2019年9月4日~6日まで、パシフィコ横浜にて開催している日本最大のコンピュータエンターテインメント開発者向けのカンファレンスCEDEC 2019。同カンファレンスより、“エースコンバット7における”空の革新”について”のセッションの模様をお伝えしよう。
このセッションでは、“空の革新”を掲げた『エースコンバット7』での空と雲について、『エースコンバット』シリーズの初期から制作に携わるアーティスト菅野昌人氏が、ゲームデザインに直結する「雲」の定義づけの過程と、ミドルウェア“TrueSky”の使いこなしについて語った。
菅野氏を含む『エースコンバット』シリーズ開発チームが“つぎの作品では空を新しくしたい”と考えたのは、2012年のこと。
コンセプトは“雲のジャングルジム”であり、コンセプトアートには立体的な雲海が描かれていた。プレイヤーは敵だけでなく、雲のある空間が引き起こす気流や雷などの自然現象とも戦っているという体験を楽しめることを目指したそうだ。
だが、当然ながらそれには従来の描画水準からの向上が不可欠。
立体の雲を作るために、従来の手法だったビルボードパーティクルの雲や頂点カラーによる天球という手法から、ボクセルによるボリューム感のある雲の生成、そして大気散乱シミュレーションによる空の実現へと更新しようという案が出された。
そうして導入されたのが、英国Simul Software社が開発したもっとも革新的なリアルタイム天候生成システムのミドルウェアである“trueSKY“だったという。
そうした案から本格的に始動したのは2015年のこと。
雲を用いたドッグファイトを構想し、それが現実世界でも本当にそうなのかを航空自衛隊に所属するパイロットや航空管制官の方々に取材。これを受けて、より現実に即した“『エースコンバット7』における雲”の定義がまとまっていき、コンセプトの強化に繋がったのだという。
つぎに菅野氏が語ったのは、現実における“実際の空と雲について”。とくに空と雲はライティングに大きく作用するため、シーン全体の印象に影響を与える重要な要素であることを強調。また、空と雲の物理化学的な特徴を知っておくことは、trueSKYを使う上でも有効とのことで、いずれの面でも学んでおくべきポイントというわけだ。
空でポイントになるのは光の散乱現象であり、同じ場所でも時間帯や天候で見え方が変わっていく。
また、雲とは、大気中に固まって浮かんでいる水滴、または氷の粒。雲は大気の温度や気流によって高さや形が変わっていく。
こうした現実における空と雲の特性を知ることで、ゲームにおいては“シーンにどのような印象を与えたいか”を決めることができるようになると語る菅野氏。
晴れているとき、水蒸気量が多いとき、曇って光が遮断されているとき、夕方の陽射しを浴びているとき、同じ場所でも天候や時間帯によってシーンの印象は変化し、地域ごとに現実の裏付けをもって雲をつけていくことで現実感が高まっていくのだ。
こうした現実の物理化学的な空と雲を作っていくのに適していたのがミドルウェアのtrueSKYだったというわけだ。
trueSKYは3Dノイズを組み合わせたプロシージャルボリュームクラウドで、レンダリングはレイマーチング法を使用、大気散乱シミュレーションによる空、シーケンスベースの時間遷移(シーケンスは時間軸を持ったパラメーターの集合体)、キーフレーム単位のパラメーター管理が可能となっている。
一方で、素のままのtrueSKYにはクセもあるという。雲を3Dノイズを組み合わせて作るので物理的ではなく地形に応じた形状になる。ただしライティングは正しくてPBR(Physically Based Rendering)に対応できる懐の深さがあり、実際の雲の特徴を再現することもできるという。
また、通常のUnreal Engine 4とは異なるレンダリングパスのためアーティファクトが発生しやすく、見た目がよくない箇所ができやすいそうだ。
そして、オペレーションにもクセがあり、マニュアル通りに動作しないこともあったそうだが、『エースコンバット7』発売の影響か、ここ最近はマニュアルが更新されて整備されてきているという。
そんなクセもあるtrueSKYだったが、そのダイナミックな描写力は魅力。『エースコンバット7』ではこれをカスタマイズして使用したそうだ。
ここからは、trueSKYのパラメーター設定がどのようになっていて、それを変えることでシーンの印象がどのように変わるのか、実際に映像を交えて解説された。
まずは“空”、つまり大気のコントロール。以下の画像をご覧いただきたい。
続いては“雲”。3DCloudのメイン項目では、雲の量や雲底からの高さ、大きさの指定を行なえる。
雲も大気と同じく環境光に影響することがポイントとのこと。以下の画像をご覧いただきたい。
こうした機能と魅力を持つtrueSKYだが、そのままではGPUリソースの6割を占めてしまうという高負荷だったので、『エースコンバット7』チームでは独自の改造を実施。見た目の改善をしつつ、プレイステーション VRの必須要項にも対応できるようにして、GPUコストを3~4割程度まで抑えることに成功したそうだ。
実際の『エースコンバット7』ではこうした描画力の高まった雲の存在によって、機体が雲に突入したときに与える影響というものも表現可能になったとのことで、雲のコリジョンをフラグにしてキャノピーに水滴を発生させたり、機体が濡れた表現を加えたりと、表現力が高まっている。
“空と雲”への新たなアプローチを経た菅野氏は、空や雲という題材をあらためて見なすことで『エースコンバット7』というゲームにとってどんな体験や機能が必要なのか理解できた、と振り返る。
こうして出来上がった『エースコンバット7』の空と雲は、パイロットや気象予報士などの“本物を知る方々”からも大きな反響をもらえたそうだ。また、VRモードでも立体の雲は高いパフォーマンスを発揮してくれたという。
たくさんの人の協力を得て、雲表現の新たな基準を作ることができたとし、trueSKYの改造に協力してくれた各社エンジニア陣へ感謝を贈りつつ、講演を締めくくった。