近年、インディーゲーム業界が活況を見せている。
大手開発会社やパブリッシャー(発売元)の手を経ない、小規模スタッフで開発された作品が、スマートフォン市場やPC(Steam)市場をたびたび賑わせている。
そんなインディーゲームスタジオのひとつに“SYUPRO-DX”(シュウプロデラックス)という会社がある。おもにスマートフォン向けゲームアプリを制作し、『あなたってよく見るとドブネズミみたいな顔してるわね』、『彼女は最後にそう言った』など、懐かしさのあるドット絵で描かれる世界と、泣けるストーリー性のあるタイトルを世に送り出してきた。
過去には、家庭用ゲーム機向けにも、日本一ソフトウェアと共同で『世界一長い5分間』や『デスティニーコネクト』といったタイトルを開発している。
Switch『DESTINY CONNECT(ディスティニーコネクト)』の購入はこちら(Amazon.co.jp)そんなSYUPRO-DXが倒産寸前の危機に陥った。
いわく、15ヵ月間給与を未払いにし、3名の社員は副業をしながら手弁当で新作の開発を続けていたという。実質的には、社員各自で行う副業がゲーム開発を支えている。
このままでは新作の完成はおろか、会社の存続も難しい。そこで取った手段は、2020年から開発を続ける新作『FEELING DEATH』(『フィーリングデス』)への開発 支援クラウドファンディングだった。
そして、開始からわずか3日で当初の目標額である500万円をかき集めた。
※詳細はファミ通.com関連記事をチェック!
10年以上にわたりゲームアプリを何本もリリースし、また、家庭用ゲーム機向けタイトルの開発経験もあり知名度もそれなりに高い。インディースタジオとしてはいわば中堅どころと言ってもいいだろう。
そんなSYUPRO-DXがなぜ倒産寸前に陥ったのか? 15ヵ月間給与を払わずにいて社員はどのように暮らしているのか?
日々、数多くのユーザーがゲームに触れ、日常の一部となっているゲームだが、ゲーム開発のお金まわりの実態を知らない方も多いだろう。実際のところ、ゲーム開発とは何にお金がかかるのか? どうすれば開発資金はペイ(開発資金の回収)するのか? 新作『フィーリングデス』に関する話題と合わせて、インディーゲーム制作の実態を、SYUPRO-DXの中の人、その当人に訊いた。
横田純 氏(よこた じゅん)
SYUPRO-DX企画・シナリオ担当。高校時代の同級生だった浜中剛氏(SYUPRO-DX代表)とコンビを組んで一度はお笑い芸人を目指すも挫折。数年後浜中氏とfacebookを通じて再会し、サウンド担当の入間川幸成氏とともにゲームスタジオSYUPRO-DXを立ち上げる。SYUPRO-DXは2015年に法人化。(文中は横田)
500万円はスタートライン
――クラウドファンディングの成功、おめでとうございます。開始から3日での達成という非常に順調な結果となりましたね。
横田ありがとうございます。皆さんのご支援のおかげで、スタートダッシュ期間中に目標金額達成という最高の滑り出しになったことは本当にありがたく、めちゃくちゃうれしかったです。
――スタート前での、成功の見込みはどんな感じだったのでしょうか。
横田スタート前は「誰にも相手にしてもらえなかったらどうしよう」、「ぜんぜん集まらなかったら落ち込むなぁ……」と、不安しかありませんでした。成功確率はまったく見当もつかなかったです。
しかし、開始後は本当に多くの方々から熱いご支援をいただき、「こんなにたくさん応援してくれる人がいたんだ」と感激しました。
それどころか、実績ある開発者の方々からも「SYUPRO-DXのアプリに影響を受けた」、「5000万円ぐらい行ってほしい」といった身に余るコメントをいただき、うれしかったり驚いたりで……。
クラウドファンディングをやらなければ知りえなかったであろう皆さんの気持ちを知ることができたのは本当によかったです。
開発は孤独との戦いでもあり、我々の作ったものがどんな方に届いているのかを確認する術は、イベントに出展して直接交流するか、SNSを見るぐらいしかないのですが、我々はほとんどイベントに参加していないので情報源はほぼSNSだけです。
たったひとつの投稿に励まされて開発に勢いが出ることもあるので、SNSでSYUPRO-DXのことを話してくれている方にはいつも感謝しています。本当にありがとうございます!
ただ、成功というにはまだ早く、現状だと資金は非常に苦しい状態です。1250万円・達成率250%まで到達することができたら、副業をストップして新作開発に注力できる状況が整ってきますので、そこを目指していきたいです。
支援総額が2000万円・達成率400%を越えれば、メンタル・体力が充実した最良の状態で開発できるので、そこまでご支援いただけることを目指してPRしていきたいと思います!
――クラウドファンディングを実施するに至った経緯について改めてお聞きします。15ヵ月間の給与未払いになってしまったとのことで、簡単に言うと、なぜそのような状況になってしまったのでしょうか?
横田本作では、初めてUnity(※)を使って開発を進めているんです。
※汎用ゲーム開発エンジン。一定の収益、ダウンロード数を超えるまでは無料で使用できる。PC向けソフトやスマートフォンアプリ、家庭用ゲーム機タイトルなど幅広いプラットフォームへの対応が可能。
――ふむ。
横田初めてのUnityで開発環境が変わり、想像以上の時間がかかったことが大きな要因です。資金がなくなって副業をしなければならなくなり、専業で開発できなくなったことで開発スピードがさらに落ち、気づけば15ヵ月。倒産が目の前に迫ってきていた、という状況でした。
――なるほど、とはいえ、これまでリリースしてきた過去タイトルからの収入も入ってくるわけですよね?
横田新作開発中の収入源は、配信中のアプリへの課金や広告収入に頼ることになりますが、SYUPRO-DXのゲームは“短時間で物語を楽しむ”というスタイルで、配信中のアプリすべてにエンディングが用意されています。
このスタイルの致命的な弱点は、物語の満足度が高くても、一度クリアーしてしまうと再起動してもらえる可能性が低く、継続して収益を得られるモデルではないことです。アプリの収益はリリースから時間が経つごとにどんどん落ちていき、それを食い止める手段はありません。もしかしたらあるのかもしれませんが、我々の取れる手段の中にはなかった……と言うほうが近いかもしれません。
収益の推移を見るに、かなり早い段階から「2022年には資金がなくなりそうだ」ということがわかっていたので、2022年に新作をリリースできればいちばんよかったのですが、「初めてSteamにも出すんだ! おもしろいもの作ろうぜ!!」と気合を入れた結果……。
――結果?
横田資金が枯渇し、給与未払いで踏ん張ることになってしまいました。
――うう。
インディーゲーム開発には実際いくら掛かる?
――今回はメインシナリオ100%完成済みで、BGMと効果音も80%できているなどある程度開発が進んでいます。その上で“最低限度の開発費”として500万円を目標とされていましたが、実際のところインディーゲームの開発というのはどのくらい費用が必要になるものでしょうか?
横田ちょっと目を引くアイデアとそこそこいいPCが1台あれば、手持ちの資金がなくても作れてしまうのがインディーゲームのいいところだと思います。
“インディーゲーム”とひと言に言っても、その開発は座組によって作りかたも資金の使いかたもぜんぜん違うと思いますので、ここから先のお話はあくまで“SYUPRO-DXの場合”という前提で聞いてください。
結論から言います。3人で開発に1年掛かるゲームなら、ざっくり1500万円は必要です。
開発費とは≒(ニアリーイコール)“人件費”
横田まず、開発費の大半を占めるのが“人件費”です。「自分の人件費をいくらにするか?」が開発費の総額を大きく左右します。たったひとりで作るとしても、月給20万円で開発期間1年なら、単純計算で人件費は240万円になります。
SYUPRO-DXは、15ヵ月給与未払いになる直前まで月給5万円で稼働していました。
開発に専念するには月給20万円は欲しいところですが、そうなると3人の人件費だけで年間720万円。クラウドファンディングの支援金500万円は手数料が引かれるので、実際に入ってくるのは400万円ちょっと。未払いの給与もある。引き続き月給5万円で開発を続けても、1年はもちそうにありません。
――クラウドファンディングで500万円を達成してもそのうち85万円は手数料となり、実際に手に入るのは415万円ということですね。
横田それに加えて事務所の家賃、水道・電気代、サーバー・ウェブサイトのスペース料金など、会社を維持するための“固定費”が必要になります。人件費と固定費、これらが必要最小限の支出です。400万円は会社の維持費に充てるため、副業で生活費を稼ぎながら開発を継続することになります。
SYUPRO-DXはいままで、ほぼこれらの最小限度の支出でやってきました。アイデアを出し、自分たちで手を動かしてアプリを完成させて世に放つ。法人化したときに購入した2015年モデルのMacBook Proがいまも僕のメイン機で、浜中は最近までもっと前のモデルを使っていました。ついに壊れてしまいましたが。
――ということは一応の目標額は達成したものの、ぜんぜん安心できる額ではないということですか。
横田正直な話、資金があったら開発環境やゲームの販売戦略も大きく変えられます。
なのでここからは「資金があったらこんなことにお金を使いたい!」、「というか、いままで使わずによくやってこれてたな!」というものを挙げていきます。
PCは壊れるまで酷使だ “機材費”
横田つぎに“機材費”です。ゲームのクオリティーを上げるためのアセット、開発ツールを強化するプラグイン。スマートフォン向けにゲームをリリースするなら、テストプレイのために多機種の端末があったほうが安心です。iPhone向けにアプリをリリースするなら新しいMacが必要、家庭用ゲーム機向けにもゲームをリリースするならWindowsのPCも必須!
それらは単価の高いものですから、あっという間に開発費が膨れ上がります。
いくらあっても足りない “広告費”
横田続いて“広告費”。売上を上げるために、いろいろな媒体に広告を出すのも重要です。それには“プロモーション費”が必要です。
YouTubeの動画広告、スマホゲームを遊んでいるときに表示される他アプリの紹介、ウェブサイトのバナー、街頭の看板、駅のビジョン、ポスター……。この中からゲームのターゲットになる層を狙って、的確な広告を打っていく必要があります。そして広告を打つには、めっちゃお金がかかるのです……。
「お金がないので広告は打たない!」と決めて、広告費用をゼロにすることもできますが、自力でできることはSNSでポストしたり、直接出向いて宣伝することぐらいなので、ゲームの認知度はなかなか上がっていきません。すると売上が伸びず、けっきょくジリ貧に。とんでもないジレンマです。
いまはおもしろいものが大量に溢れているすばらしい時代なので、まず存在を知ってもらうことが難しく、そこに多くのコストを割く必要があります。
イベントへの出展、イベントで配るノベルティ制作、現地への搬入搬出、遠出をすれば交通費にホテル代、全部お金がかかります。思いつくことを全部やっていたら、インディーでも開発費は青天井です。なので、限られた予算の中で何をすべきか、取捨選択する必要があります。
――SYUPRO-DXではプロモーションはこれまでどのように行ってきたのでしょう?
横田機材費と広告費に関して、我々の場合は絶対に必要なアセットを人数ぶん買うぐらいで、プロモーション費はほとんどゼロでした。人件費と固定費だけで戦ってきたステゴロ(素手喧嘩)稼業です。
ですが、資金があれば我々にも強い武器が手に入ります。
これまで以上に高い目標とはなりますが、支援総額1250万円・達成率250%で副業をストップして開発に専念でき、さらに支援総額2000万円・達成率400%で、新たな機材を十分に揃えてゲームのクオリティーを上げ、プロモーション費をかけて売上を上げる施策をとれます。
クラウドファンディングの支援金は手数料として17%引かれてしまうので、希望額の1500万円を得るには2000万円近いご支援が必要になります。いま集まっている資金の4倍。破格の金額だとは思いますが、感謝の気持ちやいままでの思いはすべてゲームに注ぎ込む所存です。
――開発人員数や設備、またプロモーション費と開発期間によって大きく変わるものの、やはり1000万円単位での金額が必要になってくるというわけですね。これまでのSYUPRO-DX作品はリクープ(開発費を収益が上回ること)していたのでしょうか? もっとも売上がよかったタイトルというのは?
横田もっとも費用対効果が高かったのは2015年にリリースした『彼女は最後にそう言った』です。
横田このアプリの開発期間は3〜4ヵ月ほどで済みました。また、遊んでくださった皆さんの口コミや実況動画によってたくさんの方々に届いた結果、プロモーション費はゼロ、アプリとしても課金システムはなしの完全無料・広告収入のみで1000万円以上の利益を出し、法人化の足掛かりとなってくれました。
そのほかのアプリも開発期間が数ヵ月~1年以内に収まるものが多かったので、開発費はリクープできていました。開発期間が長引くことがいちばんダメージが大きいです。
――SYUPRO-DXのゲームアプリはすべて無料で楽しめる、しかも課金がなく広告で収益を得るモデルになっています。これを変えるといった発想はなかったのでしょうか?
横田ここは本当に難しいところで、新しいゲームを作り始めるときには必ずマネタイズについても議論していました。ただ、SYUPRO-DXがいままで打ち出し続けてきた「エンディングまでの物語を楽しむ」という方向性をマネタイズに絡めるのにずっと苦戦し続けてきました。
有料の買い切りアプリだとゲームを遊んでくれる人の絶対数が減ってしまうのではないか? それなら無料で遊びやすくして、たくさんの人にゲームを楽しんでもらえるほうがいいんじゃないか? 遊んでくれるプレイヤーの数が多いほうがゲーム自体も広まるかも? などなど……。
いままでとはまったく違うシステムで収益性の高いモデルのゲームを出そうか、という議論もしましたが、けっきょくそれはやめました。
最新作では開発ツールをUnityに変更してSteam版も作ることが早い段階で決まっていたので、これまで通りの収益モデルで、我々の得意分野で体重の乗ったゲームを作りたかったからです。
「いままでのSYUPRO-DXを好きになってくれた人のためにも、エンディングまでの物語を楽しめる、グレードアップしたおもしろいゲームを作ろう!」という方針になりました。
――それが開発中の『フィーリングデス』というわけですね。開発メンバー3名は副業をやりながら開発を続けていたとのことですが、それぞれどのようなお仕事をされていたのでしょう。
横田業務委託で得意分野の仕事を受けたり、まったく異業種の仕事に就いたりと三者三様ですが、3人とも最低週3日〜週5日は副業をしていると思います。
僕の場合は、ご依頼をいただいてシナリオを書くかたわら、障害者グループホームの職員として福祉関係の仕事に就いています。一戸建ての家屋で共同生活をする4名の利用者さんをひとりでお世話するというもので、食事の支度や入浴、トイレの介助などを行いコミュニケーションする仕事です。
――それだけの副業をしながら、ゲーム開発を並行しているのですね……。
新作『フィーリングデス』開発決定!
――晴れて開発続行が決まった新作『フィーリングデス』ですが、改めて、どのような内容になるのでしょうか?
横田本作は“フィーリングカップル(※)でカップル成立したふたりが死ぬ”というルールが特徴なのですが、このルールにより生み出されるドラマが大きなウリのひとつです。
※1970~1980年代に “フィーリングカップル5vs5”というテレビ企画が人気を博した。5人ずつの男女チームが会話をし、最後に気に入った相手を指名。みごと“両想い”になればカップル成立というもの。現代でも人気の恋愛リアリティショーの走りと言えなくもないかもしれない。
カップル成立したらふたりとも殺されてしまう。ということは、素直にいちばん好きな人を指名してしまったらヤバイですよね。
しかも本作のフィーリングカップルは円卓で行われるので、男女無差別にカップルになる可能性がある。自分が生き残るだけではなく、好きな人まで生き残らせようと思ったら、どんな作戦でいきますか?
本当は押したくないけど、何かの理由で好きな人のボタンを押さなきゃいけなくなったら……。フィーリングカップルで誰を選ぶかはプレイヤーに委ねられているので、このドキドキ感を楽しんでほしいです。
デスゲームやミステリー、ビジュアルノベルがお好きな方にとくにオススメです!
――今回ひとまず、Steamとスマートフォン向けにリリースが確定しました。募集ページにも「家庭用ゲーム機向けのリリース予定はいまのところない」と書いてありますが、今後、ストレッチゴールを設定して、機種やゲーム要素の追加を検討することはあるのでしょうか?
横田はい! 皆さんのご支援のおかげもあり、早いペースで達成度100%に到達できたので、さらなるプロジェクトの拡大を目指し、本編に追加要素が上乗せされていくストレッチゴールを設定いたしました。
ただし、大事なことなので何度もお伝えしますが、支援総額1250万円・達成率250%で我々はようやく開発に専念できる状態になるので、最低250%、最高400%を目指し、今後も皆さんにアピールしていきます。
もちろん多機種での展開もしたいですが、何しろ現段階ですら、SYUPRO-DXの3人が副業をやめて全力で開発して約10ヵ月かかる作業が残っているので、まず完成させることが大きなハードルです。
なので、まずはSteamとスマートフォンに注力し、完成を待ってくださっている皆さんへの責任を果たすことを最優先に、フィーリングデスのおもしろさを皆さんに味わっていただけるよう全力を尽くしたいと思います!
クラウドファンディングは2月29日まで受付中!
――なるほど。それでは最後に、クラウドファンディング受付期間終了までまだ少しありますので、SYUPRO-DX作品を知っている人にも知らない人にも、「よっしゃ、いっちょ出資してやる!」と思えるような熱いひと言をお願いします!
横田現在開発中の『フィーリングデス』は、SYUPRO-DX初のデスゲームものです。デスゲームの持つ不気味さやスリル、謎に満ちたサスペンスに、いままでのSYUPRO-DX作品で味わえた感動を上乗せして皆さんにお届けします。
僕らはデスゲームで皆さんを泣かせたい。
だから、お願いです。このまま支援金500万円〜600万円ほどでフィニッシュしてしまうと、2025年リリースがめちゃくちゃきびしい茨の道になってしまいますので、どうかお力を貸してください。クラウドファンディングは2024年2月29日までです。魂込めたゲームをお届けしますので、ご支援よろしくお願いします!