タイトーサウンドチームZUNTATA 30周年の出来事を新旧メンバーが振り返る。30年という年月に刻まれた深き年輪

ZUNTATA30周年を記念したCDアルバム『reZonance world ~ZUNTATA 30th ANNIVERSARY~』が2017年12月21日に発売されるのを記念して、新旧のZUNTATAメンバーに集まってもらいインタビューを敢行した。

 1987年6月にアルファレコードより発売されたアルバム『TAITO GAME MUSIC Vol.2 DARIUS』よりその歴史を刻み始めたタイトーのサウンドチームZUNTATA。その30周年を記念したCDアルバム『reZonance world ~ZUNTATA 30th ANNIVERSARY~』が2017年12月21日に発売となる。

 その記念すべきタイミングにあわせて、新旧10名のメンバーによる座談会を取材できる機会を得た。ゲーム音楽史をほとんどカバーする30周年という年月に馳せる思いや、お気に入りの一曲といった話題に加えて、いまだから語れる舞台裏のエピソードもたっぷりとなったこの座談会。アーケード、コンシューマー、モバイルにおけるゲームサウンド制作はもちろん、CD制作やイベント運営までを手掛けてきたことによって、ZUNTATAという組織が“自分たちの家”を守り続けてこれた理由の一端が垣間見えるはずだ。

座談会参加メンバー(敬称略)

現ZUNTATA

石川勝久氏【ばび~】(効果音専門、5代目現リーダー)
1990年入社。代表作(効果音):『メタルブラック』『ダライアス外伝』『サイキックフォース』『ダライアスバースト』(歌唱)『電車で電車でGO! GO! GO!』(PS版電車でGO! CMソング)

MASAKI氏 (コンポーザー)
2014年4月入社。代表作:『グルーヴコースター』シリーズ

下田祐氏(コンポーザー)
2017年4月入社。代表作:『レイクライシス』(スマートフォン版)、『たけしの挑戦状』(スマートフォン版の追加曲)

旧ZUNTATA

古川典裕氏【なかやまらいでん】(コンポーザー)
1988年入社。代表作:『グリッドシーカー』『ライトブリンガー』『電車でGO!』ほか

山田靖子氏【Yasko】(コンポーザー)
1988年入社。代表作:『ニュージーランドストーリー』『ドンドコドン』『バブルシンフォニー』ほか

内田哉氏(サウンドプログラマ、4代目リーダー)
1994年入社。代表作:各種サウンドドライバ、『ダライアスバースト』(アルバム、ライブプロデュース)、ZUNTATA NIGHT(ネット放送)オペレーション

小塩広和氏【COSIO】(コンポーザー)
2005年入社。代表作:『スペースインベーダーエクストリーム』『グルーヴコースター』シリーズほか

河本圭代氏【TAMAYO】(コンポーザー)
1989年入社。代表作:『レイフォース』『レイストーム』『レイクライシス』『ゆうゆのクイズでGO!GO!』ほか

中澤秀一郎氏【SHU】(コンポーザー)
1991年入社。代表作:『ランディングギア』『クレオパトラフォーチュン』ほか

渡部恭久氏【Yack.】(コンポーザー)
1987年入社。代表作:『メタルブラック』『カイザーナックル』ほか

30周年記念CDのテーマは“共振”

――まずは30周年記念アルバムの詳細をおきかせください。

石川 前回の25周年アルバムのときは新旧メンバーによるオリジナル曲+コンポーザーが選んだベスト盤ということで“尖った(選曲の)アルバム”になっていたんです。そこで今回はファンの側に立って、聞きたい曲を素直に聞いていただこうというのがコンセプトです。ディスク3、4にはCD化されていない楽曲を詰め込んでいます。ゲーム音楽黎明期のゲーム音楽アルバムって、ひとつのアルバムの中にいろいろな曲が収録されていて、聞いたことがないゲームの曲に出会うことができた。それに対するオマージュもちょっとあるので、今回のアルバムで隠れた名曲を知ってほしいですね。

『reZonance world』ジャケット。「個性のある音がぶつかり合って共鳴するのがテーマ」(石川氏)の意味を込めたデザインがなされている。

――それぞれのディスクの聞き所をお聞きします。まずはディスク1“ZUNTATA NIGHT 2017”について、アレンジャーの小塩さんからお願いします。

小塩 ZUNTATAの名曲たちをリミックスしたノンストップのアルバムです。もともとは、タイトー在籍時代に聞きまくったアルバムの中で、1999年に発売された『ZUNTATA NIGHT』が「ゲーム音楽ってこんなカッコよく聴けるんだ」とものすごく印象的で、いつか自分でもやりたいと思っていたんですね。『ZUNTATA NIGHT』は音が90年代なのですが、僕が担当するにあたりそこは今風になるように意識しました。本当はタイトー在籍時代にやろうと石川さんと相談していたのですが、今回いい機会だと実現しました。

石川 小塩が言った通り、いろいろあって企画を延期していたのですが、今回30周年を迎えるにあたってちょうどいいと思い、企画を統合しました。

小塩 まさか1枚目になるとは思っていませんでしたけど(笑)。でも、その分気合を入れてがんばって制作しています。

――どのような仕上がりになりましたか?

小塩 フリーになってからDJで呼ばれることが増えたんですけど、ゲーム音楽はゲームのために作られている楽曲ですから、ノリがクラブミュージックとは違うので、フロアでかけるには物足りなさを感じていたんです。だったら、自分のDJプレイで使えるトラックを作ろうと思ったし、それは自分が一番好きなZUNTATAの曲にしようということです。オリジナルとは別の楽しみかたができるようにと、リミックスをしています。

――続いてディスク2ですが、ファンの人気投票によって収録曲が決定しましたね。

石川 そうです。上位20位+αの楽曲を収録したので、ファンの方の声がダイレクトに反映されています。『reZonance world』というタイトルのレゾナンスは、“共鳴、共振”といった意味があって、ZUNTATAとファンのみなさんとで共鳴し合えればという狙いです。ジャケットに描かれた波紋もそれをイメージしています。本来のスペルではZがS(resonance)なんですけど、これはZUNTATAお約束の“Z”が必要だろうということから来ています。

――ディスク2の人気投票の結果を見てどう思われましたか?

石川 集計を終えてまず驚いたのが、1位が『ニンジャウォーリアーズ』の“DADDY MULK”ではなかったことですね。『ダライアスバースト』の“The world of spirit”という新しめのタイトルになったことは、現行メンバーとしてはホッとしています(笑)。あとは14位に『クレオパトラフォーチュン』の“SHININ' QUEEN”が入っていること。100位までの中でランクインしているパズルゲームは、これと96位の『パズルボブル』だけですからね。『メタルブラック』や『ナイトストライカー』みたいに、続編タイトルがないのに上位に入っている曲があるのもスゴイです。

渡部 なんか……トンでますね。

一同 (爆笑)

石川 『メタルブラック』は僕が入社して最初に開発で参加したビデオゲームなのですが、マスターアップ直前に朝までデバッグをしていたら、エンディングでフリーズした記憶があります。

渡部 “THE END”という文字が出たらフリーズしたんだよね(苦笑)。さすがにその日は「もう帰ろう」ってことになって。

石川 一方で言いにくいのですが、Yaskoさんの曲が一曲もランクインしていないんですよ。

山田 そうなのよね。でも私、あんまり仕事していなかったような気がして。

全員 いやいや、そんなことないです!

山田 SC(ショッピングセンター向けのマシン)やメダルものが多かったのはあるかもね。ああいうのもCD化したらいいのに。

石川 あの手のものは実機がないと音が取れないんですよ。海老名(タイトー海老名開発センター。神奈川県の海老名に存在した開発拠点)も、もうないですからね。

TAMAYO 場末の温泉を探すとか……(笑)。そういえばタイトーのロケ(ロケーション。タイトーが運営を手掛けるゲームセンターや店舗のこと)が入っている温泉宿があったよね。

石川 で、話を戻すと、『グルーヴコースター』の曲がかなりランクインしているんですよ。しかも10~20代限定だと、2~5位が全部『グルーヴコースター』。

小塩 若いプレイヤーにもZUNTATAを好きになってもらえたということで、すごく嬉しいです。

渡部 (唐突に)ところで、お前、なんで(会社)辞めたの?

一同 (爆笑)

石川 いまそれをぶっこみますかね。

古川 とにかく、ランキングは新旧がうまくブレンドされているんですよね。2位の“DADDY MULK”はZUNTATAの代表曲と言われるのですが、ゲームそのものはさほどヒットしていないんです。ということは、ゲームミュージックとしてというよりも、ZUNTATAの楽曲という印象が強いということなのかと思います。『G.S.M. TAITO Vol.1 ニンジャウォーリアーズ』に収録されていたアレンジ曲も、ライブをイメージしたものですし。

石川 でも、思っていたよりはバラけたかなと。じつは“OGR三昧”なるんじゃないかという気もしていたんです。いままで人気投票をやらなかった理由の半分以上はその心配があったからです(苦笑)。ちなみに、投票してくださった方は、40代>20代>30代>10代の順番です。

歴代メンバーが選ぶお気に入りの一曲

――4000曲は下らないというZUNTATA楽曲ですが、皆さんが一番好きな曲は何でしょうか?

山田 じつは自分が開発に携わった以外のゲーム音楽ってあまり聴かないんです。その中でも印象に残っているのは『ナイトストライカー』ですね。高木さん(mar.)が産みの苦しみに悩んでいる姿を間近でずっと見ていたので、できあがったときの感慨はひとしおでした。自分の楽曲だと、ZUNTATA25周年アルバムの『COZMO』に収録したオリジナル楽曲『CozmoPower”BON-NO-KUBO”』ですね。評価が両極端でした(苦笑)。

古川 当時は今村(今村善雄氏。タイトーサウンド部門を設立した)さんが責任者をやっていたこともあって、すごく体育会系でしたね。僕も『ナイトストライカー』から“シ・メール”を推したいです。ちょうど高木さんが、当時買ったばかりのKORG M-1を、声録り用の無響室に持ち込んで作業をしていた時期があって。あるとき自分の作曲用に機材を借りたことがあったんですけど、そのとき、M-1に聞いたことのないピアノの曲が入っていたのを盗み聞きしたところ、「いい曲だなー」と感動したのが、のちに“シ・メール”になったんです。ライブでピアノを弾かせてもらったこともあって、すごく想い出深いですね。自分の楽曲の中では、『COZMO』収録の“流星群がやって来る”が好きですね。

渡部 『ニンジャウォーリアーズ』の“JAPANESE SMILE”ですね。勘違いされるからあまり言いたくないのですが、“DADDY MULK”ってめちゃくちゃスゴイ曲だけど、じつはキライなんですよ(笑)。忍者イメージだったら「断然“JAPANESE SMILE”のほうがいいやん!」と思っていて。

一同 (「ああー」と同意の声)

渡部 当時は曲を作るための勉強中だったこともあって、小倉(小倉久佳氏。『ダライアス』シリーズや『ニンジャウォーリアーズ』の楽曲を手がける。ZUNTATAを代表するコンポーザーのひとりで在籍中は“OGR”と名乗る)さんのいい部分と悪い部分の両方が見えてしまったんですよ。音色一個作るのに3日かけたりしていたので、「この人の真似はできない!」と思ったのを覚えています。あとは古川が書いた『スペースガン』のメイン曲(“羅獣の淵”)にはビックリしたわ! 自分が入社したばかりのころにはこんな曲は書けなかったから、いろいろと刺激になりましたね。

内田 僕は皆さんみたいに曲を作る立場ではないのですが、ライブやイベントをプロデュースする立場として一番思い出深いのは、2011年3月に開催された『ダライアスバースト アナザークロニクル』のライブですね。数年間ライブをやっていない期間からShibuya O-EASTを満員にしたのを思い出すと、いまでも胸が熱くなります。

内田 あとは『スペースインベーダーエクストリーム』の“Invader GIRL!”だとか、小塩の一連の曲が多いかな。懐かしいところだと、自分も声の出演をした“スペケン”(ZUNTATA-J.A.M.の初アルバム『スペース遣隋使』)かな(笑)。自分はZUNTATA-J.A.M.のメンバーではないけれど、『電車でGO!』のイベントで全国行脚に同行したりなど、ずっと行動をともにしてきました。それだけに思い出は尽きないですね。

中澤 僕はですね、アルファレコード『TAITO GAME MUSIC』に収録された『スーパーデッドヒートII』の曲です。ブラウン管を4つ使った見下ろし型のレースゲームの続編なんですけど、じつはアルバムに先行して収録していて、ゲーム本編は市場に出回らなかったんです。3人くらいのコンポーザーが関わっているのですが、躍動感のあるバリエーション溢れる楽曲が用意されていて。その中でも「たぶん小倉さんの曲だろうな」というのがとくに好きです。同じアルバムに収録されている『アウターゾーン』のアレンジバージョンだったりとか。小倉さんは職人肌な方で、曲が完成するまでは他人に聴かせることはしないのですが、一度いたずら心から曲の制作途中に「聞かせてくださいよぉ」と、グイグイ迫ってみたんです。結果はやっぱりダメだったんですけど、その数週後に「聴いてみろ」と渡されたときにヘッドホンから流れてきた“VISIONNERZ~幻視人~”は、涙が出るほど感動的でしたね。ボリュームがマックスになっていて、別の意味で涙も出てきましたけど。

石川 SHUの話は滑らんなー(笑)。

中澤 ほかにも入社直後に聴いた『ラスタンサーガ2』や、作曲の高木さんとデータ入力の渡部さんが会社に泊りながら仕上げていた『ウォーリアーブレイド』の1面“Rising”とか、思い出は尽きないですね。

渡部 なに美談にしているんだよ(笑)。当時は死ぬ思いだったんだから! 何しろ本来のメインテーマは別に作る予定だったんだけど、構想だけでお蔵入りしたんだよね。

古川 その話をしちゃいますか(苦笑)。僕もマスターアップ直前の金曜日夜に「1曲作ってくれない?」という依頼があったので、土日で仕上げました。

TAMAYO 私も初めてタイトーの曲を聴いたのが『TAITO GAME MUSIC』でした。中でも『バブルボブル』の曲が好きで。マイナー調から始まるイントロがすごくドラマチックで、音の綺麗さもよかったです。あとは『スクランブルフォーメーション』の冒頭に入っている曲がいいなと思っていたんですけど、あれってゲームには入ってないんだよね?

石川 そうです。プレイヤー機の複葉機を見てイメージを膨らませた小倉さんが最初に作った曲だったんですけど、ちょっとイメージと違っていたらしくてけっきょく採用されなかったんです。

TAMAYO 「俺だったらこんな曲にするぞ」みたいな気持ちが伝わってきて、すごく印象的です(笑)。あとはSHUちゃんの“TRAVELERS IN ASIA”(『アウトバースト4D』。アルバム『S’WORK’S』に収録)がすごく好きなんですけど、原曲は短いので長さを倍に編集して聴いています。

小塩 ZUNTATAを知ったのが『レイストーム』だったのでTAMAYOさんのファンだとも公言し続けているんですけど、中でも“GEOMETRIC CITY”に思い入れがあります。入社後に先輩方の楽曲を聴いて一番印象的なのは、中澤さん作曲の“You've Gatta Luv.”(『JETでGO!2』)ですね。「すっごいオシャレハウスが来たぞ!」と思いました。あとは“お前に激LOVE”。あまりに好き過ぎて、これだけを聴いて仕事を終えた日がありました。

小塩 僕は自分が関わったタイトルだと、やっぱり『グルーヴコースター』で、中でも土屋昇平くんの“Play merrily”ですね。作曲をお願いするときに「音ゲーで宇宙的だよ」と伝えたのですが、それで上がってきたのが超絶ロックなあの曲(笑)。正直かなり面食らったんですけど、いざ乗せてみたら合うんです。そのセンスの切り込みかたがスゴイなと思っていました。自分自身の曲だと『グルーヴコースター』の“FUJIN Rumble”とタイトーの店舗で流れている“We Love Game TAITO STATION!”です。どちらも“音楽ゲームの曲とは”、“企業CM曲とは”を研究してコンセプト固めをして、それが狙い通りに仕上がったのが思い出深い曲です。

石川 僕が初めて聴いたタイトーの曲は雑誌『Beep』のソノシート(塩化ビニールで作られた簡易レコード。その付録はゲームミュージックファンの大反響を得た)に収録されていた“CAPTAIN NEO”(『ダライアス』)なんです。あのソノシートのせいでこの業界に入ってきたサウンドクリエイターはかなり多いと思います。僕はセガ派だったのですが、「うん、タイトーも悪くないな」と(笑)。

一同 (笑)

TAMAYO セガには応募しなかったの?

石川 恐れ多くて応募できませんでした(笑)。で、自分の分野である効果音で印象に残っているのは、『ナイトストライカー』のホーミング弾が来る前の「カーンッ!」って警告音。あれがすごく好き。効果音にPCMが使えるようになったばかりで、外部の音響制作会社に効果音素材を依頼していたこともあったのですよね。

古川 でも、あの音をあそこに当てはめたセンスはすごいですね。

下田 ゲームでは『ナイトストライカー』の“URBAN TRAIL”には思い入れがあります。学生時代に先輩がパシフィストで遊ぶのを目の前で見せてくれて。そういう経験があってこの場所にいられるのかなと。でもじつは、小塩さんと被っちゃうんですけど、“お前に激LOVE”が大好きでして。古川さんには、僕がZUNTATAに入る前から好きだと言っています(笑)。

下田 自分の楽曲だと今年リリースしたTAITO CLASSICS版『たけしの挑戦状』の追加曲です。過去にチップチューンの勉強をしたことがあったのですが、それを活かせる機会だなと。曲調も、原作の明るくナンセンスなノリを意識しました。

MASAKI 僕は、まだZUNTATAの名前も知らないころに遊んだ『Gダライアス』の楽曲を聴いて、「怖い」、「不気味」といった感想を抱いたのがタイトー楽曲との出会いです。入社してから最初に作ったのは『グルーヴコースター』の“座和々”です。「音ゲーの曲ってこんな感じかな?」という確信がないまま作った曲なのですが、聴いてもらったチームの反応はよくて。いまでもライブで演奏することを含めて印象的ですね。作曲した当時は、ここまで何度も演奏したり、ライブ用に尺を伸ばしたりするとは想像もしていませんでした。

――ところで、ZUNTATAの上下関係はどうだったのですか?

石川 先輩後輩の上下関係はピシッとしていましたね(笑)。

内田 アーケードはとくに体育会系だよね。

石川 僕がタイトーに入社したときは、大人が怖かった(笑)。2代目リーダーの殿村裕誠さんや小倉さん、高木さん、河本さん……。

TAMAYO 私、怖かった?(笑)

石川 怒られてはいないんですけど、何を考えているのかがわからなくて、超怖いと思った記憶はあります。

山田 殿村課長からは、「新人にはマックスきびしくしてくれ」と言われたので、理路整然と説教はしていましたね。

中澤 僕、渡部さんに怒られたことありますよ。FM音源の研修をするぞというときに、あろうことか口の中に飴が入っていて。冷ややかな口調で諭されて、あわてて噛み砕きました。

渡部 ふつうに怒るだろうってシチュエーションだけど、全然覚えてないや(笑)。

石川 昔はコンポーザー様を怒ることはできないと思っていましたけど、いまは課長なので毎日のように怒っています(笑)。

――作曲そのもので怒られることはあったのですか?

内田 というよりは、スケジュールだったり、技術的なミスで怒られることはありましたね。

渡部 作曲について基本的な部分を教えはするものの、「あとは見て盗んで覚えてね」という姿勢だったからね。

山田 私、MS-DOSのマニュアル一冊を渡されて「明後日までに覚えてきてね」って。

小塩 僕の時代もそうですよ。石川さんからニンテンドーDSのサウンドマニュアルを渡されて「あとはよろしくね」って。

――自分で覚えることで鍛えられていったということでしょうか。

石川 自分たちでどうにかしないといけないケースも多かったですからね。たとえばエンソニックのOTIS音源だとか。

内田 エンソニックの海外サポートに「バグって音が止まることがあるんだけど!」って連絡すると「Why? 音が鳴るんだったらいいじゃないか」って返事がきて、「イヤイヤイヤ」って(苦笑)。

山田 アメリカから来た技術者に「基板からピーって異音が出る」って言ったらプチッと電源を切って「OK!」って。日本はそうじゃないから(笑)。

石川 そんな山田さんがまとめてくださったOTISの開発マニュアル・通称“さるてぃす”があるんですが。

山田 “猿でもできるOTISマニュアル”ね。いま見るとすごく分厚いね。そりゃ、曲を書く時間がないはずだわ(苦笑)。

内田 ゲーム会社の社員である以上、ふつうの作曲家にはない技術を必要とされますよね。ハードウェアに直結した知識もそうで、基板にテスターを当てて「5Vきてないじゃん」みたいなこととか。

(以下、さまざまなハードの音源についてのよもやま話がくり広げられるが、裏話が過ぎるので泣く泣く割愛)

個性豊かでありつつ団結する集団

――といったように、さまざまな艱難辛苦を乗り越えて30年の年月を歩んできたZUNTATAですが、ご自身にとってのZUNTATAはどのような存在であるのかをお聞かせください。

MASAKI ZUNTATAって、“クラスにひとりいる尖った人”ばかりが集まったような集団だと思うんです。曲だけ聴いたらどんなゲームかわからないかもしれないけど、プレイしながら聴いてみると、世界観の奥の奥まで考えているのでは、と感じさせるほどの深さを共通して感じるんです。現役のZUNTATAである自分としても、そういう自分の世界のこだわりを貫いていきたいです。

下田 野球でいうところのヤンキースみたいな名門チームというイメージです。内側に入って先輩方々のお話や歴史を聞いてみるといろいろな考えがあって、それを受け継いていっしょに盛り上げていきたいです。やっぱりゲームの音屋である以上、新作タイトルで聴かせてナンボですので。

小塩 ひとことで言うと母校のような存在です。サウンドクリエイトだけではなく、筐体の設計やライブ、CDのプロデュースなどいろんな経験を積ませてもらいました。おかげでフリーになっても食いつなげております(笑)。

TAMAYO ひとことで言えば戦友。青春をいっしょに過ごした仲間ですね。

中澤 家族、ファミリーですね。兄妹もいれば、親戚のお兄ちゃんお姉ちゃんまでいる。

内田 みんなが言っているように、仲間感を強く感じるグループだったと思っています。ふだんはみんなデスクに向かって黙々と曲を書いたり効果音を作ったりしていますけど、それが「ライブをやるぞ!」となったら、奏者として舞台に立つメンバー以外も、チケットを売ったりプロモーションをやったりと、それぞれが自分の役割を自覚しながら有機的に動いてくれる。だからこそ、ひとつの世界を作り出せるグループになったのでしょうし、ほかのチームにはない特色だと思います。

渡部 みんないいことを言っているなあ……。ZUNTATAの人たちって、みんな“譲らない”ので、いっしょに仕事をしたくないんですよ(笑)。別に仲が悪いわけじゃなくて、しかもライブとかになるとなぜかまとまる不思議な集団。そういう意味で戦友なのかなと。あと、男性陣は夢見がちで、女性陣は超リアリスト!  そこでもバランスが取れていたのかと思います。

古川 だいたいみんなが言っているとおりですね。自分にとっては、先輩後輩関係なく、いい感じに刺激をもらっていました。そういう人たちが周囲にいるから、「自分も何かやらなくっちゃ」という気持ちに自然とさせられていた気がします。

山田 仲間、戦友っていうのはその通りなのですが、じつはタイトーを辞めてからZUNTATAの恐ろしさを知ったんですよ。というのも、営業に行くたびに「ZUNTATAに所属されていた方ですよね」と言われる。ここでヘンな仕事をするとZUNTATAの名前に傷がついちゃうから、一生手が抜けないわよ(笑)。

石川 皆さんが言ってくださった“居場所”であるのはその通りだと思います。自分としてはZUNTATAに所属して27年と、ほぼ人生の半分以上。ここまで来るとライフワークですから、僕がタイトーにいる限りは続けないといけないし、ZUNTATAを作ってきた先輩のためにも場所を維持していきたいし、その後の人にバトンタッチしていかなければと思っています。シンプルに、「辞~めた!」と言わない限り物事は続くんです。そのためにはゲームありきなわけで、タイトー社員としていいゲームを作っていきたいし、いいゲーム音楽を作っていきたいですね。

――座談会も締めに近づいているのについ伺ってしまうのですが、これまで存続のピンチってあったんですか?

石川 山ほどありましたよ(ケロリと)。一番最近だと、内田くんの体制になった2008年ごろで、メンバーがだいぶ少なくなって、「名前を変えようか」とか「いっそのこと、もう辞めようか」なんて話しをしていましたね。

内田 新しい名前の候補を100個くらい出して、商標調査までしたんですよ。

石川 それでもZUNTATAを超える名前は出てこなかったし、それにいままで積み上げてきたものを捨て去ってまで変える意味もない。“受け継いで、ちゃんと続けていくこと”というのがそのときに出した結論で、ロゴマークだけを変えたんです。今回こうやってZUNTATA30周年の記念アルバムを出せて、みんなで集まって話せるんですから、あのとき諦めなくてよかったなと思います。

――ありがとうございました。ZUNTATAの30年の歴史を感じることができました。これからの活躍にも期待しています!

タイトーのサウンドチーム“ZUNTATA”30周年アルバムの“ファミ通DXパック”限定特典が公開

タイトーのサウンドチーム“ZUNTATA”の30周年記念アルバム“reZonance world~ZUNTATA 30th ANNIVERSARY~”が、2017年12月21日に発売。ECサイト“エビテン”では、限定特典を封入した“ファミ通DXパック”を販売する。

タイトーサウンド開発部の重厚な歴史を振り返り! ZUNTATA30周年記念ライブ&トークで盛り上がった“REAL ZUNTATA NIGHT3”をリポート

2017年11月11日、タイトーステーション溝の口店内MEGARAGEにて開催されれた“REAL ZUNTATA NIGHT3 ~ZUNTATA30周年記念祭~”。DJプレイあり、振り返りトークありで大いに盛り上がったその模様をお届けする。

(撮影/永山亘)

ZUNTATA歴代のロゴを紹介!

 最後に特別企画として、ZUNTATA歴代のロゴをご紹介しよう。ZUNTATAには4つのロゴが存在する。いま知られているロゴは、2007年のZUNTATA20周年プロジェクト始動と同時に変更されたもので、これで10年目となる。

第1期 1987年~1988年

 当時のタイトーのゲーム開発スタッフがデザイン。ZUNTATAロゴマークの伝統である“弁天様+ト音記号”のモチーフが確認できる。

第2期 1989年~1995年

 アーケードゲームとゲームミュージックの一大ムーブメントが起きた時代のロゴ。

第3期 1996年~2007年

 11年という歴代でもっとも長く使われたロゴ。1996年にタイトーの独自レーベルである“ZUNTATA RECORDS”を設立するにあたり、レーベルのシンボルマークとしても使えるようにデザインされたとのことだ。

第4期 2007年~

 ZUNTATA設立20周年を記念して作られた。第1期や2期のような、シンボリックな方向に原点回帰するコンセプトでデザインされたようだ。