『ノーコン・キッド~ぼくらのゲーム史~』制作秘話を原案・脚本家の佐藤大氏に聞く、「ゲームも役者のひとりだった」

2013年10月4日(金)深夜0時52分より、テレビ東京、テレビ大阪ほかにて連続テレビドラマ『ノーコン・キッド~ぼくらのゲーム史~』が放送予定だ。本作の原案・脚本・シリーズ構成を担当した佐藤大氏にインタビューを敢行。

●「ゲーセンは青春の原点」

 2013年10月4日(金)深夜0時52分より、テレビ東京、テレビ大阪ほかにて連続テレビドラマ『ノーコン・キッド~ぼくらのゲーム史~』が放送予定だ。本作は、往年の名作ゲームを題材に、“ゲームの30年史”を辿る……という、ゲームファン注目のドラマだ。全12話構成で、1話につき1本のゲームが取り上げられ、ゲームとつながりのある人間ドラマが展開されるという、見応えのある内容になっている。

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 本作の原案・脚本を担当するのは、『カウボーイビバップ』や『交響詩篇エウレカセブン』など、数々の話題作を担当してきた佐藤大氏。じつは、かつてゲームフリークに在籍していたこともあり、古くからのゲーム好きとして知られる佐藤氏は、どのような思いを込めて『ノーコン・キッド~ぼくらのゲーム史~』を手がけたのか? 撮影現場でお話を聞いてきた。なお、取材に同席してくださった、テレビ東京のプロデューサー、五箇公貴氏にも、適宜インタビューに加わってもらっている。

■10年来の夢が実現した

▲原案・脚本・シリーズ構成を担当した佐藤大氏。

――佐藤さんが実写ドラマの脚本を手がけられるということで、正直驚いたのですが、ドラマができるまでの経緯を教えてください。

佐藤 「ゲームセンターを舞台にした青春モノをやりたい」というのは、もう10年くらい前から騒いでいたんですよ(笑)。で、別の企画でお会いしたときに、プロデューサーの方々にそのアイデアをお話ししたところ、今回トントン拍子でテレビドラマ化が決定したんです。

――ゲームセンターに対する思い入れは相当深かったんですね?

佐藤 やっぱり24時間ゲームセンターをやっていた時代は、僕にとっての青春、原体験だったんですね。まさに、不良とオタクの交差点。そののち僕は、ゲームフリークという会社に入って、当時の“スターゲーマー”の方たちといっしょに仕事をすることになるわけですが、伝説の方たちとお話しできて、本当に楽しかった。そのときに、日本で『24アワー・パーティー・ピープル』(※)みたいな映画を撮るとしたら、クラブではなくて、まさにゲーセンだろう、というのが僕の中に湧き上がったんです。それがきっかけですね。

※『24アワー・パーティー・ピープル』:2003年日本公開のイギリス映画。マイケル・ウィンターボトム監督。1980年代後半~1990年代初頭のロックムーブメントを描いた映画。

――今回10年来の念願が結実したということですね?

佐藤 はい。だから逆に夢みたいなんですけどね。ただし、やり始めてからわかったのですが、「これはたいへんだぞ!」という。誰かが思いついても、なかなか実現までには至らないだろうというのが、よくわかりました(笑)。

――あら。そんなにたいへんだったのですか?

佐藤 30年前の筐体を用意するという段階で、単純に相当きつかったです。とはいえ、プロジェクトが動き始めた最初の段階から言っていたのですが、架空のゲームを登場させるというのは、絶対にイヤだったんです。ゲームも役者のひとりという思いがあって、ゲームとしての部分で、なるべくウソはつきたくなかった。当時のオリジナルをプレイして、それを流したいと思ったんです。

――“オリジナル”という部分に強いこだわりがあったんですね?

佐藤 そうです。規範となったのは、『ゲームセンターCX』です。僕は、あの番組がすごく好きで、『ゲームセンターCX』って、コンシューマーゲームのある時代をしっかりと切り取っていると思うんですね。あれって、友だちの家に遊びにいったときに、みんながゲームをやっているのを横から突っ込んでいるのをテレビで放送しているような感覚じゃないですか。僕も、『スペランカー』など、好きなゲームをやっているのを見ると、懐かしさで、記憶が蘇ってくるんですね。しかも、有野さんがほどよい下手さをキープされているじゃないですか。10年も番組をやっているのに、うまくならないという、神がかったゲーマー(笑)。今回のドラマでは、『ゲームセンターCX』の構成・企画を担当している酒井健作さんにブレーンとして加わっていただいているのですが、「ああいう部分のリアリティーが、ドラマとして落とし込むのにも重要だ」という話をしていたんですね。ゲームでいかにしてウソをつかないか……。そこは、最重要課題でしたね。

――ゲームが役者だとすると、ウソをつかないために、キャスティングの段階からご苦労されたということですね。

▲こだわりの水平型レバー。

佐藤 そうなんです。第1話の『ゼビウス』からしてそうです。『ゼビウス』は1983年から稼働するのですが、最初はナムコ純正の筐体で、“水平型”って言って、真ん中にレバーがあるタイプだったんです。のちにそうでないバージョンに差し替えられていくのですが、舞台を1983年に設定すると、“水平型”にしないと、知っている人が見たら、「これは違う!」ということが一発でわかってしまう。じつは、そのへんは当時のゲームに詳しい“bar 16SHOTS”の安部さんとか、“ナツゲーミュージアム”、高田馬場の“ゲームセンター・ミカド”の方たちに協力していただいて揃えていったんですよ。

――なるほど。

佐藤 最初は、安倍さんやナツゲーさん、ミカドの方たちも警戒していたと思うんですよね……。ゲームというのは、彼らの人生そのものだったりするわけじゃないですか。「それを汚すようなことにならないのか?」ということで、僕のほうでも不安はあったのですが、何回かお話する中で、逆に、「これはいまじゃないとできない」、「いまやるべきだ!」ということになったんです。それこそいろいろな方を紹介していただいて、資料が充実していった感じですね。

――そういった方たちの協力があったからこそ、ドラマのリアリティーがより保たれたということですね?

佐藤 そうなんです。しかも、ゲーム30年の歴史ですからね! 限定した時代を描くのであれば、その時代の資料をピンポイントで集めればいいのですが、本作では30年ぶん集めないといけない。自分で書いちゃって何ですけど(笑)、苦労も30倍といったところでしたね。しかも、昔の筐体だったりするので、電源を入れたらモニターが飛ぶといったこともあったんですよ。レストア(※)のクルマが撮影で扱いづらいのといっしょで、ムズがるといいますか……。撮影ぎりぎりまで動いていたのに、カメラを回した途端、使えなくなるということがあるんですね。ステキな演技をしてくれる役者なんですけど、わがまま(笑)。そういうところも含め、スタッフの皆さんにはたいへんな思いをさせてしまいましたね。

※レストア:老朽化したクルマなどを復活させること

――まさに、気難しい大御所といったところですね(笑)。では、実際にドラマに落とし込むにあたっては、どのような感じで?

佐藤 本作では、3人の主人公と、主人公である礼治のお父さんの4人のメインキャラの人生が描かれます。1話あたり1ゲームをモチーフに、そのモチーフとなるゲームとリンクするような形で、たとえば恋愛だったり、父親との確執であったり……といったことが描かれるんです。というわけで、最初はタイトル選定から始まったのですが、サブタイトルに“ぼくらのゲーム史”とあるごとく、本当にひとりひとりのゲーム史があるんですよ。「僕はこのゲームを入れたい」、「このゲームは外せない」ということで、会議室に閉じこもってずっーと話し合っていましたね。それこそ、脚本よりもネタ出しのほうが長いんじゃないか?っていうくらい(笑)。しかも、ひとりひとり思い入れも違えば、地方ルールもあったりするんです。たとえば、キーアイテム1個の呼びからすら違う。これは民意をとっていくには、あまりにもそれぞれの思い入れが強すぎて、収集がつかないな……ということで、とにかくたいへんでした。まあ、放課後に部室に集まって、「このゲーム好き?」とかやっているような感覚で、楽しかったんですけどね(笑)。

――タイトルをセレクトしたら、あとはそれをいかにシナリオに落とし込むかの作業に?

佐藤 ゲームセンターやゲームって、じつは時代を映す鏡だということが、あとになってわかってくるんですよ。その年代を生きた人間の人生にけっこうリンクしている。だから、“ゲームを描く”と言いながら、3人の主人公プラスお父さんの人生を描くことこそが大切なんだと、脚本家の皆さんとは話し合いましたね。ドラマ作りということで、こだわったのが同時代感覚。僕の世代なんかだと、80年代前半のゲーセンのことはよくわかるのですが、格闘ゲームブームのころになると、すでに仕事をしているわけです。それこそ、ファミ通とかでコラムを書かせてもらったりしていたのですが、いわゆる現場のゲーセンのアツさはもうわからない。そこはそこで、そのとき格ゲーに触れていた世代の脚本家じゃないと時代の空気はつかめないだろうということで、その世代の脚本家たちにアイデアをもらいながら、作っていく感じにしました。

――1話~3話は、奇しくも“勝負”がドラマのカギを握るのですが、あれはゲーセンが舞台だからこそですか?

佐藤 そうですね。そこは、さすが『ゲームセンターCX』を立ち上げた方というか、酒井健作さんがすごくこだわっていた部分で、「応援する感じにしたい」とおっしゃっていましたね。当初は、勝った負けたでストーリーを変えようというアイデアがあったくらいなんです。

――なんと。ゲームみたいですね。

佐藤 1話、2話に関しては、脚本を2バージョン書いています。役者さんにガチでゲームの勝負をしてもらって、勝敗によってストーリーを変えるという。脚本がないと、本気度が違うということで、2パターン脚本を作りましたね。あれをやっていたら、ぜんぜん収録が進んでいなかっただろうなあ(笑)。

五箇 メーカーさんにゲームを借りたりとか、許可取りとか、いろいろとたいへんなことが多過ぎて、それをやっていたら成立しないということで、泣く泣く断念しました。ドキュメントチックにやったらおもしろさが出るということで、酒井健作さんも僕も、最後までこだわったのですが……。とはいえ、田中さん(田中圭、礼治役)、浜野さん(浜野謙太、木戸役)も、ゲームを本気で練習してくれていたので、結果として絵面的にはそんなに大差がなかったかなと。

■最初は木戸が主役だった!?

――タイトルの『ノーコン・キッド』の“キッド”って、木戸のランキングネームの“KID”のことですよね?

佐藤 じつは、最初は木戸を主役で脚本を書いていたんです。木戸主役バージョンの脚本もあるんですけど、皆さんに読んでもらって、「これは、熱はすごく伝わるけど、テレビ的に(視聴者を)置いていってしまうのでは?」って言われて(笑)。

五箇 制作サイドとしては、テレビとして、やっぱりある程度いろいろな人に見てもらいたいし、これはなんとしても成功させたいという思いがあったんですね。本作は、30年間でいろいろなゲームが出てくるということで、基本的にそのゲームを知らない人のほうが多かったりするわけです。そうなった場合に、木戸というキャラをメインに据えて、木戸視点で続けることで、お客さんが完全においてけぼりになるのはよくないと思ったんです。だったら、一般の視聴者の視点に近い礼治を主人公に据えて、木戸に「1ドットの差が死を招くんです」と言わせたほうが、見ている人も入っていきやすいし、それぞれのキャラに愛情も持てるんじゃないかなと思いました。

佐藤 ゲーセンを主役として設定したときに、よく考えてみたら、ゲーセンの息子がゲームがうまいと“ふつう”というか、何のひねりもなかったという(笑)。それだったら、ゲーセンの息子に生まれたけれど、少年特有の心の動きで、「あんなの嫌だ」というところからスタートしたほうが、五箇さんの言うとおり、視聴者目線で展開できる。“礼治”という名前も“ゼロ”ということで、礼治はゼロベースからスタートして、どう成長していくか楽しみにしていてください。せっかくなので、多くの方に見ていただきたいというのは、五箇さんのおっしゃる通りで、これが成功しないといけない。そういう意味では、いろんな人たちの思いというのを、礼治に背負ってもらったという部分は大きいですね。

――たしかに、テレビは映画や舞台などと違って、不特定多数の幅広い層を対象にしたメディアですからね。

佐藤 結果、すごくよかったと思うんですね。僕も木戸自身に突っ込める。視聴者も木戸に突っ込める。メガネをぐぐっと上げるシーンを見て、「ああいう“おたく”いたよね」と懐かしがれるわけです。ちなみに本作では、平仮名の“おたく”をちゃんとドラマの中に入れています。僕は、いまのオタクがちょっとかっこよさげだったり、モテたりするのってすごく違和感があるんですよ。いま40代中盤として、青春当時の“おたく”は、そういう存在ではなかった。このままだと、あのころのカタカナやローマ字じゃない“おたく”というのは、存在しなくなってしまうんじゃないかなと思って、とにかくいったん残しておきたかった。それを浜野さんに背負ってもらったんです。田中さんと浜野さんのキャスティングが決まって、衣装合わせで見たときに、「これはイケる!」って確信しましたね。そこに波瑠さんに入っていただいて……。波瑠さんは、どちらかと言うと、当時のサブカル文化を象徴してくれるキャラにしたかったのですが、すごくいい3人になったと思います。

――脚本には、ご自身のエピソードも盛り込まれていたりするのですか?

佐藤 それはもう(笑)。ほかの脚本家の方と話していても、「これ、もう佐藤さんですよね?」って言われたりします。最初はそういうつもりはなかったんですけど、短期決戦だったんですよ。企画が通ってから脚本に落とすまでに、リサーチする時間がほぼなかったんです。そうなると、自分の引き出しを開けるしかないという。ガサガサガサという感じで、埃をかぶっている自分の引き出しをドンドン開けることになりましたね。

――おもに、木戸イコール佐藤さんくらいな感じに?

佐藤 どうでしょう。浜野さんは、僕のところに来て、「おい、木戸!」って呼びますけどね(笑)。でも、ひとつ言いたいのは、僕は木戸ほどゲームがうまくないということです。木戸は、80年代前半に僕らが憧れていた、“キャロット”とか、“SPOT21”にいた、スーパースターたちの象徴ではありますね。まあ、あんなにオールジャンルでうまい人は当時いなかったので、そのへんは当時の夢のゲーマーたちのエピソードを全部木戸にまとめて入れた感じではあります。

――あと、本作は、時間軸が二重構造になっていますよね? 現在から過去を回想するという。各話の最後には、ちょっとずつ現在のエピソードが盛り込まれていきますよね。あれは、どういう意図ですか?

佐藤 あれは、五箇さんからヒントをいただきましたね。当初から「ノスタルジーになるのは嫌だ」という話はしていたんですよ。「あんな時代あったよね」というふうにはしたくなかった。ただ、具体的にどうしたらいいのかは、あまり考えていなかったんですね。それが、昔のゲーセンによく置いてあった“攻略ノート”の話を五箇さんとしていたら、「これ、物語のキーになるんじゃないですか?」って、言われたんです。昔の“攻略ノート”を現在で発見するというところからストーリーを作ったら、うまくハマるんじゃないかと。このドラマはすごく変則的だったのですが、最終回を決めてから残りを書くという形だったんですよ。だから、ジェンガみたいに作りましたね。

五箇 本作は、連続ドラマで毎回ひとつのゲームをメインテーマとして扱っているのですが、連続で視聴していただけるための縦軸の仕掛けが、絶対にひとつ必要だと思っていたんですね。あと、「昔はよかったね」というところで終わるのではなくて、いまゲームはこれだけ普及しているわけだし、これからも付き合っていくというふうに、最後に開かれたエンディングにしたいというのは、共通の意識としてありました。だとしたら、まずは“いま”を描いて、そこから遡るというのを縦軸にしていく。それを楔のように打ち込んで、最後の2話で回収して、物語の決着をつけるという形にしようと。

――ということは、それぞれの過去のエピソードの中にも、現在につながる伏線がちょいちょい織り交ぜられている?

佐藤 そうですね。だから、本当に最初から最後まで続けて見ていただきたいです。もちろん、どこから入っていただいてもいいようには作ってありますが……。実際のところ、僕の脚本家人生の中でも、こんな作りかたをしたことなかったですね。まず最終回を作ってから、話数ごとにエピソードを盛り込んでいくという。結果論として、自画自賛ではありませんが、いい形になりました。本作には、ぜんぜん違うバージョンがいくつもあるんですね、ここに至るまでに。それこそいろいろな可能性があったのですが、針の穴に糸を通すようにして、結果として、「ああ、これしかなかったな」という作品に仕上がっている。これは、もちろん僕ひとりでやったことではなくて、プロデューサーさんや監督さん、役者さん、筐体1台1台を含めて、みんなで作ったものだという感覚はすごくありますね。

――では、最後にこれからドラマを楽しみにしているユーザーに向けてのメッセージをお願いします。

佐藤 このドラマは、スタッフ全員で作った“ぼくらのゲーム史”になっているのですが、見た人それぞれの“ゲーム史”を考えるきっかけにもなってほしいと思っています。「俺はこんなんじゃなかったよ」とか「ここはわかる」ということをツッコミながら、みんなで見てほしいです。とくにゲーム好きな方には、スタッフがどれだけたいへんな思いをして“なつかしい”と感じられるものを撮影したか、わかってもらえるようなものになっていると思うので、そういうところも楽しんでいただけたら……と思います。で、じつは隠れキャラとか、ドラマとしての“裏ワザ”みたいなものも散りばめてあるので、「おお、これが!」とツッコんでいただけたらうれしいです。

――ドラマの裏ワザって(笑)。いわゆるゲームの裏ワザをドラマに持ち込んだんですね?

佐藤 はい、そうです。これは、西村さんや五箇さんと話をしたときに、「何度も見られたり、ツッコミ待ちみたいなドラマを作りたいね」ということになって入れた要素です。バラエティーの構造でもありますが。いずれにせよ、楽しみどころいっぱいのドラマとなっていますので、ぜひともご覧になって見てください!

▲『ノーコン・キッド~ぼくらのゲーム史~』のセット。当時の雰囲気をしっかりと再現している。