第3回: なぜひどい品質の翻訳が世に出てしまうのか?(人材編)

公開日時:2013-04-10 00:00:00

 お久しぶりです、LYE です。GDCの取材などもあり前回から少し間が開いてしまいましたが、今回もローカライゼーションの裏側について色々書いていこうと思います。

あと4月2日より友人のアメリカ人ゲームデザイナー/エヴァリュエーターとチームを組んで、ゲーム会社向けにローカライゼーション / インターナショナリゼーション / ウェスタナイゼーション支援を提供する「架け橋ゲームズ」を立ち上げました! ここで書いた問題点を実際に解決していけるように取り組んでいきます。こちらも応援ヨロシクッす!

さてさて第三回となる今回は、人材編ということでローカライゼーションに関係する仕事を「どんな人」が「どんなふうに」行なっているのかをサクッと紹介してみたいと思います。
今回はコレまでと違い、問題の原因などについて直接触れるわけではありません(なので今回に限っては “題名に偽りあり”)。ただ今後このブログを続けていく上で、有用な情報になると思うのでまとめていきます。

なおこれまでと同様、以下の内容は一般的なものであり、詳細はプロジェクトごとに異なります 。たとえば、モバイルゲームなどではシナリオライターという職種の人が入ることはあまりないでしょうし、ローカリゼーションベンダーが翻訳をすべて社内で行い、フリーランス翻訳者が関与しない、といったケースもありえます。パブリッシャーと開発会社が別の中小規模コンソール向けタイトルはだいたいこんな感じかも?くらいで読んでいただければと思います。
それでは今回もいってみましょう。


開発会社

ディレクター
ディレクターは会社によってその職務が違うため一概には言えませんが、ゲームのビジョンを一番理解していること、またスケジュールや予算といった各種意思決定に大きく関わる役職であることなどから、ローカライゼーションの総合的な品質を大きく左右する役職であることは間違いありません。
また中小規模の開発会社では、「全体を把握している」というその一点から、ローカライゼーション担当者がいなければローカライゼーションの一元的窓口になることもありえます。細かな仕事は部下に振るでしょうけれど。
激務の上、色々板挟みもあり、辛いお仕事です。ファイト!

シナリオライター
はい、ゲームのシナリオを書く人です。LYEの雑感では、日本の開発現場ではMicrosoft Wordを使ってシナリオが書かれることが多いように感じます。
それには、日本の音声収録現場では台本が縦書きである、ストーリーがそれほど分断されていないことからWordのような文書形式でも管理しきれる、あるいはそもそも物書きが慣れていない環境で良いもの書けるかksgなどの理由があるのかもしれません。

多くの会社では書き上がったWord文書をOfficeのマクロ機能でExcelスプレッドシートに変換し、翻訳に出したりします。
ローカライゼーション担当者としては、文脈情報を記入する専用のスペースが確保しにくい、人が書いたものなのでマクロが適切に処理しきれない箇所が生じるなどの理由から避けたいところですが、このあたりはなかなか移行が難しいようです。

ちなみにGDC 2012では、Valve社のセッションでシナリオ制作ツールについて言及(リンク先英語GDC資料) がありました。
講演者はプログラマーで、専用のツールを作ったのだけれどシナリオライターチームから使いにくいから嫌だというフィードバックがあり、結果使い慣れているデータベースソフトウェアでガリガリ打ち込むスタイルに戻った、なんて話をしていました。

LYEも翻訳の時、大好きな翻訳支援ツールが使えないとスネたくなるので気持ちはとてもわかります。
でもゲームのシナリオは構造化できるツールで書かれるに越したことはないよね!

GUIデザイナー
ゲームのメニューや HUD といった要素をデザインするアーティストの方です。メニュー項目の雰囲気やレイアウト、より具体的にはどのくらいの表示スペースを確保するのかなんかもこの人が決めていきます。

この役職の人はたいてい過去のプロジェクトでローカライズ時に泣かされていることが多いので(“ドイツ語がはみ出るのでここ修正してください!など)、結構最初から気をつけて作っている方が多いです。
逆に、過去にローカライズされるプロジェクトに関わったことのない人は“どうやって気を利かせたらいいか”がわかりにくいので結構大変だと思います。
そこは企業単位でノウハウの蓄積がされているといいのですが、ゲームのジャンルやプラットフォームによって気をつけるポイントが大きく変わるので超むずかしい! みんな、がんばって!
たぶん経験的にドイツ語が嫌いです(他の言語と比較して訳文がめっちゃ長くなるので。もちろんLYEの私見)。

UIプログラマー
GUIデザイナーが完成させたデザインをプログラム側で実装したりしていく人たち。テキストが長い時にスクロールさせるだの、縮小表示するだの、フォントを指定するだの、基本的にめんどくさいことは全部この人達にまわってきます。いつもお疲れ様です。文字のエンコードだとか、改行コードの指定だとか、変数 (“あと %d 回でロック解除されます”の%d部分とか) をどう扱うかとか、めんどくさいことは全部この人たちの仕事です。どプロ。LYE はこの人たちをリスペクトしています。縁の下の力持ちです。
たぶん経験的にドイツ語が嫌いです。

ローカライゼーション担当者
ローカライゼーション関連のデータ取りまとめやスケジュールの確認、翻訳者向け資料の収集や作成といった実務を担当します。また、社内でツールを作って使っている会社では、ツール担当プログラマーの方と二人三脚でツール改善にいそしみます。
元翻訳者が多いかもしれません。LYE が前にやっていた仕事です。テキスト管理に Excel を使っている会社では、一日中 Excel とにらめっこしています。たぶんシートが大量にある Excel スプレッドシートを見ると家に帰りたくなります。
あと英語が話せるからという理由で社内通訳や翻訳のお仕事が回ってきたり(楽しかったけど忙しい時にはちょっとしんどかった……)。

サウンドエンジニア / サウンドディレクター
エフェクト音やBGMなんかの他に、セリフ音声の収録や管理も担当しています。セリフは翻訳対象なので、ローカライゼーション部署とは (おおむね) 仲の良いお友達です。たとえ吹き替えがなくとも、字幕と音声の同期も大事なお仕事なので、いずれにせよローカライゼーションには深く関わってきます。

また、シナリオの完成が遅れるとしわ寄せが来るのもサウンドとローカライゼーション部署なので、シナリオライターには“はよ完成させて”オーラを発します。

日本語音声収録には立ち会うことがほとんどだと思いますが、外国語の吹き替え音声の収録には立ち会わないこともあったりします。外国語の音声収録はスタジオも海外になりますし、吹き替え言語のネイティブ話者ではないので、パブリッシャーの現地担当者やローカライゼーションベンダーが選定するレコーディングディレクターが代わりに立ち会うことも。

だって「今の ”Oh yeah” は気持ちがこもってないな」とかわかんないじゃないですか。


パブリッシャー

プロジェクト担当者
開発会社とローカライゼーションベンダーとパブリッシャーのプロデューサーとパブリッシャー現地法人担当者の間を取り持つ大変な人。この他、版権物ならそのあたりの対応も必要だし、プロジェクトの総合プロデューサーが別にいる場合はその人とのやり取りも必要だし、出なきゃいけない会議は多いしでヒイヒイ。

あとパブリッシャー現地法人とやりとりって簡単に言うけど時差あるから!!!! ヨーロッパと北米の支社とやりとり=こっちの夕方が欧州の始業時刻だったり、朝一で連絡しないと北米支社は終業時間だしで、日米欧の3者ミーティングなんかやろうものなら、誰かが深夜に出席しなくちゃいけなくてとってもしんどいです。

特にアメリカ東海岸と日本の時差は酷いというか、全然終業時間が被らないという恐怖の時差なので泣きそうです。お疲れ様です。

リージョン責任者
パブリッシャーの現地法人窓口です。現地でいろんなことを調整してくれます。担当地域の翻訳取りまとめとか、スケジュール管理とかされることも。この方もまた、時差との勝ち目のない戦いに日々臨んでいます。


ローカライゼーションベンダー

総合プロジェクトマネージャー
大きなローカライゼーションベンダーはまとめて複数言語を取り扱えるので(たとえば、ヨーロッパにたくさん支社があって、それぞれの国でネイティブ翻訳者に翻訳を依頼できる)、各言語を取りまとめてパブリッシャーとの窓口を一本化する役職を立てることがあります。
翻訳が開始されると、毎日各言語チームからゲームの内容に関する質問やら“こんな納期でできるか!”メールやら、もらったビルドが動かないんですけど報告やらが飛び込んできてもう大変です。
あんまり大きいプロジェクトではその下に雑務をこなす部下がついたりも。パブリッシャーと直接やり取りするローカライゼーションベンダー側唯一の人です。

この方もまた、時差と戦い、板挟みにあい、それでも素敵なローカライゼーションを実現するべく傷だらけになりながら前を見据える勇者です。でも社内の人にはあいつ全然わかってないみたいに言われてかわいそうです(私見です)。

言語別責任者 / コーディネーター
他言語翻訳する場合、言語ごとに責任者が立てられます。総合プロジェクトマネージャーとやり取りしますが、通常はパブリッシャーの方とまではほとんどお話しません。
翻訳対象のデータが揃ったら、ボリュームや納期、スケジュールを守るために必要な人数の決定などいろんな細かいことをまとめ、フリーランスの方に翻訳を依頼します。ローカライゼーションベンダーの社内翻訳者が担当する場合は、フリーランス翻訳者から納品されたテキストを一生懸命ブラッシュアップします。
純粋にコーディネーションだけをする人が別にいることもあります。

パブリッシャーからゲームのビルド(開発機で動くプログラム)が提供される場合は、この人までは実際にプレイすることができます。フリーランスの翻訳者さんは在宅勤務であることが多いので、その人に開発中タイトルのゲームを渡すのはちょっと機密の取り扱い的にやべえんじゃねえのという話です。代わりに、がんばってスクリーンショットや動画を撮影して渡したりします。

言語テスター
QA(品質保証)部署所属で、ローカライズ後のゲームをテストします。バグを見つけたら報告します。この役割は、翻訳のブラッシュアップを担当する言語別責者が兼任することもあります。

ゲームを遊んでお金をもらえるなんて!と思われたりしますが、別に自分の好きなように遊んでいいわけじゃなく、バグを探すために遊ぶので、結構たいへんです。あと開発用のチートコードが用意されていない場合は自力でクリアしなきゃならないので泣きそうになることもあります。特に3D酔いする人が一日中3Dゲームをテストするときは、真面目に酔い止めを飲むこともあるとかないとか。

言語別責任者に頼まれてスクリーンショットや動画の撮影を代わりにやることも。通常は、現地言語のネイティブ話者が担当しています。


フリーランス

フリーランス翻訳者
自宅でゲームのテキストを翻訳している人。だいたいローカライゼーションベンダーから“今度このくらいのボリュームでいついつまでに納品してほしいプロジェクトがあるんだけど、どう?”と打診が来て、それを請けます。ゲーム自体を触れることはまずなく、基本的にがんばって想像しながら訳します。

なお、コンソールタイトルの場合は80%~90%のテキストが「セリフ」なので、ゲーム翻訳者はおおむね「ぶつ切りセリフ」翻訳者であったりします。メニューアイテムなどのGUIはボリュームが少ないこともあり、実際にゲームを触れる社内翻訳者が担当したり、そういうのに慣れている翻訳者さんを名指しで依頼します。

ここまでに関与してきた人たちが素晴らしい仕事をしてくれたときは、届いた十分な参考情報をもとに創造性を発揮して美しい翻訳文を紡ぎだすわけですが、どっかで情報のパイプが詰まっている (あるいはそもそもパイプに情報が流れていない) と、数十キロ続く洞窟を 100 円ライターで照らしながら脱出するがごとき作業になります。そういった場合は ”サバイバルの知恵”をフル活用し、落とし穴に落ちないように五感を研ぎ澄ませて一歩一歩進んでいきます。

ちなみにそんなプロジェクトでスケジュールが超厳しかったりすると、”洞窟を 100 円ライターの明かりを頼りに全力疾走する”ようなことになり南無阿弥陀仏。

なおゲーム翻訳に限らず、翻訳業界は原文1単語に対していくら (“This is a pen”なら 4 単語)、という報酬体系になっています。なので、資料の充実度は“品質向上”にかけられる時間に直接影響することになります。


っと、人材紹介編はこれにて完了。これで全体の雰囲気が伝わったと思うので、次回はお待ちかね“スケジュールの問題”に切り込んでいきます。多分長くなるので前後編に別れることになるでしょう。
正直、現在ローカリゼーションの品質が問題になる際、最大の問題といっても過言ではないと思うのでしっかり取り上げていきたいと思います。
それではまた次回まで… ハッピーゲーミング!


今回の英語表現:
Interactive インタラクティブ

結構色んな所で見かける単語、インタラクティブ。これって実際どういう意味?辞書を引くと「相互作用的」とか「対話式の」とか書いてありますが、全然ピンと来ません。

そこで、ここでは語源とかそういうめんどくさいことをすっ飛ばして、なんとなくそれっぽい日本語を当てることでざっくり理解を深めよう!というアプローチを取ってみたいと思います。
えー、インタラクティブとは… 乱暴に言うと 「なんかすると反応を返してくる」ということです。

インタラクティブアート

なんかすると反応を返してくるアート

ゲームは他のメディアと違ってインタラクティブ

ゲームは他のメディアと違ってなんかすると反応を返してくる

インタラクティブオーディオ

なんかすると反応を返してくる音楽

プレイヤーの入力や状況に応じて音楽が変わる

インタラクティブなゲーム世界

なんかすると反応を返してくるゲーム世界

あら!何かわかりやすい!!! このインタラクティブという単語、ちょっと深めのゲームの記事にはよく出てきますよね。
これからは上のように読み替えることで理解度がアップ!多分!

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LYE
ゲームローカリゼーション支援野郎。業界外から一念発起してゲーム業界を目指し、某有名デベロッパーでのローカライズ担当などを経て、2013年4月にアメリカ人の友人と架け橋ゲームズを立ち上げ。ゲームのローカライゼーションやウェスタナイゼーション、英日コミュニケーション支援を行なっている。過去には『レフト 4 デッド』や『あつまれ!ピニャータ2:ガーデンの大ぴんち』、『ディズニー エピックミッキー ~ミッキーマウスと魔法の筆~』、『スキタイのムスメ』などのローカライズプロジェクトに携わっている。公式サイトはこちら