サイゲームスより配信中のiOS、Android、PC(DMM GAMES)対応ゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』では、2021年8月30日に育成ウマ娘“マチカネフクキタル”の新バージョン“フルアーマー・フクキタル”こと“[吉兆・初あらし]マチカネフクキタル”が実装。その能力や、競走馬としてのエピソードを紹介する。

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『ウマ娘』におけるマチカネフクキタル

公式プロフィール

●声:新田ひより
●誕生日:5月22日
●身長:158センチ
●体重:本日も大吉なので増減なし(※)
●スリーサイズ:B84、W59、H83

占い&おまじない頼りのオカルト本願なウマ娘。いつでも占いをしないと気が済まず、自分はもちろん、誰かにしてあげるのも大好き。「走り続ければ道は開ける」という神様のお告げを強く信じている。
招き猫の形をしたバッグの名前は“にゃーさん”。
出典:『ウマ娘』公式サイトより引用

※ゲーム内のプロフィールでは、ランダムで“本日は「凶」なので微減”と表示されることもある。

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マチカネフクキタルの人となり

 神社に生を受けたウマ娘のマチカネフクキタルは、占いが大好きで、かなりのドジっ娘。レースで勝つために必要なのは何よりも“運”だと信じており、全身に開運アイテムを配している。そして今回、その完成形とも言える姿“フルアーマー・フクキタル”としてトレーナーの前に現れるが……。

 実家は神社。それと関連しているかどうかは定かではないが、幼いころから彼女の夢の中に出てきてお告げを授けてくれる神さま“シラオキ様”を熱烈に信仰している。なお、“シラオキ様”にはモデルがあり、それについては後述する。

 アニメではチームスピカやチームカノープスのメンバーではないものの、意外に出番が多く、ファン感謝祭などで得意の占いを活かして占いの館を開いていた。そのときの助手は、先日ゲームに育成ウマ娘として実装されたメイショウドトウである。

 フクキタルの占いは、メジロパーマーが“爆逃げ”路線で開眼するきっかけにもなっている。また、フクキタルはアニメ作中でレースにも出走しており、グラスワンダーがスペシャルウィークを一刀のもとに斬り捨てた宝塚記念でその姿が見られた。

 ゲームでは、★1育成ウマ娘としてリリース時より実装されていた。シナリオ中で目標レースがランダムで決定することがあるなど、トリッキーな展開があるのが特徴と言える。

 ゲームでもメイショウドトウとの関わりは深く、お互いのシナリオや、サポートカードのイベントなどで出演しあっている。フルアーマー・フクキタルの初出も、メイショウドトウの育成シナリオだった。また、交友関係というところでは、史実でも同期でよきライバルだったサイレンススズカや、同じく同期のタイキシャトルとも仲がいい。

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フルアーマー・フクキタルの能力

 “[吉兆・初あらし]マチカネフクキタル”は、距離適性や脚質適性、バ場適性は通常衣装のものと同じ。成長率は変わっており、スタミナ+10%、根性+10%、賢さ+10%となっている。

 固有スキル“禾スナハチ登ル”は、「こくもの すなわち みのる」と読み、9月2日から7日ごろの“処暑の第三候”を指す言葉。効果は“レース後半に後方で詰め寄られるとマシマシの幸運パワーが身体に実り速度が上がる”というもので、差し育成に向く。
 
 取得スキルは長距離で使える“内的体験”や“怒涛の追い上げ”のほか、“京都レース場○”などがあり、史実で菊花賞を制したフクキタルにふさわしい内容だ。

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競走馬のマチカネフクキタル

菊の舞台に福来たる

「福が来た京都! またまた福が来た! 神戸、そして京都に続いて菊の舞台でも福が来た!」(※)

※1997年菊花賞、杉本清アナウンサー。

 マチカネフクキタルは1996年11月30日、阪神競馬場で行われたダート1200メートルの新馬戦でデビュー。翌年桜花賞を制するキョウエイマーチに次ぐ2番人気に推されるも、大差をつけられ3着に終わる。折り返しの2戦目も4着と、勝ちきれずに年を越すことに。

 休養を挟み、1997年3月の阪神ダート未勝利戦でようやく初勝利。そして5戦目のムーニーバレーレーシングクラブ賞(京都芝1800メートル)で2勝目を挙げ、オープン入りする。

 陣営は日本ダービーの優先出走権(※)を得るため、5月に東上し、トライアルレースのプリンシパルステークスへ。そこでフクキタルの前に立ちはだかったのが、サイレンススズカだった。スズカは当時まだ本格化はしていなかったものの、そのスピード能力はズバ抜けており、フクキタルはクビ差の2着まで迫るのが精一杯だった。

※トライアルレースで好成績を残した競走馬は、優先してGIレースに出走できる。

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 とは言え、2着で日本ダービーの優先出走権(※)を得たマチカネフクキタル。皐月賞と合わせて2冠馬となったサニーブライアンの前に7着に敗れるが、勝ち馬とは0秒5差となかなかの健闘を見せた。なお、このレースまでは先団につける“先行策”を選ぶことが多かった。

※プリンシパルステークスの優先出走権は、現在は1着のみ。

 その後、7月のさくらんぼステークスで勝って3勝目を挙げると、秋に備えて放牧へ。

 秋は、当時阪神芝2000メートルで行われていた神戸新聞杯から始動。このレースでは、追込作戦を採用したのだが、それが運命を大きく変えることになった。1番人気のサイレンススズカが先頭で気持ちよく快走する一方、マチカネフクキタルは最終コーナーではまだ最後尾。しかし鞍上の南井克己騎手(※)がゴーサインを出すと、なんとそこからサイレンススズカを含む全馬を差し切ってゴール板を駆け抜けるのだった。このレースをマチカネフクキタル最高のレースという識者も多い。

※南井克己騎手……関西を代表する大騎手で、現調教師。タマモクロスやオグリキャップ、ナリタブライアンなどの主戦でもあり、この翌年にはサイレンスズカに騎乗して宝塚記念を制覇する。騎手人生後半にものすごい勢いでGIを勝ったので“騎手版タマモクロス”とも言われた。

 さらに、10月の京都新聞杯(当時は秋開催だった)にも勝利して3連勝し、堂々菊花賞に乗り込む。前哨戦2連勝、2冠馬サニーブライアンがケガのため離脱という条件が揃っており、1番人気間違いなし……と思われたが、ほかにも好調の馬がいたり、フクキタル自身がマイル~中距離向きの血統と見られていたこともあって、3番人気に甘んじることに。このあたりのエピソードが、ウマ娘マチカネフクキタルの自己評価の低さにもつながっているのかもしれない。

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 レースは神戸新聞杯で開花した後方待機(差し)策を今回も採用。しかし、スローペースがたたって最終コーナーで前が詰まってしまう。ライバルもインコースをあきらめて、大外からまくりに動き出していく中で、マチカネフクキタルは馬群に包まれて身動きが取れない。万事休すか……!?

 と思われた最後の直線、南井騎手の豪腕が炸裂する。馬群を切り裂き、最高のタイミングでスパート。3000メートルの長距離レースで最後の3ハロン(600メートル)33秒9という剛脚で見事に差し切り、GI初制覇を成し遂げるのだった。フクキタルの固有スキル“来ます来てます来させます!(レース終盤に前方が詰まるとお告げの力で道を切り開く)”は、このときの神懸かったレースっぷりから来ていると思われる。

1997年 菊花賞(GⅠ) | マチカネフクキタル | JRA公式

 まさに破竹の快進撃。当時、森秀行調教師(※)も、この時期の強さを評し20世紀の最強馬としてその名を挙げているほどの強さだった。この年の皐月賞と日本ダービーを制した二冠馬サニーブライアンは、怪我のために菊花賞には出走できなかったが、もし出ていたとしてもフクキタルが勝っただろうと言われている。

※森秀行調教師……シーキングザパール、エアシャカールなどを管理していた名伯楽のひとり。海外遠征にも積極的で、シーキングザパール、アグネスワールドで欧州GIを制している。
※2021年8月30日12時58分追記:文章内に誤りがありましたため修正いたしました。

 菊花賞の勝利により、一躍世代最強馬と目されることになったマチカネフクキタルだったが、その後は裂蹄や球節炎など、蹄の故障に悩まされ続けることになる。

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 年が明け、1998年は5月の金鯱賞(中京芝2000メートル)から始動するも、サイレンススズカの前に末脚を活かせず6着。続く6月の鳴尾記念(阪神芝2000メートル)も8着。休養を挟んで有馬記念は13着。そのあいだに、最高の相棒だった南井克己騎手も引退している。

 1999年は京都記念で2着、マイラーズカップで11着、当時GIIの大阪杯で2着、天皇賞(春)で7着、宝塚記念で8着、札幌記念で5着という成績。復活のきっかけを掴むべく、さまざまな距離のレースに出走し、善戦することはあったものの、勝つまでには至らなかった。

 そして2000年。金鯱賞10着、宝塚記念8着に終わった後、屈腱炎を発症し引退となる。なお、この2レースでメイショウドトウやテイエムオペラオーと対決している。ドトウとの接点はここにあったわけだ。

 フクキタルの通算成績は22戦6勝(重賞3勝)、獲得賞金は約3億7000万円。ケガに泣かされて全盛期こそ短かったものの、その強さは本物だった。

 その後は種牡馬に。残念ながら活躍馬をあまり出せずに2010年には種牡馬を引退し、オーナーの依頼で、余生は山梨県北杜市にある小須田牧場(現:ホースブリッジ)で過ごすこととなった。マチカネフクキタルは穏やかな性格で、山梨県内のイベントなどでも大人気。『ウマ娘』人気以前から多くのファンに愛されていた彼は、2020年7月31日、放牧場の草地で眠るようにこの世を去ったという。

マチカネフクキタルの生い立ち

 マチカネフクキタルは1994年5月22日、浦河の信成牧場で生まれる。父はクリスタルグリッターズ、母はアテナトウショウ(父トウショウボーイ)。『ウマ娘』でのプロフィールやイラストからは小柄に見えるが、現役中は500キロ超のやや大柄な馬だった。最大体重は532キロと、だいぶ太っていたことも。

 馬名の“フクキタル”は公募(同じ名前の応募が5人からあった)されたもの。占いキャラはこの名前からだろうか……? ちなみに、同じ馬主で同い年の馬にダート戦線で活躍した“マチカネワラウカド”がおり、こちらの馬名も公募で決まっている。なお、この2頭は名前以外にとくに縁はない。

 性格はとても賢くて穏やか。母アテナトウショウは非常に気性が激しく、自分の仔にも噛み付いたり蹴飛ばすような馬だったようだが、マチカネフクキタルは上手く立ち回ってやり過ごしており、牧場でもその賢さは評判だったと言われている。引退後も、牧場でファンに頭を触らせてあげたり、ニンジンをパクパク食べたりとファンサービスができる馬だった。

 フクキタルには3つ上の全兄(父、母がまったく同じ兄)がおり、彼は関係者のあいだでものすごく評判になっていた。残念ながら1歳秋に放牧中の事故で亡くなってしまったのだが、『ウマ娘』のフクキタルに“優秀な姉”がいるというのは、この全兄にちなんだものだろう。

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 通常版のフクキタルの勝負服は、赤青白の3色が印象的なデザイン。これは、フクキタルやタンホイザを始めとするマチカネ軍団の勝負服の“赤、青二本輪、青袖、赤二本輪”というデザインに、騎手が履くズボンの白色を合わせたものだろう。

 最後に豆知識を。マチカネフクキタルの英字表記は“Matikanefukukitaru”である。“Machikane Fukukitaru”ではないのは、“競馬と生産に関する国際協約(パリ協約)”に定められている、“馬名は記号、スペースを含めてアルファベット18文字以内”という規則に収めるため。“チ”をchi→tiにして1文字、スペースを省略して合計2文字を詰めているのである。

 マチカネタンホイザも同様の理由から、“Matikanetannhauser”という英字表記になっている。ちなみに、マチカネタンホイザはワーグナーの歌劇“タンホイザー”から命名されているのだが、日本の馬名はカタカナ9文字以内という規定があるため、音引きが削除されて“タンホイザ”となっている。つまり、マチカネタンホイザは日本語と英語どちらの表記でも、名前が省略されているのだ。

マチカネフクキタルの血統

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 フクキタルの父はクリスタルグリッターズ。アメリカ生まれでフランスを拠点とし、GI2勝を含む重賞4勝を挙げた。24頭ものGI馬を輩出した名種牡馬ブラッシンググルームの仔で、フランスで種牡馬入りしGI馬を輩出した後、1988年に日本へ輸入される。日本でもアブクマポーロやマチカネフクキタルといったGI馬を出してそこそこの人気を集めたが、病気がちで2001年には種牡馬引退、2002年に死去した。

 クリスタルグリッターズは、短距離~長距離、芝、ダート、早熟、晩成馬とさまざまなタイプの馬を出したアグネスデジタルもびっくりの万能型種牡馬で、恐らく牝系の特徴を伸ばすタイプの種牡馬だったと思われる。仔の脚質は差しが多かったようだ。

 母はアテナトウショウ。通算13戦2勝で、父は“天馬”と呼ばれた人気者トウショウボーイである。アテナトウショウは前述したように、とにかく気性が激しい馬だったようだ。

 そんな彼女の母系をさかのぼっていくと、競馬で言う4代母、人間で言うところの高祖母(祖母の祖母)として“シラオキ”の名前が出てくる。じつはこの馬、1949年の優駿競走(日本ダービー)2着、優駿牝馬競走(オークス)3着、1951年函館記念1着という実績を持つ名馬なのである。とくに1951年は走りに走っており、なんと7連闘2回を含む19戦も出走した。

 そんなシラオキは繁殖牝馬としても数々の優秀な子孫を残し、現在は“シラオキ系”と呼ばれる名牝系の祖とされている。シラオキ系からはマチカネフクキタルのほかに、シラオキの息子で1960年に皐月賞と日本ダービーの二冠を制したコダマを始め、スペシャルウィーク、ウオッカなどが輩出されている。フクキタルとスペちゃん、ウオッカはそんなに遠くない親戚ということなのだ。

 ということで、ウマ娘のフクキタルが信仰してやまない“シラオキ様”の元ネタはこれ。確かに、神様になってもおかしくないほどの実績だ。

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 ちなみに、シラオキからさらに少しさかのぼると“フロリースカツプ”という牝馬にたどり着く。この馬は、当時三菱財閥が経営していた小岩井農場が明治40年(1907年)に輸入した20頭の繁殖牝馬のうちの1頭で、日本のサラブレッドの原点とも言える存在。

このときの20頭にはほかにも、ナタの切れ味と称された三冠馬シンザンらの祖であるビューチフルドリーマー、メジロマックイーンや牝馬でダービーを制したクリフジらを輩出したアストニシメントなどがいた。

 彼女らの牝系は現代でも大きな影響力を持っており、フロリースカツプ系、ビューチフルドリーマー系、アストニシメント系の3系統を称して“日本3大牝系”と呼ぶ人もいる。

 競馬はブラッドスポーツと呼ばれるほど、血統に大きな意味がある。『ウマ娘』をきっかけに競馬に興味を持ったら、気になった馬の血統を調べてみると、新たな発見があるかもしれない。

著者近況:ギャルソン屋城

 リアル競馬&競馬ゲームファンでもある、週刊ファミ通『ウマ娘』担当ライター。誕生日:9月5日、身長:168センチ、体重:微増(アイス食べすぎ)。『馬なり1ハロン劇場』、『ありゃ馬こりゃ馬』、『じゃじゃ馬グルーミン★UP!』、『優駿の門』など、競馬マンガも大好き。

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