世界で人気のサンドボックス系ゲームを活用した新たな教育の可能性

 2015年8月8日〜9日に、東京都の早稲田大学西早稲田キャンパス63号館にて“Minecraft × Education 2015 〜こどもとおとなのためのMinecraft〜”が開催された。これはゲーム『Minecraft(マインクラフト)』を使った教育をテーマにした体験・講演イベントだ。

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 『Minecraft(マインクラフト)』(以下、『マイクラ』)とは、インディーズゲーム発祥の“サンドボックス”(空間にモノを配置してゲーム世界を自由に構築するジャンル)系ゲーム。2009年に通称“クラシック版”と呼ばれるベータ版相当の第1作が登場して以来、8Bitゲーム風のレトロな画面、「ゲームの空間で何でも作れて、みんなで共有ができる」自由度の高さがじょじょに話題となりプレイヤー数と知名度を伸ばしていった。現在ではPC、スマートフォン、主要なゲーム機と、あらゆるプラットフォームに対応したバージョンがリリースされている。

 ……と、ここまでお読みのかたの中には、なぜ『マイクラ』が子どもの教育をテーマにしたイベントに取り上げられるのか? という疑問があるかもしれない。その理由はふたつある。
 ひとつは、本作の持つ“ものづくり”性の高さ。ブロック玩具のようにパーツを空間に配置して建造物を作るといった楽しみはこの手のゲームの基本ではあるが、本作では後述する“レッドストーン”という配線パーツ、各種スイッチパーツ、論理演算(2系統のオン/オフ入力を受けてひとつの結果を出力する仕組み。デジタル電子回路およびコンピュータの動作の基礎をなす概念)を行うパーツを使って高度なオートメーション仕掛けの建造物までも作れるのだ。
 もうひとつの理由は、そんな本作が現在、子どもたちの間で大ブームとなっていることだ。機会があれば、いま書店に並んでいる小学生向けのマンガ雑誌を手にしてみてほしい。映画やアニメでもおなじみのキャラクターによるキッズゲームと並んで、本作の特集記事が掲載されている。このことからも人気のほどがうかがい知れる。コマーシャルなゲームとは縁遠い、異色の“ものづくり”ゲームがいまのキッズの話題や好奇心の一角を占めているのだ

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 今回のイベントは、そのような『マイクラ』を使った教育の可能性に着目したものだ。親子で楽しむ本作の体験イベントやワークショップ、識者によるカンファレンスやセミナーが2日間にわたって展開された。
 筆者が訪問したのは、2日目の2015年8月9日。夏休み期間とあって会場には親子の来場者がいっぱい。メインステージ前では、Xbox One版、プレイステーション4版、プレイステーション Vita版の試遊スペースがあり、親子でいっしょに楽しむといった光景が見られた。ゲームをよく知らない父親、母親は子どものゲームを見ているだけ……というのは一般的なキッズゲームイベントでよくある光景だが、いっしょに遊ぶ姿が多く見られたのが印象的だ。セミナーやワークショップも子どものためのものだけではなく、保護者向けのものも用意されており、(子どもだけではない)“親子が主役”となって、本作の世界をより深く楽しむといった構成になっていた

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有識者が語る次世代に向けたゲームと教育のありかた

 この日のカンファレンスルームでは、3人の識者による基調講演が行われた。
 NPO法人産学連携推進機構理事長の妹尾堅一郎氏は、時代にふさわしい人材の育成を推奨する立場から、ゲームを用いた教育学習モデルの重要性を語った。
 いまの小学生の6割以上が、15年〜20年後には“現在存在しない(新しい)職業”に就くとする未来予測の説をきっかけに、イノベーションを重視する人材を求める社会の風潮と、固定化した知を与え吸収を促す戦後教育のモデルの矛盾を指摘。“学習する人の創造”こそ、今後の教育の形と語り、ゲーム、すなわち遊びを通じた知識習得、技能習得の可能性を語った。日本人のメンタリティに根付く“道”の美学にとらわれない、時代の流動性、自発性を捉えた教育の必要性を“遊び”というキーワードを軸にして提言していった。

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▲妹尾堅一郎氏
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 東京大学助教の藤本徹氏は、ゲーム教育研究者として、害悪とされることが多かったゲームについて、さまざまな事例から教育的効果や社会的意義があることを紹介。ボードゲームの定番『モノポリー』も原型は“ランドロードゲーム”という名で生まれた時点から教育的にゲームを使う狙いがあったことを指摘。
 2000年代に入り、シリアスゲーム(教育用途や社会的問題の啓発を目的としたゲーム)の提唱やゲーミフィケーション(ゲームの技術や要素を取り入れた諸活動)といった概念が普及したことにより、ゲーム的な学びの手法は現在、先端教育の場でも活用されている事例を披露した。
 今回のイベントの題材になっている『マイクラ』についても、ゲームを遊ぶだけではなく作品をみずからyoutubeにアップする子どもたちの活動を見て、ITリテラシーやプレゼンテーション技術の研鑽、習得に貢献していることを指摘。遊び、学びのなかにゲームがあることの意味を語り、子どもたちとゲームの関係については「ゲームを通じて子どもたちは未来の準備をしている」と語った。さらに高まるゲームへの社会的価値として良質なエンターテインメントであると同時に教育や社会の活動を支える要素のあるゲームの登場に期待を寄せた。

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▲藤本徹氏
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 アメリカ法人Veemob.Inc. CEOの中島聡氏は、アメリカのシアトルからSkypeを通じて対談形式で講演。米マイクロソフト社でWindowsやインターネットエクスプローラーの開発に携わるなど、卓越したプログラマとしての経歴を振り返りつつ、プログラミングやゲームの有用性を語った。
 幼少時の将来の夢は科学者になることで、科学やSFへの興味は特に強かったという。算数と理科が得意なぶん、逆に国語と社会は2と3ばかり。「でも、親はそれでも気にしなかった」と少年の純粋な好奇心を見守って、結果的に伸ばしてくれたことに感謝を述べた。
 高校時代は当時のアスキー社でプログラマーのバイトに就き、国産初のCAD(建築用の図面制作システム)ソフト『CANDY』を開発した。パソコン黎明期の時代、マイクロソフトの日本代理店だったアスキーから日本初のマウスを売り出すことになり、それを使ったプログラムとしてCADソフトの企画が決まったそうだが、当時のパソコンの能力ではCADソフトを組むのは無理だと言われていた。そのことが逆に中島氏のプログラマ魂に火を灯したという。
 これらのことを通じて、中島氏が会得したのは「好きなことって伸びる。得意じゃないことをやらされるのは苦痛」ということだったという。影響を受けた人物に、理科系の興味への理解をしてくれた叔父を挙げた。学研の電子ブロックを購入してくれて、ここからも大きな刺激をうけたそうだ。また、大人の役割として「子どもたちのクリエイティビィティを壊さないように発掘する」ことが重要と述べた。ゲームのようなテクノロジーを通じてクリエイティビィティを伸ばす営みについても、「体験することによって感覚が得られるし、プログラミングの何なのかがわかることで楽しく一歩進める」と本作にも通底する有用性を語った。

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▲中島聡氏

子どもたちが“回路”を駆使して自動装置を実際に作成!

 メインステージでは、『マイクラ』を使った教育とは実際にどういうものなのかを披露する場が設けられた。公開ワークショップ“赤石先生のRedstone講座”では、ニコニコ動画で子どもたちの尊敬を受けるマイクラ部部長の“赤石先生”の司会と解説によって、本作の大好きな子どもたちがアイテム“レッドストーン”を用いた建築物を作成する過程をライブで披露。
 “レッドストーン”は先ほども少し触れたが、電子回路の“電線”に相当する、本作のクリエイティブな遊びで最も重要となるパーツ。フィールドに自由に這わすと前述のとおり、スイッチ、ドア、ゲート、論理演算パーツなどと組み合わせて電線の経路を完結させることができ、何らかの目的を持った自動動作の機構が作れるのだ。この仕組みは、そのままトランジスタ(TTL)を用いた電子回路や、原始的なコンピュータの内部動作といっしょ! 実際にレッドストーンで結んで目的に沿った動作するものは(そのまま)「回路」とも呼ばれている。
 いま、本作に夢中になっている子どもたちは“どんなもの(機構)”を、“かっこ良く(面白く)”作るか、ゲームのエンターテインメントとして楽しんでいるという。まずは赤石先生が(『マイクラ』キッズの中では基本であろう)AND演算を経た簡単な回路を作って、作成の基本を観客に解説してくれた。

 このワークショップに参加したのは8人の『マイクラ』大好きキッズ。まずは赤石先生からこの日作る建造物のテーマが与えられた。そのテーマとは「作物を作り、自動で回収する建築物」。レッドストーンとさまざまな動作・物体パーツを使いこなしてオートメーションで作物の収穫を行なう機構を作るというもの。聞いただけでもかなりハードルが高い課題であることがわかるのだが……とくに設計図を用意しているわけではない、子どもたちの思いのままに作る取り組みに挑んだ。

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▲赤石先生
▲左より鷲崎弘宜氏、神谷加代氏、松田孝氏

 ステージにはコメンテーターとして、松田孝氏(多摩市立愛和小学校校長)、神谷加代氏(教育ITライター)、鷲崎弘宜氏(早稲田大学グローバルソフトウェアエンジニアリング研究所所長)が登壇。教育とのつながりや、本作を活用する効果や意義について語った。
 松田氏が校長を務める小学校では生徒ひとりに一台のタブレット端末を支給してITを活用した教育をすでに実践しているが、この小学校でも生徒たちの『マイクラ』人気はかなりのものだという。松田氏は「子どもが自発的に取り組み、教えあう」というアクションに着目して、縦割り(学年をまたいだ班構成)で取り組ませたいとの言葉もあった。
 神谷氏は自身も小学生の子を持つ母親。当初はゲームという点に抵抗があったというが、やがて内容と子どもの興味の対象を知り、意義を理解するようになったという。youtubeで作例を披露したり、、テクニカルな情報を子どもどうしから得て理解を深めていく過程を見て「『マイクラ』は体験型学習」、「ネットや友だちから得る情報にはときには正しくない情報もある。取捨選択をする力を養う」といい、ゲームというエンターテインメントの中に課題解決の取り組みが行える点を評価していた。
 鷲崎氏は早稲田大学で学生に電子回路の基礎を教える立場だが、ゲームの世界で「触れて体験できる」ことの重要さを語った。大学でも論理回路を教えるがどうしても抽象性が伴うからだ。子どもの柔軟な思考で論理回路の仕組みが身につく教育的な効果について述べた。

 ステージでのトークが進む最中に、やがて参加者の建築物が形となったようで、発表へ。スイッチを起動すると動作が始まるユニークな建築物がつぎつぎと披露された。クロック回路を使って水が流れる、畑の上にボックスを置いて飼料が供給される、ピストンを使って水をせき止め上流から畑に流す……といった自由な発想で作られた仕組みを子どもが自分の言葉で説明してくれた(ちなみに水は耕作に必要な水源になるだけでなく、流れをコントロールすることで収穫・運搬にも使える)。
 個性的な外観や機構は言うまでもないが、驚いたのは子どもたちの回路への理解。『マイクラ』で遊ぶうちに、各々の子どもの頭の中にはすでに得意な(適切な)回路の手法や知識が身についているようだ。発言からもクロック回路、フリップフロップ回路という電子工学の専門用語がつぎつぎと飛び出して、登壇者に子どもが解説してくれるひとコマも。参加者のひとりに「どうやって学んだの?」という問いには「動画。あと友だちからも」との返答が。ネットがもたらすコミュニケーション機会の飛躍的な向上とその効果がここでもひとつの例としてうかがえた。自分のアイデアを深めて、活発に発表する子どもたちの様子に松田氏からは、教員は「教えること」から「自発的な学習をアシストする」役割へと移り、将来どこかの段階でパラダイムシフトが必要になるのではという意見が上がった。

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 『マイクラ』がもたらす新たな教育の可能性を考えるこのイベント。この場にいた大人の多くは『マイクラ』観が変わったのではないだろうか。かくいう筆者もそのひとりだった。
 コンピューターや電子回路のロジックを学ぶ機会というのならば、従来から例えば“プログラム教室”や“電子工作教室”など、(教育的な)夏休みの定番課外教室としておなじみのもの。格段新しいことではない。また、対象への興味やモチベーションの高い人ならば、たとえ小学生と言えども入門本を買ったり大人に聞いたりして自発的に学ぶのは普通にこれまであったことだ。

 しかし、『マイクラ』は純然たるゲームとして登場したもの。教育的な可能性があるとされている部分は決してゲームのプロモーションとして大きく謳われたものではない。その部分に目を付けたのが、全国にいる大勢のエンドユーザー=“小学生”である点こそ新しいのである。今回、参加した子どもたちを見ていても“教育”という感覚ではなく、ゲームイベントとして楽しんでいる姿が見られたのはとても印象的だ

 子どもの好奇心自体に優劣(ゲームだからダメ、教科書だからイイ)はない。ゲーム・エンターテインメントに域に徹しながらも高度な専門性が体験できる『マイクラ』というゲーム、情報摂取と共有の新たな形を生んだインターネットという空間……つまりは(ソフト、インフラを含めた)テクノロジーが、子どもたちの感性を刺激し、優劣で選別されない新しくて自由な知のありかたを生み出した一例だと実感した。

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▲ワークショップ“みんなで建築しよう!”は、子どもたちが班にわかれて、共同で建築物を作るというもの。班ごとにくじ引きで“タワー”や“商店街”などのお題が与えられたあとは、班で話し合ってアイデアや役割分担が決定。初めて会ったばかりの子どもたちのグループでの共同作業だが、ベテランの子がスキルのアドバイスをする場面も。最後にはひとつのフィールドに賑やかな建築物がずらり!
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▲こちらはワークショップ“赤石先生のRedstone講座”。初級ではレッドストーンを使った回路の作りかたを基礎から赤石先生がレクチャー。スイッチとトーチを使った回路例を実際に参加者が作成していた。