第9回: 翻訳者は有機野菜の夢を見るか? 小規模ゲームと翻訳者の関係

公開日時:2014-04-03 00:00:00

 ご無沙汰です、LYEです。更新が滞ってますが、今回はその分濃い目にいきますんでよろしくお願いします!
 最近はというと、ゲームエンジン作っているUnity Technologies Japan社がパブリッシング事業を開始するにあたり、ボクら架け橋ゲームズもガッツリ組んで英語圏のインディーゲームを日本に持ってくることになりました(詳細)。
 おかげで、3月の頭から今までに『Element4l』(Steam)、『Ballpoint Universe Infinite』(Steam)、『Darklings』(iOS)、『Girls Like Robots』(Steam)と立て続けに4本がリリースとなっとります! よかったら遊んでみてください。今後も『Stick It To The Man!』(PC)、『Teslagrad』(PC)の日本語化を進めていきますよん。

 さて、少し前まではAAAタイトルの翻訳をお手伝いし、翻訳会社にいた時は複数の翻訳者さんをまとめつつ翻訳を仕上げる役割もやってたLYEですが、今や小規模なスタジオが開発したダウンロード専売タイトルばかりを手がけるようになりました。
 その過程で、「大規模と小規模じゃ色々違うなー」と感じることがあったので、今日はそのへんをザックリスッパリ話してみたいと思いますッス。
 あ、その前にお約束。今回も、特定のタイトルとか会社とかについて語っているわけでは無いッス。それでは、今回もよろしくどうぞー!


■一時翻訳へのアプローチの違い

 まずは規模が違うんで進み方も違うよね、というお話から。
 通常大規模タイトルでは、翻訳者一人が担当していては時間がかかりすぎる (大作を一人でやるんじゃ半年とかかかっちゃう)ので、複数人の翻訳者が同時に翻訳を進めます。多くの会社さんは既に洗練されたプロセスを構築しており、各翻訳者が最新の情報や用語集を参照できるしくみが整っています。そんで翻訳が終わったら翻訳会社にすべて集められ、編集担当さんが全体のトーンを調整していきます。
 翻訳者さんが個性的な翻訳しちゃうと全体のトーン統一に手間が掛かりすぎるので、多くの会社さんでは「翻訳時にはあまり個性付けしないで」と指示します。コレは別にヒミツでも何でもなく、「通訳翻訳者になる本2015」という書籍の「ゲーム翻訳者に求められること」という項でも大手ゲームローカライズ会社さんが明示的に言ってます。

 一方で、小規模タイトルはボリューム自体が小さいので一人で翻訳することが多いです(だいたい大きくても1人で2週間程度の分量)。これに加え、いわゆる「インディーゲーム」は開発者の個性が強いので「無難な翻訳」では逆に浮いてしまうことが多い。なので僕の経験上、翻訳者への指示も「味付けはお好きにやっちゃってください」となることが多いです(『スキムス』もそうだったなー。あれが最初の「好きにやってください」体験でした)。
 と、翻訳者さんが翻訳するときのアプローチにはこういう違いがあるワケですが、どっちが良いとか悪いとかという話になると非生産的な議論になってしまうのでここでワンクッション入れときますね。


■どっちがいいとか悪いとか最初に言い出したのは誰なのかしら?

 唐突ですけど、ここで上で話した内容を料理にたとえてみます。

~自宅の台所VSレストランの厨房~
 1人分のご飯を1人で作るなら、自分で全体像を把握して家の台所でできますよね。味付けも最初から最後まで自分でやるわけだし、時間制限もそんなにない。
 でもレストランの厨房でディナータイムを回すとなれば、一人ではこなせないッスよね。前菜を仕込む新人、メイン料理を調理する中堅、全体のクオリティに目を光らせる総料理長、みたいに複数人がある種の役割や上下関係を持って関与することになる。
 もちろん、全員が目指すのは「そのレストランの味」。ここでは新人も中堅料理人も自分の好みで味付けを変えたりしません。だから総料理長(翻訳会社の担当者)は、店の流儀(タイトルの方向性)をシェフ(翻訳者)たちに伝える。こういう風に下ごしらえして、と指示しておき、最後に総料理長が仕上げる。
 総料理長が背負う、「レストランの味」を実現するために。

 よく言われる「一人に全部やらせれ」は、規模によってはその通り。それは職人肌の料理人が1人でやってる1日1組限定の料理屋と一緒です。でも夕食に出かけていったレストランで何時間も待たされるのはイヤだし、好きなゲームの日本語版が2年経たないと発売されないのもイヤっしょ? 「台所と厨房のどっちが正しいあり方か!?」なんて議論する人がいないように、まあ住み分けがあるわけです。

 とまあ、体制としてはこんな違いがあります。ただ、大規模だろうと小規模だろうと素材の味を殺さぬよう仕上げることに心血を注いでいるのは同じですけどね!
 でもね、スケジュールがタイトで複数人が取り組む大規模タイトルではひとつできないコトがあると、LYEは最近考えるようになったのです。それは、「個人的な翻訳」を提供すること。最近ずっと考えてることだったので、この機会にちょっと吐き出してみたいと思います。


■個人的な翻訳

 この1年開発者が自社パブリッシングしている小規模なタイトル(いわゆるインディーゲーム)ばかりローカライズしてきて、LYEは「どうも自分の翻訳方法はとても個人的な(バイアスのかかった)翻訳なんじゃないか」とすごく強く感じるようになったんですね。「オレにはこう読める」をそのまま出力している感じというか。昔はそうじゃなくって、どうやって(いい意味での)中庸に近づけるかを考えていたんです。  架け橋ゲームズで担当したタイトルを翻訳する時は、自分が何度も何度も原文を読んで、ゲームを見て、イタコのように「降りてきたものを伝言してる」みたいな感覚なんす。意図的にひねっているのではなく、どうしても取り除けないアクが出ているような。
 しかし僕の定義では自分の翻訳は意訳ではないしまして翻案でもないと思ってるけれど(意訳の定義については意見が分かれるのでここでは割愛)、やっぱりクセは強いわけで、万人向けに最適化された翻訳とはいえない。
 それでもなお、ゲーム、特に昨今のいわゆるインディーゲームのようなものを訳すときには、それ自体がとても個人的なものだから、自分のイタコ的特徴が最適なマッチかどうかは別として「個人的なエンターテインメントをイタコが個人的に口寄せして語る」のは悪いことじゃないんじゃないかなとは思うようになったんです。

 海外小説なんかは、担当する翻訳家によって雰囲気がガラリと変わります(興味のある方は「翻訳夜話」を読んでみてください)。ゲームの翻訳も、すべて中庸に向くのではなく、翻訳者の個人的なオリのようなものが存在することを許容してもいいんじゃないか? と思うようになってきたんです。
 ……いつか『フルメタル・ジャケット』の原田眞人氏のようなエピックな翻訳をしてみたいものです……っと、そういえば、翻訳者の名前についても触れたいのでした。以下、翻訳者の名前出しについて書きます。相変わらず長いっすけど、次で最後です。


■有機野菜についてる「私が作りました」シール

 有機野菜とかについてる、「私が作りました」シールあるじゃないですか。ステキな笑顔の農家さんが野菜を掲げてる写真のついたやつ。アレって、多分だけど「うおおあの木下将太さんが作ったウドか!これはマストバイ!」ってなる人はいないと思うんですよ。
 でも、名前が乗っているってことが信頼性の担保になってる。名前が明記されてる場合とされてない場合だと、どっちが安心して購入できる?って話ですよね。翻訳者が名前出すっていうのはそういう部分が強いと思ってて、「また俺、クソ翻訳掴まされるんじゃねえか」って疑念が薄れる。

 逆に、翻訳者からすれば「一度しくじるとキャリアがパーだぜsjd:jふぁぺ」みたいなリスクでもあるわけですが。それでも名前は出したいですよ。さっきの有機野菜農家の話で言えば、農家有名レストランに卸しているけど言えないってなったら、ビジネス上もったいないですよね。セルフブランディングとか営業に使えるから。
 そうすると、いい仕事した人は競争力が高まる。よりいいプロジェクトに携われる可能性も上がる。やらしい話、お金ももっと稼げる(あるいはこれ以上翻訳単価を下げないで済むかもしれない苦笑)。

 最近では、インディーゲームを複数人で有志翻訳するケースでも翻訳者さんの名前が出ていますね(『Gone Home』日本語版、伊東龍氏と武藤陽生氏)。ファミ通.comのインタビュー記事でも、武藤氏は名前を出すことで変化を生み出したい、と語っています。
 とまあこういう経緯もあり名前を出していこうぜムーヴメントは、消費者と農家にとって、じゃなかったゲーマーと翻訳者にとって、割といい話だと思うんす。……いいこと思いついた!
 実は『Gone Home』の日本語版翻訳を担当されたやった武藤陽生さんとは知り合いでして、このへん突っ込んで話してみたら面白いのでは!? というわけで、次回は「ゲーム翻訳者 x 名前出し」について話してみようと思います。お楽しみに!
 それでは次回まで、ハッピー・ゲーミング!

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LYE
ゲームローカリゼーション支援野郎。業界外から一念発起してゲーム業界を目指し、某有名デベロッパーでのローカライズ担当などを経て、2013年4月にアメリカ人の友人と架け橋ゲームズを立ち上げ。ゲームのローカライゼーションやウェスタナイゼーション、英日コミュニケーション支援を行なっている。過去には『レフト 4 デッド』や『あつまれ!ピニャータ2:ガーデンの大ぴんち』、『ディズニー エピックミッキー ~ミッキーマウスと魔法の筆~』、『スキタイのムスメ』などのローカライズプロジェクトに携わっている。公式サイトはこちら