“プレイヤー第一”を貫くためには、発売延期も辞さない
2015年8月5日~9日(現地時間)ドイツ・ケルンにて、ヨーロッパ最大のゲームイベントgamescom 2015が開催。会期中にエレクトロニック・アーツのCOO(最高執行責任者)ピーター・ムーア氏にインタビューする機会を得た。E3でのエグゼクティブバイスプレジデント、パトリック・ソダールンド氏へのインタビューからも明らかな通り、ここ数年は“プレイヤーズ・ファースト(プレイヤー第一)”の姿勢を貫いているエレクトロニック・アーツ。ここでは、その戦略の詳細をさらに聞いてみた。
――2015年が始まって8ヵ月経ちますが、戦略に対する手応えはいかがですか?
ピーター エレクトロニック・アーツは4月からが新年度なので、ようやく第一四半期(Q1)が終わったばかりの段階ですね。Q1にはゲームの出荷はなかったのですが、売り上げ、収益、グロスマージン、コスト管理、ポートフォリオ、デジタル戦略などすべてがうまくいっています。全体の売上に占めるQ1の割合は16%なので、そんなに活発な四半期ではありませんが、会社としては順調であり、業界全体も好調ですね。
戦略的には、2015年は長期戦略の最中にあります。柱は3つですね。(1)世界の業界と歩調を合わせたデジタルへの移行、(2)プレイヤーズ・ファースト、(3)世界中にあるエレクトロニック・アーツの拠点すべてが基本戦略を共有し、ひとつにまとまって活動する。そしてもちろん、素晴らしいゲームを開発することです。
――全世界で、とくによい結果を出している地域はありますか?
ピーター アジアは継続して好調ですね。韓国やテンセントとのパートナーシップによる提供している『FIFA Online 3』が良好な中国。そしてコアゲーマー向けのコンソールゲームでよい結果を出している日本。3つも堅調な市場です。アジア市場には、今後とも日本を含めて強力にプッシュしていきたいですね。もちろん、欧米市場も絶好調です。Q1の売上げに占める70%はデジタルでしたが、それは戦略通りに進んでいると言えます。
――そんなにデジタルの比率が高いのですね?
ピーター 容易にゲームを入手できる手軽さから、ユーザーの皆さんのあいだには、デジタルに対するニーズが高くなっていますね。そのよい例が日本です。とくにモバイル(携帯電話)向けゲーム。日本はモバイル最大の市場です。1998年~1999年ころ、日本に行くたびに秋葉原や品川などで日本の人々が携帯電話をじっと見ていたのですが、何をしているのか不思議でした(笑)。そのころアメリカでは、携帯電話は耳にあてていましたからね。そのころからすでにモバイルゲームに親しんでいたわけで、モバイルゲームの分野では、昔もいまも、日本は世界をリードしています。
――ここのところ、エレクトロニック・アーツでは“プレイヤー第一”を掲げていますが、その結果が出た一例などを教えてもらえますか?
ピーター はっきりとわかる例は『バトルフィールド ハードライン』ですね。エレクトロニック・アーツでは、昨年にE3でこのタイトルを発表したときに、合わせてβテストも実施しました。じつは、これはいままでにやったことがなかったんです。一切外には出さずに発表し、即プレイできるようにしたというわけです。多くのプレイヤーの皆さんが、第一印象を返してくれたわけですが、E3から戻ってきて多くのフィードバックを検討してわかったことは、「本作をすぐれたゲームにするには、まだまだやるべき仕事が残っている」ということでした。タイトル自体は外に出していなかったので、あまりテストを行っていませんでした。それがいきなり200万人にプレイしてもらったわけで、それはいろいろな意見もあるというものです。そこで、容易ですが難しい決断をしました。つまり、翌3月までの発売延期です。当初予定していた、クリスマス時期のリリースを外してしまうので、きびしい決断でしたね。“プレイヤー第一”の戦略を貫いて、発売を延期してゲームをよくしたのです。結果として、コストはかかったものの、正しい決断でした。開発期間が5ヵ月追加されれば、すばらしいゲームになると確信していましたからね。
―― 昨年お話をうかがったときに、年間でリリースするタイトルを絞るという戦略を伺いましたが、その方針の成果は出ていますか?
ピーター フォーカスの精度は上がり、ひとつひとつの仕事をしっかりと実行することができました。とくに、マーケティングなどのリソースを効率よく使うことができました。これまでにない形で、1本1本のタイトルを緻密にサポートできたんです。8年前に私がエレクトロニック・アーツに入ったときは、開発中のタイトルが67本もあったわけですが、とにかく数が多すぎました。毎週のように大型タイトルをリリースしていたので、当社でも小売側も対処できなかったんです。そしてゲームのクオリティーはどんどん下がっていきました。「これではダメだ」ということで、長期的な視野に立って開発に資金を投入し、チームを大きくしました。同時に動きの鈍いフランチャイズは外しました。もちろん不安はありましたが、これまでより数を絞って、いままでよりも大きな、すぐれたタイトルの開発に注力したわけです。そうすることで、ゲームが生きてくるわけです。これまでは出荷、出荷と急ぎ、ローンチしたらそれで終わりでしたが、いまでは365日そのゲームとともにあるんです。リリースするゲーム自体は減りましたが、ゲームファンはより深くゲームに関わってくれることになりました。これは非常に大きな変化です。
――昨年のインタビューで、「90秒間できちんとわかるようなおもしろさを注ぎ込まないと“息吹”が入ったとは言えない」とおっしゃっていましたが、まさにそれを実践しているというわけですね?
ピーター 「エレベーターにいっしょに乗って下に降りるまでに、あることの説明が終わらなかったら、それは複雑過ぎる」とは、よく言われましたね。社内では、ゲームのエッセンスや立ち位置、ゲームの何たるかを示すものをEX(エックス)と呼んでいます。エレクトロニック・アーツでは、スポーツゲームを毎年リリースしていますが、サッカー、アイスホッケー、バスケットボールなどをどう差別化するかは、大事なエッセンスです。どのゲームでも、ひとつかふたつのセンテンスで、そのゲームの何たるかを説明できるはずです。これが自分たちにできなければ、ユーザーの皆さんにメッセージは伝わりません。マーケティングの視点でも商品作りの視点でも同じことです。
――少しタイトルの話も聞かせてください。gamescomでも『スター・ウォーズ バトルフロント』の評価が極めて高かったのですが(gamescom award 2015を受賞)、ピーターさんはとくにどの点が気に入っていますか?
ピーター 個々のタイトルについて聞かれることは、「どの子どもを愛しているのか?」と聞かれるようなものですね(笑)。EA Press Conference at gamescom 2015でお披露目しましたが、Xウィングでの緊張感のある戦いやミレニアム・ファルコンでの空中戦にはワクワクしますね。私は、カンファレンスでお見せしたような“ドッグファイト”が大好きです。これからもっともっと、ゲームをお見せしていきますよ。
――さらに、大事なお子さんの話をうかがってしまいますが、EA Press Conference at gamescom 2015では、『Unravel』への歓声がひときわ高かったですね。
ピーター 『Unravel』は、主人公のヤーニーの魅力が大きいと思う。あとは、ゲーム性。横スクロールのオーソドックスなタイプなので、ゲームのメカニズムは誰でも理解できますが、遊び甲斐のあるパズル要素に満ちあふれています。そして、けっして簡単ではない。EA Press Conference at gamescom 2015でも、デモを何度もやり直していましたからね(笑)。心を癒してくれる音楽も、魅力のひとつです。クリエイターである、マーティン(マーティン・シェーリン氏)の人となりも魅力的ですよ。雄弁でありながら人懐こさがあり、口先だけではなくて、自分の言葉で話していることがわかるので、多くの人が惹きつけられる。謙虚で感謝の気持ちを忘れないし、壇上では緊張してしまうような誠実な青年です。
インディーゲームの『Unravel』には投資をしていて、マーティンのスタジオに代わって、エレクトロニック・アーツがパブリッシャーの役割を果たします。エレクトロニック・アーツでもインディーゲームには注力していて、これからもこうした機会は捉えていきたいです。ただ、インディーゲームにしても、新世代機でリリースするにはそれなりのコストがかかるので、クオリティーが求められることになるでしょうね。
――昨年はXbox Oneと組んでの定額サービス“EA Access”も導入して、興味深い取り組みだということで注目していたのですが、反響はいかがですか?
ピーター 契約者数は公表していませんが、期待を大きく上回っています。マイクロソフトもとてもハッピーなんじゃないかな(笑)。ほかのユーザーより5日早くプレイできたり、最新作を発売日の5日前に試遊できたり、さらにはダウンロードコンテンツを購入する際には10%のディスカウントがあったり……と、これを年間29.99ドルで体験できるわけです。友だちよりひと足早く遊べるというのは、重要なことだね。
――今後も、どんどん力を入れていく感じですか?
ピーター これは戦略的に行う試験的なプログラムであり、ユーザーがどのようなゲームを求めているかを知るための側面が強いです。事業の重要な部分を担うかというと、現状はそうなっていないですが、今後はスタンスが変わってくるかもしれません。いまは、毎日貴重な学習をしている段階です、”どんなゲームが求められているか”“ゲームファンの行動原理”“アーリーアクセスやディスカウントについての反応”などがよくわかります。映画や音楽は、すでにSpotifyやNetflixのように、契約制で運営されています。ゲームはまだまだ学ぶべきことが多いですが、EA Accessについては、とてもうまくいっていると思いますね。
――昨今のゲーム業界の動向に関する、エレクトロニック・アーツのスタンスも聞かせてください。VRについてはどう考えていますか?
ピーター gamescomでは、何人もの人に、VRについて聞かれます(笑)。それはさておき、VRに関しては、非常に興味を持って見ています。開発チームも、自分たちのゲームで何ができるか、とても関心を抱いているようです。しかし、VRデバイスが一般の方の手元に届くまでには、まだまだ時間がかかります。VRに関しては、ソニーやValve、サムソンなどの大手が開発しており、ゲームが重要な役割を果たしていることは間違いないです。私も体験しましたが、旅行、教育、建築などの分野でさまざまな機会が期待できそうです。ゲームは重要なコンテンツになるとは思いますが、ゲームだけではないというわけです。私たちの営みすべてにおいて、さまざまな機会が生まれていくと思っています。
――最先端技術として、ゲームのみならず、今後全体的に大きな影響を与えるということですね?
ピーター ゲームコンテンツに関して言えば、単なるギミックではなくて、“ゲーム体験にまっすぐ向き合ったもの”、“何かをプラスしてくれるもの”でないと成功しないと思います。デバイスは、いちばん安いものでも400~500ドルになるはずなので、何か新鮮な体験を提供しないとゲームファンは納得しないでしょう。当社の開発チームも開発キットを使って、いろいろと実験していますが、いずれにせよ、まだ数年先のことなのではないでしょうか。とはいえ、いろいろと可能性は広がりそうですよね。スポーツでは、すぐそばで選手のプレイを見られたらおもしろいだろうなあ。自分がプレイするとなると、また別の課題が出てくるのでしょうが。