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第10回: なぜプロ翻訳者が『Gone Home』有志翻訳をやったのか? 武藤陽生さんに聞く(前編)
公開日時:2014-08-19 00:00:00
ごぶさたです、LYEです!ミナサマにおかれましては、各種セールでしっかり買い集めたタイトルたちでゲーム三昧の日々を過ごされているんじゃないかと思います。
僕ら架け橋ゲームズはといいますと、この期間にモバイル系で『Block Legend』と『Jungle Rumble』の日本語リリースをお手伝いさせていただき、さらに『Element4l』、『Girls Like Robots』、『Ballpoint Universe』がPlayismさんで販売開始され、『Stick it to the man』の日本語版がPCとPS4向けにリリースされるなど、忙しい日々を過ごしております。あ、あと横浜から沖縄に引っ越しました。めんそーれ!(そのへんの経緯については後日)
この他、いわゆる「インディー」なゲームを紹介したり遊んだりするニコ生も始めたので、よかったら見てね!毎週金曜の19時からUnity Games Japanチャンネルでやってます。
さてさて、前回は架け橋ゲームズの周辺でも進みつつある「翻訳者の名前出しムーブメント」について書いてみました。あれからずいぶん間が空いてしまいましたが、ようやく『Gone Home』の有志翻訳(ページはこちら)を伊東龍さんと共同で手がけた武藤陽生さんのインタビューを記事にできたので、お見せしたいと思います。
業界の今後、やりがいを感じる瞬間、あるいは赤裸々なゲーム翻訳者の日常まで幅広く話し込んでしまったためメチャ長くなってしまいましたが、ゲーム翻訳に興味のある方はぜひ読んでみてくださいね。それでは、どうぞ!
●「翻訳者が言語テストをやって初めて、実力の100%が出せると思っています」†
矢澤 武藤さんは元々出版方面の翻訳をされていたんですよね。出版やってる人からしたら、「(出版ではできるのに)なんでゲームじゃ名前出しができないんだ」ってそりゃあ思いますよね。
武藤 そうですね。僕自身、名前を出すことに抵抗がなくて、むしろ出してほしいと思っていたので…?。でも、今は流れとしては、名前が出る機会が増えつつあると感じていますけど。
矢澤 名前を出したタイトルでなんだかんだで翻訳がしょぼいと叩かれることもあると思うんですけど、その原因が翻訳者の技量じゃないことは結構あると思うんです。
武藤 そうですね。
矢澤 そういった意味で、もともと請ける仕事のより好みができない状態 (ローカライズ準備が整ってないプロジェクトでも仕事だから請けることがある) で請けるから、名前出したくないっていうケースもあったと思います。
でも規模の上で、AAAなんかだと1人で全部最初から最後までやるのは無理だしあきらめざるを得ないところがあると思うけど、一人で全部見られる小規模なゲームだったら、駄目だったときの責任を全部誰か持てるという違いがありますよね それは本人の責任だろと。だから規模として小さいゲームが増えてくると名前を出せる機会も増えていくのかなと。
武藤 そうですね。でもファイルだけ渡されてできるかどうか、ということもありますけど、たとえば「さいなん:かいせん」みたいなケースでは、翻訳者自身がゲームに詳しくないようだったので、きっと実機でチェックしていたとしても品質はあんまり変わっていなかったと思います。
矢澤 そうでしょうね。
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▲さいなんかいせんこと『Scourge: Outbreak』。 |
武藤 だから、テキストだけを見て翻訳する場合でも、経験でカバーできる部分っていうのはもちろんあると思うんです。今までのゲーム翻訳はそれに依存するところが大きかった。自分がそれまでにプレイしてきたゲームの経験によって、出力される品質が変わってくる。
個人的には、翻訳者は自分で言語テストをやらないと、実力の70%くらいしか発揮できないと思ってるんです。で、それ以上の実力があるかどうかは、実機確認しながら作業をしてみないとわからない。言語テストをやって初めて、100%が出せると思っています。翻訳者が言語テストまでやるというのは、今は主流ではないんですが、いずれそれが当たり前になるといいな、と思っています。
矢澤 ゲーム翻訳っていうと、どっちかっていうと家庭用ゲーム機向けのイメージがあったと思うんですよ。PC版があってもパッケージ版だった。でも家庭用のタイトルを言語テストしようと思うと、そのゲーム機の開発機が必要だったりして気軽にできなかったりしましたよね。でもPCだと、組み込んで手元でテストするのはそう難しくない。そういう意味では今は全然違う世界にシフトしつつあるなと。今もぼく、AndroidとかiOSとかのタイトルやってるんですけど、太平洋の向こう側にいる開発者が「送ったよー」って言ったらそのままダウンロードしてプレイできるっていうのは未来だなぁと思います。
●『Gone home』でのレイアウトのこだわりと、泣かされた仕様†
武藤 『Gone Home』の話をすると、やっぱりその辺すごくよかったですよ。ビルドを組み直す必要がなく、テキストがリアルタイムで反映される仕組みだったので、間違ってたらその場で訂正できた。ゲームの再起動も不要で。
矢澤 デバッグメニューがあって、そこで更新ボタンを押すと変更した訳文がゲーム内に反映されるみたいな?
武藤 そうですね。『Gone Home』の日本語版ではレイアウトにもこだわっていますが、それはあの仕組みがなかったらできなかったかなと。
矢澤 ちなみに言語テスト、ゲーム何週ぐらいしました?
武藤 もう、わからないくらいやりましたね。伊東さん(伊東龍氏)はプレイ時間が300時間を超えていたので(笑)
矢澤 うわー(笑)すごいなー。でもそうですね、僕もテキスト少ないゲームでも数十時間プレイしたりしますね。ただPCゲームの言語テストというと、解像度によってテキストの表示スペースが変わったりするのが鬼門ですよね?
武藤 しかも『Gone Home』は変なところがあって、解像度を大きくすると、表示できる文字数が少なくなるという仕様なんですよ。手紙の部分なんですけど、高解像度だと手紙のグラフィックからはみ出さないように改行されて、結果的に表示される文字数が少なくなる。低解像度だと画面全体にテキストが表示されるので、逆に文字数が多くなるんです。あれはちょっと困りましたね、やっぱり。
矢澤 でもそれって英語でも同じですよね?
武藤 そうですね。ただ、英語の場合は構造上、行末に一番近い半角スペースの場所で改行されるので、(行頭禁則文字が行頭に現れることなく)きちんと表示されるんですよ。あと、英語のほうがフォントが小さいんです。日本語版は訳文の文字数がだいぶ増えてしまったので、表示スペース内に収まるように、ところどころ短縮したりしたんですけど。
『Gone Home』については、今後普及すると思われる、もっと解像度の高い環境(4Kなど)でプレイしたら、文字数はもっと少なくなるのかもしれません。そこの部分は特殊な仕様だったので、若干心残りではあります。
矢澤 僕も最近立て続けにPCのタイトルをやっていたので、解像度の違いによっておかしくなってしまうのはある程度まで仕方がないなと思いました。本当に対応するとしたら3文字に1回スペース入れるとかになっちゃいますから(笑)。なんとかしたいですけどね。
武藤 ゼロ幅スペース(目には見えないスペース。行末に近いスペースを区切りとして使うような処理を利用する場合に使ったりする)でしたっけ? ああいうのが使えると、日本語のようにスペースで区切らない言語でも、キリのいいところで改行できるんですけどね。
矢澤 さらに行頭禁則の問題も考えないとですけどね…てかこれ、一般の人はついてこれるのかってぐらい超実務的な話になってきちゃってますけども (笑)
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●「翻訳者の名前出し」の責任と覚悟†
矢澤 話は戻って名前出しの話なんですけど、他の人と話をしていると名前出しって怖いなっていう声も聞いたりしたんですけど、「怖さ」ってどうですか?
武藤 どうなんでしょうね。「さいなん:かいせん」でも翻訳者の名前は出ていましたけど、別にそんなに(名前を挙げて)叩かれてはいない印象です。やっぱり叩かれるよりも認められる可能性のが高いだろうと思います。こんなこと言っちゃうと、生意気ですけど。
矢澤 いや、心意気というかそういう面でも、僕もそうだと思います。
武藤 やりがいはすごく大きいポイントですよね。今はお金ぐらいしかないけれど、それプラス名前を出していくことで、業界の流れというか…たとえば今だったら、どこそこのローカライズはダメとか、会社単位で言われることが多いじゃないですか。でも実際はそういうことではなくて、誰が実際に翻訳したかとか、どこの翻訳会社がやったとか、そういうところで品質は変わってくると思うので。
矢澤 パブリッシャーの名前でローカライズ品質をくくるのは…(継続的に品質の) 良いところというのは頑張ってるんだろうなと思いますけど、逆に「ひどい」とか言われているような場合でも、パブリッシャーが直接の原因ではなさそうだなっていうケースが多いですよね。オリジナルの海外版を作ってる側に問題があったりとか。
武藤 うーん…テスト環境とかにもよりますけどね。ビルド(開発中のバージョン)がいつまでたっても来ないとか。
矢澤 そもそもくれない契約だとか (笑) お前は黙ってExcelを納品しろとか (笑)
武藤 ああ、ありますね (笑)
矢澤 ちなみに『Gone Home』の翻訳について、SNSで反響あったりしました?
武藤 内容については特になかったと思います。
矢澤 「翻訳してくれてありがとう!」的なコメントは?
武藤 それはありましたね。ただ、今回は無料の有志翻訳(一般のユーザー有志が訳文などを提供するスタイル)だったからというのもあると思います。これで翻訳料金を上乗せした価格になってたりしたら、ネガティブな反響もあったんじゃないかな。無償の仕事なので、評価は甘くなるかなと。有志翻訳界隈を見てても、やっぱり文句を言う人ってあんまいないですし。だから『Gone Home』については、ポジティブな反響もネガティブな反響もそんなになかったですね。
矢澤 僕、割と悪い評価がついてると個人的に傷ついちゃうほうなんですよ。最終的には、「まあ自分は覚悟を持って決定したんだからしょうがないな」と思うんですけどね。だからインタビュー前にざっくり、翻訳への評価についてどう考えているか質問した時の武藤さんの回答見て、強えな、どうして瞬時にそこにたどり着けるんだってビビったんですよ。
武藤さんの回答: やはり評価は気になるので、インターネットの掲示板を見たりはしますが、いろいろな翻訳が考えられる中でひとつを選び、自分で納得した上で出しているものなので、それほど気にしたことはありません。
武藤 まあその時のベストを尽くしたってことで。
矢澤 納得しているところは突っ込まれてもあんまり傷つかないんですよね。
武藤 そうですね。
矢澤 「ここもっとどうにかできたんじゃないか」って思ってるところを突っ込まれると傷つく (笑)
武藤 翻訳してるときって、いろんな可能性を考えるじゃないですか。「ここは何か言われるかもしれないな」とか。でも、あえて冒険してみたりして、だいたい文句を言われる箇所っていうのは、そういうところが多いように思います。でも、それについては自分の中で答えが出ている部分なので。もちろんそれ以外に、誤訳している点を指摘されることもあります。そういう場合は力不足を反省します。
矢澤 僕は架け橋ゲームズの仕事をしてて一番嬉しいなって思うのが、遊んでくれた人と直接コミュニケーション取れることなんですよね。ホント、これは今までなかったなと。
武藤 それは僕もかなり重要な要素だと思いますね。
矢澤 作った人 (開発者)は遊んでくれた人とコミュニケーション取るじゃないですか。それをうまく仲介した我々としても… 僕はいつも翻訳者のことをイタコだって言うんですけども、うまく口寄せしてうまく会話を成立させたからには、やっぱりお話したいなって。でも (ネガティブな反響の場合は) 傷つく人は傷つくでしょうね。
武藤 ああー、それはもちろん。
矢澤 人によっては名前出したくないって人もいるだろうなと。
武藤 そうですね、その気持ちも分かるので、出したい人は出せばいいのかなって。
矢澤 「出すのが正義でそれ以外は全然認めない!」とかではない。
武藤 ええ、人それぞれで、自由に。
矢澤 さてまた話が変わるんですけど、翻訳を始めるときに「あとで自分が言語テストをやるんだ」って分かっててやるのと、誰が言語テストするかわからないときって、翻訳に対するアプローチ変わるじゃないですか。
武藤 それは変わりますね。たとえば @Garyou_Tensei さん(フリーランスのゲーム翻訳者)はよく申し送りを書く (LYE注: 「こういう風に解釈して訳しました」というメモ書き。次の工程の人の参考用に翻訳者が記載する)って話をするじゃないですか。でも僕の場合は、自分が言語テストもやるという前提で翻訳することが多いので、申し送りもあまり書かない、せいぜい「要実機確認」みたいな目印をつけるだけです。もし自分で言語テストをしないんだったら、もう少し丁寧に申し送りを書いていると思いますけど。
矢澤 そうだ、『Gone Home』やった後に、仕事周りで何か言われたこととかありました?
武藤 言われたというか、むしろ自分で言ってました (笑) 『Gone Home』やったよ、って。それでプレイしてくれた人も結構いましたね。フェロー・アカデミーでゲーム翻訳の講座をやってますけど、「こいつは誰なんだ」と、海のものとも山のものともつかない人と思われてたところで、今回『Gone Home』の翻訳を出せて、名刺代わりにはなったかな。もしかしたら今後、『Gone Home』を日本語で遊んで「いいな」と思ってくれた人が、講座に興味を持ってくれるかもしれない。そうなるといいなと思います。
今回の英語表現: Shipとか船とか
今回は……Ship……すなわち船!否!凄まじくいろんな意味があるのです。
Ship = 出荷/発送する 【動詞】
通販で買ったゲームは、倉庫から Ship されて貴方の家まで来るのです。
例文: My stuff has not been shipped yet.(俺のブツがまだ発送されてない)
Flagship = 旗艦、フラッグシップ 【名詞】
日本語だと「フラッグシップ」や「旗艦」と訳されます。艦隊で司令官が乗る船をこう呼んだところから、そのカテゴリ内で最上級のものを示すようになりました。
例文: ○○’s flagship console(○○社の最高性能ゲーム機)
Ship = カップリング (する) 【名詞 / 動詞】
Relationship (関係) から短くなって Ship だけに。別に性別の組み合わせは関係ないので、異性愛の関係でも使います。
例文: I can’t believe he shipped THE TWO!(彼が「あの2人」をカップリングするなんて私は信じられません!)
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