世界累計売上本数(ダウンロード版を含む)が750万本を突破した、カプコンの『モンスターハンター:ワールド』。日本のみならず、海外でも多くの高評価を受け、カプコン史上最高の出荷本数を達成したことは記憶に新しい。

 アメリカ・サンフランシスコで行われているゲーム開発者向けカンファレンス“GDC 2018”では、会期4日目、この『モンスターハンター:ワールド』をテーマとするセッション“'Monster Hunter: World' Postmortem: Concept Design through Prototyping and Iteration”が開催。同作のディレクターを務める徳田優也氏と、グローバル開発部門のシニアマネージャー、ピーター・ファビアーノ氏が登壇し、同作のプロトタイプ(試作版)の開発を経て、どのようにゲーム内容を検証していったかを語った。

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徳田優也氏(左)とピーター・ファビアーノ氏(右)。

 『モンスターハンター:ワールド』を作るにあたり、辻本良三プロデューサーは、ふたつのミッションを提示した。“つぎの時代の『モンハン』を、据え置き機用に作ること”、そして、“日本と海外、両方のプレイヤーが楽しめるものにすること”だ。

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 では、どのようにゲームをデザインしていったか。最初に、“密度が高いシームレスなフィールド”、“その場の環境を狩りに活かすこと”、“モンスターから隠れたり、モンスターどうしを争わせたりすること”といったアイデアが生み出された。そして、それらの挑戦的なアイデアを検証するべく、密林を舞台にしたプロトタイプを作ることになった。

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 ここでスクリーンには、プロトタイプのストーリーボードとコンセプトアートが映し出された。導蟲(資料では“ガイド虫(仮)”)やスリンガーを利用する仕組みは、この初期段階から考えられていたことがわかる。導入する要素や見せたい風景、達成目標などを具体的にしたうえで、プロトタイプは作られていった。

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 つぎに、世界初公開となるプロトタイプの映像を見せながら、どんな要素を検証したかを徳田氏が解説した。

 映像は、鬱蒼とした森にハンターがいるところからスタート。ハンターは、木々をかき分けて進んでいく。クモの巣を振り払うと、クモが逃げていく演出が入れられているが、これは“生きものをたくさん配置して、どれだけ密度のある生態系を構築できるか”を検証するためのものだという。ほかにも、小さなヤモリが動いているシーンなどがあるが、その小さな生物の動きまで作っていることは、チームが誇りに思っている部分のひとつとのこと。

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プロトタイプと言いながら、このクオリティー! 舞台となっている密林が、“古代樹の森”となったのは明らか。

 暗い場所では、導蟲や周囲の光源を使って、どれだけ探索感を出せるかも検証。映像を見ると、なかなかに暗い。「すごく雰囲気があってよかった」(徳田氏)ものの、実際にこの暗さをゲームで実装すると遊びにくいといった問題があり、製品版ではもう少し明るい状態にしたという。徳田氏としては、暗いところの探索は気に入っている要素なので、いつかまた挑戦したいと思っているそうだ。

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草むらに隠れ、胞子を出す植物を利用してモンスターを煙に巻くシーン。環境を利用してどこまで狩りができるかを検証するため、武器をあえて使わずにやりすごしている。

 映像を見続けていくと、アンジャナフが登場。木々のあいだを潜り抜けながら、ハンターを追いかけてくる。これは、モンスターが自分で経路を探索して進めるかどうかの検証。これまでのモンスターにはできなかった動きだ。初めてこのシーンを見たときは感動した、と徳田氏。

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ハンターに乗られたことを認識し、ハンターを落とそうとするアンジャナフ。乗りに関しては、要求されるアクションの量が多くなることが予想されたため、条件を満たしたら、落とされても自動的にリカバリーできる仕組みも併せて検証された。

 さて、ここまで見たプロトタイプの映像は、『モンスターハンター:ワールド』用のエンジンができてから作られたものだが、この段階の前に、既存のエンジンを使って作られたプロトタイプがあった。徳田氏は、このバージョンのプロトタイプの映像を公開。アンジャナフと遭遇した後、どんな展開があったかを紹介した。

 引き続き追ってくるアンジャナフに捕まってしまうハンター。スリンガーを利用して、なんとか脱出する。大型モンスターとの狩りは時間がかかるものなので、こういった“テンポを変える要素”は重要だ、と徳田氏。マルチプレイにおいて、この状況を同期させるのは技術的には難しいが、コストをかけてでも対応したとのこと。

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 その後ハンターは木の陰に隠れ、回復薬を飲む。シームレスなマップを採用したことにより、エリアをまたいで回復することができなくなったため、木や草に隠れて回復できるという要素を入れたのだと徳田氏は解説する。ただし、永遠に隠れることができてしまうと、モンスターをハメるようなプレイが生まれてしまう懸念があるため、ハンターが残した匂いを追って、モンスターがいずれ居場所に気づくようにした。

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 続いて、製品版でも見られる、ダイナミックな環境利用のシーンへ。濁流でアンジャナフを押し流し(水に飲まれながらも攻撃してくるアンジャナフの姿に、アンジャナフの攻撃性を見ることができる)、これで狩りは終わりかと思いきや……な、なんとラギアクルスが現れて、アンジャナフを放り投げた!

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 これこそ、『モンスターハンター:ワールド』でもっとも大事にされた要素、モンスターどうしの争いを検証するもの。じつはこのプロトタイプにおいて、ハンターが狩猟したかったのはラギアクルス。あくまでアンジャナフは、ラギアクルスをおびき出すための存在だったため、ハンターは武器を使わずに対処していたのだ。

 ラギアクルスと対峙し、抜刀するハンター。ついに本当のハンティングが始まる……ということを示して、プロトタイプの映像は終了した。

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 それにしても、この映像を見ると、『モンスターハンター:ワールド』にラギアクルスが登場するのでは!? と期待してしまうが……残念ながら、長い首が特徴であるラギアクルスのモーションを新たに作ろうとすると、技術的な問題点が多々あり、実装は断念したとのこと。今後、アップデート等でも出てくる予定はないと明言された

 なお、ラギアクルスが泳いでくるときのシーンでは、大地が隆起している。これは、ラギアクルスの登場を表すものでもあり、モンスターが地面の特性を変える(それを利用してジャンプ攻撃ができる)という要素を検証するためのものでもあった。この仕組みは、ジュラトドスなど、ほかのモンスターに活かされている。

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 ファビアーノ氏は、このプロトタイプを作ったことで、スタッフにゴールを理解してもらうことができ、開発のクオリティーとスピードが上がった(PDCA(計画、実行、確認、対応)サイクルが回るようになった)と語る。そうして生み出された『モンスターハンター:ワールド』が全世界で大ヒットしたのは、前述の通りだ。まさに“モンスターリテール”!

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 またファビアーノ氏からは、この講演を聞いてから、『モンスターハンター:ワールド』のアナウンスメントトレーラーを見てもらうと、開発意図がわかってもらえると思う、というコメントもあった。では、最初に公開されたトレーラーがどんなものだったかを見てみよう。

 内容を見ると一目瞭然なのだが、プロトタイプで検証されていた挑戦的なアイデアが、この映像にはすべて盛り込まれている! 確かな検証を経て、ブレないコンセプトができあがっていたことに、改めて驚かされることだろう。

 さて、セッションの最後には、質疑応答の時間が設けられたので、その内容を紹介しよう。

Q.海外でヒットしたことの最大の要因は?
A.いくつかの要因が重なっているとは思いますが、『モンスターハンター』のコアの部分(アクション、マルチプレイ、ゲームプレイループ)をより進化させつつ、そこにたどり着きやすいように設計し直したことが、とくに海外では大きかったと思います。

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Q.遊びやすく改善するうえで、チームから、あるいはファンからの反発はあった?
A.批判があるかもしれないと思いながらも、思い切って入れた要素はいくつかあります。たとえば、ダメージの表示を出す仕様です。いままでは、モンスターのリアクションを見て、手応えを感じる設計でしたが、海外でテストプレイを行った際、「どれだけ自分が貢献できているか、すぐに知りたい」というリクエストが多かったので、(オプションでオフにできる選択肢を用意したうえで)入れることを決断しました。

Q.妻が150時間遊んでいます。いいゲームをありがとうございます。あんなにきれいなプロトタイプは初めてみましたが、プロトタイプの作成期間は? カットシーンは作ったのですか?
A.グラフィックが完全でないバージョンは、1年くらいで作っています。その後、グラフィックの検証に半年ほどかかっています。また、お見せした映像はすべてゲームプレイで、カットシーンは入っていません。すべてゲームプレイでできることが重要だと思っていましたので。

Q.プロトタイプ制作チームの規模は?
A.正確な人数は覚えていませんが、おおよそ50~70人くらいです。

Q.チームの何人がネコ派ですか? ネコ好きであることは必須要件ですか?
A.ネコ好きは多いです(笑)。僕は爬虫類が好きで、トカゲをいっぱい飼っています。動物好きは『モンハン』チームでは重宝されますし、優遇されるところがあります(笑)。

Q.モンスターのデザインにおいて、いちばん大事なポイントは?
A.『モンスターハンター』では、生態系の一部としてモンスターを描こうとしていますので、その環境にいてもおかしくないと感じられることを大事にしています。それから、ひと目見て、どんな特徴があるか、どんな攻撃方法を持っているかがわかることが大切です。その特徴が、機械的なもの、たとえばブルドーザーをモチーフにしたものだったとして、それをいかに生きているように見せられるかは、スタッフの腕の見せどころだと思います。

Q.海外でプレイテストをしたとのことですが、どの地域で? 日本でも行ったのですか?
A.日本については、日本人のユーザーの感覚はなんとなくわかっているところもありますし、社内でテストができますので、ユーザー向けのテストプレイは行っていません。海外においては、まず前段階として、海外の感覚を持っているスタッフ(ローカリゼーションチームなど)を対象にテストをしてフィードバックを得てから、北米とイギリスで行いました。それから、gamescomなどのイベントに出展して、さらにフィードバックをもらう形を採りました。

Q.この生態系が感じられる環境で、ナラティブの手法をどのように取り入れたのですか?
A.今回は、初めて『モンスターハンター』の世界に触れる人が多いと思っていたので、新大陸を舞台にして、みんながフラットな状態でスタートできる世界観にしようと考えました。それから、“生態系”が全体のテーマのひとつですので、モンスターの生態系の秘密に迫っていくような舞台設定として、調査団を登場させ、そこから設計していきました。

Q.新しいモンスターが多く登場する理由は? ハードウェア上の制約が少なかったのが要因ですか?
A.新大陸の環境に適応したモンスターを多く出したいと思っていたので、環境が新しい分、おのずと新しいモンスターを設計することになりました。技術面で言うと、内部から発光するような表現をともなうモンスターは、ハードの性能があったからこそ設計できたものです。

Q.洗練されたプロトタイプに感銘を受けたのですが、他メンバーからの意見はどれくらい取り入れたのでしょうか?
A.それは本当に苦労したところで、最初は(各パートの)リーダーを介していたのですが、なかなか作りたいもののビジョンが伝わりませんでした。最終的には担当者全員を集めて、毎日「ここはできていて、ここはちょっと足りていない」と直接やりとりしていて、このクオリティーまでたどり着くことができました。

Q.この生き生きとした環境内のオブジェクトを、どうやってまとめ上げたのですか?
A.生きている世界を作るにあたって考えたのは、生態ピラミッドです。そのいちばん下に属しているのは何なのか、その層を食べているのはどういうもので、どういう形態なのか、どんな役割を持っているのかをひとつひとつ考えて作っていきました。また、いままではプレイヤーを攻撃してくるモンスターを中心に構築していましたが、今回は環境を彩る生き物をたくさん入れていって、そこに密度やゲーム的な意味合いを持たせて、世界を演出することを心掛けました。

Q.多くのモンスターについて、生態系に則ったリアリティーを感じましたが、アート側とゲームデザイン側のどちらが主導するかたちで進められたのでしょう?
A.まず、ゲームデザインの全体的なレベルカーブ、ユーザーに何を体験させたいかを考えてから、モンスターの数や、モンスターのキーになる要素を考えました。それを生態ピラミッドに落とし込むとどういうモンスターになるのか、アーティストがアイデアを出します。ですので、最初に大事なのはコンセプトですね。ゲームデザイン上の役割、そして生態系上の役割を我々が決めてから、作業が始まります。

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セッション参加者は、世界的ヒットとなった『モンスターハンター:ワールド』をディレクションした徳田氏を拍手で称えた。
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取材協力/矢澤竜太