『NG』前日譚小説 “うらしま女 誕生編” 【プロローグ】

エクスペリエンスによる“心霊ホラー”シリーズ第2弾『NG』の前日譚小説。

 ジャパニーズホラーの静かな恐怖をコンセプトに、エクスペリエンスが贈る“心霊ホラー”シリーズ第2弾『NG』。プレイステーション Vita向けに9月13日に発売予定の同作の前日譚小説をお届けする。

著者:雨宮 ひとみ

“うらしま女 誕生編” 【プロローグ】

 神宮公園内にある『浦島池』近くの散歩コースを、ベビーカーを押しながら、若い母親がゆっくりゆっくり歩いていた。
「保育園の先生、褒めてたね~。今日もいい子にしてたって。えらいね~」
「あー、あァー」
「ふふっ、ご機嫌だね。ベビーカーが揺れるの、楽しいのかな?」
「あーァァー」
「そっか。じゃあもっと、お舟みたいに揺らしてあげようかな? ほーら」
 ゆらぁ~、ゆらぁ~と、ベビーカーを左右に揺らすと、赤ちゃんは握っていたおもちゃのラッパをふり、きゃっきゃっと生えたばかりの乳歯を見せた。
「笑うと顔がクシャクシャになるとこ、パパそっくりだねー」
「あゥー」
「ふふふっ」
 とにかく我が子が可愛くて仕方ない、といった様子で母親は夕暮れ時の散歩道を、のんびり進んでいく。
 すると前方から、いかにも素行の悪そうな若者たちが、大声で話しながら歩いてきた。
「なあなあ。夜になると、この池の中からヘンな声がするんだってよ」
「あ? どんな声だよ?」
「ンニャァ~~~みたいな」
「猫じゃん」
「でも猫じゃないってハナシだぜ? 池の真ん中にさ、なんか島みたいなのがあるだろ?」
「ああ。あのデカい岩みたいなとこ?」
「そうそう。あのへんから聞こえてくるんだってさ」
「へー。じゃ今度行ってみるか?」
「どうやって?」
「クロールで」
「頭沸きすぎ」
「オマエ自殺志願者かよ」
 その後も若者たちはギャハギャハとふざけ合いながら、周囲をまったく気にしない様子で、こちらに向かってズカズカ歩いてくる。
 イヤな予感がした母親は、彼らを避けようと、進路変更するようにベビーカーを散歩道の端へ寄せていく。
 だが、揉み合っていたうちの一人が、体を押されたらしく、突進するようにベビーカーまで倒れこんできた。
「うおっとー。あー、すんませーん」
 ベビーカーが傾いたものの、幸い赤ちゃんに被害はなく、本人もキョトンとしているだけだった。
「何してんだよオマエ」
「ぶっは、マジだせぇ」
「あー。おかーさん、こいつアホなんです。許してやってください」
 適当に頭を下げた若者たちは、またもや周囲の迷惑をかえりみず、押し合いながら浦島池沿いを進んでいく。
 不快感に母親は「まったくもう」と聞こえない程度の小声を漏らし、ダラダラと歩く背中に視線を突き刺した。
 すると。
 今度は驚くべきことに、彼らは園内の整備用に積まれていたげんこつ大の石を、池に向け、投げ入れ始めたのだ。
 ボチャン!
「ぶははっ!」
「魚が跳ねてるみてぇ!」
 ボチャン! ボチャン!
「けど、やっぱ岩まで届かねーな」
「もっと低く投げるんだよ。こんな感じでさ!」
 続けて響く大きな音に、血相を変えた警備員が走ってくる。
「何してるんだおまえら!」
「やっべ!」
「逃げろ!」
 若者の退散と同時に、池周辺の疎ましいざわめきは消えてく。だが母親の苛立ちは、残ったままだった。
「なんなのあの人たち。静かな街だと思ってわざわざ越してきたのに。ああいう人種がいるなんて……」
 見ると、ベビーカーの日避けがすべて下がってしまっていた。先ほどの衝撃でズレてしまったのだろう。
 母親は赤ちゃんの横に屈みこみ、日避けを元の位置に戻しながら、夕焼け色に染まり始めた水面を見渡した。
「それにしてもこのお池。怖いうわさがあるみたいだね……。ヘンな声ってなんだろう……。さっきの人たちにまた会うのも嫌だし。ホントはもうちょっとお散歩したかったんだけど、暗くならないうちに帰ろうか」

        ◇◇◇

 それから少しだけ進んだ頃。ご機嫌だった赤ちゃんが突然「んぎゃア!」と、火がついたように泣き出した。
 母親は外で泣かれることにまだ慣れていない。そのため、慌ててベビーカーの安全バーを固定し、我が子を覗きこんだ。
「いきなりどうしたの?」
 だが赤ちゃんは、心配する母親には目もくれず「んぎゃァんぎゃァ!」と激しく、ぶんぶん手を振っているだけだ。けどそれにより、泣き叫んでいる理由がわかった。
 ラッパだ。
 握っていたはずのラッパのおもちゃが無いのだ。
 もしや? と母親は歩いてきた道をふり返る。
「あ!」
 思った通りだった。浦島池沿いの散歩道に、カラフルなプラスチックらしきものが落ちている。
 先ほど、若者に体当たりをされた際、衝撃で落としてしまったのだろう。
 母親はぐるっと周囲を見廻し、おかしな人物や、ボールの飛来、その他、赤ちゃんに危険がないことを確認していく。
 そして「ちょっとだけ待っててね」と、我が子のマシュマロのような頬を撫でた後、落ちてしまったラッパまで小走りで駆けていった。
 大人の足なら、三十秒もかからない距離だ。
 安全バーも固定してあるし、振り返ればベビーカーの後部もしっかり確認できる。
 何より「んぎゃアァー」と、けたたましく泣く我が子の声が、そこにいてくれる証拠だった。
「ああでも、すぐ気がついてよかった!」
 早速おもちゃを拾い上げた母親は、プラスチックについてしまった砂を、パッパッとはらっていく。
「これ、お祖母ちゃんに買ってもらったお気に入りだもんね」
 だが、そのとき。背後から異様な音が響いた。
 ベチャ。
「――?」
 ベチャ、ベチャ。
 ぬめり気のある気持ち悪い音だ。
「なに? この音?」
 母親は体を半回転させ、視線をあちこちに移動させてみる。だが、不気味な水音の出どころはわからない。
 ベチャ、ベチャ、ベチャ……。
 次第に周辺は、プールサイドのような湿気を帯びはじめ、風も人肌のようなぬるさに変わっていった。
「……⁉ なんなのこれ⁉」
 異様な空気に、母親は掴んでいたおもちゃを手から滑らせ、一目散にベビーカーまで走り出す。
 前方にベビーカーは見えていた。今しがた確認したときと何ら変わらない。
 だが。
赤ちゃんの泣き声が、いつの間にかぷっつり聞こえなくなっていたのだ。
 うそ⁉ うそでしょ⁉
 最悪の予感に足がもつれ、片方のミュールが脱げ落ちた。だが気に留めず、母親は我が子の元まで懸命に走る。
「いるよね?」
 まだそこにいてくれるよね⁉ と、いまにも転ぶ勢いでベビーカーに突進し、すぐさま我が子の安否を確認する。
 だが、もうそこには。
「……あ」
 愛しい我が子の姿はなかった。
「……あ、あぁ」
 そしてどういうことなのか、赤ちゃんが座っていたはずのシートは、ビショビショに濡れており、水から引き上げられた直後のように、藻くずがびっしり張りついている。
 また、ベビーカーの周りには、巨大な筆を這わせたような水の跡があり、それは浦島池までずるずる続いていた。
「う、うぅ……。どこ……?」
 母親はベビーカーに縋りつき、どこ行っちゃったの……と後悔の嗚咽を漏らす。そして、悲鳴にも似た金切り声を夕暮れ時の園内に響かせた。

       ◇◇◇

 その夜、浦島池のほとりには、異様なまでに腹の突き出た女が立っていた。
 肌が発光するように白く、長い黒髪が体を覆うようにへばりついている。また、隣りには型の古いベビーカーがあった。
 その腕に抱かれているのは「あァーうー」と、顔をクシャクシャにして笑う赤ん坊だ。
 赤ん坊はねだるように手を伸ばし、パタパタと女の顔の前で振っている。
「うゥー、うゥゥー」
 むずかる様子を女はジィッと観察した後、あやすように自分の指をさし出した。
 白くふやけた指先に、赤ん坊が吸いつく。
 だが、赤ん坊は欲していた舌触りでないことに気がついたのか、吐き出すように女の指を遠のける。
 その後、赤ん坊は何か言いたげに、女の腕の中でもがき始めた。
「あーーゥー!」
――……
 不満に応えるかのように女は体を旋回させ、後方にそびえる大樹まで、のったり進んでいく。
 ベチャ……。
 その背後には、細い水路のようなしたたりが、女の後を追うようについていた。
 ベチャ、ベチャ……。
 やがて大樹の前に辿り着いた女は、ぐずる赤ん坊を、ゆらぁ~ゆらぁ~と左右に揺らしはじめる。
 優しく、丁寧に。ゆっくり、ゆっくりと。
 揺り籠のような動きが気持ちいいのか、赤ん坊の目が次第に座っていく。
 その後、女は寝息を立てはじめた赤ん坊を、風の来ない木の根の間に降ろすと、どこか悲しげに、浦島池の方向へ体を戻した。

 わたしのかわいいこは。

 どこ……?

 だれかオシエテ……。

 だれか……。

        ◇◇◇

 それから二日後。

 浦島池中央にある岩場近くには、不可思議な生き物が数匹ぷかぷか浮いていた。
 亀を思わすそれらは、わずかな水流に身を任せ、気ままに水面を行き来している。
 すると、生き物を掻き分けるように、水底からふうーっと、大きな影のようなものが浮かび上がってきた。
 水を吸い、ブヨブヨに膨らんだ大きな塊。
 それは人間の男らしき塊だった。
 奇妙な生き物たちは、エサと思っているのか、ふやけた体にわらわら群がっていく。

 また、すぐ近くの岩場には、男の持ち物と思しき携帯電話が落ちていた。
 割れた液晶には、何かの衝撃で画面に貼りついたままのメールが残っており――。

 やばいマジで。

 オレたぶんもうすぐ。

 やばい女に殺される――。

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