義眼のメイクは4時間

 2017年4月7日よりTOHO シネマズ 六本木ヒルズほかにて全国公開される『ゴースト・イン・ザ・シェル』。3月16日に世界初お披露目となる“ワールドプレミア”が東京で行われたのは既報の通りだが、同イベントに合わせて来日したバトー役のピルー・アスベックさんに合同インタビューする機会を得た。

『ゴースト・イン・ザ・シェル』バトー役のピルー・アスベックさんに聞く 『攻殻機動隊』への熱き思い_03
▲14歳で『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』に接して以降、スタジオジブリ作品に親しむなど、日本のアニメがお好きなピルー・アスベックさん。『ゼルダの伝説』シリーズを始め、日本のゲームも大好きだそうです。

 ピルー・アスベックさんはデンマーク・コペンハーゲン生まれの35歳。これまでに2015年のアカデミー賞 外国語映画賞にノミネートされた『ある戦争』や2016年に公開されたリメイク版『ベン・ハー』に出演。少佐役のスカーレット・ヨハンソンさんとは、2014年公開の『LUCY/ルーシー』でも共演している。2017年放送予定の『ゲーム・オブ・スローンズ』シーズン7にも出演予定だ。

 ピルー・アスベックさんには、自身が演じたバトーのことはもちろん、スカーレット・ヨハンソンさんや、ビートたけしさんのことなど、限られた時間ながらも、ひとつひとつの質問に丁寧に答えてくれる真摯な態度が印象的でした。

※インタビュー中に、ネタバレとまではいかないかもしれませんが、映画のストーリーに若干言及した箇所があります。映画を見るまでストーリーのことは知りたくないという方はご注意ください。

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『ゴースト・イン・ザ・シェル』バトー役のピルー・アスベックさんに聞く 『攻殻機動隊』への熱き思い_01

――いよいよ『ゴースト・イン・ザ・シェル』が世界で公開されますが、いまのお気持ちをお聞かせください。

ピルー これから世界の皆さんに見ていただけるということで、もちろんナーバスになっている部分もありますが、わくわくもしています。今後さまざまなプレミアイベントが予定されているのですが、いちばん緊張するのは、今晩の“ワールドプレミア”かもしれませんね。世界で初お披露目というのはもちろんですが、『ゴースト・イン・ザ・シェル』のもととなった『攻殻機動隊』が生まれた地は日本ですし、僕らも映画を作るにあたっては、士郎正宗さんや押井守さんが築き上げた伝統をリスペクトしつつ世界観を構築しています。ふたりは僕らにとって偉大なアーティストです。これから4時間後には“ワールドプレミア”ということで、手に汗をかき始めています。

――ピルーさんと『攻殻機動隊』の出会いを教えてください。

ピルー 押井守さんの映画『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』が1年遅れでヨーロッパで劇場公開されたとき、私は14歳でした。そのときに初めて『攻殻機動隊』の世界に触れましたし、初めて知る日本文化でもありましたね。じつは、私はスタジオジブリファンでもあるのですが、宮崎駿さんより先に、『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』を知ったわけです。“義体”をはじめとするサイバーパンクの世界観にワクワクしました。50年後にはこれが現実になるということで……。“来日記者会見”でもお話しましたが、10代というのはアイデンティティーというものを模索している年代だと思うんです。それは、自分が好きなのが男性なのか、女性なのかとか、自分はいい人になりたいのか、そうではないのか、そもそも自分は誰なのか……という、まさに少佐が自分に問いかけているのと同じ疑問だったんですね。ですので、私は初めて触れた『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』を、アイデンティティーを模索する話だと受け止めたんです。もちろん、本作を作るにあたっては、オリジナルに対するリスペクトを持ちつつも、新しい要素も加えたいと思いました。士郎正宗さんのマンガがまずあって、それが押井守さんの手で映画化されることによって世界観が広がった。同じように、この実写版を通して、世界のより多くの方が触れるようなきっかけになればと思っています。そして、士郎正宗さんから始まった『攻殻機動隊』の世界がすばらしくて美しいものなのかというのが、世界の皆さんに伝わっていけば……という思いがとてもあります。
 もし『ゴースト・イン・ザ・シェル』で初めて『攻殻機動隊』の世界に触れる人がいたら、その後で、『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』を見ていただいて(違法ダウンロードじゃなくてね!)、さらに士郎正宗さんのマンガを手に取っていただけるようであれば、アーティストとして私たちは成功したと言えるのではないかと。

――押井守監督の『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』は、同級生のあいだでは、割りとふつうに受け止められていたのですか? それともけっこうマニアックだった?

ピルー どちらかというと、カルト的な作品で、みんなが見ているものではありませんでしたね。いまだったらいろいろな方法で見られるとは思いますけどね。私には4歳の子どもがいまして、家族でスタジオジブリの作品を見ていたりしますから。私たちにとってみれば、スタジオジブリの作品は上質で洗練された“カルチャー”なのですが、そんな最初に触れた日本の文化が、私にとっては『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』でした。日本の文化は、いまもなお私の中の一部であり続けいるという印象があります。ちなみに……うちの娘はデンマークにあるハロウィンのようなイベントで、『もののけ姫』のサンのコスプレをしているんですよ。1997年に日本で公開された作品が、20年の時を経て、2017年にデンマークのある一家に、これほどまでに愛されて影響を及ぼしているというのが、まさにアートの持てる力だと思いますし、アートというのがいかに世界の遠くまで届くものなのかというのを、すごく感じました。いまの世の中は以前よりもアートを必要としていると思います。政治家は私たちを分断しようとしますが、私たちをひとつにしてくれるもの、それこそがアートではないでしょうか。

――『ゴースト・イン・ザ・シェル』のバトーはどのようなキャラクターだと捉えていますか?

『ゴースト・イン・ザ・シェル』バトー役のピルー・アスベックさんに聞く 『攻殻機動隊』への熱き思い_02

ピルー マンガ版とアニメ版、実写版とではバトーの造型は少しずつ違います。そうあらなければならないと思っています。そもそも士郎正宗さんと押井守さんがいなければ、この世界は存在していなかったので、私たちが彼らの肩の上に立っている、彼らがあってこその私たちというのは理解しています。とはいえ、もしマンガやアニメと同じバトーを演じてしまったら、映画をご覧になる方にとっては、「見たことのあるバトーだな」ということで、あまりおもしろみがないのではないかと思ったんですね。俳優としての私の仕事というのは、そこに何を加えていけるか……ということでした。私は心からバトーが大好きで、演じていてとても楽しかったです。できれば、『イノセンス』もやりたいなあ。ご存じの通り、あの作品はどちらかと言うと、バトーの物語なので。
 バトーというキャラクターの役作りで、私のカギとなったのは、バトーが大きな体とともに、大きなハートを持っているところでした。『イノセンス』で描かれていますが、バトーは家の鍵を20個近くつけているんですね。あれはつまり、「誰も家に入れたくない」というバトーの心情の象徴なわけであって、それは少佐にも通じるところがあると思います。だからこそ、ふたりはつながりを持てるのだと思います。言い換えれば、押井守版のバトーから私がもらったのは、ユーモアであり温かみ。そして彼の持つ力。士郎正宗版のバトーから参考にしたのはルックスです。あと、性格的にちょっと少年っぽいところがあるところ。ピザ、ビール、犬好きというところが気に入っています。ちなみに、映画では犬が登場しますが、彼の名前は本当にガブリエルと言うんですよ。だから、「ガブリエル」と言うと寄ってくるんです。最高じゃありません? ちなみに、ご存じの通り、“ガブリエル”というのは、キリスト教では大天使の名前でもあります。ですから少佐の守護者なんですよね……。

――対少佐という点ではどのように演じられたのですか? アニメでは、バトーは少佐に特別な感情を持っているように見えるシーンもありますが。

『ゴースト・イン・ザ・シェル』バトー役のピルー・アスベックさんに聞く 『攻殻機動隊』への熱き思い_05

ピルー 個人的には、バトーは少佐を愛していると思っています。それはある意味で、美しいラブストーリーでもあります。現実的にそれは成就するものではないからです。それは、私が知る限り、もっともツラい恋の形でもありますし、ふたりの関係は結婚や男女の関係という形にはなりえない。とはいえ、考えてみるとバトーが愛したのは、義体化した彼女であるわけです。彼女の脳、彼女の魂、彼女の精神性に心惹かれる。言うなれば、彼女の“ゴースト”を愛しているわけです。このあたりは映画では描かれていなくて、スカーレットと話をしただけなんですけど、私たちの知る“恋愛”という形でいっしょにいられないのであれば、つぎにできることは、近くにいて彼女を守ることであるというふうにバトーは判断したと思うんです。彼女に悪を成そうとする存在から、彼女を守ろうとするんです。私たちが思うに、映画作りの上で、唯一人工的に作り出すことができないのは、ケミストリー(相性)なんですね。役者どうしの。それは、スカーレットと私のあいだにあるものをそのまま活かして表現したつもりでもあります。そして、バトーが持つ思いやりや自己犠牲みたいな部分も、皆さんに伝わればいいなと思って演じていました。

――おふたりの良好な関係が少佐とバトーにも反映されているということですね。

ピルー あと、バトーを演じるにあたってのポイントで、さきほどの質問にお答えしそびれていたことがありました。バトーというものを捉えた場合、アニメ版は相当成熟しているという印象がありました。もともと軍人で年を重ねている……。映画では、それよりも10年ほど前のイメージで演じています。私自身もバトーのように成長していければいいなと思っていましたし、10年後、20年後にアニメ版のバトーになれれば……と考えていました。

――劇中で、最初は素顔で登場して、途中から義眼になりますよね。どのように演じ分けたのですか?

ピルー 物語を肉眼から始めたことはすごく重要なことです。西洋では、“目は魂の窓”と言われているのですが、肉眼でいることで、キャラクターと観客を目が繋いでくれることになります。で、義眼をつけたあとは、じつは演技を変えています。それまでは前のめりでいろいろと体を動かしていたのが、義眼をつけたあとは、わりとコントロールされた動きにしました。演技のアプローチも変えましたし、表現も変わりました。彼が義体化していくのは、愛する少佐とより同じような環境に自分を置きたいという気持ちがあったのではないかと思っています。劇中でも少佐に対して「おまえのように物が見えるようになったみたいだ」と発言していますし。一方で、そのあとで少佐に対する「犬に餌をやってくれ。怖がるといけないから」というセリフがありますが、自分が以前とは変わってしまっていて、違う道のりを歩き始めているという自覚が生んだ言葉ですね。

――ちなみに、義眼のメイクにはどれくらい?

ピルー 4時間です。そこから撮影を12時間くらいするので、けっこうたいへんでした。あと、髭を生やしていたのは、剃ってしまうと若く見えてしまうからですね。監督のルパートが“来日記者会見”で言っていましたが、アニメやマンガの表現をそのまま実写でやろうとしても、できないことはできない。違和感を抱かせるものは拭えないんです。ちなみに、義眼をつけると、まるでトンネルを覗いているように何も見えなくなってしまいます。視覚や音で私たちは平衡感覚を保っているのですが、それが遮断されるとバランスも崩してしまう。アクションシーンでも、人の顔を殴ったり、自分からクルマにぶつかってしまったりと、けっこうたいへんでした(笑)。とはいえ、義眼こそがバトーの“アイコン”(象徴)なので、それはやっていてすごくうれしかったです。ここから、私がバトーを理解する旅路が始まっていく。これから10年、20年かけて理解していくような深みのあるキャラクターだと、改めて実感しています。

『ゴースト・イン・ザ・シェル』バトー役のピルー・アスベックさんに聞く 『攻殻機動隊』への熱き思い_07

――物語冒頭では、バトーはどれくらい義体化していたのですか?

ピルー 冒頭では腕だけですね。ちょっとわかりづらいかもしれませんが、パーツが見えたりするのでわかるようになっています。基本的には95%は人間の体という設定ですね。サイトーやボーマと同じくらいのレベルです。どのくらい義体化しているのかということは、私も演じるうえでとても重要だと思っていたポイントです。とはいえ、どれくらい義体化されていたとしても、彼らの人間的なハートを感じさせることはすごく重要でした。人間的な部分を感じさせれば感じさせるほど、少佐のほうが義体化しているわけなので、コントラストが際立つというイメージがありました。

――これは素朴な疑問ですが、劇中ではたけしさんは日本語で、皆さんは英語のやり取りだったのですが、演技する上で難しくなかったのですか? 世界観的に日本語と英語のやり取りは齟齬がないにしても。

『ゴースト・イン・ザ・シェル』バトー役のピルー・アスベックさんに聞く 『攻殻機動隊』への熱き思い_06

ピルー 演技のすばらしいところは普遍的なところです。「愛している」ということを表現するために、それを口で言う必要はないわけで。『ゴースト・イン・ザ・シェル』は日本の文化に根ざした作品です。だから、日本の言葉も立てようということで、たけしさんには日本語でセリフを言っていただいていました。(劇中では)みんな言葉なしでつながるので、お互いに言っていることは理解できるわけです。たけしさんのレジェンドのような方と仕事をしているときは、言葉なんていりません。彼が言っていることを理解するのに。

――たけしさんの作品をご覧になったりしているのですか?

ピルー それは見ていますよ! たけしさんはヨーロッパでも大人気ですから。『座頭市』とかね。ただ、コメディアンだとは知りませんでした(笑)。ちなみに、ちょっと蛇足になりますが、復讐をもっとも美しい形で映画として綴っているのが日本映画だと思いますね。

――最後に、少し難しい質問かもしれませんが、ピルーさんもしくはバトーにとって“ゴースト”とは何でしょうか?

ピルー 魂だと思います。人が死ぬときに“重量がなくなる”と言いますよね。それが魂の重みだという人もいますよね。だから私にとっては、“シェル”は体であって、“ゴースト”は魂なんじゃないかなと。

『ゴースト・イン・ザ・シェル』バトー役のピルー・アスベックさんに聞く 『攻殻機動隊』への熱き思い_04
▲『イノセンス』もやってみたいというピルーさん。僕らも見てみたい。

 これは撮影時の雑談でうかがったのだが、ピルー・アスベックさんはゲーム好きのようで(「ゲーム世代だからね!」とはピルーさんのお言葉)、プレイステーションや“セガハード”などをお持ちになっているよう(どのハードかは不明)。『ゼルダの伝説』シリーズが大好きで、「いまはNintendo Switch(ニンテンドースイッチ)がほしい」とのこと。『攻殻機動隊』に対する深い知識といい、ゲーム好きなところといい、大いにシンパシーを感じてしまいました。そんなピルー・アスベックさんの演技は『ゴースト・イン・ザ・シェル』でも注目ポイントです。