第2回: なぜひどい品質の翻訳が世の中に出てしまうのか?(コミュニケーション編)

公開日時:2013-03-21 00:00:00

さっそくですが第2回。ここまでで触れられなかった点も、次回以降でモリモリ触れていけたらと思っていますのでお楽しみに。

さて前回は予算のお話をしましたが、当然それ以外でも色々な、ほんとうに色々な要因で品質問題は生じます。その中でも今回は、人と人とのコミュニケーションが原因になる場合について書きます (次回は関係者を職種や形態ごとに解説してみるつもりです)。

前提として書いておきたいのが、私の知る限り、ほぼ例外なく、ゲームとローカライズ産業に携わる個々人においては情熱と専門的能力を持っているということです。なのになぜ、成果物を見ると「腕や知識がない」と思われてしまうようなことが起こるのでしょうか。

LYEはこれを、誰かが十分に力を発揮する環境を得られていない、または何かを見落とし続けているからだと考えます。

なおこれを書いている LYE は元開発会社社員、元翻訳会社社員、元フリーランス翻訳者で、現在はフリーランスでローカライズ支援したり翻訳したりこういった文章を書いたりしている者です。また、誰かを貶める意図がないこともご理解いただければと思います。

こほん、ではコミュニケーション編、スタート!


ローカライズは法人をまたいだ分業化が進んでおり、結構な人たちがお互いのことを知らない

まず、ゲームのローカライズには通常、開発会社←→パブリッシャー←→ローカライズベンダー←→翻訳者という 4 種の組織・人が関係します。

開発会社が元のゲームを作り、パブリッシャーが色々音頭を取り、ローカライズベンダーが翻訳の手配や最終調整を行い、翻訳者が一時翻訳をする、というのが一般的なかたちでしょう(※)。

デジタル配信時代になり、パブリッシャーと開発会社が同じケースや翻訳者に直接打診するケースなども増えてきましたが、それでもたいていは4者が3者になる程度だと思います。

※他方、大手パブリッシャーになると「自社で開発・パブリッシュ・ローカライズぜんぶやる」ところもあります。こういう体制はコストがかかりますが、個人的にはヨダレが出るくらい羨ましいなと思います (理由は後述)。

「なんで社内でローカライズやらないの?」という疑問も湧くところですが、正社員でローカライズしかしないチームを雇うのはかなり会社の負担が大きいです。

というかよほどの規模の会社でないと、チームはあるのにタイトルの開発がローカライズ可能な段階になかなか至らず「せっかくローカライズチームを用意したのにローカライズしていない時間のほうが長い」なんて事が起こりえます。この人件費のロスは結構大きい。だから多くの会社はローカライズはローカライズベンダーに任せる、となります。

小ネタですが、ローカライズ業界というのはコンピューターの普及とかグローバリゼーションに合わせて生まれた業界なんです。もともとはどこも社内でコツコツやっていたんだけど、製品が大きくなり、対応する言語が増えるにつれてやっていられねえよとなって、専門であつかう業者が誕生したという経緯があります (90年代)。

さて、会社と会社のお付き合いになった結果、開発会社/パブリッシャー/ローカライズベンダー/翻訳者の間で情報の分断が生じることになります(※)。

※たとえば、こないだゲーム翻訳者が集う機会があったので話をしたのですが、「担当プロジェクトの開発会社とやり取りしたことある?」という問いに「質疑応答の回答者欄でしか見たことない」という回答が多かった、なんてこともありました。

すごく乱暴に言うと、ベルトコンベアーで流れ作業してるけど、自分以外が何してるか知らないカンジです。

次の工程のために気を利かせようにも利かせ方がわからない(英語でいうところの、“I don’t know what I am doing”)。おまけに各工程の担当者が違う会社から来てるとか、悪い冗談みたいになっています。食事休憩中に茶をすすりながら「同じラインで働いてるけどあの人名前も知らないんだよね」的な会話がされてそうです。

分かっているんなら対応しようぜという話なんですが、ここでのキモは「ローカライズプロジェクトチームは毎回解散しちゃう」ことと「関係者がみんな別の企業に属している」ところにあります。次に、この2点についてちょっと説明してみます。


ローカライズプロジェクトチームは毎回解散しちゃう

一部のシリーズものは別として、同じ開発会社/パブリッシャー/ローカライズベンダー/翻訳者の組み合わせでプロジェクトを進められることってアンマリありません。タイトルによってパブリッシャーは違うし、懇意にしているローカライズベンダーも違うし、翻訳者の都合が合わなかったりもします。あと当然ながらゲームの内容も違うので毎回違うことだらけです (そこがやりがいでもあるのですが)。

なので、ノウハウを蓄積するのがとても難しい。このノウハウはゲームのことを一番理解している開発会社にこそ必要な物なのですが、LYE の私見では、ノウハウを個人ではなく組織に残せている開発会社はそう多くないと思います。これを可能にするには、開発スタッフの多くがローカライズを意識して仕事を進める意識を持つようにするか、ローカライズスタッフを社内に置いて「尻を叩かせる」必要があり、どちらも結構な (金銭的、人的、時間的) コストがかかるからです。

続いて、キモ2。
関係者がみんな別の企業に属している

おんなじプロジェクトで働いてても、会社が違うと言い辛いことってありますよね。まして、地理的に離れた場所で働いてると余計に。そこで野球の守備でいうところの「お見合い」が発生していることがあります。これは掘り下げるとチームビルディングみたいな話になると思うので割愛しますが、前述の話と相まって「ノウハウの蓄積し難さ」につながっていきます。


具体的に起きてる問題

ウス。前振りが長くなってしまいましたが、それでは具体的な例を。

※わかりやすくした例です。日常的に起きてるわけではありません。

※こんな事ねえよという先輩方におかれましては、単なる誰かの体験談ということで収めていただければ幸いです。

開発スタッフ編:
(仕様を決めた)ゲームデザイナー「“マーベラスダッシュ”(技名)と “スーパーマーベラスダッシュ”を翻訳してもらおう、申し訳ないがこの部分は急ぎなので明日朝までに」

>翻訳依頼

翻訳者「この2つ、どういうアクションなんだ…あと何が違うんだ…だが納品は明日朝までだ、ここは直訳するしかないか」

>納品

ゲームデザイナー「まんまやん。手抜きか?」

> ゲームデザイナーにとって、自分が組んだ仕様は我が子のようなもの。おまけにゲームデザイナーの目の前で実際にゲームが動いていたりすると、自分があまりに深く理解しすぎていて、他者に説明するのを省略してしまっていることに無自覚になることがあります。



ローカライズベンダー編
ベンダー担当者「よし、ひとまず現段階での最新データを渡すぞ。まだ最終じゃないけど。」

>納品 <その後たくさんの人を経由して最終的に…>

先行配信地域のパブリッシング部門「よし今日のデータで先行発売地域用の最終ビルド作るか。おし、全言語揃ってるな。問題なし問題なし。じゃあはいしーん」

別地域のパブリッシング部門「えっっ???」

翻訳者編:

翻訳者「いつも思うんだけどこの翻訳用ファイル、ここに一列足したら扱いやすくなるのになあ…」

その頃、海を隔てたローカライズ担当の開発スタッフ「このファイル使いにくいなー、何かいいアイデアないだろうか…あ、また翻訳にミスだ」

ベンダー担当者「ミスがありました」

翻訳者「」

いささか単純化したり脚色したりもしていますが、何となくこんな問題が起きているわけです。

上記にかぎらず、コミュニケーション/議論が持てないというのはローカライズ品質にとんでもない悪影響を及ぼします。

それでも、ようやく光明が見えてきました。大ローカライズ時代の幕開けです。


明るい未来の話

では今回も、明るい未来の話をします。

LYE は、最近の明るい兆候として次の3つを上げてみたいと思います。

大作パッケージゲームは予算が凄まじいので、リスク最小化のためローカライズをより真剣に考える会社が増えてきてる

これは結構影響が大きい、世界中のゲーマーにとって嬉しい傾向だと思います。今や大作の予算は 1 つの言語バージョンだけで費用を回収できる規模を超えているので、可能な限りたくさんの地域で遊んでもらえるようにするのは必須となってきました。

これについては、カプコン社、Bioware社、Ubisoft社や協力ローカライズ会社などが啓蒙してます 。たとえば昨年の CEDEC では、カプコン社のローカライゼーションディレクターさんが「開発の速い段階からローカライズを意識させるためにこんな提案を続けました、そのために組織構造をこう変えました、最終的にローカライゼーション関連のポストを新設しました!」というお話までされています(当時の講演概要)。

こういった動きは実際のタイトルに反映されるまで年単位で時間がかかりますが、今後を見守りたいですね。

デジタル配信がより普及することで、多言語展開するリスクがものすごく低くなる(各地域でのプレス代も在庫も考えなくていい)ため、小規模かつ高頻度なローカライズ時代が訪れることでノウハウの蓄積が期待できる

ゲームのローカライズを最初から最後まで見る機会と頻度が増えるため、アーティストやゲームデザイナー、プログラマーなどローカライズ部署以外でも経験を積んだ人材が増えます。というか徐々にではありますが、増えてきていると思います。

これも実際に目に見えるような影響が出るまではしばらく時間がかかりますが、間違いなく底上げです。企業間でのコミュニケーションはそれでも難しいですが、上流が改善されるのは喜ばしいですし、身内がしっかりすればこそ外部に手を出す余裕ができるというものです。

ゲームのサービス化が進むことで、開発/運営会社にフルタイムのローカライズスタッフを置く理由ができる

これまでは置いても仕事がなかった、なんてこともありましたが、小規模タイトルが高頻度でリリース+継続的アップデートというコンボは、ローカライズに強い人材を常時開発会社に置く大きな理由となりつつあります。長い目で見れば、そういった人材が業界内に増えるということが間接的にローカライズの品質を上げていく、とも考えられます。

っと、ずいぶん長くなってしまいましたがいかがだったでしょうか。

ローカライズは、ゲームに込められた意図を余すことなく伝える仕事ですが、そのためにはよいチームである必要があります。もちろん企業間のビジネスなので何もかも理想的とまではいかないでしょうが、LYE は今後も、話す言語に関わらずゲームの根っこまで降りていけるようなローカライズが広がるよう活動していきたいなあと思っております。変化の激しいゲーム業界ですが、上にも書いたとおり、ローカライズという視点で見れば昨今の変化は「よりよいローカライズの追い風」と言ってもよいのですから!

もちろん、同時期発売 (SimShip) が当たり前になるなど、課題も出てきているわけですが、そのあたりについては今後、スケジュールについてのお話で触れてみたいと思います。

それでは次回まで、ハッピーゲーミング!!


今回の英語表現:

“Know what I am (you are/he is/ she is/ they are) doing”

“私 (あなた、彼、彼女、あの人ら) は、自分のやってることの本質がわかっている”

今回ちょろっと出てきたコレ、Dis るときに使える言い回し! じゃなくて、便利に使える表現です。

ゲームでは使われるシチュエーション少ないですが、映画だと時折使われます。ええ、だいたいDisるときに……。

女「あの人もあんなにがむしゃらに頑張っているのよ」

男「Honey, He doesn’t know what he is doing… /ねえ、彼は自分が何をやっているのか全然分かってないんだ」 (あえて翻訳調)

仕事中、分かってることをくどくど説明してこられた時にも言いたいですね。

「そもそもこの仕事はさ、本質的にねえ…」

「Ah… I know what I am doing. / えっと、私は自分が何してるか理解してます(から大きなお世話です)」

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LYE
ゲームローカリゼーション支援野郎。業界外から一念発起してゲーム業界を目指し、某有名デベロッパーでのローカライズ担当などを経て、2013年4月にアメリカ人の友人と架け橋ゲームズを立ち上げ。ゲームのローカライゼーションやウェスタナイゼーション、英日コミュニケーション支援を行なっている。過去には『レフト 4 デッド』や『あつまれ!ピニャータ2:ガーデンの大ぴんち』、『ディズニー エピックミッキー ~ミッキーマウスと魔法の筆~』、『スキタイのムスメ』などのローカライズプロジェクトに携わっている。公式サイトはこちら