昨年(2017年)、誕生から20周年を迎えた『ウルティマ オンライン』。MMORPGという分野を切り開いた、ゲーム史に名を残す一作だ。

 アメリカ・サンフランシスコで実施されたゲーム開発者向けカンファレンス“GDC 2018”最終日、同作を手掛けた4人のクリエイターによるセッション“Classic Game Postmortem: 'Ultima Online'”が行われた。登壇したのは、プロデューサーであり、ゲーム内の“ロード・ブリティッシュ”でもあったリチャード・ギャリオット氏、ディレクターを務めたスター・ロング氏、リードデザイナーを務めたラフ・コスター氏、アソシエイトプロデューサーを務めたリッチ・ヴォーゲル氏だ。

 『ウルティマ オンライン』が生み出した画期的な仕様や、サービス開始前/開始後の苦労、ゲーム内で起こった驚くべき事件などについて語られた本セッションを、詳しくリポートしていこう。

『ウルティマ オンライン』MMORPGの元祖がもたらした、多数の発明とは? “ロード・ブリティッシュ”らが明かす開発秘話【GDC 2018】_01
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左からリチャード・ギャリオット氏、スター・ロング氏、ラフ・コスター氏、リッチ・ヴォーゲル氏。
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なんとギャリオット氏とロング氏は、それぞれロード・ブリティッシュとロード・ブラックソーンのコスプレをして登場。

企画当初、周囲からはまったく期待されていなかった

 セッションは、「ログインする準備はいいか?」という掛け声とともに、『ウルティマ オンライン』のログイン画面からスタート。まずは、『ウルティマ オンライン』の企画の始まりについて語られた。

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 企画当初の名前は『Multima』。パーティーベースで楽しむマルチプレイヤーゲームはすでに存在していたので、『ウルティマ』をマルチプレイヤーにゲームするというアイデアはずっとあったという。だが、まだオンラインゲームの人口が少ない時代。『ウルティマ』クラスのIPのオンラインゲームを作るための予算を確保するのは難しかった。「インターネットは、これから絶対に普及する!」とエレクトロニック・アーツに持ち込むも却下(当時のオンラインBBSゲームの同時ユーザー数は5000~15000人。オフラインの人気ゲームが100万本売れていた時代だったため、桁が違った)。半年後、インターネットが盛り上がりを見せていたため、再度持ち込むも却下。そして1年後、「企画を承認するまでミーティング室から出ないぞ」と乗り込むも、わめき合いになり、結果追い出されたという。

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なお、『ウルティマ オンライン』の企画が立ち上がった1995年の技術は、いまと比べると(当たり前だが)雲泥の差。CPUもRAMも現在の1000分の1、ハードディスクの容量は、いまの携帯電話の10分の1しかなかったような時代だ。ゲーム業界では、『Dragonspires』や『MUDs and MOOs』などが人気だった。

 紆余曲折あってようやくチームは動き出したが、開発室として与えられたのは工事中のフロアにある部屋で、エレベーターを降りて右に曲がれば部屋にたどり着けるが、左に曲がれば落下して死亡(!)するような環境だったとか(騒音はひどいし、暖房もなかった)。

 開発開始時のチームメンバーは8人で、平均年齢22歳。“ゲーム内容の9割は、このチームで作ったと言っていい”とのこと。なお、ゲームデザインにおいては、じつはコスター氏の妻であるクリスティン・コスター氏がかなりの仕事をしたのだという。経済学を修めていた彼女によって、ゲームの各種サイクルが考え出されたほか、今日では数々のゲームでも見られる、オブジェクトを抽象的に表現する手法も生み出された。

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ゲームデザインに関する手書きのメモ。
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4km×4kmの世界。本当はこの4倍の大きさを作れると思ったが、「全然だめだった」。
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 また、少人数のチームで、Webサイトも作った(会社には言わずに!)。おそらく商用ゲームでは初となるFAQページを作り、実装する機能について説明していったという。

 商用ゲームで初と言えば、アーリーアクセスの先駆けともいえる試みも行われた。βバージョンを開発した段階で、予算を使い果たしていたという『ウルティマ オンライン』チーム。βテストを行うには、CD-ROMをユーザーに送らなければならないが(当時のモデムでは速度が遅すぎて、ダウンロードは無理)、そのお金がなかった。そこで、ユーザーに5ドルで“テスターになる権利”を販売したのだ。

 なお、この時点での販売予測は累計30000本だったが、Webサイトでβテスターを募集したところ、50000人が殺到! これをきっかけに、エレクトロニック・アーツも『ウルティマ オンライン』を最重要プロジェクトとして考えるように。なんと『ウルティマ9』のプロジェクトを凍結して、スタッフを『ウルティマ オンライン』に回した。しかし、新たにチームに参加したメンバーは、オンラインゲームのことを理解していないし、プロジェクトを凍結されたことによって士気が下がっており、散々だったとか……。

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ちなみに、このβテストのCDは、いまではコレクターアイテムとして取引されているという。

 『ウルティマ オンライン』開発エピソードはまだまだ続く。何もかも新しい試みのため、インフラもいちから作る必要があった。コード生成システム、登録・請求システム(ヨーロッパはクレジットカードが普及していなかったので、時間制課金プロダクトを物理的に作って小売店で販売)などなど……。

 予想を上回るユーザーが集まったため、シャード(破片という意味。いわゆるサーバーのこと)も作らざるを得なかった。本当はひとつの世界にすべてのユーザーを入れたいと考えており、想定の10倍の人数まで耐えられるようにしていたのに、ゲームは発売後1~2ヶ月で100万本売れてしまったのだから!

 そこでギャリオット氏は、『ウルティマ』に登場した邪悪な魔術師モンデインが倒されたとき、彼が手にしていた宝玉が割れ、世界はかけら(シャード)に分断されてしまった……という物語を作った。「かけらを集めてつなげれば、いつか世界はひとつになる」という設定にして、心を落ち着けたそうだ(結局かけらが集まることはなかったが)。

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ローンチ後は、開発をギリギリで進めていたために、デバッグが不十分でバグが頻発。その修正に追われたという。そこで得た教訓は、「ローンチは一度だけ。準備が整うまでローンチするな」。

ゲーム運営は都市運営と同じ? 予想外の出来事が多々発生

 サービスが始まると、さまざまな問題も起こる。プレイヤーキル、リアルマネートレード、その他チート……。ゲームマスター(赤いローブをまとっているのが特徴)の中に、与えられた権力を乱用して稼ぐものもでてきた。それらに対応するうちに、もはやゲーム運営は都市運営と変わらなくなり、実際にチームメンバーは政治の関係書籍を読み始めたというエピソードが語られた。

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プレイヤーキルが思い出に残っているユーザーは多く、最近、週に一度は「『フォートナイト』や『PUBG』は、『ウルティマ オンライン』のPKの精神的続編だよね」と言われるのだとか。

 また、『ウルティマ オンライン』チームは、コミュニティを非常に大事にした。著名コミュニティサイトのサポートをしたり、ある若者が描いた『ウルティマ オンライン』に関するマンガを、公式サイトで紹介したりもした。その若者は、現在著名なマンガ家となったスコット・カーツ氏である、とコスター氏。

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 続いて、ゲーム内で起こった、いまとなってはユーモラスと言える事件について語られた。

・鍛冶屋よりも大工よりも早く生まれた職業
βテストが始まったころの出来事だが、女性キャラクターが“卑猥なチャットをしないか”と誘うという事案が発生した。1週間後、それは組織的な行いになり、Flyguyなるプレイヤーが、空の建物で娼館を運営するようになった。その中には女性キャラクターが何人も待機していて、客が入ると、裸になって踊りながらテキストを打つのだという! 同作において、鍛冶屋よりも大工よりも早く生まれた職業は、なんと娼婦だった。

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この建物が娼館と化した。

・酔っぱらいたちの抗議
「バグを直せ!」といった苦情を出すとき、プレイヤーが店に押しかけて騒ぐことが定番になった。服を脱いだり、酒を飲んで吐いたりと、最悪だった。

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・トリンシックの包囲
都市トリンシックにて、出口に山ほど家具を積んで、人が出られないようにしてPKする事件が起こった。チームとしては、何かを取り除くことで問題を解決するのは避けることにしていたため、つぎのパッチで家具を壊せるようにして解決した。

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・ブリタニアのハルク・ホーガン
プロレスラーのハルク・ホーガンにそっくりなキャラクターが、挑発しまくってくるという事件。武器なしの格闘をしていた。

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 そして、最後の話題は、『ウルティマ オンライン』プレイヤーには有名な、ロード・ブリティッシュ殺害事件について。それはβテストの終わりごろのこと。その日ギャリオット氏は、無敵フラグを立てるのを忘れてログインしてしまった。そして、Rainzというプレイヤーがファイアーフィールドを放った際、いつものように「自分は無敵だ」と思って突っ込んだら、なんと死んでしまった!

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プレイヤーも社内も騒然となったとか(そりゃそうだ)。とりあえず、死体漁りをされないように、デーモンを出して守ったという。

 王は死に、プレイヤーが新たな支配者となった。これが、人々が自由になった瞬間だった……とコスター氏。このことに対して、そして講演に参加してくれたことに対するお礼を込めて、4名は「本当にありがとう」とメッセージを送り(ギャリオット氏は「リチャードを殺してくれてありがとう」とコメント)、1時間にわたるセッションを終えた。

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取材協力/矢澤竜太