10月からTBSほかにて放送中の、赤根和樹監督が手掛けるオリジナルテレビアニメ『星合の空 -ほしあいのそら-』がおもしろい。

 弱小ソフトテニス部が、ひとりの素人転校生の入部によって劇的に生まれ変わっていく、爽やかなスポーツものとしての物語が楽しめる本作。しかし一方で、多くのキャラクターが家庭環境に問題を抱える様子も、生々しく描かれている。部活動と家庭。楽しさと苦しさ。テーマやテイストをどちらかに絞ることなく、それぞれを大切に描くからこそ生まれる本作ならではの魅力を、お伝えしよう。

アニメ『星合の空 -ほしあいのそら-』レビュー。ソフトテニスに励む少年たちが直面する、不条理な現実。『ノエイン』の赤根和樹監督が描く青春ドラマ_01

“月給1万円”のソフトテニス部入部契約

 『星合の空 -ほしあいのそら-』はソフトテニス部に所属する男子中学生たちの、部活動を通した心の触れ合いを描いたオリジナルテレビアニメ。『天空のエスカフローネ』や『ノエイン もうひとりの君へ』、『コードギアス 亡国のアキト』などを代表作に持つ赤根和樹が、原作・脚本・監督を一手に担っている。アニメーション制作は『ヤマノススメ』シリーズや『転生したらスライムだった件』を手掛け、2020年には『推しが武道館いってくれたら死ぬ』が放送される、エイトビット。滑らかで丁寧なアニメーション表現に定評がある制作会社だ。

 物語は、中学二年生の桂木眞己(声:花江夏樹)が、母親と一緒に幼い頃に住んでいた街へと引っ越してくるところから始まる。眞己の転校先である志城南中学校は、女子ソフトテニス部が全国大会に出場するほどの強豪である一方で、男子部はやる気のない部員ばかり。練習試合でも、男子部は女子部に全く歯が立たない。真剣にソフトテニスに取り組みたい部長の新城柊真(声:畠中祐)は、苛立ちを募らせる。そんな中、生徒会の方針で、夏の大会で1勝もできなかった場合、男子ソフトテニス部は廃部になることが決定してしまう。

 次の日、柊真は幼馴染の眞己が近所に戻ってきたことを知る。眞己の運動神経を見込んでソフトテニス部へと勧誘する柊真だが、この誘いは無下に断られてしまう。しかしさらにそのまた翌日、眞己は半ば強引に押し切られて、条件付きでソフトテニス部へと入部させられることに。その条件とは、母子家庭で生活が苦しい眞己に、柊真が“月1万円”を支払うことだった。

素人転校生が弱小ソフトテニス部を変えてゆく、痛快なスポーツ・ドラマ

 本作で描かれる部活動描写は実に痛快だ。眞己は素人ながら、柊真から教わったテクニックを次々と吸収していく。基礎体力も高い。そんなプレイヤーとしての能力に加え、やる気のない部員たちをやる気にさせる才能まであるのが面白い。一見飄々としていてどこか冷めているように見える眞己だが、その場その場に適した態度を取り、短気な部員には挑発したり煽ったりしてやる気を出させ、自分に自信のない部員のことは背中を押して勇気づける。柊真の直情的だがリーダーシップのある性格とは好対照で、ふたりはたがいの足りない部分を補い合って、男子ソフトテニス部を立て直していく。

アニメ『星合の空 -ほしあいのそら-』レビュー。ソフトテニスに励む少年たちが直面する、不条理な現実。『ノエイン』の赤根和樹監督が描く青春ドラマ_04

 スポーツを題材にしたアニメは、キャラクターが非現実的な動きをすればすぐに違和感に繋がってしまう。しかし本作の上質なアニメーションは、そのような違和感とは無縁だ。視聴者は、男子中学生たちの躍動や、ボールの打ち合いの気持ち良さが存分に堪能できる。また、汗臭いような印象を受けず、老若男女問わず親しめそうな映像になっているのは、イラストレーターのいつかが原案を担当した、淡い色調の可愛らしいキャラクターのデザインが大きく作用しているのだろう。ラケットやボールなどは一部CGで描かれているが、手書きによるキャラクターや背景とも絶妙に馴染んでいる。あまりに自然で気づきにくいが、いたるところで国産アニメの最先端の技術が光っている作品と言えるだろう。

第1話のラストで明かされる“無力な中学生”としての眞己

 そんな観ていて胸がすく思いがする、部活動描写だけでは終わらないのが本作最大の特徴。第1話のラストでは、家族の縁を切ったはずの眞己の父親が、眞己たちの引っ越し先の住所を突き止めて家に上がり込んでくる。ここでこの父親が、家庭内暴力を振るうような人間で、今でも定期的に母子の家に金をせびりにやってくるような最悪の男であることが明らかになる。学校ではのびのびとした活躍を見せる眞己が、父親に対しては怯えてしまって何もできない様子に、多くの視聴者がショックを受けるだろう。

 物語が進んでいくと、登場する多くの生徒が、様々な形で家庭に問題を抱えていることが明かされる。赤ん坊のころに母親に付けられた火傷のあとがまだ背中に残っている者、養子縁組で引き取られたため、父母と血の繋がりがない者、母親と祖母の仲が悪く、それぞれから別の名前で呼ばれている者。柊真もまた、母親と波長が合わないという悩みの種を抱えている。どのキャラクターの問題も、中学生という年齢を考えれば、自分で解決できることはほとんどないだろう。彼らが抱く無力感は、想像に難くない。

 月給1万円というお金の関係で手を結んだ眞己と柊真。ほかの部員たちも、当初から良好な関係を築いているわけではない。けれど少年たちは、それぞれが抱える苦しみの一端に触れることで、徐々にその心を通わせていく。たがいの傷を分かち合える絆は、苦しみの元を断ち切ることには繋がらずとも、毎日をよりよいものへと変えていく。「世の中の不条理に対する無力感」という学生時代ならばなおさら強く抱くであろう感情。それを真正面から描ききっているからこそ、彼らが共に部活動に励む日々という「一瞬の輝き」はより強い光を放つ。

アニメ『星合の空 -ほしあいのそら-』レビュー。ソフトテニスに励む少年たちが直面する、不条理な現実。『ノエイン』の赤根和樹監督が描く青春ドラマ_02

 『星合の空』は、七夕の夜の空を表す言葉だ。本作は、過ぎ去れば一瞬にも感じられる、辛く苦しい、けれどかけがえのない青春の日々を、この言葉になぞらえているのかもしれない。

 本作はAmazonプライム・ビデオ、dTV、dアニメストア、Hulu、バンダイチャンネルほか、数多くの動画配信サービスで視聴できる。見逃してしまうのは惜しい作品だ。ぜひ、ひとりでも多くの方に、眞己や柊真の葛藤が行き着く先を見届けてほしい。