『NG』前日譚小説 “うらしま女 誕生編”【第4話】分娩室 ~命と死~

エクスペリエンスによる“心霊ホラー”シリーズ第2弾『NG』の前日譚小説。

 ジャパニーズホラーの静かな恐怖をコンセプトに、エクスペリエンスが贈る“心霊ホラー”シリーズ第2弾『NG』。プレイステーション Vita向けに9月13日に発売予定の同作の前日譚小説をお届けする。

著者:雨宮 ひとみ

うらしま女 誕生編” 【第4話】分娩室 ~命と死~

 バイタルを確認すると聞いてから、どのくらい経っただろうか。
 安子は未だ見えない場所で「ふんふーん♪」と、鼻歌混じりに赤ちゃんを独占していた。
 その異常さは初産の姫子でもわかる。
 赤ちゃんの顔を一切見せず、また出産後の母体に適切な処置をしないまま、放っておいている状態なのだ。
 だが、おかげで意識がどんどんクリアになってきた。
 もう大人しくしている場合ではないと、姫子は再度体を起こし、安子に声をかけようとする。
 しかし気配に気がついたのか、安子は「あらっ?」と姫子を制するように声をあげた。
「この子、ちょっとおかしいわねえ?」
「え……?」
「急にどうしちゃったのかしら?」
 突然の言いぶりに、手足から血の気がひいていく。
「あ、赤ちゃんに何かあったんですか?」
「ちょっと心拍がね……。呼吸が乱れてるのよ」
「そんな……。で、でも、先生は問題ないって……?」
 食い下がる姫子に、安子はぎゅっと太い眉をひそめた。
「わからないお母さんね。ほら、さっきより泣かなくなってきてる」
 事実、赤ちゃんの声は途切れ途切れになっていた。
 また、パーテーションの隙間からわずかに見える小さな足も、ほとんど動かなくなっている。
「だって、さっきはあんなに元気に……?」
「新生児にはよくあることよ。いきなり仮死状態になるとか」
「仮死……? そんな……うそっ! 赤ちゃん! 私の赤ちゃんが!」
「うそじゃないのは声と動きで一目瞭然でしょうに? あなた、ホントに馬鹿ね」
 安子の言動にはもう遠慮はなかった。
「だからね、この子は早く先生に診せないと」
 安子は壁に作りつけられた棚から、白い布を引っ張り出し、手際よく赤ちゃんをくるむと、素早く分娩室のドアまで進んでいった。
「ま、待って! 安子さん!」
 迷惑そうに安子は振り返る。
「何よ? 先生のとこに連れてくって言ってるでしょ?」
「……助かりますよね? 赤ちゃん? 先生に診せれば?」
「ええ」
 パッと姫子の目に輝きが宿る。
「たぶんね。あー? けど先生、もう病院にいないかもしれないわね?」
「……?」
 曖昧かつ振り回すような言い方に、姫子の心はいっそう追い詰められていく。
「まあでも、保育器で呼吸を整えれば、なんとかなるんじゃないの?」
 命の修羅場にしては、安子の顔や声色はどこか楽しげだ。しかし冷静さを失っている姫子に気がつく余裕はなかった。
「ほんと、ですか……?」
 姫子はよろめきながら立ちあがり、パーテーションのフレームに縋りつく。
「……赤ちゃん、助かる?」
 助かりますか?
 助かりますよね?
 繰り返される問いかけに、安子の目がみるみる吊り上がった。
「ああっ何なのアンタ!」
 しつこいわね? と安子は姫子の肩を乱暴につかむと、力を込め、後ろに突き飛ばす。
「……ぐ……っ」
 その際、ベッドの角に腰が当たってしまい、姫子は虫のように体を反転させ、布団の上でうずくまった。
「ぐ……っ、うぅ……っ、ぐ……っ」
 あまりの痛さにシーツを掻きむしるも、強烈な疼きは、波のように何度も押し寄せ、ひいてくれる気配がない。
 すると。
 太ももにぬるり……とした感触が落ちてきた。子宮口から零れ出た赤黒いクラゲのような塊だ。それは、つー……っとふくらはぎを伝い、グチュンと床に滑り落ちた。
 同時に「あ~あぁ~」と演技めいた溜め息が響く。
「胎盤が出てきちゃったじゃないの」
「……っ、ぐっ、うぅ……」
「前に教えたでしょ? 産後二時間は安静にしてなきゃダメって。まったく、後の掃除が面倒ったらないわ」
「……ご……」
 内臓を揉まれているような痛みの中、姫子は喉の奥から声を絞りだす。
「……ご、ごめんなさい。でも……でもお願い!」
 震えながら懇願する姫子を、安子は無言のまま見つめていた。
「助けてっ! 赤ちゃんっ! 早く助けてっ!」
 だが必死の訴えにも関わらず、安子は口元をひくつかせている。
「あらやだ。なあに、その態度は? わたし、指図する人って嫌いよ」
 その表情は意地の悪い輝きに満ちており、見悶えながら哀願する姫子を、面白がっている様子だった。
 歪んだ嘲笑に姫子は確信する。
 やはり安子は最初から、赤ちゃんと自分を助ける気などなかったのだ。
 数日前にビタミン剤といって渡した薬は、おそらく陣痛を促進するものだろう。
 思わず「どうして?」と言葉が漏れる。
「はあ? 何がどうしてよ?」
「どうして、私から赤ちゃんを奪うようなことをするの?」
「人聞きの悪いこと言わないでちょうだい。代理出産してもらっただけじゃない?」
「……代理……?」
「ええそう」
 安子は頬骨を高くあげ、ニタッと不自然な笑みを作った。
「あなたはね、わたしの子をお腹に宿してたのよ」
「そんなわけないじゃない!」
「わたしの代わりに産んでくれてありがとう。姫子さん」
 意図的なのか、本心なのか。安子は噛み合わない返事をした後、腕に抱いている赤ん坊に視線を落とした。
「でも。どうしようかしら? この子?」
「……?」
「先生に診せても、もう駄目かもしれないし……」
「だ、駄目……って……」
 不穏な言い様に、姫子の心臓が縮み上がる。
「それならいっそ、このまま……」
 楽にしてあげるのも、アリなのかもしれないわね、と安子は処置台の上にあった注射器に手を伸ばした。
「な、何するの! やめて?」
「だって、泣いてないのわかるでしょ?」
 まだ下腹部の痛みはひいていない。だが、いますぐ我が子を取り返さなければ、まだ生きている命が、この化け物のような女に奪われてしまう。
 姫子は力の入らない足を床に降ろし、くねっと崩れ落ちながら頭を下げる。
「お願いっ、お願いします」
 そして四つ這いのまま、ベチャベチャと安子に向かっていった。
「赤ちゃん、助けて!」
 だが安子は即座に、近づいてきた姫子の頬をガッ! と蹴り飛ばした。
「くあっ」
「鬱陶しいわね! ベチャベチャベチャベチャ……気持ち悪い!」
「……うっ、くっ」
 衝撃で気管がつまった姫子は、体を折り曲げ、その場でゲホゲホ噎せ返る。同時に、再び流れ出た血液により、床が真っ赤に染まっていた。
「ああもうっ。こっちまで血が飛んだじゃないのよ」
「ゲホッ。お、お願いっ! あ、赤ちゃん助けて!」
 その後も血だまりの中、助けてと連呼する姫子の姿は、赤ちゃんへの並々ならぬ執念を感じさせる。
 そんな様子を、安子は。
「あらあら」
 と、呆れ顔で見下ろした後、注射器の状態を確認するように、針の先から薬剤を、二~三滴こぼした。
「うるさいお母さんだこと」
 と、ニタニタ笑う安子に戦慄が走る。
「じゃあまず……お母さんから、静かになってもらおうかしらね……」
 安子は注射器の尖端を楽しげに見せながら、うずくまる姫子に近づいていく。
「待っててね、坊や……。あなたのママ、すぐ楽にしてあげるから……」
「や、やめ……」
 姫子はつるつると血で滑る床を後ずさる。
「そんなに怖がらなくても大丈夫よ」
 すぐに終わるから、と安子は逃げようとする体を肉食獣のように掴み、細い腕を捻じりあげた。
「くっ、うぅ。わ、私に何かあったら、その子は……!」
「安心しなさいな。この子も、もうすぐ死――」
「嘘よ! 私からその子を奪いたいから! だからそんなこと?」
「往生際の悪い人ねえ。新生児がこんなに静かなわけないでしょ?」
「……っ?」
 離して! と視線で訴えるも、興奮に輝いている眼は、視線が合っているのに合っていない。
「苦しいのは最初だけ。五分も経てば、きれいに意識が飛ぶわ」
 あとは昏睡状態になるだけよ、と安子は白い肌に爪を食いこませ、プツッと注射器の先端を静脈に突き刺す。
「ぐぅっ、うぅ」
「あぁほら、動かないで。空気が入ったらどうするの?」
 と、安子は暴れる体を抑えこみ、注射器に入っていた薬剤を、残すことなく姫子の体内に注入していった。

       ◇◇◇

『いやあああ――――ッ! かえせ――――――ッッ!』
 薄暗い廊下に姫子の叫びが響いていた。
 安子に打たれた薬により、全身の筋肉が眠ってしまったように重く、体の自由が効かない。
 また、足には根のように血が滴り、寝間着は腰から下が、赤いスカートのように染まっていた。
 だが、どんな状況であっても動かなくてはならなかった。
 安子が、赤ちゃんを連れていってしまったのだ。
 分娩室を出ていく安子は、保育器のある部屋ではなく、おそらく病院のエントランス方向へ進んでいった。
 そのときの迷いない足取りを、姫子は見逃さなかった。
 やはり我が子は、緊急を要する事態ではないのだ。
 あの子が声をあげていなかったのは、きっとパーテーションの裏にいた際、安子が何らかの処置を施したに違いない。
 あまりの怒りと悔しさに耳鳴りがし、視野が狭くなる。だが、こんなところでもがいている場合ではなかった。
 取り返えさなければならない。
 まだ、生きている我が子を。
 あの化け物から、絶対に。
 姫子は痛みを堪え、ヨロヨロと分娩室のドアまで進んでいく。
 その後、ふらつきながらも、なんとか廊下へ出た姫子は、片側の壁に体を寄せ、這うようにズッ、ズッ……と進んでいく。
 一歩進むたび、かすれた赤い線がベビーピンクの壁に引かれていた。下腹部から再び血が滲み始めているのだ。
 また、進めば進むほど体が重くなっていく気がする。体を動かしたことで、薬がどんどん回ってきているのだろう。
 そういえば五分も経てば、意識が飛ぶと安子は言っていた。
 注射器の薬剤がすべて投与されてから、何分経ったかはわからない。だが肉体の感覚的に、動ける時間は残り少ないように感じた。
「ハァ、ハァ……。急が……ないと……」
 体が軋む。だが、少しでも速度が上がるよう、姫子は手を壁にあて、自らの体を引っ張るようにしながら、じりじりとエントランスまで進んでいった。

 白昼夢を思わす明るい雷光が、出入り口の向こうで激しく光った。ガラス戸を境に、レースのカーテンのような水煙がたっている。
 外は変わらずの嵐のようだ。
「ゼェ、ゼェ……」
 姫子は苦しそうな息を吐きながら、ガラス戸の内側を見る。
 濡れていない。ということは、誰もドアを開けていない……つまり、赤ちゃんと安子はまだ病院内にいるということだった。
 どこ……、と姫子は辺りを見回してみる。すると、ドタドタと荒っぽい足音が、高い位置から聞こえてきた。
『ああっもう! なんでキーが無いのよ!』
 安子の声だ。
 大きくて耳障りな独り言は、二階から響いているようだった。
『もしかしてロッカーかしら?』
 殺してやりたいほど憎らしい声に、姫子の意識がどんどん集中していく。
 
 かえして……。
 私の赤ちゃん……

 かえせ……。

 かえせ!
 
 姫子はふらつく足取りのまま、引き寄せられるように、二階へ続く階段まで進んでいく。
 そこはあの、ステンドグラスのある階段の踊り場だった。
 天使の姿をした幼子と母親が、打ちつける雨により、涙を流しているように見える。
『あ~、あったあった』
 再び響いた騒々しい声に顔をあげると、車のキーを指でまわす安子がドタドタ降りてきた。
『ったく誰よ。休憩室に置いといたのに。余計なことする馬鹿は』
 その腕には――白い布に包まれた赤ん坊が抱かれている。
「……っ、私の……!」

 私の赤ちゃん!

 姫子は残っている力すべてを振り絞り、一心不乱に階段を上がっていく。その姿に安子はギョッと目を見開いた。
「アンタ? なんでここにいるのよ?」
 踊り場に辿り着いた姫子は、悪魔から取り返すように、すぐさま我が子に手を伸ばす。
「その子をかえして! 私が産んだ子よ!」
「しつこいわね……! だいたい、もう死んでるわよ!」
「死んでないわ!」
 生きてる! と叫びながら姫子は我が子を取り戻そうとする。だが、安子の腕にはじかれ、ステンドグラスに激しく体を打ちつけた。
「うっ、く……っ」
「あぁっ! 最後まで面倒な人ね!」
「……っ! ……かえせッ!」
 再度、姫子は掴みかかる。
「だからっ、しつこいって言ってのよ!」
 だが体力のある安子のほうが圧倒的に強く、再び押された姫子は踊り場に倒れこんでしまった。
 その際、安子もバランスを崩し――。
「あっ」
 抱いていた赤ん坊が、ぐらっと……腕からこぼれ落ちた。
「赤ちゃん……!」
 姫子はとっさに姫子は腕を伸ばし、落下する我が子を抱き留める。
 その瞬間。
 目の前にはようやく、この場所で涙したからあの日から、会いたくてたまらなかった我が子の顔があった。
「あ……、あぁ、あぁ、私の……」

 しかし、踊り場の淵に立っていた姫子は、念願の対面を噛みしめる間もないまま、無残にも赤ちゃんと一緒に階段から転がり落ちてしまった。
 
 ――あぁ……私の……。

 命よりも大切な。

 わたしの……。

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