2020年6月3日に設立60周年を迎えたセガ。

 このたび、セガ60周年記念企画としてセガをよく知る人々に、セガはどんな会社なのか、セガをセガたらしめているもの、セガへの愛着について尋ねたインタビューを実施した。

 本稿では、セガ代表取締役社長COOの杉野行雄氏のインタビューをお届けする。

セガ設立60周年特設サイト

杉野「幅広くさまざまなものに対して挑戦してきた歴史そのものがセガの強みです」

 杉野氏は実務の人だ。

 派手な立ち回りでメディアの表に頻繁に顔を出すわけでも、聞こえがいい言葉でファンに巧言令色を並べるでもなく、入社以来一貫して、積み上げたり立て直したりをくり返し、コツコツと幅広いプロダクトのマネージメント畑を歩んできた。現場への理解と数字への目利きに長けるその実力は、新生アトラスの誕生時に社長に就任している点からも明らかだ。

 60周年から70周年へ。新しいディケイド(10年間)にいままた漕ぎ出す船・セガの社長として、セガをどう見つめているのか尋ねてみた。

杉野行雄 氏(すぎの ゆきお)

1993年に入社。『プリクラ』や『バーチャ』シリーズに携わるなどして開発生産やコンシューマ・オンライン事業などの統括本部長を歴任。新生アトラスの代表、セガ・インタラクティブの代表取締役社長CEOなどを経て、現職のセガ代表取締役社長COOに就任している。(文中は杉野)

どんなアイデアでもひとまず俎上(そじょう)に乗せる社風

――まずは設立60周年おめでとうございます。ここまで長い道のりですが、記念の年にあたっての率直な感想を教えてください。

杉野日本には長寿の企業が多くあるとはいえ、セガが60年も続いたのはすばらしいことだと思います。ここまで長く続いているのも、設立から現在までにわたりセガのゲームを楽しんでいただいた皆様のおかげです。そこはもう本当に感謝しかありません。

――60年間続けられている強みや理由、愛される理由はどこにあると思われますか?

杉野幅広くさまざまなものに対して挑戦してきた歴史そのものが、すたれない理由であり強みで、そこを好いていてくれているのではないかと思いますね。

――幅広く。たとえばどんな幅でしょう?

杉野多くの方からご支持いただいた大ヒット作はもちろんですし、ほとんど売れずとも一部の方に熱烈に愛していただいた怪作や、時代の最先端を行きすぎたプロダクトなども含めてです(笑)。

――10年早すぎたと(笑)。それは本当にしばしば言われることで、そういうものが、脈々と続くセガ独特の社風なのでしょうか。

杉野そうですね、実行に移すかどうかはさておき、どんな突拍子もないアイデアでも、ひとまずきちんと聞いてもらえる空気がありますね。それが社風でしょうか。

――では、杉野さんが心当たる“10年早かった”取り組みや挑戦などありますか?

杉野最近のトレンドを考えると、『VR-1』と『セガネットマーク』でしょうかね。前者はいまでいうヘッドマウントディスプレイをかぶる1994年のアトラクションですが、現代でも受け入れられそうな、非常に優れたプロダクトとデザインだと思います。

――『VR-1』は1994年ですから……26年前! 少し前に「VR元年だ!」と騒いでいたのが2016年でしたから、もう10年どころではない早さですね(笑)。

杉野そうですね。ゲーム自体も当時としては「がんばっちゃったな」と思っています(笑)。一方の『セガネットマーク』は25年前の発売で、ポリゴンかつヘッドマウントディスプレイのひとり用ゲーム。他社様のゲームセンター向けにも販売したのですが、これがまったく売れませんでした……。

――早すぎた感はありますね……。でもそういうアイデアを許容する空気と、形にするスピード感は、やはりセガの社風なんでしょう。

杉野私もそれが大好きなところなんですが、じつは私はほかで働いた経験がないので、それがセガ独特なものなのかはわかりません(笑)。さらによくも悪くもですが、思いついてしまったおもしろいことを、ときには「やっちゃうか!」とかなりの勢いでやってしまうことが業界の中でもいちばん多い会社なのではないかと思います。少し前に放送されたテレビ番組『しくじり先生』も、勢いでオーケーとなりました。他社さんでしたら断わっていた件かもしれませんね(笑)。

――勢いだったのですね(笑)。それだけ会社には豪放磊落な方々も多くいらっしゃると。

杉野そうですね。でも意外に思うかもしれませんが、やさしい社員も業界でいちばん多い企業なんじゃないかとも思います。これは私が感じたというより、転職していった、もしくは転職してきた方から言われることが多いんです。もちろんきびしい先輩もいるとは思いますが。

――「やさしい」とは?

杉野新入社員を含め、新しく仲間になった方への面倒見がよかったり、困ったことがあるとたくさんの人が助けてくれます。

――そうしたいまのセガの雰囲気や形は、どこで規定されていったのでしょうか? 発端や分岐点があったのですか?

杉野私が入社してからは、やはりハード事業からの撤退でメーカーとしての佇まいが大きく変わったと思います。

――やはりいちばん大きな事件なのですね。

杉野ええ。まつわるエピソードも多いのですが、話せないことばかりです。ドリームキャスト自体もいいハードだと思っていたのでもちろん残念でしたが、当時私はNAOMIのアーケードプラットフォームの責任者をしており、多くの会社に参入いただいていたこともあって申し訳ない気持ちもありました。またハードの撤退後も、リクエストに応えるような形でタイトルを開発するのではなく、もっと長期的な視野に立ってラインアップを整えるべきだったと反省しています。

セガ再編、そして今後

――それから約20年経過しています。最近の課題はどんなものでしょうか?

杉野そうですね……。ここ最近はきびしい時期もあったので、全社的に縮小均衡になっている感があります。海外市場を筆頭に、大きな視野で物事をとらえる機会が減っているわけです。見渡せば新たなプラットフォームも出てきていますよね。つまりチャンスは世界中にあるので、今後はもっと積極的に取り組んでいこうと思っていますね。

――ここ数年、組織の再編に始まる社内の構造改革が進んでいますよね。その改革によって今後プレイヤーが享受できるであろう“楽しさ”を教えてください。

杉野5年前のセガ再編からお話をしますと、当時は赤字事業もいくつか見受けられる中、「スピード感が要求される経営判断ができていない」という問題を解決するために、大きくアーケードとコンシューマへの分社化を行ったわけです。

――その成果をどう捉えていらっしゃいますか?

杉野以来5年間で、それぞれのグループ会社が一定の成果を出すことができたと思います。ところがその反面、組織が個別最適化されているがゆえに、コンテンツを、グローバルで展開しながら大作化することが難しくありました。またクラウドゲーミングも含めた新しいプラットフォームへの対応を、営業からのアプローチでも技術からのアプローチでも、それぞれ各社で行うようになっていたため、ムダもそこそこ見受けられるようになってきていました。

――分けたぶんだけ、コストがかかる、と。

杉野ええ、そこで今回改めてグループの力を結集し、5年後、10年後に向けたゲーム開発の体制を作ろうという話になったわけです。

――成果は見え始めましたか?

杉野ご存じの通り、現在はまだ出社もままならない状況。まだ大きく語れる段階ではありませんが、少しずつ挑戦の機運が高まってきているのは感じています。「あ、セガがなんか変わってきたな」と思っていただけるのは、1、2年後になってしまいそうですが、それを楽しみにお待ちいただければと思います。

――その結果、61年目、62年目とさらに体制を強化し、100年の企業を目指すと。そのためにはどのような挑戦やブランディングを行っていこうと思われているのでしょうか。

杉野現在セガでは約40%の社員が海外で働いており、大小あるものの、スタジオだけを抜き出しても、ロンドン、ロサンゼルス、バンクーバー、上海、パリ、ブルガリアといったところに1000名以上の開発者が在籍しています。しかしながらグローバル市場はまだまだ成長を続けているので、社員数だけでなく売上も含め、そう遠くない時期に海外比率50%以上を目指します。また、セガのIPにひとりでも多くの方に触れていただく機会を作るための挑戦は続けていきたいですね。

――具体的な例はありますでしょうか?

杉野現在は日本と中国では、まだ上映できていませんが、たとえば『ソニック』の映画が、上映済のエリアでは大ヒットしています。興行収入などから推測するに、映画館やダウンロード、Blu-rayなどで観ていただいた方はすでに3500万人に達するのではないでしょうか。今後もそうして絶えずセガのIPに触れていただき、セガのゲームやIPを好きでいてくださる方が増えていけば、おのずと100年続く企業となれると信じています。

――40年後またお祝いさせていただきます!

杉野社長のマイセガベスト3

 杉野氏に尋ねたところ、昔すぎるタイトルは読者もピンと来ないかもと、杉野氏が入社して以降のタイトルを、順位はとくになく挙げてくださった。王道覇道のタイトルがずらり。

サクラ大戦3〜巴里は燃えているか〜

杉野ゲームの内容は言うまでもなくもちろんすばらしいのですが、オープニングが大好きです。いまでも暗い気持ちになったときに、オープニングを観ることがあります。

バーチャファイター2

杉野すでにセガ社員だったので、のめり込まないように気をつけていました。ですが、プレイするだけでなく、鉄人のプレイを見に行ったりはしていましたね。『バーチャファイター4』のときは、プロダクトマネージャーとして参加していましたが、「『バーチャ2』のときのあの楽しさをもう一度!」と思いながらがんばっていたことを思い出します。

龍が如く

杉野発売までに二転三転、四転五転あったタイトルだけに、発売日に棚に並んでいるのを見るだけで泣けました。発売日はSIEさんの某大作RPGと同日だったのですが、渋谷のTSUTAYAに行って店員さんに見つからないように商品を目立つところに並べ替えていたのを思い出します。プレイヤーとしてももちろんかなりの時間遊びましたし、何より桐生一馬や真島吾朗のカッコよさに痺れましたね。