第1回: なぜひどい品質の翻訳が世に出てしまうのか?(予算編)

公開日時:2013-03-12 00:00:00

 こんにちは、今回、編集部のご厚意によりゲームのローカライズとか翻訳についてブログを立ち上げさせてもらいました、LYE こと矢澤竜太です。よろしくお願いしまっす。
一回目ということで、まずは自己紹介をば。僕は現在、フリーランスでローカライズ支援野郎/英日ゲーム翻訳者として活動しています。CEDEC 2011、2012 にてローカライズ/翻訳関連のセッションに登壇させてもらったりもしました。
名前がスタッフロールに載ったタイトルだと……。昨年 iOS/PC 向けに発売された『スキタイのムスメ (原題: Sword and Sworcery)』の翻訳に携わりました (最高に楽しかった!)。あと、最近では“『ゲームクリエイターが知るべき97のこと』という本で“ゲーム学習を「ゲーム」にしよう”という節を寄稿させてもらってます(編注:LYE氏の公式サイトで、クリエイティブ・コモンズライセンスに従い、該当部分を公開中)。

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フリーランス以外では、これまでに翻訳会社で社内翻訳者やったり、日本のゲーム開発会社でローカライズ支援をしてきました。ゲームのローカリゼーションって、右の図のような四者が関わるお仕事なんですが、パブリッシャ以外の3つのポジションで仕事をしてきた、と思ってもらえれば分かりやすいかなと思います。
このブログでは、ゲームの翻訳やローカリゼーションについて取り上げていきます。楽しんで読んでもらえるよう頑張りますんで、お付き合いよろしくお願いします!


さてさて、このブログでは毎回トピックをひとつ取り上げ、最終的に何らかの問題解決策を挙げていきます。初回となる今回は、「なぜひどい品質の翻訳が世に出てしまうのか – お金の話編」をお送りします。

疑問:
ゲームを遊んでいて、翻訳がイケてないなーと思うこと、時折ありますよね。そんな時浮かぶのが「これ……機械翻訳じゃない?」とか「翻訳者が手を抜いていたり、技術や知識が足りないんじゃない?」といった疑問。
なんでキレーに翻訳できないのか? いろんな事情があると思いますが、今日は3大要素「予算、人材、スケジュール」のうち、予算について書いてみます。

原因: ゲームのプロジェクトでお金が余ることって、ない

まずはお金、とにかくお金。Web検索すれば「俺の作ってるゲームの残り資金がこんなに少ないわけがない。」系エピソードはザクザク出てきますし、米国のインディーゲーム製作者を取材したドキュメンタリー映画「Indie Game: The Movie」なんかでも色々な形で描かれています。でもそれはどんな業界だって同じで、コストと品質 (あとスケジュール) のバランスなんか、何かを作るなら誰もが考えることですよね。じゃあなんで、グラフィクスとかプログラムと違って、ローカライズにはお金が割かれないのでしょう?

「コストを回収できるのか」という深い谷

まず、その言語に翻訳してもどれくらい売れるかさっぱり分からない、つまり「かけた金額に対してどれくらいのリターンがあるのか」が全然分からないという不透明性があります。これはゲームに限らず、すべての産業でローカライズが直面する問題なんですが、ゲームにおいては、「説得材料になる数字」というのは少なくとも数年前までは存在しませんでした (最近のお話については後述)。

それでもローカライズに力を入れる企業は 「Leap Of Faith=信念の跳躍」、つまり「俺たちはこう信じているから、根拠は弱いがやるんだよ」という「理念」を持っていたわけです。穿った言い方をすれば「ポーズ」とも言えるかもしれません。我々はこれくらいローカライズを真剣に考えていますよ、という。そのくらい確信する材料がない。

たとえば、Activision Blizzard 社は 2012年のGDCの講演「StarCraft II – Carte Blanche Localization」において『Starcraft II』の事例について講演しました。そこでは Blizzard 創設者 マイク・モーハイム氏が「うちは、ローカライズ版を遊んでくれるユーザーが自国産のゲームだと思ってもらえるようにローカライズする」という理念を語ったと紹介されていました。

ここで難しいのが 「じゃあ 、もし『Starcraft II』がろくでもない翻訳で出荷されていたら売上がどれくらい悪くなっていたか」というデータがパラレルワールドにでも行かない限り分からない点にあります。
Blizzardの場合はここに理念があったため、一般的な水準をはるかに超えた労力をかけてローカライズすることととなりましたが(残念ながら日本版はありませんが、いろいろあるのでしょう)、一般的にはここまで明確なビジョンを持ってローカライズに携わってくれる会社ばかりではないと言えると思います。

普通は、「よいローカライズをするとたくさん売れますよ」という説得に対して、「予算を投入するには根拠となる数字が欲しいな」という答えが帰ってくる。よいローカライズでもっと売れるためにはよいローカライズで売れた証拠がないといけない。「鶏が先か卵が先か」のシチュエーションが生じるわけです。これは、ゲームに限らずすべてのローカライズ関係者が悩んでいる課題とも言えるでしょう。

さてさて、僕は上のほうで、その状況が変わりつつある、というお話をしました。はい、お待たせしました、次節からは明るい話です!

明るい未来の話をしよう: “ゲーム アズ ア サービス”の時代と「数字」の話

ここまでの話だけ見ると、ああ「鶏が先か卵が先か」の話か、どうしようもないね、おしまい。という風になってしまいかねません。少し前までならば、じゃあエライ人に「ローカライズの理念」を持ってもらおう、そのために啓蒙活動をしていこう、という話しかできなかったでしょう。もちろん啓蒙活動は大事ですが (LYE もいろんなところでカマしてます)、ここに来てゲーマーの皆さんにとって、明るいニュースも見えてきました。

「Game as a service」という表現を聞いたことはないでしょうか?

すごく平たく言うと、ゲームを作って発売したらおしまいな “Product” (製品) だった時代から、ゲーム発売後も継続的に手をかけてよりよくしていく“Service ”(サービス)になったんだよね、ということ。細かい定義はさまざまあるのですが、ゲーマー諸氏に馴染みのあるところで言うと「アップデートパッチ、DLC、ゲーム内イベントがあるのが普通なんだよ、発売したら終わりって時代はもう終わったんだよ」という話です。この概念がですね、ローカライズ従事者がずっと欲しがっていた「予算を投入するための根拠となる数字」をもたらしてくれそう、という話なのです。

ここで再び GDC 2012 のローカリゼーション関連講演から。
LocLabs 社の CEOである、Danica Brinton 氏という人が、「Conquering European Localization」 (欧州ローカライゼーションをマスターしよう) という講演で、とあるソーシャルゲームがローカライズにより売上が上がったという事例を紹介していました。欧州市場にはもちろん非英語圏がいっぱいあるわけですが、当初英語でサービスしていたものを、途中から現地語対応させたら売上げが上がったそうなんですね。

そう、オンラインゲームなら (ソーシャルでもMMOでもMOでも) 現地語にローカライズすると売上がどう変わるかが、パラレルワールドに行かなくても見えてくる時代になりつつあるんです。途中でアップデートできますから。

当然サービスイン直後とアップデート直後ではコンテンツが増えることもあるし、状況が違うのでそれぞれの数字を単純に比較することはできないんですが、ソーシャルゲームの隆盛により「ユーザーがどれくらい継続して遊んでいるか、どれくらいの人数が新規に入ってきたか、一人あたりの平均支払い額はいくらか」といった情報はどの企業も継続的に記録しているので、ローカライズ前後での「現地ゲーマーの反応」がある程度まで数値化できる時代が訪れはじめているんですよ!

先述の GDC のケースはヨーロッパ言語のお話でしたが、当然日本でも同様のデータを取得できますよね。

ここから先は離れ業というかアクロバティックな理論展開になりますが、例えば「だいたい同じくらいのユーザー層と数のゲーム」が複数あって、一方の翻訳がとっても良かったけどもう一方は色々うまくいかなかった、なんて事例がそこかしこで出てきた場合、もし本当に優れたローカライズ品質がユーザーを惹きつける要素であったなら、ある程度までは「エライ人を説得するための仮説」として機能するかもしれない、ってことなんですよね。もっと言えば、そういったお話が業界内で (CEDEC や GDC などのカンファレンスとかで) 共有されることで「ローカライズ? ああ、そこは力入れないと売上が落ちちゃうし、当然予算もしっかり取ってやるよ」が常識になり「得る」時代がやっと到来しつつあるんです!

ローカライズの品質が良いゲームを、遊んでいて面白いからという理由で遊び続けることが、未来のゲームのローカライズを良くしていくかもしれない。なんか素敵じゃないですか。

いままでだって僕達は、良いゲームに巡り合ったら遊び尽くしてきました。今までどおり、自分の感じるままにゲームを遊んでいたら、なんだかゲームのローカライズがよくなってきたぞなんて話になったらスゲエ嬉しいですよね!

上で僕が展開した理論は強引すぎますが(編注:例えばそういう流れが出来てもどこまでパッケージソフトに波及するかなどは不明)、今後の方向性としてはだいたい間違っていないんじゃないかな? と個人的には思ってます。

さて今回は予算にまつわるお話をちょろっとしましたが、いかがだったでしょうか?
今後も予算、スケジュール、人材みたいな点から、ローカライズの舞台裏について色々と書いていきたいと思います。

それでは次回まで、ハッピーゲーミング!!


今回の英語表現: ニワトリ & タマゴ

せっかく翻訳やローカライズの話をするブログなので、毎回さいごに英語表現をちょろっと紹介していきたいと思います。
今回はニワトリ & タマゴに関する表現 3 つ!

「鶏が先か卵が先か」
今回連呼したこれ、英語では “Which came first, the chicken or the egg?” と言います。
日本語版は翻訳のようなのでそのまんまですね。”これってニワトリタマゴじゃない?” という時は短く
“This is a chicken‐and‐egg problem” とも。

「チキン野郎」
ゲームでもちょいちょい出てくる表現ですが、そのまま “Chicken” 以外にも “Wussy” なんて表現もあります。
Left4Dead』の Francis も、特殊感染者に向かって「出てこいチキン野郎 (Come on out, wussy)」みたいなカンジで使ったりしていますね。
「根性なし」の意味なのでボイスチャットで使うときは注意してくださいというかできるだけ使わないで!!

「イースターエッグ」Easter Egg

洋ゲー野郎の皆さんにはお馴染みの表現、いわゆる「開発者がお遊びで入れた隠し要素」です。たまたま物陰に行ったら、ゲームと関係ないネタメッセージがあった…なんていうアレですね。
この ”Easter”、キリスト教の ”復活祭” を意味する単語で、“Easter Egg” も本来宗教的な意味のあるアイテムなのですが、北米などでは、復活祭の期間、「エッグハンティング」という、イースターエッグを隠して、みんなに探してもらう催しが行われるので (ディズニーランドなどでも開催されますね)、ゲーム関係でも今の意味で使われるようになりました。

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LYE
ゲームローカリゼーション支援野郎。業界外から一念発起してゲーム業界を目指し、某有名デベロッパーでのローカライズ担当などを経て、2013年4月にアメリカ人の友人と架け橋ゲームズを立ち上げ。ゲームのローカライゼーションやウェスタナイゼーション、英日コミュニケーション支援を行なっている。過去には『レフト 4 デッド』や『あつまれ!ピニャータ2:ガーデンの大ぴんち』、『ディズニー エピックミッキー ~ミッキーマウスと魔法の筆~』、『スキタイのムスメ』などのローカライズプロジェクトに携わっている。公式サイトはこちら