2001年10月に第1作が発売された『逆転裁判』は、2021年で20周年。これを記念し、さまざまな特別企画を掲載。本稿では、その楽曲を手掛けた作曲家陣に当時の制作秘話を訊いた。ここでは、北川保昌氏と杉森雅和氏の対談をお届けする。
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北川保昌 氏(きたがわやすまさ)
カプコン/コンポーザー。『レイトン教授VS逆転裁判』、『大逆転裁判』シリーズの楽曲を担当。 ほかにも『エクストルーパーズ』や『囚われのパルマ』、『めがみめぐり』など幅広いタイトルを手掛けている。(文中は北川)
杉森雅和 氏(すぎもりまさかず)
MUSE SOUND 代表/コンポーザー。初代『逆転裁判』の全楽曲を制作。狩魔豪のゲーム音声も担当。『ビューティフルジョー』、『ゴーストトリック』、『ドラゴンボールヒーローズ』シリーズなど多くの作品に携わる。(文中は杉森)
数奇なる同郷の楽士たち
――今日は杉森さん、 北川さん、 そして岩垂徳行さんの3名でのオンライン座談会……の予定だったのですが、時間になっても岩垂さんがログインされず、先程お電話してみたところ「アレっ! 今日だっけ!!」とのことでして……。
杉森(笑)。
北川岩垂さんらしい(笑)。
――というわけで、本日はおふたりの対談ということで。ところでおふたりは、同じ高校の出身だそうですね。
杉森そうなんですよ。大阪のとある高校で。
北川びっくりしましたね。
杉森独立してから1年経ったころに北川さんとお食事する機会があって、そのときに発覚して。 まさか高校の先輩とは思いませんでした。2歳差なので、高校に通っていた時期も重なっていたんですよね。
――高校は音楽科とかそういった関係なのですか?
北川いやいや、普通科なんです。ふつうの府立高校です。
――同じ高校にかよっていたおふたりが、その後コンポーザーとして同じ『逆転』シリーズを担当することになるとは奇遇ですね。さて、まずは初代『逆転裁判』の音楽制作についてお伺いできますか。もっとも初期、ゼロから作っていくときはどのように始まったのでしょう。
杉森いろいろと思い出はありますが、いちばん最初は巧さんからのオーダーはとくになくて、僕が勝手にゲームに必要なものを作っていく形でしたね。ふつうはある、「こういう感じの音楽をこの数だけ制作してください」という“サウンドリスト”すら存在しなくて。
北川最後までそれで作られたんですか!?
杉森そうです。オーダーらしいオーダーも記憶にある限り1件もないです(笑)。
北川通常はサウンドリストがありますよね。
杉森ええ。ですので、すごく苦労しました。シナリオを読み、その場面を見てここにはこういう曲がいるだろうと作っていって。
あらかじめ決まっていたのは法廷パートと探偵パートくらいなもので。それに、スクリプトに曲の再生や停止のタイミング、 フェードアウトするか、というようなこともこちらで決めていました。
――作曲以外の作業も担っていたのですね。
杉森それと、開発しているときは、ゲームボーイアドバンスが発売前で、基板むき出しのプロトタイプで開発を行っていました。その開発機の音が小さくて音量最大でも聴こえなかったことが思い出されます。
北川覚えています(笑)。そのとき僕はまだ別の開発現場で働いていたのですが、あれはコインサイズのスピーカーでしたね。
杉森そうです。その後、本チャンの筐体が来たのでつないでみたら、今度は「音が割れてるぞ!」って(笑)。
――ハード発売前ならではの逸話ですね(笑)。
北川筐体で“鳴り”が変わりましたよね。僕も前職のときはスクリプトをやってタイミングなども細かく決めていました。カプコンに来てからは巧さんや企画チームが鳴らす場所を決めていたりしますので、曲作りに集中できています。
ただ、曲作りのオーダーに関して「かっこいい曲を作って」くらいしか言われないので……(笑)。
杉森基本的に、 巧さんは楽曲の方向性はふわっと提示されますけど、ほとんどお任せしてくれますよね。
北川僕が印象深いのが『大逆転裁判2』で最初に作曲した『相棒 〜The game is afoot!』です。ジャンル指定などはなく、「『大逆転裁判』の世界でかっこいいものを。わかるでしょ」みたいな(笑)。
でも、“かっこいい”って千差万別ではないですか。 もちろん『大逆転裁判』の制作を経て信頼関係ができたうえで、 そういうオーダーをもらったのですが、悩みましたね。
――難しい要望ですね。どうやって答えを導き出されたのですか?
北川まず、いつものようにその曲が鳴る場面や、プレイヤーが聴いてどう感じるかを考えます。そして、かっこいい曲を聴いてプレイヤーが喜ぶ姿を想像して、思いつくままに弾いてみるような感じですね。
この『相棒』のテーマについてはずっと考えていて、家族と梅田のスカイビルに遊びに行っている最中でも「“かっこいい”とは……」と思い巡らせていました。
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※『相棒 〜The game is afoot!』は上記リンクのサウンドトラック内ディスク2の5曲目で一部試聴可能です。
北川あと、ふだんは歩きながら思いつくこともありますね。歩いているとテンションが上がるみたいで。
杉森それ、わかります。やっぱり自転車に乗っていたり、風呂に入ったりほかのことをしていると浮かびやすいですよね。
北川そうそう、お風呂もありますよね。
杉森あと僕は寝ているときに夢の中で作って、それを形にするということがあります。
――睡眠作曲!? 夢で見たら飛び起きて、枕もとにレコーダーなどで記録するのですか?
杉森あえて置いていないです。2日ほど置いて覚えていたらいい曲かな、と作ることもあります。だいたい寝ながら作った曲はとてもいいかとても悪いかのどちらかで、後で聴いて「なんだこれ」みたいなこともあります(笑)。
北川僕も夢でメロディーを思いつくことはあります。 でも、 よくよく考えたら「あ、 これ、すでにあるあの曲だ」と。夢って怖いなーと思い、それ以来、夢から作るのはやめました。
杉森確かに夢って自分が見聞きした記憶を整理している時間だと言いますよね。 僕も以前、いい曲ができたと聴き直していたら、「あ、 これPerfumeだ」と気づいたことがありました(笑)。
個室で紡がれたメロディー
――夢以外ですと、杉森さんはふだんどのように作曲されるのですか?
杉森たとえば曲数が異常に多い場合はまずリズムやベースを打ち込んでみて、それに合うコードとメロディーを乗せる理論的な作りかたをしたことはありますが、やっぱり自分でいいなと思う曲は降りてきた曲ですね。『逆転裁判』だと『大江戸戦士トノサマン』ですかね。
――これもオーダーではなく杉森さんご自身が入れようと作られた曲でしょうか。
杉森そうですね。トノサマンの絵を見て、時代劇風で、舞台が撮影所というのを確認したうえで考えました。時代劇なら『暴れん坊将軍』かなという感じで。ちなみに『逆転裁判』の曲の大半はトイレで作りました(笑)。
北川会社のトイレですか。
杉森そうです。6時間くらいトイレに引きこもって作業しました。
北川発覚したら怒られそうですね(笑)。
杉森怒られました(笑)。 その後『ビューティフル ジョー』のときもやったんですけど、当時のディレクターに「勤務時間中に姿が見えなかったけど、お前どこにいたんや」と。
――個室にはメモ帳などを持ち込んで?
杉森とくに何も持たないです。座っているだけですね。そのころ、デスクはパーテーションで区切られてはいたのですが、それでもまわりの先輩たちが気になって、集中しづらいなと。
北川トイレか……やってみようかな(笑)。僕は、外へ散歩に出かけたりしていました。気分転換は重要なので。
杉森大事ですね。あとは席に戻ってアレンジや修正などの作業をポチポチするわけです。
――そこではあまり悩まれたりしませんか?
杉森自分の中で旋律を作るモードのときと、編曲モードでは脳が少し違うのかなと思います。それと僕の場合、メロディーができたときには曲の全体もできているので。
北川……天才ですね。
杉森いやいや(笑)。曲の作りかたはいろいろですが、僕の場合、ケーキの層を作っていくような形でメロディーとコードとリズムを決めていきます。で、またつぎの層へ進むという。
北川なるほど。僕はメロディーを思い浮かべていくほうなんですが、「AメロはいいのができたけどBメロが思いつかない」というときは、Aメロを頭の中でリプレイした状態で散歩に行きます。鼻歌を歌うこともありますね。
――作りかたも作曲家さんそれぞれなのですね。並行して複数曲を作る場合もありますか?
杉森僕はほとんど1曲、1曲に集中していましたね。『捜査通常』の曲など、よく流れる作中のベースとなる楽曲に関しては長いこと詰まっていましたけど。最初に作った曲ですが最後まで調整し続けていたので、そういう意味では平行していたかな。
北川確かに『大逆転裁判』では同時並行はないかも。1曲作って、 巧さんのチェックに出した瞬間から、つぎの曲を作り始める五月雨式ですかね。ほかのタイトルと掛け持ちしている時期などは同時にやることもあります。
――そういう場合は混乱しませんか?
北川作業的にはたいへんですが、ジャンルが違えば切り換えられますね。
杉森そうですね。僕にとっては絵をじっくり見るのが切り換え作業になっています。
天才肌とバランス型
――杉森さんと北川さんは、お互いにどんな作曲家タイプだと思われて居ますか?
杉森北川さんはバランスタイプに感じますね。直感でいいメロディーを出されているのと、理論で組み立てていく面も見受けられます。
北川先ほども言いましたが、杉森さんは完全に天才肌だと思います。個性もありますし、本当に“0を1”にできる人だなと思います。『ゴーストトリック』や『ビューティフル ジョー』などでも感じましたが、最初に『逆転裁判』の『開廷』を聴いたときは震えましたね。こんな曲は聴いたことない、かっこいいなと。
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※『開廷』は上記リンクのサウンドトラック3曲目で一部視聴可能です。
杉森いえいえ、 滅相もございません(笑)。知られている話ですが、 開発チームで実際の裁判を傍聴したんですよ。 血のついた包丁を見たりして僕にとっては衝撃でしたが、 傍聴席は静まり返っていて。 話しているのは検事と弁護士だけなんです。『開廷』はああいう雰囲気を曲にしました。
北川じつは僕も民事裁判の経験がありまして。
杉森ええっ! 経験されていたんですか。
北川長くてたいへんでしたが『逆転裁判』に関わることになったので経験してよかったです。法廷の雰囲気がわかりましたし、弁護士も実際に歩くんだなと思いましたね。
――龍ノ介も法廷を歩き回りますものね。
北川まさにそれでした。少し話は逸れましたが、その『開廷』を始め、1作目『逆転裁判』で『逆転』シリーズの“音楽法”が定められたと思います。この曲はこういう機能があり、こういった目的で使われるという法律なんです。
杉森でも『大逆転裁判』を触ったとき、ついに『逆転裁判』の僕の縛りが解けたと感じましたよ。
北川ええー。僕はすごい守りましたけど(笑)。
杉森『逆転裁判』シリーズ本編ではずっとシリーズを通して初代の曲調、 雰囲気を踏襲してくださっていましたが、『大逆転裁判』ではゲーム内の時代背景を表現するために曲調そのものが変えられ、 新しい風を感じました。それがうれしかった。
北川確かに曲調は違うかもしれないですね。でも楽曲の機能は紛れもなく『逆転裁判』なので。
――確かに裁判の佳境では『追求』の曲が流れるなどシリーズの基礎が確立していましたよね。
杉森『追求』は制作期間の終盤に作った気がしますね。裁判の展開や、システムの都合もあってイントロ抜きバージョンも作りました。
――ジャジャジャジャン、で始まるほうですね。
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※『追求』は上記リンクのサウンドトラック8曲目と11曲目で一部試聴可能です。
杉森苦肉の策でした。でも、僕がふわっと作ったのに対して、北川さんの『追求 〜大逆転のとき』は練りに練られている印象があります。
北川あの曲をよくふわっと作れますね(笑)。『大逆転裁判』の『追求』は慎重に作りました。ラフのようなものを半年ほど寝かせ、世界観が固まってから1ヵ月くらいかけて仕上げました。だいたい曲が揃ってきて、これなら『追求』はこれくらいのテンションかな、と。
杉森先にマックスのテンションで作ってしまうと、そこが壁になってしまいがちですよね。
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※『大逆転裁判 -成歩堂龍ノ介の冒險-』の『追求』は上記リンクのサウンドトラックのディスク2の27曲目で一部試聴可能です。
続いたからこそのオーケストラ
――ほかに印象深い曲はありますか?
杉森自分の曲だと『学級裁判』ですね。変拍子の曲で、自分の中では変わったことをしたなと。“鳴り”もきれいだと思うのでお気に入りです。
――なるほどくんの回想場面ですね。北川さんのお気に入りはどの曲ですか?
北川最初に作った『共同推理』も思い入れはあるのですが、オーケストラコンサートの演奏などで改めて俯瞰で見ると『大逆転裁判』の『開廷』が味わい深いなと思います。『開廷』は作るのが難しいんですよね。
裁判がバーンと始まったときに印象付ける役割もあるのですが、不意に裁判の途中で鳴ったりもするので、変な味付けがあると使いづらくなるんです。だからとくに繊細に、法廷の空気の雰囲気を正確に伝える曲でないといけなくて。
杉森本当にそうです。完全に基本となるベースの曲じゃないと。
北川ええ。 メロディーが冴えわたるのもダメですし、 温度感を保ちつつもキャッチーでないと。 たいへんだったぶん、 思い入れがある曲ですね。
――オーケストラコンサートのお話も出ましたが、ホールで聴かれたときはいかがでしたか。
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杉森感動というか半泣きですね。本当にそんなことになるタイトルだとは当時は思っていなかったので。巧さんや岩垂さん、もちろん北川さん、そしてカプコン内外で『逆転裁判』を続けていこうと動かれた方のおかげで、僕の曲がまだ残っているんだと、聴いたとき胸にくるものがありましたね。
北川僕ももともと音大に行ったわけでもないので、自分の曲がオーケストラで演奏されること自体がうれしかったです。登壇させてもらったときは、多くのファンの方々に支えられていることを目の当たりにして心が温かくなったというか、感謝の念を持ちました。
――本日いらしていませんが、 岩垂さんにひと言いただけますでしょうか。
北川僕は日ごろからオーケストラの編曲などでお世話になっていますので感謝しかないです。
杉森そうですね。『逆転裁判』が高く評価されたのは『逆転裁判3』があったからこそだと思います。あのクライマックスがあり、その曲を担当してくださった岩垂さんは、その後もオーケストラやライブで火を灯し続けてくれているおひとりでもあります。やっぱり感謝ですよね。
――では、おふたりにとって、『逆転』の音楽とはどういったものでしょうか。
杉森実際の法廷の雰囲気を自分なりに解釈したりして作りましたけれども、いい意味で大きく誇張し、 増幅加減がすごいことになったのが『逆転裁判』かなと思います。でも、ちょっと薄いよりは濃いぐらいでいいと思います。
北川そうですね。『逆転裁判』シリーズの音楽は杉森さんが最初に打ち立ててくださった音楽ですが、実際の裁判でもとても心証が大事なように、プレイヤーの心に響く音楽、それこそが『逆転裁判』の音楽だと思います。
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