかなと。
武藤 んー、50人…そうですね、日本全国にそれくらい…一都道府県にひとりずつ…うーん、それくらいかもしれないですね (笑)
矢澤 すでにもう(僕らのコミュニティによって)全員「発見」されている感じすらしている(笑)。でも一億ウン千万いる中に50人とかすごく少ないですよね。
武藤 兼業の人も勘定に入れれば、もっともっといるでしょうけれどね。
矢澤 だから得意分野がないと翻訳者にはなれない。英語できるんですけど翻訳者になれますかっていう人よりは、自分には経理の知識がものすごいあって、英語も結構出来るんですけど、って人のほうが翻訳者としては食べていきやすい。
武藤 だから、ゲーム翻訳者はゲームをやってないとダメですよね。
矢澤 スゲー前ですけど、360が出たばっかりの頃に「実績」が何か全く分かってない人に実績部分を翻訳してもらった時があって。
武藤 ああ (笑)
矢澤 少しでも触ってればすぐに分かることなんだけど、って思いましたね。
武藤 Xbox だと解除前と解除後で原文の時制が変わるけど、プレステでは一緒、とかね (笑)
矢澤 まあリッチプレゼンス (360でフレンドが何しているか表示する部分の名称、「XXXさんは今▲▲▲▲のマルチプレイヤーを遊んでいます」みたいな文章)なんかは、結構遊んでいる人でも気づかないかもしれないですけど。でもま、そういうのを知るのが楽しいっていうところはありますよね。自分の好きなことに関して新しいことを知るのが楽しいという感覚。


●「名前を出すことのメリットがデメリットを上回るような状況を作り出したい」

矢澤 ところで、武藤さんはどうして続けられてるんですか?
武藤 なんででしょうね…自分が一番能力を発揮できる場所だったから、ですかね。
矢澤 翻訳してる時にある、「何かが降りてくる瞬間」みたいなのが?
武藤 そうですね、「これは自分が一番うまく翻訳できる」と感じる回数が多かったから、っていうか。それはまあ、だいたい勘違いだと思うんですけど。
矢澤 でもこの業界入って思ったんですけど、勘違い超大事ですよね。
武藤 そうですね。そういう感覚がゲーム翻訳ではよくあったので。
矢澤 最初はどういう経緯で…?
武藤 最初入ったのはAmeria (日本の翻訳業界最大のポータル) の求人を見てですね。僕は30歳くらいから翻訳の勉強をはじめて、出版翻訳を目指してフェロー・アカデミー(日本の翻訳学校。LYEもかつて通信教育クラスでお世話になりました)に通いだしたんです。で、同時期にAmeriaにも入ったんですけど、そこにゲーム翻訳の求人があった。
 当時は360が出て『Gears Of War』とかが日本語版で出たりして、洋ゲーが日本語化されるようになってきた時期だったので、「ああ、こういう仕事もあるのか」って。僕はゲームのやり過ぎで青春を無駄にしたような人間だったので、これなら俺もできるかもしれない、と。でやりはじめたところ、わりと認めてもらえたりして。それで、自分に向いてるのかなって思うようになりました。でも出版もやりたかったので、そのあいだも勉強は続けてました。
矢澤 でも確かに『Gears Of War』あたりの時期から洋ゲーは遊びやすくなりましたよね。
武藤 ひと昔前なら北米版を買わなきゃ遊べなかったようなタイトルも、日本語で遊べるようになりつつありましたね。流通の面でもSteamなんかが成長して、海外のゲームが気軽に遊べるようになったというのも大きいと思います。昔の洋ゲーといったら、ごく限られたところ、たとえば秋葉原のカオス館とかで買うしかなかったですからね。
 僕は昔から洋ゲーが好きで、日本のゲームよりも洋ゲーを好んで遊んでいて、『Mortal Kombat』とかをプレイしていました。当時はなんというか、ああいうアホらしいような過激な残虐表現が好きだったんですけど、その反動なのか、最近はむしろ暴力表現には興味がないですね。
矢澤 最近のインディーゲーム界隈だと、わりとその、暴力的でないテーマでゲーム作ってる人が多い印象ですよね、革新性のほうを重視気味というか。
武藤 暴力もあるにはあるんですけどね、『Hotline Miami』とか。でもそうじゃないのも多くて、選択肢が増えたという感じはしますね。『Kentucky Route Zero』とか翻訳したかったんですけどね。

矢澤 開発者に早い段階で連絡したらやれることもあるんじゃないかと思うんですけどね……。
武藤 実はメールしてみたんですけど、返答はなかったです。
矢澤 そこらへんも双方にコミュニティが形成されていたら違っていたかもしれないですよね、コンタクト先として双方に窓口となるようなコミュニティがあれば。
 また @Garyou_Tensei さんの話なんですけど、彼はよく「自分が得意としていない分野のものがきたとき、知人にうまくパスを出せると (仕事を振れると) 自分がうまく翻訳できた時と同じくらいうれしい」という話をしていて。そのパスが出せる環境というのもコミュニティがないとできないじゃないですか。
 最近ボストンの開発スタジオが作ったゲームをローカライズする機会がやたら多くてですね、3本連続くらいでやってるんですよ。そのボストンのインディーシーンが面白いのが、みんなすっごい仲いいところなんですよね。めちゃめちゃ関係が密で、みんなお互いを知ってるみたいな。で、そこで最初に一本僕らが手がけたところ、しばらくして「オレの友達も今度リリースするんだけど」って話が来たりして。そういう風につながってつながって動きになっていくのを見てると、こういう風に盛り上がる未来もあるのかなって。
武藤 そうですね、そういうコミュニティの力ってあると思います。作業自体はもちろん一人でやるものですけど、そういう支援というか…。全然関係ないんですけど、将棋とかチェスとかも、うまくなるにはやっぱりコミュニティの力が必要で、独学では限界があると思うんです。そういう意味で、ゲーム翻訳でももっと、細かい深いところまで話ができるコミュニティがあれば、それだけで変わってくるのかなって思うところはありますね。
矢澤 直接的に関係しているわけじゃないですけど… 守秘義務ってあるじゃないですか。「何で今みたいな縛り方をしているのか?」ってトピックに僕はすごく興味があって。調べてもあんまり情報が出てこないので考えてるだけなんですけど。僕が思うに、昔はストーリーがリニアなゲームが大変多かったから、ストーリーがどこかから漏れちゃうとゲームとしての価値が下がっちゃうってところがすごく大きかったと思うんです。
 でもたとえば、『TES IV: Skyrim』のメインストーリーがそれなりにバレちゃっても、そんなにゲームの価値を損なわないじゃないですか。だから今は昔と比べて、物語を明かしてしまってもゲームの価値がそこまで損なわれなくなってるようにも思うんですよ。AAAでも、インディーでも。SimShip (多地域同時期発売)じゃなければさらにですけど、守秘義務のあり方みたいなものも多少は見直す余地が出てきてるんじゃないかと。ちょっと思うんですよね (LYE注:だから取っ払っちまえという話ではなく、上のような違いも含め色んな変化が出てきたことだし現状に合わせた形に見直すのはアリなんじゃないのか、というお話)。
 あと、プロジェクトが終わった後にも言及できないっていうのはなおさらワケワカラナイじゃないですか。
武藤 「発売前に情報を出してはいけない」というのは、まあ分かりますし、作業工程自体を秘密にしておきたいっていう気持ちも分かるんですけどね。
 だから僕は、名前を出すことのメリットがデメリットを上回るような状況を作り出したいなと思っています。「この人がやってるなら安心だ」ってユーザーに思ってもらえるのは、翻訳会社にとってもメリットになるし、翻訳者にとってもメリットになる、そういう状態にしたいなと。


 いかがだったでしょーか? ゲーム翻訳のいろんな側面を見てもらえたインタビューになったんじゃないかと思います。快くインタビューに応じていただいた武藤陽生さん、ありがとうございました!(たまたま購入したタイトルの説明書でクレジット記載を見たところ、最近は『ディアブロ III リーパー オブ ソウルズ アルティメット イービル エディション』でも活躍されたご様子。グッジョブっすセンパイ!)
 それではまた次回! ハッピーゲーミング!!!


今回の英語表現: バラしてはいけない英語  今回は守秘義務とかの話も出てきたので、「バラす」をテーマにいくつか紹介しますね。

Non Disclosure Agreement =【名詞】機密保持契約、(機密を) バラさない契約。NDAと略される。

例文: Can you tell me more or are you under NDA?.
詳しく教えてよ~! 守秘義務でもあるの?

Spoiler = 【名詞】ネタバレ
例文: ****Spoiler Alert**** ****以下ネタバレ注意****
A: … And then that bad guy says ”I am your fa …
で、その悪者が言うんだよ「私がお前のち…
B: Woooowoowowow NO SPOILER PLEASE!
ちょ!!!!!ネタバレやめてよ!

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LYE
ゲームローカリゼーション支援野郎。業界外から一念発起してゲーム業界を目指し、某有名デベロッパーでのローカライズ担当などを経て、2013年4月にアメリカ人の友人と架け橋ゲームズを立ち上げ。ゲームのローカライゼーションやウェスタナイゼーション、英日コミュニケーション支援を行なっている。過去には『レフト 4 デッド』や『あつまれ!ピニャータ2:ガーデンの大ぴんち』、『ディズニー エピックミッキー ~ミッキーマウスと魔法の筆~』、『スキタイのムスメ』などのローカライズプロジェクトに携わっている。公式サイトはこちら