桜井政博さんに聞く岩田さんの思い出第4回

 ほぼ日刊イトイ新聞の取材で行われた、ゲームデザイナー・桜井政博氏へうかがう、任天堂の元社長・岩田聡さんのこと。岩田さんの発言をまとめた書籍『岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。』(ほぼ日刊イトイ新聞・著)をきっかけに、岩田さんと縁が深い桜井さんに、岩田さんのお話をお聞きします。

 これは、ほぼ日が取材した桜井さんのインタビューを、ファミ通.comでも掲載させていただくという特別企画。インタビュアーは、週刊ファミ通の元編集者・風のように永田こと、ほぼ日の永田さんです。

『岩田さん』書籍情報

『スマブラ』とスポーツカーと誠実の怪人。桜井政博さんに聞く岩田さんの思い出。第4回「誠実の怪人」_01
『岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。』
著者:ほぼ日刊イトイ新聞、価格:本体1700円+税 (Kindle版1615円+税)、 ページ数:224ページ、イラスト:100%ORANGE、ブックデザイン:名久井直子

 任天堂元代表取締役社長岩田聡さんのことばを抜粋し、再構成して1冊にまとめました。岩田さんの経歴、経験、価値 観、哲学、経営理念、そしてクリエイティブに対する思いなどが、凝縮されています。

ほぼ日刊イトイ新聞『岩田さん』紹介ページ(ほぼ日ストアでの購入もこちらから) 『岩田さん』Amazon販売ページ 『岩田さん』(Kindle版)Amazon販売ページ

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桜井政博氏(さくらい まさひろ)

ゲームクリエイター。1970年8月3日生まれ。有限会社ソラ代表。『大乱闘スマッシュブラザーズ』シリーズや『星のカービィ』シリーズなど、数々の名作ゲームを手掛ける。(文中は桜井)

第4回:誠実の怪人

──あらためて、岩田さんって、どういう人でしたか? いろんな面があったとは思うんですけど。

桜井うーん……どうしてもひと言でまとめなければいけないとするならば、「誠実」ということばがいちばん合うんじゃないかなと思います。

──それは、なにに対しても。

桜井そうですね。ある意味、誠実すぎて、「誠実の怪人」みたいなところありますけどね。

──それはすごくいい表現ですね、「誠実の怪人」(笑)。

桜井どういうところが誠実なのか、というのは、もうお話しする必要もないぐらいかと(笑)。『岩田さん』の本の中にもたくさん書かれていますし。まあ、ようするに、すべてに対して、真摯に取り組む。嘘偽りがない。

──影響は受けましたか?

桜井それが、こういうところに影響された、という具体的なところはないと思うんですね。でも、自分では影響がないつもり、というだけかもしれませんけど。岩田さんに限らず、たくさんの人たちが影響しているはずなので。

──しかも、桜井さんが社会に出て、はじめての上司にあたる人ですし。

桜井それはとてもありがたかったと思います。たまたま受けたHAL研究所という会社で、たまたまそこに岩田さんがいたというのは、この上なくラッキーだったと思います。それがないだけで、自分の人生というのは、ガラリと変わっていたはずなので。

──HAL研時代、岩田さんに、怒られたことはありましたか?

桜井自分に対して怒ることなかったですね。ただ、怒ったのは見たことがあります。『岩田さん』の中では、宮本さんも糸井さんも岩田さんが怒ったのを見たことがないとおっしゃってましたけど、自分の印象では、2回だけあるんです。

──差し支えなければ聞かせてください。

桜井私が最初に勤めたとき、HAL研究所は国分寺にあったんですね。実家から原付で通える距離でした。会社がいくつかのアパートを借りていて、そこで作業していたんですけど、ふつうのダイニングキッチンで経営会議していたので、話している声がだだ漏れなんですね。そのときHAL研は『メタルスレイダーグローリー』というソフトを6年かけて制作していて、巨額の開発費を投じていたんです。資金の回収は難しいだろうと言われていました。でも、ソフトは出さざるを得ない。それで、どうやって回収するんだ、という話をしていたときに、岩田さんが憤っていたのを憶えています。「あー、岩田さんがめずらしく怒ってるなぁ」っていう感じで聞いていました。

──それは、どういうことに対して、憤っていたんでしょう?

桜井すこしでもたくさんソフトを売って、開発費を回収していくにはどうしたらいいか、ということを話し合っているときに、おそらく、のんきなことを言ってる営業系の人たちに憤ってたんじゃないかなと想像します。なにしろ、その後、会社が和議申請を出すような局面でしたから。

──そういうことを言ってる場合じゃないでしょう、というような。

桜井はい、非常時だったんだと思います。2回目に岩田さんが怒ったのはそれよりもずっとあとの話で、岩田さんが社長になって会社を再建してからのことです。岩田さんが社員全員にテクノロジー系の講義をしてくれたんです。でも、それに対する感想というか、反応がなかったということにちょっと怒ってたんですよね。

──それは、その場でみんなに怒ったんじゃなく?

桜井しばらく経ってからですね。たぶん、そういうことに無頓着になっていくということに対して、危機感があったんじゃないかと思います。

──なるほど……どちらも、会社全体の今後のことを思って、という感じなんですかね。決して声を荒げて感情的に怒る、というのではないですね。

桜井そういうことはなかったですね。

──『岩田さん』の本のなかの話でもうひとつ確認させてほしいのですが、岩田さんの個人面談は受けましたか?

桜井はい。ただ、私はディレクターですから、ふだんから岩田さんと話をする機会はけっこうあったんですね。ですから、面談といってもいつもと変わらない感じで他愛もない話をしていた印象があります。自分は、なにか問題があったら、そういう場がなくても直接話しに行っちゃいますし。

──面談のときの決まり文句だったという、「ハッピーですか?」は聞かれましたか。

桜井それが、憶えてないんですよ(笑)。似たようなことは言われたかもしれないけど、「ハッピー」ということばはつかっていなかったような……。まぁ、そういうことばづかいは、人によるんだと思いますけど。

──岩田さんがここにいたら、「それは人によりますよ」って言いそうな気もします(笑)。

桜井(笑)。

──ほかになにか、妙に憶えてることってあります?

桜井そうですね。これも、自分がHAL研に入ってすぐのことですけど、新人ばかりが4人くらい、岩田さんの車に乗って、東京から山梨に行ったことがあるんです。山梨の開発センターの下見がおもな目的だったのですが、なんだか、いま考えると変ですよね。なにも知らない新人が4人、開発部長の運転する車に乗って、中央道を山梨まで、日帰りで。

──ふふふふ。

桜井たしか、車はISUZUのピアッツアだったと思います。ええと、映画の『007』(『007 私を愛したスパイ』)にロータス・エスプリが出てくるんですよ。潜水艦になる車なんですけど。岩田さんはそれが好きで、外見が似ているピアッツアを買ったっておっしゃってました。

──へーーー(笑)。『スター・トレック』が好きだというのは聞いたことがありますけど、『007』もお好きだったんですね。

桜井『007』そのものというより、あの車が好きだったんじゃないでしょうか。コクピットの中にボタンがいっぱいあって、ちょっと近未来的なんですよね。たしかデジタルメーターだったんじゃないかな。

──岩田さんってけっこうガジェット好きですもんね。

桜井そうそう(笑)。あと、車つながりで思い出しました。岩田さんが亡くなるしばらく前ですけど、私が運転して、岩田さんを乗せたこともありました。打ち合わせで二人で話したあと、岩田さんが出張に行くタイミングだったので、成田空港まで車でお送りしたんです。

──いつごろのことですか?

桜井『スマブラ for』(2014年)をつくっていたころですね。そのとき、岩田さんが、最近、スポーツカーを買った、ということを教えてくれて、オープン2シーターのスーパースポーツで、なんか、ちょっと岩田さんに似合わない気がしたんですね。で、なんで買ったんですか、という話をしたら、「いま乗っておかないと、こういう車に乗れなくなっちゃうから」というふうなことをおっしゃって。

『スマブラ』とスポーツカーと誠実の怪人。桜井政博さんに聞く岩田さんの思い出。第4回「誠実の怪人」_02
『大乱闘スマッシュブラザーズ for Wii U』

──それは、深い意味ではなく、ですよね。

桜井はい、自分が亡くなるかもしれない、というような意味ではないと思います。歳を取っちゃうからね、ということですね。「歳を取っちゃうと、やんちゃな車にも乗れなくなるから」と。たしかにそれはそうだな、と自分も思いました。だからといって自分がそういう車を欲しくなったわけではないですけど、いまできることを最大限にたのしむようにする、ということを、もっとちゃんとやったほうがいいんじゃないかと思い直す機会になりました。いまはそこに岩田さんが亡くなったことも重なるから、よりリアルにそう思えるんですけど……。

(つづきます)

“『スマブラ』とスポーツカーと誠実の怪人。桜井政博さんに聞く岩田さんの思い出。”連載一覧

第1回「そのときから笑顔だった」
岩田さんと桜井さんがはじめて会ったときの思い出。そして、意外にも、ふだん岩田さんと桜井さんはいっしょに仕事をしてなかった?

第2回「ふたつのプロトタイプ」
桜井さんが企画した『スマブラ』を岩田さんがプログラムしたことは知られていますが、じつはそのとき、もう1本のプロトタイプがつくられていたそうです。

第3回「E3の発表の翌朝に」
その後の『スマブラ』シリーズの流れを決定づけたのが『スマブラX』でした。2005年のE3で岩田さんがくりだしたウルトラCとは。

第4回「誠実の怪人」
岩田さんはどういう人だったのか。任天堂の社長になるまえの岩田さんのこと。桜井さんは「怒った岩田さん」を二度見たことがあるそうです。

第5回「最後のミッション」
岩田さんが亡くなったとき、桜井さんはなにをどう感じたのでしょうか。そして、これからの『スマブラ』シリーズは。