マーベラスが、日本初のインディーゲームのインキュベーションプログラムとなる“iGi indie Game incubator”( 以下、iGi)を発足した。

 インキュベーションとは、事業の創出や創業を支援する活動のこと。マーベラスでは、これまでもインディーゲームの支援を行ってきたが、今後はiGiを通じて、より多くのインディーゲーム開発者が育っていくための環境を整備していくという。iGiでは、3月15日〜4月18日にかけて、参加チームを募集。その後、6月〜11月までの6ヵ月間に、プログラムを実施する予定だ。

 ここでは、マーベラスの山崎マイク晴樹氏と、プログラム運営の協力をするヘッドハイの一條貴彰氏、ルーディムスの佐藤翔氏の3名に、発足の経緯や今後の展望などを聞いた。

マーベラスによる日本初のインディーゲームのインキュベーションプログラム“iGi”にかける思いを聞く。収益化を考えずに取り組むわけ

山崎マイク晴樹氏(写真中央)

マーベラス
海外事業推進室 ビジネスプロデューサー
(文中は山崎)

一條貴彰氏(写真左)

ヘッドハイ
代表取締役/ゲーム作家
(文中は一條)

佐藤翔氏(写真右)

ルーディムス
Founder・CEO
(文中は佐藤)

“iGi indie Game incubator”公式サイト

産学官連携でインディーゲームの発展に取り組む

――まずは、マーベラスがiGiを設立した経緯を教えてください。

山崎私は海外子会社マーベラス ヨーロッパの経営支援やサポートの一環として、インディーゲームの開発投資などを担当しています。そこでたくさん開発スタジオとお話をする機会があったのですが、リンスワークスだったり、ヒーロービートスタジオだったり、非常に優秀なチームの多くが、スペイン・バルセロナのインキュベーションプログラムであるGameBCNの卒業生であることを知ったんですね。ちょうどgamescomでGame BCNの皆さんにお会いする機会があり、その方針に感銘を受け、マーベラスヨーロッパがGameBCNのスポンサーになることになりました。

 そこで改めて気付かされたのが、この種のプログラムは欧米では多数存在しているのに日本ではほとんどないということでした。そこで、GameBCNのオスカー(オスカー・サウン氏)と相談しながら、日本でもインキュベーションプログラムを立ち上げることにしたんです。

 そして、古くからの友人である佐藤さんと、佐藤さんから一條さんをご紹介していただいて、iGiを発足しました。佐藤さんはもともとメディアクリエイトの国際部主席アナリストであり、新興国のことも非常に理解していらっしゃる方で、類似のインキュベーションプログラムなどのご経験もあったので、本プログラムにお招きました。一條さんはご自身もインディーゲームクリエイターであり、日本のインディーゲーム業界に知見のある方なので、ぜひにということで、参画していただいたのが経緯です。

マーベラスによる日本初のインディーゲームのインキュベーションプログラム“iGi”にかける思いを聞く。収益化を考えずに取り組むわけ

―― GameBCNのどのようなところを魅力に感じたのですか?

山崎BCNはバルセロナの略なのですが、バルセロナの自治体がすべてを支援していて、制作サポートがしっかりしているんです。何よりも産学官連携が成り立っているところがすばらしいです。

佐藤スウェーデンのスウェーデンゲームアリーナやマレーシアが数年前まで展開していたゲームファウンダーズ アジアなど、いろいろな国にインキュベーションプログラムがありますが、その仕組みは国によって当然違いがあります。アメリカのプログラムの場合ですと、国の性格もあるでしょうが、産学官の連携といった仕組みになっているところはそこまで多くはなくて、どちらかというと投資家の方がゲーム開発をサポートするほうが多いです。

 アジア地域だと、学校を支援して、在学生にインディーゲームを作ってもらうことをサポートするといったプログラムや新しいインディーゲームのチームに対してサポートする場を提供するというケースが多いです。

 そうしてさまざまなインキュベーションプログラムの仕組みと成果を長い目で見た場合、産学官の連携によるサポートがしっかりなされているか否かというのが、けっこう重要なんです。GameBCNは“官”がサポートしていることで非常に機能していると言えます。

 さきほどお話したスウェーデンゲームアリーナも、産学官の連携の成功例でして、このプログラムは、シェブデというスウェーデンの地方の町の取り組みなのですが、50000人くらいの規模の町で、大学や自治体が密接にゲーム産業発展のために協力しているんです。シェブデでは『Goat Simulator』というヒット作が生まれていますね。最近のヒット作だと『Valheim』もこの町から出ています。

――それはすごいですね。

佐藤スウェーデンゲームアリーナが、いろいろな意味でハブになっていて、プログラムによってすぐれているものとそうでないものの差がけっこう出ます。

 一方で、GameBCNはゲームパブリッシャーがきちんとサポートしているのも大きくて、そのタイトルがヒットするかどうかの、目利きの判断ができるんです。GameBCNは、海外のインキュベーションプログラムとしては、とても機能している団体だと言えます。

マーベラスによる日本初のインディーゲームのインキュベーションプログラム“iGi”にかける思いを聞く。収益化を考えずに取り組むわけ

――おふたりとも、日本でのインキュベーションプログラムの必要性は実感していたのですか?

佐藤はい。ここ数年マレーシアやインドネシアのような東南アジアのインディーゲームに対する評価が世界的に高まっていますが、これもインキュベーションプログラムが果たした役割が大きかったと認識しています。たとえば、開発に困ったときに、第一線にいる人からアドバイスを受けられるといったつながりを、インキュベーションプログラムなどを通して作ってきたのがすごく大きかったのではないでしょうか。そういったこともあり、 “日本でもぜひやっていくべきだ”と考えていたので、山崎さんからお話をいただいたときは、ぜひとも協力しなければと思いました。

一條私はインディーゲーム開発者としてさまざまなイベントに出展したり、他国の開発者と交流する中で、諸外国にはインキュベーションプログラムというものがあり、産学官一体となってインディーゲームを育てていく流れができていることを知りました。日本ではそれが起きていないことに対する危機感があったのですが、iGiはまさにその空白を埋める存在です。私自身iGiにはすごく期待しています。

――逆に言うと、日本でインキュベーションプログラムがなかったのが、むしろ不思議な状態ではあったと言えるかもしれませんね。

一條そうですね。単発のクリエイター支援コンテストなどはありましたが、継続的なものはありませんでした。

佐藤最近アメリカやイギリスの方に、「iGiのパートナーになりませんか?」とプレゼンをさせていただく機会があったのですが、まず、「日本に初めてインキュベーションプログラムができました」という話をすると、「えっ! まだ日本になかったの!?」とすごく驚かれます。

――なぜ、なかったのでしょうね。

一條日本においては、ゲームに関わらず新しくチャレンジするクリエイターへの支援はまだまだ発展途上であると感じています。日本はかつてゲーム産業そのものが秘密主義的な時期があって、横のつながりがある時期までは希薄でした。その影響により、小規模でゲームを作っている人たちと産業との関係が少ないままなのかなと考えています。

 GDCなどに行くと実感するのですが、海外においてはゲーム産業はインディーとともにあります。大手ゲームメーカーと中小規模のスタジオ、インディーゲーム開発者たちが、なだらかなグラデーションで存在して交流しており、隔たりがありません。日本では“事業としてのゲーム制作”と“小規模制作”が分かれてしまっているので、中間にもっとグラデーションができ、お互いに交流することによって、日本のゲーム産業全体の発展を促せるというのが、私の考えです。

マーベラスによる日本初のインディーゲームのインキュベーションプログラム“iGi”にかける思いを聞く。収益化を考えずに取り組むわけ

山崎たとえば、海外の投資家でも、日本のインディーゲームやゲームクリエイターに積極的に投資したい、交流したいと思っている方もたくさんいらっしゃるのですが、どこにどう連絡すればいいかわからないという方も多いです。

佐藤私も、世界中のいろいろなインキュベーションプログラムを見てきたのですが、「日本のクリエイターと交流したい」というプログラムがたくさんあることに気づきました。そんなときは決まって、「日本は昔からゲームで有名な国だけど、新しいクリエイターだっておもしろいのが絶対にいるんだろう? ぜひ交流させてくれ!」と聞かれるんですよ。でも彼らは交流したいけれど、交流する窓口が少し前までありませんでした。こういう話は、欧米はもとより、アジアやラテンアメリカの人たちからも言われます。

 そういった意味からも、海外のオフィシャルなゲーム関連組織と交流するためのカウンターパートとなり得る、オフィシャルの窓口が日本にどうしても必要だなと思ったんです。“産学官”の連携を重視しているのは、そこにひとつの理由があります。現在は、日本のクリエイターが本来得られるべき国際交流の機会を得られていない状況にあります。それができる窓口をしっかり作るのがiGiのひとつの重要なポイントになるのかなと思います。

――具体的にはどのような連携を考えているのですか?

山崎さきほどお話しした通り、GameBCNはバルセロナ市およびカタルーニャ州が支援しているプログラムなのですが、バルセロナの姉妹都市が神戸市なんですね。そして、まちづくり×ICTをテーマとするオープンデータのワークショップを共催されていて、継続的な交流もされているようです。そんな縁もあって、神戸市に本プログラムをご支援いただけることになりました。

 神戸市はスタートアップ支援やIT関連企業のサポートにも積極的に取り組まれてまして、その見地からもiGiの主旨に賛同していただきました。どのようにサポートしていただくかは、今後調整していく予定です。

――おお、それはすばらしいですね。

山崎さきほど佐藤さんから、“窓口”というお話があったのですが、広がるための必要不可欠なものとして、聖地のような“拠点”が重要になると思っています。海外では、カナダのモントリオールなどがゲーム産業の盛んな地として知られていますが、モントリオールには大学が複数存在していて、行政の支援もあり、非常に活発に展開している開発チームも複数あります。日本でも、そんな拠点となる場所ができるといいのではと考えています。

――これはスケールの大きな話ですね。では、産官学の学(学校)に関してはいかがですか?

山崎国内の専門学校に対して、独自の企画やテイストを活かせるようなカリキュラムとして、iGiのプログラムを一部公開するといったことを考えています。学生たちが、インディーゲームの開発者の話を聞くことで、自分たちの適正を検討できる場を提供することを考えています。これはいま働きかけをしているところですね。

――着々と産学官の連携を進めているのですね。

山崎はい。産(産業界)も、Epic Games Japan様やNVIDIA様に協力していただけることになりました。皆さんとても協力的で、私たちもiGiの展開に対して、大きな手応えを感じています。

 学に関していうと、私は、専門学校の同級生がそのままチームとして、スタジオを設立するといった動きが日本でも起こることを夢見ています。ゲーム開発はチームワークなので、卒業してからまた編成となると、ロスが生じてしまうんですよ。学校の授業で2~3年いっしょに取り組んでいて、そのまま起業して独自のプロジェクトを立ち上げるといった、欧米では一般的なスタイルが、日本にも根付いてくれるといいなと思っています。

マーベラスによる日本初のインディーゲームのインキュベーションプログラム“iGi”にかける思いを聞く。収益化を考えずに取り組むわけ
産学官連携が、iGiのキモとも言える(写真は公式サイトからのキャプチャー)。

クリエイターの思いを優先しつつ、継続的な関係を

――iGiのプログラムでは、具体的にどのようなことに注力していく予定ですか?

山崎GameBCNのよさを、日本向けに持ってきたいと考えています。要するにグローバル展開と商品化の支援ですね。すでにゲームを開発中のチームに、世界でリリースするための支援をしたいと考えています。制作の管理、マーケティング面で強調すべき部分、契約面で気をつけないといけないことなどを、日本独自のポイントなども踏まえつつ、サポートしていきたいです。

佐藤GameBCNで5年間取り組んできたことでできた、ビデオ教材などがあるのですが、それを翻訳ではなく日本のクリエイターさん向けにフィットするようにしていきたいです。

 日本にも優秀なインディーゲームクリエイターはすごくたくさんいるのですが、作ったものを製品としてたくさんのプレイヤーに届けるまでには越えないといけないハードルがたくさんあって、それはほかの人の協力なしには越えづらいんです。逆に、諸外国からさまざまなインディーゲームが日々発売されている裏には、インキュベーションプログラムの存在があって、同じような形で、素晴らしい才能を持っている日本のクリエイターさんを、世界に届けられるようなお手伝いをしていきたいという想いがあります。

――支援ということでいうと、現状の国内パブリッシャーが、まだ力が及ばない部分があるということでしょうか?

佐藤パブリッシャー云々は別にして、ひとつの作品をいいものにして販売していくという支援のみならず、クリエイターさんが継続して創作活動を続けられるように支援していくのが重要なのかなと思っています。それは、パブリッシャーという立場を超えて、産学官連携で取り組んでいくべき側面なのかなと。

山崎たとえば、パブリッシャーだけだと、“産”だけの観点で動いて、ビジネス的に成り立たせようとするのに対して、私たちが目指しているのはエコシステムの構築です。インディーゲーム全体が成長できるような環境を整えていきたいというのが私たちの心です。

一條もちろん、パブリッシャーのうちインディーゲームに特化している会社は心からインディーに成長してほしいと願っていますから、これまでもさまざまな施策を打っています。ただ、“パブリッシング”という機能を超えた仕組みづくりはなかなか挑戦しにくかったのではと思います。

――iGiでは、具体的にはどのようなプログラムを予定しているのですか?

一條iGiでは、半年間をかけて5チームのクリエイターを支援します。具体的には“メンター”と呼ばれる方々から面談形式やセミナー形式でノウハウの伝授を行います。メンターは、インディーゲームを実際にリリースした開発者や、ビジネス面のエキスパートから構成されています。

佐藤なぜメンターという言葉を使っているのかというと、そこにはこだわりがあって、講師と生徒ではなくて、どこまでいっても先輩と後輩の関係だからです。私たちが説明するときに “インキュベーションプログラムというのは日本人には分かりにくい”と言われるのですが、端的に言うと“道場”です。道場で、兄弟子にあたる人たちが弟弟子の人たちに、困っているところがあったらトレーニングしてあげるみたいな感覚です。

 さらに言えば、メンターは一方的に教える人ではなくて、いっしょに高め合う存在なんです。たとえば、賞やコンテストがあったら、ライバルとしていっしょに応募するという関係です。

 じつは、この意義がネーミングにも込められていて、“iGi”のふたつのiは小文字なのですが、これはインディーゲームチームの“i”と、インキュベーターのメンターの“i”が小文字で並んでいて、大文字の“G”、つまりゲームをいっしょに作っていくという意味なんです。この対等な部分を強調したいがために、“先生”や“授業”といった言葉は、可能な限り外しています。

山崎上下関係ではなくて、メンタリングというのがインキュベーションプログラムなんですね。

マーベラスによる日本初のインディーゲームのインキュベーションプログラム“iGi”にかける思いを聞く。収益化を考えずに取り組むわけ

佐藤実例のお話をしますと、私は3、4年前にアクセラレーションプログラム(※)に参加していたのですが、このプログラムはすでに終わっているにも関わらず、そこで生まれた人間関係はいまも続いています。いまだに卒業されたチームの方が私に質問にきます。「日本でこれからゲームを出すんだけど、どのようにPRすればいい?」とか、ずっと続いていく仲なんですよ。

 だから、つぎの作品だけではなくて、つぎのつぎの作品にも役にたつ、人のコネクションができてきます。これがものすごく重要なことだと思います。

※大手企業や自治体がベンチャーやスタートアップ企業などに出資や支援を行うタイプのインキュベーションプログラム。

――メンターも意義を感じて参加しているのですね?

山崎はい、その側面は大きいと感じています。

――メンターはひとつのプロジェクトに複数いるのですか?

一條チームごとに専任が付くわけではなくて、複数のチームが一斉に参加する形でメンタリングを実施するものと、困っていることのピンポイントで個別にメンタリングを行うものがあります。また、私たちがメンターの顔ぶれをすべて決めるのではなく、要望に応じて準備するケースもあります。

 メンターとしては、現時点では『天穂のサクナヒメ』を開発したえーでるわいすのなるさんとこいちさん、『カニノケンカ』のぬっそさん、『終わる世界とキミとぼく』『幻走スカイドリフト』を開発したilluCalab.のEIKI`さんにメンタリングをお願いしています。また、参加チームから“ゲームのここを強化したい”という要望があれば、その都度メンターを探して、依頼する予定です

――セッションは、GameBCNのプログラムの方法論をベースに展開するのですか?

山崎参考にはしますが、基本は日本独自であり、個々のニーズに応じて新しくカリキュラムを作る予定です。

佐藤当たり前ではあるのですが、ヨーロッパのインディーゲームチームと日本のインディーゲームチームが直面している問題は、それぞれ同じ部分もあれば違う部分もあります。違う部分に関しては、日本のクリエイターが困っている部分について直接回答できるメンターを付けることがたいへん重要になります。一方で、同じ部分については、GameBCNで録画して保存している、これまでのレクチャーやメンターのセッションを、字幕をつけてご提供します。

――ああ、なるほど。

一條チームのモチベーションアップの方法論のレクチャーなどは、共通している部分になりますね。

――なるほど。では、今回iGiでのやり取りも録画して、ほかの方に視聴してもらうといったことも予定しているのですか?

一條おっしゃるとおりです。もちろんどこまで公開するかといったことや、どこまでをチームだけのものにするかは、ケースバイケースで考えています。5チームに限定しているのは、そのチームに特化したメンタリングを集中的に行うことと、メンターに安心して話をしてもらうためです。ゲーム開発の事情が分かっている人だけにお話したい内容というのも当然あるわけですので。

マーベラスによる日本初のインディーゲームのインキュベーションプログラム“iGi”にかける思いを聞く。収益化を考えずに取り組むわけ
『天穂のサクナヒメ』を開発した、えーでるわいすのなる氏とこいち氏がメンターとして参加。

――では、iGiの参加者はどのような基準で選考するのですか?

山崎基本はPCがメインで、そこからコンソールでの展開も……ということも考えています。基本は、プロトタイプが動作していて、すでにある程度ゲームができているプロジェクトを対象にしています。メンバーは少数精鋭が望ましいですが、個人、法人どちらでも参加オーケーです。

――プロも大丈夫なのですか?

一條先ほど「ゲーム産業のなかで開発者のグラデーションができてほしい」というお話をしましたが、私は現代においてゲーム開発者に“プロ”、“アマチュア”といった明確な区分けは存在しえないものと考えています。ですので、法人、個人問わず小規模で光る作品を作っている皆様が対象になります。年齢制限もないです。

山崎要するに、まだ作品を世に出していない方を支援していきたいということです。具体的には、ある程度の新規性があると製品化しやすいなどありますが、応募タイトルは総合的に審査していきたいですね。

一條ゲームの完成度よりも、そのゲームを通じてクリエイターさんの表現したいことや伝えたいことが出せる“一場面のハイライト”といったものが大事だと思っています。“これはプレイヤーさんにインパクトを与えられる”と直感したら、ぜひ支援したいという気持ちになりますよね。“これは新しい”と唸らせるような、クオリティーよりオリジナリティーを重視します。

――ワールドワイドで展開したいという思いは前提になるのですか?

一條そうですね。ワールドワイド展開というと重たく感じますが、Steamで多言語対応した作品をリリースして、海外のメディアやステークホルダーとしっかりリレーションを組む、ということを視野に入れている方であれば大きなサポートがあります。iGiでは、海外向けのプレゼンテーションや海外のインキュベーションプログラムとの繋がりを積極的に行っていきますので、国内向けだけにゲームを作っていきたいという方は、私たちの提供するものとうまく噛み合わないのではないかと思います。

山崎姿勢の部分で言うと、国内外での交流を求めている方がいちばん合うのではないかと思います。

佐藤ただひとつ強調しておきたいのは、iGiではワールドワイドを目指すことが前提になるからと言って、英語ができないとダメということはまったくないということです。英語はしゃべれなくても大丈夫なので、心配しないでください。もちろん、海外の方とのコミュニケーションを取れる場は用意しますし、そのために簡単なトレーニングはさせていただく予定です。

――たとえばですが、一部のインディーゲームパブリッシャーさんが取り組まれているように、「IPを乗せれば、このシステムなら売れるのではないか?」といったアドバイスなどは想定しているのですか?

一條それは絶対にないことです。それがクリエイターさん自身の発案であれば支援したいのですが……。関連することとして、私たちがゲームの世界観やコアコンセプトについて何か口出ししたり、直してもらうということはないです。インディーゲームはクリエイターさんが“作りたい”という想いがあって、生み出されているものなので。ですので、たとえばSteamにリリースする際は、“キーコンフィグをつけないとプレイヤーさんが躓いてしまうかもしれません”といった、リリースするにあたっての必要な部分はサポートしていきます。クリエイターさん自身の世界観ややりたいことを伸ばせる環境づくりに徹するつもりです。

山崎クリエイターが作りたいものを作らせてあげられる環境を提供したいというのが、私たちの試みですね。

――内容については踏み込まないのですね?

山崎アドバイスはしますが、「こうしなければ、だめだ」といったことは絶対にやらないです。たとえば、「このゲームの強みはここだよね。だったら、こうすればそれが分かりやすいのではないか」とか、「トレーラーはこういった構成にしたら、みんなに届くのではないか」といったアドバイスをさせていただきます。

――そういうところも含めて、講師と生徒の関係ではないということなのですね。

一條ゲームの核となる部分はクリエイターさんのものです。たとえばですが、メンターから「UIの字が小さい」といったことをアドバイスしたとしましょう。そのときにクリエイターさんから「このゲームは字が小さいことが世界観において大切なんです、なぜなら……」という話があれば、それ以上は意見しない感じです。まあ、これは極端な話ですけど(笑)。

 これは私自身のインディーゲームクリエイターとしての気持ちなのですが、何かゲームで表現したいことがある中で、自分がコア要素と思っていない部分は“よしなに”やっておきたいんですよね。同時にグローバル展開するときに問題なく遊べるような状況に持っていきたいと思っているはずなので、そういったサポートをしていきたいです。

いいゲームが世界市場に届くように、継続して取り組んでいきたい

――iGiは参加費無料とのことですが、マーベラスとしては収益化は考えていないのですか?

山崎考えていません。iGiは、収益化を想定して立ち上げたプロジェクトではなくて、言ってみれば社会貢献に近い感じで取り組んでいます。ゲーム産業の中でインディーのためのエコシステムを構築する、持続的に支援していくのが前提としてあります。

 類似のプログラムでは、投資家がチームの株をもらったり、レベニューシェアを最初から契約に落とし込んだりするのが一般的なのですが、マーベラスは一切その権利を主張しません。唯一、各チームとパブリッシングに関して優先交渉させていただく権利は持ちますが、それも縛りはありません。チームが独自で判断して、別のところと組みたいのであれば、それは自由で、マーベラスがパブリッシング権を拘束するものではありません。マーベラスの色には合わないけれど、別のパブリッシャーだったらマッチしたり、ファン層が噛み合ったりすることもあると思いますので。

――マーベラスからパブリッシングしないという選択肢もあるのですか?

山崎本プログラムに参加することでマーベラスがパブリッシングしますという約束はしません。iGiはパブリッシングするものではなく、産業をよりよくするためのプログラムなので、結果としてパブリッシング契約がマーベラスと成り立つのであれば、それはもちろんありがたいことです。

――そこはシビアな判断になってくるのですね。いずれにせよ、権利を主張しないというのは潔いですね。

佐藤この種のプログラムは世界中にいろいろあるとお話ししましたが、この条件はものすごく珍しいです。世界的に見ても、株を取得したり、IPはインキュベーションプログラムの運営サイドで管理するといった感じになってしまうんですよ。それで揉めているケースもたまに見ることがあるのですが、これは世界的に見てもすごいことだと思います。

――その点、お手本としているGameBCNはどうしているのですか?

山崎GameBCNも交渉の優先権です。ただ、大きく違うのは、GameBCNは“官”からの資金で動いているNPO組織ということです。GameBCNでは参加チームの窓口になったり、プロモーションする権利はもらっているのですが、それはあくまでも、GameBCNをプロモーションしていく過程でのものです。

――マーベラスとしては、日本にインキュベーションプログラムを根付かせるためには、自分たちのところで利益を主張してはいけないという判断になったのですか?

山崎新しいチームを見つけて育てていきたいという思いが、いちばん大きかったです。

一條パブリッシャーに対してどのようなメリットを感じるかは、クリエイターさんによっても違いますし、そのときに作っている作品によっても違うと思います。選択権はクリエイターさんにあります。マーベラスと優先交渉をするというだけなのですが、半年間みっちり関わり合う仲ではあるので、企業のちょっとしたインターンシップに近いかもしれませんね。そこで、「ここはぜひマーベラスさんと」いった気持ちになるといいのかなというくらいです。

山崎本プログラムで半年間向き合って、お互いがお互いのことを理解するいい機会になればいいなと思っています。

佐藤あと、これは補足ですが、この半年間で必ずゲームを完成させないといけないというわけではないです。半年間やってみて、さらにブラッシュアップしていきたいという方もいるでしょうし。半年が終わった最後段階で、“ピッチ”と呼ばれるパブリッシャーや投資家へのプレゼンテーションができるビルドができることが、プログラムの成果物だと考えています。

山崎さらに言うと、さきほど佐藤さんもお話ししていましたが、プログラムを終えたあとも、お互いにコミュニティーを継続したいという気持ちが強いので、チャンネルを作って、“ご自由にコミュニケーションを取ってください”という形になってくると思います。

――ユーザー視点から見て、iGiがユーザーに与えるメリットがあるとするとしたら、どのようなものが想定されるでしょうか?

一條“日本から、新しくておもしろいゲームがどんどん生まれますよ”というところが楽しいかなと思っています。日本でおもしろいゲーム作りに取り組んでいるクリエイターはたくさんいます。そこからゲームが発売され、選択肢がより広がっていきますというところがシンプルなメリットではないでしょうか。

山崎次世代のゲームが出てくるワクワク感がいちばんではないでしょうか。

――ちなみに、iGiを発表されて、インディーゲームクリエイターからの反響はいかがでした?

一條反響は大きいです。これまで日本にそういったプログラムがなかったということもあって、「どんな支援をしてくれるのだろう」という期待感もあるとは思います。こういったプログラムができたことを歓迎するクリエイターさんからのポジティブな反響が届いており、身が引き締まる思いです。

佐藤iGiというプログラムを始めたよ、と海外の方にお話すると、「俺にもサポートさせろ!」といった感じでいろいろなところから連絡が来ていて、ちょっと対応に追われています(笑)。日本のクリエイターのこれからに期待し、サポートしたかった人が世界にこんなにいたんだと痛感しています。

――では、今後のiGiの目標を教えてください。

山崎持続的に開催することを大前提に、このプログラムを始めています。目標としてはクリエイターさんがなるべく長く作り続けていけるよう、本プログラムやコミュニティーを通して、参加チームやインディー全体が、長く開発し続けられる環境を整えていきたいと思っています。いいゲームが世界市場に届くことを継続して取り組んでいきたいです。

――最後に、iGiへの応募を考えている方へメッセージをお願いします。

佐藤こうしたインキュベーションプログラムというものは日本で初めての取り組みです。海外にチャレンジしたいと考えている方はたくさんいると思うのですが、そういう方に対してなるべくサポートしていきたいです。可能な限り幅広い作品、クリエイターを支援していきたいと思いますので、たくさんの方に応募していただけるとうれしいです。

一條私は現役のインディーゲーム開発者として、まず自分から見て「こんなサポートがあったら助かる」と思えるようなメンタリング内容の構築を目指しています。PCゲームを作っている方で、海外も含めゲームを展開していきたいと考えている開発者にとって間違いなく有益なものになっています。ぜひ申し込んでいただければと思います。

山崎ゲーム開発などに取り組んでいると、とても楽しい面もあれば逆に苦しい局面もたくさんあると思っています。制作の過程の中で切羽詰ったり、世界に届けるにはどうしたらいいか悩んでいる方々とか、切磋琢磨できる仲間と巡り合いたいという方にぜひとも応募していただきたいです。

マーベラスによる日本初のインディーゲームのインキュベーションプログラム“iGi”にかける思いを聞く。収益化を考えずに取り組むわけ

GameBCN プログラムマネージャー、オスカー・サウン氏からのスペシャルメッセージをお届け

 日本におきましてインディーゲームインキュベーターの開始が発表されたことを非常に嬉しく思います。私たちはGameBCNインキュベーションプログラムを6年間実施しており、おもにヨーロッパにおいてインディーチームの成功を支援してきました。マーベラスと提携して、多くの才能と可能性を秘めた日本のインディースタジオに、国際的な認知度と成功を収めるのに役立つ専門知識を提供することは非常に有意義なことだと感じています。世界中のゲーマーが、日本の素晴らしいインディーゲームを体感するのを待ちきれません。

マーベラスによる日本初のインディーゲームのインキュベーションプログラム“iGi”にかける思いを聞く。収益化を考えずに取り組むわけ