2023年10月4日より、アニメ『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』が放送開始された。マイクロソフトのOS“Windows95”が発売される以前、おもにNECのパソコンPC-9801シリーズをプラットフォームに花開いた美少女ゲーム文化をフィーチャーしたこの作品には、1990年代に発売されていたパソコンやゲームソフトがあれこれ登場する。

 この記事は、家庭用ゲーム機に比べればややマニア度が高いこうした文化やガジェットを取り上げる連動企画。書き手は、パソコンゲームの歴史に詳しく、美少女ゲーム雑誌『メガストア』の元ライターでもあり、『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』にも設定考証として参画しているライター・翻訳家の森瀬繚(もりせ・りょう)氏。

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アニメ『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』(Amazon Prime Video)

 さて、『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』の第4話はすでにご覧いただけただろうか。

 Aパートの冒頭、まさかの『雫』オープニングまるごと放送である。

 脚本会議の時点で話を聞いていた筆者でもじんわりとこみ上げてくるものがあったので、心の準備なしでいきなりこれをぶつけられた同時代プレイヤー諸兄諸姉の中には、情緒がぐちゃぐちゃにかき混ぜられた方もおられるのではないかと想像する。

『雫』『痕』、そして『ToHeart』。ビジュアルノベルの誕生と繚乱【アニメ『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』連動企画第4回】

 ときに1996年、たしか初春のころだったと思う。商用、非商用を問わず、パソコンゲーム関係の話題を取り扱うボードのある数多くのBBS(パソコン通信の電子掲示板)で、とある美少女ゲームソフトの話題が広がり始めた。

 ──いいから、黙ってこのゲームをやれ。そして、お前の感想を聞かせてくれ。

 筆者の周辺でも、こんな感じの会話が頻繁に交わされたことを覚えている。

 震源地となったのはLeaf(リーフ)という、美少女ゲームブランドとして1995年に始動した関西の新興メーカー。2023年現在もAQUAPLUS(アクアプラス)のブランド名で活動を続けているこのメーカーの進撃は、1996年1月26日発売の『雫』から始まったと言ってしまっていいだろう。

 アクアプラスの前身であるユーオフィスは、1994年10月に兵庫県伊丹市に設立された(1997年にアクアプラスへ社名変更)。ゲーム事業の責任者であり、後に代表取締役社長(2022年2月に代表職を辞して執行役員COO)を務めることになる下川直哉氏は当時、専務取締役だったので、ユーザーからは長いこと“しぇんむー”の愛称で親しまれていた。

 なお、下川氏は高校時代からFM音源やシンセサイザーにのめりこんでいた筋金入りのコンポーザーで、アクアプラスが大きな会社になった後も、長いこと自社作品の音楽を手がけていた。Leafを立ち上げた際の中心メンバーも、高校時代からのパソコン&音楽仲間で、ともに戯画ブランドを擁するTGLの音楽チーム“Unit G.T.O”の一員だった時期もある、石川真也(DOZA)氏、中上和英氏、そして後に『ONE』(TACTICS)や『Kanon』(key)などの楽曲を手がける折戸伸治(がんま)氏といった面々である。立ち上げて間もないころには、U-OFFICEのクレジットで他社作品に楽曲を提供したこともあった。

『雫』『痕』、そして『ToHeart』。ビジュアルノベルの誕生と繚乱【アニメ『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』連動企画第4回】

 やはりTGLで『機装神伝ゲンカイザー』(1995年2月)のキャラクターデザインを担当したイラストレーターの水無月徹氏も、Leafの立ち上げ時に参画し、ゲームメーカーとしてのデビュー作品である脱衣麻雀アドベンチャーゲーム『DR2ナイト雀鬼』(※)(1995年2月)、続くファンタジーRPG『Filsnown -光と刻-』(同年8月)の原画を担当している。また、11月にはU-OFFICEブランドで一般向けのRPG『Legam レガム』を発売し、こちらは後に『To Heart』の一部キャラクターや『WHITE ALBUM』などのキャラクターデザインと原画を手がけるら~・YOU(カワタヒサシ)氏が、原画とシナリオをともに担当した(ただし、同作のスタッフ・クレジットでは河田正人名義)。

※『DR2ナイト雀鬼』の2は正しくは指数での表記。

 立て続けに3作品をリリースし、中でも『Filsnown -光と刻-』には固定ファンがついたようだが、当時はまだ、Leafというブランド名を意識していたプレイヤーは少なかったように思う。筆者自身の話をすると、たしかテクノ調のMIDI音源版BGMを収録した付属音楽CDを友人から聞かされて、これを目当てに『DR2ナイト雀鬼』を購入していたのだけれど、赤裸々に告白すると、この時点では当時大量にプレイしていた98ゲームの中の1本という以上の印象はなかった。

 だから、『雫』を購入したのも恥ずかしながら発売日ではなく、話題になり始めた後だった。鎖でつながった首輪と手枷で拘束され、着衣が引き裂かれて殆ど全裸に近い、空ろな表情の少女の見返り姿を描いたパッケージイラストから、いわゆる“凌辱ジャンル”に属するタイトルだと誤解していたという面があったかもしれない。「狂気の扉が音をたてて開いていく」、「堕ちていく…狂気のなかへ…。」といったキャッチコピーにも多少、そうした先入観を助長するところがあり、雑誌上でもさほど多くのスペースが割かれていないわずかな紹介記事からただならぬ雰囲気を感じたごく一部のユーザを除いて(皆無ではなかったので、そこは強調しておく)、注目を浴びていたとは言い難かった──しかし、蓋を開けてみれば御覧の通りの結果であり、『雫』というタイトルは、当時は間違いなく無名メーカーだったLeafの名前とともに瞬く間にアンテナ感度の高い美少女ゲーマーたちに知れ渡った。

『雫』『痕』、そして『ToHeart』。ビジュアルノベルの誕生と繚乱【アニメ『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』連動企画第4回】
『雫』『痕』当時のチラシ(RetroPC Foudation所蔵)。※画像には一部ボカシ処理を施しています。

 ときに1996年。NEC PC-9801シリーズが、ゲームのプラットフォームとしては実質的に終焉を迎える、わずか1年前のことだった。

『雫』『痕』、そして『ToHeart』。ビジュアルノベルの誕生と繚乱【アニメ『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』連動企画第4回】

 『雫』は、リーフ・ビジュアルノベル・シリーズ(LVNS)と銘打たれたシリーズ作品の第1弾だ。

 このシリーズが“ビジュアルノベル”と銘打たれたのには理由がある。従来のグラフィカルなアドベンチャーゲームの基本的な画面構成は、米シエラ・オンライン社の“ハイレゾ・アドベンチャー”シリーズに始まると言われ、グラフィックスが中心に配置されて、テキストについてはグラフィックスとは分けて配置された下部のスペースに表示されるというものだった。

 Leafの“ビジュアルノベル”は、汎用の背景CG+キャラクターの立ち絵の組み合わせと、一枚絵のイベントCGの両方を、640×400の画面いっぱいに表示させ、小説形式のテキストを別に分けるのではなく重ね合わせて表示させ、これに臨場感溢れる効果音とBGMを連動させて、まさしく「小説を読み進めていく」ような感覚でプレイヤーがゲームを進めるというシステムを採用したノベル形式アドベンチャーゲームの呼称である。グラフィックスが主役であるはずの美少女ゲームジャンルとしてはかなり思い切ったシステムで、『雫』から『Routes -ルーツ-』(2003年2月)にいたる4作品が、これまでに発売されている。

『雫』『痕』、そして『ToHeart』。ビジュアルノベルの誕生と繚乱【アニメ『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』連動企画第4回】
『雫』

 画面いっぱいに表示したCGをテキストの背景として使うというコンセプト自体は、Leafがオリジナルというわけではない。チュンソフト(当時。2012年よりスパイク・チュンソフト)が1992年3月に発売したスーパーファミコン向けのアドベンチャーゲーム『弟切草』が最初で、こちらは“サウンドノベル”と銘打たれていた。ゲームシナリオでは省かれがちだった地の文が多用され、物語の節目に用意されている選択肢による複雑なフラグ管理によって物語が多様に分岐していく、小説の味わいを残しつつもコンピュータの利点を最大限に活かしたこのシステムは、第2弾の『かまいたちの夜』(1994年11月)ともども大いに人気を博した。

『雫』『痕』、そして『ToHeart』。ビジュアルノベルの誕生と繚乱【アニメ『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』連動企画第4回】

 小説的なテキストをコンピュータゲームに持ち込もうとした試みはこれが初めてではなく、たとえばシステムサコムが1988年から1991年にかけて展開した“ノベルウェア”がある。ゲームブックの翻訳者・作家であった多摩豊氏が企画したもので、登場キャラクターのセリフと地の文の表示を別枠に分割し、行動コマンド選びに煩わされることなく物語を読み進めるというシステムを採用していた。『ドーム』、『ソフトでハードな物語』、『闇の血族』などパソコンゲームの名作に数えられる作品がいくつも含まれ、それなりの人気を集めはしたが、追随したメーカーはほとんどなく、“変わり種”にとどまっていた。

『ドーム』(プロジェクトEGG 公式サイト) 『ソフトでハードな物語』(プロジェクトEGG)

 Leafのビジュアルノベルは、その名称の示す通り、美少女ゲームというジャンルの特性に合致させるためにサウンドノベルのビジュアル面を強化したもので、具体的には登場キャラクターのいわゆる立ち絵(『かまいたちの夜』ではまだ、キャラクターについてはシルエットのみの表示にとどまっていた)と、イベントグラフィックスの表示機能を付加したものだった。

『雫』『痕』、そして『ToHeart』。ビジュアルノベルの誕生と繚乱【アニメ『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』連動企画第4回】
『かまいたちの夜』(C)Spike Chunsoft Co.,Ltd/我孫子武丸

 ビジュアルノベルの企画には、第3作『To Heart』(1997年5月)までこのシリーズにメインライターとして携わった、髙橋龍也氏の存在が大きく関わっていた。

 髙橋氏は、『Legam レガム』の開発時期に、大学時代の友人である水無月氏の誘いでLeafに入社したシナリオライターだ。現在はフリーのシナリオライターとして主にアニメ分野で活躍中で、『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』のメインストーリー担当でもある。

 その髙橋氏によると、入社時に水無月氏経由で下川氏に伝えた「『かまいたちの夜』みたいなものを書く自信はある」というアピールが、巡り巡って社内で具体的な企画として立ち上がったということである。

 ビジュアルノベル以前のアドベンチャーゲームにおける“物語”は、コマンド選択による“アクション”に対する“リアクション”として断片的に表示される細切れのテキストの積み重ねをもとに、プレイヤー側の──いわば脳内で構築するものだった。こうしたクラシックなアドベンチャーゲームの物語性が低いということは決してなく、エルフの蛭田昌人氏やアリスソフトのとり氏、C's wareの剣乃ゆきひろ(菅野ひろゆき)氏など、このジャンルでの人気シナリオライターも数多く存在していた。

 とはいえ、小説的な文章ではなかったので、『雫』のスタイルはやはり、美少女ゲームとしてはそれまでに存在しない異質なものだった。シリーズ3作目の『ToHeart』(1997年5月)のあたりから、“ビジュアルノベル”は小説的なシナリオを採用している美少女ゲーム全般の一般的な呼称として定着するのだが、Leafのビジュアルノベルのような、画面全体にテキストを重ねて表示するタイプの作品は、じつのところ他社作品にはそれほど多くない。Windows時代に入り、PCゲームソフトの使用可能な画面がもう少し広くなり、画面下部に3行以上のテキストを表示できるようになったことが、理由のひとつとして考えられる。むしろ、リーフ・ビジュアルノベル・シリーズと同じスタイルの作品は、その直接的な影響下にある同人ゲームにこそ多かったように思う。

 なお、“サウンドノベル”ならびに“ビジュアルノベル”の看板を掲げる作品の特徴として、選択肢によるエンディング分岐のみならず、フラグの有無やクリアー回数などによって選択肢が増減したり、ときにはこれまでとまったく異なる物語が展開されたりと、繰り返しのプレイを前提としている点が挙げられる。基本的に、すべての選択肢の先を読ませることを前提にしているのだ。『雫』、『痕』(きずあと)の場合はすべてのエンディングに到達しないと物語全体の背景となる事件の全貌を知ることはできず、さらにはいわゆるハッピーエンドに相当する“グッドエンド”のさらにその先に、ビターな味わいのある“トゥルーエンド”が用意されていた。これは、システムの特徴というよりも、その最初の作品である『雫』、『痕』以来の伝統である。というか、それ以前の作品にも存在しないわけではなかったのだろうが、美少女ゲームにおける“トゥルーエンド”的な概念が最初に意識されたのが、リーフ・ビジュアルノベル・シリーズであったかもしれない。

『雫』『痕』、そして『ToHeart』。ビジュアルノベルの誕生と繚乱【アニメ『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』連動企画第4回】

 髙橋氏の前職はタイトーの社員だったが、ゲームの企画やシナリオに関わったわけではなかったのでプロとしてゲームシナリオに携わったのはこれが初めてだった。

 ただし、熱心なTRPGプレイヤーで、大学時代にはほぼ毎日のように『ダンジョンズ&ドラゴンズ』の上位版である『アドバンスト・ダンジョンズ&ドラゴンズ』のダンジョンマスター(ゲームの進行役)を務めたという、筋金入りのストーリーテラーだった。こうした作品に必要とされる重層的な物語世界の構築には、小説の執筆に求められるものとはまた異なる能力が要求される。

 ノベルゲームに手をつけようとしたまさにそのタイミングで、TRPGプレイヤーとして、小説や映画のような一方向に流れていくメディアよりも一歩踏み込んだところで物語を操ることに慣れ親しんでいた髙橋龍也という人材を得たLeafは、非常に幸運だったと言える。

 余談だが、『雫』、『痕』のおどろおどろしい雰囲気を演出する要素のひとつに、独自のフォントがある。これは、98なりWindowsなりの内蔵フォントを使用したものではなく、髙橋氏も含む10人のスタッフが手分けしてドットを打ち込んだ、手作業の産物であったそうな。

『雫』『痕』、そして『ToHeart』。ビジュアルノベルの誕生と繚乱【アニメ『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』連動企画第4回】
『痕』

 髙橋氏自ら大槻ケンヂ氏の小説『新興宗教オモイデ教』にインスパイアされたと証言している“病み”と毒電波、カルトなどがテーマの『雫』シナリオは、1996年という世紀末的なサブカルチャーがもてはやされた時代背景に合致するものだったが、エンタメとしてはいささか尖りすぎてはいたかもしれない。Leafの人気が本格的に爆発したのは、1週間の発売延期がありファンをやきもきさせてから、1996年7月に満を持して発売されたリーフ・ビジュアルノベル・シリーズの第2段『痕』が発売されたときだった。

 “田舎町が舞台の伝奇ホラー”という、『雫』に比べるとよりわかりやすく共感しやすい題材の物語で、話題のメーカーの新作ということでまずは『痕』をプレイし、おもしろかったので前作の『雫』も遊んでみたという人間が多かった。『雫』のときとは異なり、98版とWindows版が同時発売だったので、すでに増え始めていた Windows95 + DOS/V機ユーザの興味を引いたことも少なからずいい方向に働いたかもしれない。(Windows95については次回取り上げる)

『雫』『痕』、そして『ToHeart』。ビジュアルノベルの誕生と繚乱【アニメ『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』連動企画第4回】

 『雫』の98版がフロッピーディスク5枚組だったのに対し、『痕』は7枚組に増量されていて、選択肢分岐のツリーも相応に複雑化していた。

 1996年当時、美少女ゲームのユーザーどうしの情報交換はおもに草の根BBSの関連ボードや大学などのゲームサークルを中心に行われていて、発売直後の攻略Wikiが乱立する現在とは異なり、『PC ANGEL』誌のような専門誌の攻略コーナーにチャートが掲載されるまでには大抵、ゲーム発売から2~3ヵ月は間が空いていた。結果、発売からしばらくの間、少なからぬBBSでは、ゲームそのものの感想よりも、悲鳴のような攻略問答が飛び交うことになった。

 『雫』やサウンドノベル・シリーズの経験者を除き、繰り返しプレイすることによって選択肢が増えるという発想に思いいたらなかったアドベンチャーゲーマーも少なからず存在した。そのため、1周目は否応なくゲームオーバー的なバッドエンドに導かれることがあるのを知らず、だいぶん後になってそれ以外のエンディングの存在を知ったというプレイヤーもいたくらいである。パソコン通信の普及が始まっていて、ユーザー間で素早い情報交換が行われたこともLeafにとっては幸運だったかもしれない。

 こうした情報交換が呼び水となって購入者が新たな購入者を呼び、ユーザーの熱狂はやがてファン活動の土壌となった。折しもこのころ、SS(ショートストーリー)と呼ばれる掌編もしくは短編小説形式のファン創作がパソコン通信を中心に盛んに行われていた。家庭用ゲーム機における恋愛シミュレーションゲームの金字塔『ときめきメモリアル』(KONAMI/1994年5月)のファン活動がピークに達し、草の根BBSの関連ボードが二次創作ネタでもっとも盛り上がっていたのが、まさにこの1996年ごろだった。Leaf自身が開設していた公式BBS“Leafねっと”にも創作SSを投稿できるコーナーがあり、初期の頃ではあるが、公式がそうした活動を促進していたところがある。

『雫』『痕』、そして『ToHeart』。ビジュアルノベルの誕生と繚乱【アニメ『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』連動企画第4回】

 『雫』、『痕』のシナリオが小説形式だったことも製品内の物語では飽き足らないファンの創作熱を大いに刺激した。『Kanon』(1999年6月)でブレイクしたkeyとともに、“葉鍵系”と総称されることになるLeafファンのSS書きたちの中には、後にプロのシナリオライター・小説家として活躍する作家の卵が数多く含まれた。たとえば、PCゲーム『斬魔大聖デモンベイン』(2003年/ニトロプラス)などの作品が知られる鋼屋ジン氏も、その中の1人である。

 ところで、『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』第4話の冒頭での下田かおりと上原メイ子が覗き込んでいるシーンについて、補足解説をしておこう。

『雫』『痕』、そして『ToHeart』。ビジュアルノベルの誕生と繚乱【アニメ『16bitセンセーション ANOTHER LAYER』連動企画第4回】

 ここで起動されているのはPC-9801版ではなく、少し遅れて1996年6月28日に発売されたWindows版だ。16色のCG(サイズも640×400のまま)も含め98版のベタ移植で、唯一異なっているのはBGMがCD-DAで演奏されることだった。

 「これMIDIをCD-DAにしてるのかな」、「私がやった98版より音がきれいです」との会話があるが、Windows版ではCD-DAに収録されているMIDI版の音源そのものは98版にも搭載されていて、ゲーム起動後にタイトルメニューが表示されるよりも早く、真っ先に“MIDI音源/FM音源/音源なし”の選択肢が表示される。なぜタイトルメニューよりも先なのかというと、続いてオープニングムービーが表示されるからだ(なお、タイトルメニューにも“音源選択”の項目が存在したりする)。

 ここで特筆すべきは“MIDI音源”が“FM音源”よりも上に位置している点だ。Leafの立ち上げメンバーが音楽仲間だったことは先に書いた通り(『雫』『痕』の両作に、音楽モードに入れる隠しコマンドが存在するあたりからも、音楽に力を入れていたことが窺える)。このメーカーの98時代の作品の音楽は、「まずMIDIで仕上げた曲をFM音源向けに落とすという順番で作曲されたのだ」と、今世紀に入ってからアクアプラスを取材した際に聞いた覚えがある。つまり、メーカーとしてはMIDI版が主体だったのだが、残念ながらLeafが推奨していたSC-55やSC-88などのGS音源のMIDI機器を所有しているカジュアルユーザーの数は少なく、Windows版で初めて聞いたというかおりとメイ子のような人間が大半だったことだろう。

 なお、このメーカーの98向けタイトルでは、FM音源ドライバとしてPMDを採用していた(MIDIドライバは自社製のもの)。ガイナックスの『プリンセスメーカー』シリーズなどの楽曲を担当していた梶原正裕(KAJA)氏が開発したもので、折戸伸治氏が運営していた音楽中心の電子掲示板 Unison-BBS において主にPMDが使用されていたことと無関係ではないのだろう。ちなみに、当時、PMDを採用していたLeaf以外のレーベルには、他にC's wareやAILなどがある。

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