『ゲーム天国 CruisinMix』メイン開発スタッフインタビューをたっぷりとお届け 当時の裏話をとことん訊いてみた!【第二部】

ジャレコからアーケード、そしてセガサターン版が発売された縦スクロールシューティング『ゲーム天国』。その開発者に聞く。今回は、『ゲーム天国』誕生秘話に迫る。

『ゲーム天国』開発は艱難辛苦の日々だった……

 角川ゲームスから2017年発売予定のプレイステーション4、PC(Steam)用ソフト『ゲーム天国 CruisinMix』。同作は、ジャレコからアーケード及びセガサターン版が発売された名作縦スクロールシューティング『ゲーム天国』の完全移植+アルファの期待作だ。オリジナルスタッフが集結したことでも話題の『ゲーム天国 CruisinMix』の開発経緯などを直撃。今回は、『ゲーム天国』開発秘話に迫る。

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右から……
スーチーチーム(仮称)
メインディレクター 荒井正広氏
アシスタントディレクター 風穴尚紀氏
メインプログラマー 秋山 望氏

●第2部(1):『ゲーム天国』誕生秘話。アーケード版とサターンでスタッフが同じ理由(わけ)。

――ここからは、スーチーチームの成り立ちや、アーケード、サターン版『ゲーム天国』について、深く聞いていきたいと思います。まず、スーチーチームのみなさんは、当時はジャレコの社員だったんですよね?

荒井 そうですね、このチームの発端になったのはスーパーファミコンの『きんぎょ注意報! とびだせ! ゲーム学園』(※)だと思います。キャラクターゲームとしてかなりおもしろい作りかたをしたので。

(※)『きんぎょ注意報! とびだせ! ゲーム学園
1994年3月18日にジャレコより発売されたスーパーファミコン用ソフト。同名のコミックやアニメのゲーム化だが、気合の入りすぎたグラフィックや原作再現度の高さ、ミニゲームの完成度の高さなどから、知る人ぞ知るこだわりの逸品と言われている。

風穴 僕と秋山、そして高橋の3人が最初に集まったタイトルです。

荒井 僕はそのときプロレスゲームをやっていて、『スーチーパイSpecial』で合流しました。

秋山 以降、僕はふたりのプロジェクトでずっとプログラマーを続けています。

荒井 グラフィックデザイナーの高橋は、『スーチーパイ』や『ゲーム天国』で特徴的なチビキャラの会話シーンをほぼひとりで作っているんです。動きや口パクを全て手打ちで音声と合わせる口パク職人です。

風穴 思い返すと、たしかに『スーチーパイ』のテイストの源流は『きんぎょ注意報!』ですね。トップメニューでキャラクターに案内役をさせたのもあのタイトルから。それに時代がCD-ROMとなって声優さんのボイスがくっついて、『スーチーパイ』や『ゲーム天国』のノリになったと。

――以降、ずっと同じコアメンバーでゲームを作られてきている。

風穴 はい。ジャレコ時代の開発は、最初に10人くらいのチームで雛形を作って、佳境になってくるとほかのラインから人を借りてきて最終的に20~30人規模でゲーム制作をしていました。我々は、立ち上げの時点でのメインの企画やプログラム、デザインといった各分野のリーダー的なメンバーが揃っています。このメンバーがなくしては、“あのテイスト”のゲームはできあがらないです。

――今回もそのカルテットで制作されているということなんですね。

荒井 終盤きっと間に合わなくなって、どなたかの手を借りることになると思います(苦笑)。いまはシティコネクションさんのフロアに全員が間借りして制作を進めているので、非常にいい環境です。

――荒井さんと風穴さんはともに企画職ですが、役割分担は?

荒井 タイトルごとに、片方がプロデューサー的な役割をして、もう片方がディレクター的な役割をしたりと、プロジェクトごとに役割を変えながら仕事をしてきました。

風穴 とくにジャレコ時代は、『スーチーパイ』と『ゲーム天国』が並行して動いていることが多くてですね、荒井が『ゲーム天国』をメインで開発している裏で、僕が『スーチーパイ』の企画を動かしたりということがけっこうありました。役割分担としては、ゲーム部分は荒井が、シナリオ周辺のことを僕が担当することが多かったです。

――『ゲーム天国』のアーケード版とサターン版も同じスタッフで制作されているのでしょうか?

風穴 はい、同じスタッフで制作しています。

――そうなんですか! ゲームの中身は同じなれど、サターン版は(チビキャラ漫才など)だいぶコンシューマー的な要素が増えていたので、別のスタッフが作っているものかと思っていました。

荒井 流れ的には『アイドル雀士スーチーパイSpecial』がお客様からの高評価をいただいたことでの影響が大きかったです。会社宛にアンケートハガキが山のように送られてきたことが、それまでのジャレコタイトルには無かった現象で「がんばって作ればお客さんに喜んでいただけるんだな」といううれしさがあって、どんどん暴走していった結果です。ゲーム内容に関しては、正直“ノリ”だけですね(苦笑)。最初にサターン版全体の仕様があってスケジュールを立てていくというよりは、実作業をしながら「アレも入れたいコレも入れたい」とアイデアが膨らんでいって、結果作業をするスタッフに渋い顔をされるという作りかたでした。僕らのゲームはだいたいそんな作りかたですね(笑)。

――そこは遊び手であった我々も、“執拗なこだわり”があると感じ取っていました。『スーチーパイ』はキャラクターデザインに園田健一さん起用したこともあり、その後に続く人気シリーズとなりました。

荒井 当時、ジャレコが業務用に制作した麻雀ゲームがヒットして、じゃあ家庭用でも……となったときに外部のキャラクターデザイナーを起用したいという相談を持ちかけられて、我々が園田健一さんを紹介しました。ソレがうまくハマったということですね。

風穴 話を『ゲーム天国』に戻すと元々荒井と僕は、業務用のチームだったんですよ。

荒井 デビュー作は業務用『E.D.F.』で、その後の家庭用移植『スーパーE.D.F.』として制作をするなど両方を行き来していました。『ゲーム天国』は、用賀の本社とは別にあった渋谷スタジオで、『アイドル雀士スーチーパイ Special』を作り終えたときに、業務用チームが新しいマザーボード(※)を開発したと聞きつけて、当時の開発部長にお願いして見せてもらい、シューティングゲームのベースを作ったんです。なぜシューティングだったかは、僕が単純に好きだったから(笑)。それでいじり始めたら、形になりそうな手応えを感じたので、正式なプロジェクトとして立ち上げをしました。

(※マザーボード:プログラムROMを差し替えることでさまざまなタイトルを動かせるアーケードゲーム用基板。『ゲーム天国』が動作したのはメガシステム32)

風穴 どこの会社もそうだと思うのですけど、部署ごとに“何をやっているか”はあまり関知しないし、部署が違えば上司や売る人も違うので、家庭用と業務用が連携しにくかった。たまたま僕たちは業務用から家庭用に移ったので、双方にパイプがあったので、ひとつのタイトルを同じチームで開発するという珍しいケースが実現できた。だからこそ、家庭用でパワーアップをさせることができたわけです。初期の『美少女雀士スーチーパイ』もそうなんですけど、業務用と家庭用を作ったチームが違うとか、よくあることでした。時代が下るとNAOMI版とドリームキャスト版の同時開発というように変わってきましたけど。

荒井 僕の場合は自分で家庭用移植版の企画を会社に提案してたので、アーケード版『E.D.F.』も『ゲーム天国』も家庭用版を作ることがきたんです。アーケード版の企画者が自分で家庭用版を作るわけですから会社の方も「じゃあこのタイトルは任せたから」と、納期と予算さえ守っていれば内容の方は半ば治外法権でした(笑)。でも家庭用版をボリュームアップさせた分、自分を含めスタッフたちはプライベートを捨てて仕事してくれていました。そうやらないと完成しないんですよね。それもこれも前述のアンケートハガキなどユーザーの方々の応援あればこそでした。

――セルフブラックだったと(笑)。ところで、歴代のジャレコキャラクターが一同に介するというのはどこから発想を得たのでしょうか?

荒井 元から縦スクロールシューティングを作ろうというのは決まっていたのですが、当時社長からはいつも「差別化のある商品を作れ」と言われていたんです。だったら、よくあるメカメカしい世界観よりは、ちょっと変化球でステージごとにゲームをネタに世界観を変えてみようと思いつきました。じつは開発中は、「こんなオタクっぽいのじゃダメだ!」と社内でいろいろ怒られていたんですけどね(苦笑)。

風穴 前例のないものは販売としては売りにくい、と。でもAMショーに出して評価が一変したんですよ。業務用というのはお店に置いていくらお金が入るかが評価になる。対して家庭用は、宣伝や営業などの能力次第なところがあって、店頭に並ぶ前にある程度の勝負が決まる。ですので、我々としては勝負ができるのは業務用だと思っていたところ、その狙い通りになった。

荒井 AMショーの出展でけっこう注目されて、その直後のロケーションテストで非常に好成績を打ち立てたんです。タイムアタックモードを入れたことが大きな要因だったんですけど、ギャレッソ津田沼店というジャレコ直営の店舗では、1日500インカムいったこともあったかな。お店が筐体の電源ケーブルにスイッチを取り付けてくれたこともあって、スコアラーの方々が余計に燃えてくれたみたいですね。

――シューティングファンが喜ぶ一方、パロディ感あふれる世界観も目を引きました。

荒井 ステージ2(クレーンゲームワールド)のようなキャッチーな部分は間違いなく効果があったと思いますし、あとはモモコボンバーですよね(笑)。使っているのが恥ずかしい演出を臆面もなく組み込んでありますので。当時はまだシューティングゲームに女性キャラというノリはほとんどなかった。だからこそ社内では「海外では売れるわけないよ」と怒られていたわけなんですけど(苦笑)。

――ある意味、遊んでもらうターゲットがちゃんと見えていたと。

風穴 そうですね。もちろんゲームとしてしっかり作られていたということもあります。くり返しになりますが、業務用のゲームはコインを入れて遊んだ評価がすべて。おもしろくなかったら二度とコインを入れてもらえません。その点は、プログラマーの秋山による部分も大きいです。彼もシューティングゲームが好きで、企画書、仕様書では表現しにくい細かな調整を彼がフォローしてくれて、プレイしたときのおもしろさを生み出してくれました。

秋山 ボーナスで48050点(※ジャレコの語呂合わせ)があるんですけど、その条件の仕様がなかったので、私のほうで勝手に考えました(笑)。

▲ナスに棒が刺さったいにしえのダジャレ表現がすばらしいボーナスアイテム。連続して取り続けることで得点(とナスのサイズ)がアップし、最高で48050点となる。

荒井 仕様書が追いつかない部分は口頭だけだったりなんかもありますね……(苦笑)。

風穴 高橋もそうなんですけど、スーチーパイチームの人間は、仕様書に書いていない部分も勝手に埋めていってくれるんです。現場でしか作れない調整を自分でやってくれるので、全体的なクオリティーの底上げができたということです。

荒井 スーチーチームにいると自主性が育まれたよね(笑)。たとえば、メニュー画面の操作感ひとつにとっても、言われたことを組み込むだけじゃなくて、いかに気持ちよくなるかを自主的に調整してくれるようになった。そういう積み重ねが、全体的なゲーム性のよさに繋がったんだなと思います。

――スタッフの皆さんが磨き上げたからこそ、あそこまでピカピカなゲームに仕上がったのでしょうね。

●第二部(2):サターン版に詰め込んだこだわりと感謝の気持ち

――さて、サターン版についてお聞きしていきます。家庭用移植をするにあたってのプラスアルファの要素はどのように付け加えていったのでしょう。

荒井 まず着手したのは、キャラクターの声の部分です。アーケードのZ-DYNE Mk-IIはジーニアス山田役の千葉繁さんに兼任していただいたので、改めて置鮎龍太郎さんにお願いをしました。ぴぐも音声がなかったので大ファンの大塚明夫さんにぜひにとキャスティングをお願いしました。そのつぎに追加キャラクターとして『フィールドコンバット』から、みきとみさとを、追加ステージを入れたいなとカラオケワールドや家庭用ワールドを追加しました。このあたりは自然な成り行きですね。

――サターン版を制作するまでの経緯というのは?

荒井 家庭用の『スーチーパイ2』の制作が終わったあとに何をするかという話になったときに、「じゃあつぎは『ゲーム天国』で」ということで、企画書を提出して会社からゴーが出ました。

風穴 定期的に企画ミーティングがあって、企画職は宿題よろしく企画書を提出するんです。たいていボツになるんですけど(笑)。そういう中で企画をどんどんプレゼンテーションをするんですけど、ほかの企画と競り合って、最終的に否定しきなくなったものが生き残ります。『ゲーム天国』は業務用で評判がよく、しかも同じスタッフで制作ができる、『スーチーパイ2』の評価も高かったという環境があったので、自由に作らせてもらいました。スケジュールはきびしかったですけどね(笑)。

――サターン版ではキャラクターデザインにそうま竜也先生を迎えました。これはどういった経緯で?

荒井 アーケード版はキャラクターデザインからグラフィックまで、すべて社内のスタッフで行っていましたが、AMショーに出展するときのチラシのイラストをそうま先生にお願いしたのが最初の接触です。キャッチーなチラシがほしかったですし、何より僕がファンだったということもあってお願いしました。さらに細かい話をすると、高校生時代に風穴といっしょに作った自主アニメーションをそうま先生が見てくださっていたんです。その縁もあって連絡先を知っていたというのがあるんです。

――おお、そんなつながりが!

荒井 そうなんです。で、家庭用になるということで絵がいっぱい必要になる、それと限定版のアニメーションを作りたいということでのそうま先生の起用でもありました。そうま先生は元アニメーターなのでキャラクターデザインもできる、ということで「そうま先生のアニメーション作品を作りましょう!」と話を持ちかけての流れです。

――当時のエピソードなんかは?

荒井 そうま先生は当時上井草に、趣味のプラモデルに埋もれている部屋にお住まいでして。アーケード版のチラシのイラストのときは僕がそこに2日間くらい張り付いて「描いてもらうまで帰りませんから!」といったこともありましたね(笑)。

風穴 今回は、直接お会いしてではないのですけど、電話で数時間『ガールズ&パンツァー』や『けものフレンズ』トークをしてから仕事の話をするという感じでした。当時と同じようなことをしていますね(笑)。

荒井 絵描きさんに仕事をしていただくときに、単純にメールで発注しただけでは、望んだ通りのモノができあがってくることはなかなかないと思うんです。それで満足している方は、絵を見ていないんじゃないかな。望んでいるものを描いていただくために、こちらも最大限イメージを伝えて理解していただくことが必要ですね。描き直していただくにも、そこはお互いリスペクトできる関係性があってこそです。

――そうま先生は当時、どのようなやり取りが?

荒井 アーケード版の設定をそうま先生に説明したところ興味を持っていただいて、「だったらファイターEXのメカデザインはこうしたいよね」といった打ち合わせをじっくりしました。深夜のファミレスで(笑)。ですので、こちらから提供した素材をブラッシュアップしていただいた感覚ですね。ジャレコ社内では絵のうまい人はいっぱいいるのですが、キャラクターデザインと言うと、また違ったスキルが必要になります。

風穴 “格闘ゲームの絵がうまい人”といったピンポイントで上手な方はいるのですが。この作品を作るためにこのテイストがほしいといった場合は、外部のデザイナーに来ていただいて、カラーを打ち出すことが重要です。昔はゲーム業界は閉じたコミュニティーで、絵はもちろん、声も社員が担当していました。いまでは考えられないですけどね。それがCD-ROMといったマルチメディア時代になると、アニメーションや声優といった外部の方々と協力して作っていく流れがどんどん増えていったという時代の流れがありました。

――アニメ映像にも深く関わられていますよね。

荒井 アニメのほうはほとんどそうまさんに任せていましたね。サターン版のOVAは村田和也さんが監督をしてくださって、登場キャラが多いにも関わらず構成がよくておもしろい作品になったと思います。PS版『GUNばれ!ゲーム天国』ではそうまさんが監督と作画監督をしたこともあって、そうまカラー一色のアニメになったのはさすがでした。コミック版の『GUNばれ!』に関しては、完全におまかせで自由に描いていただきました。なんでもアリな設定だったので、やりやすかったのはあるかもしれませんね。

風穴 そうま先生は非常にキャラクターを掘り下げてから描くタイプなんですが、逆にそれがないと筆が走らない。ですので、絵を1枚描くにも頭の中でキャラクターどうしを会話させて、動かしていくので、自然とアウトプットがなされる。『キャッ党忍伝てやんでえ』や『トップをねらえ NEXT GENERATION』などのコミックにせよ、それは同じのはず。それだけ、『ゲーム天国』のキャラクターを掘り下げて、かつ世界観を崩さずに描いていただきました。

――当時すでに一線級で活躍されている声優をキャスティングしたのもそういう理由から?

風穴 『スーチーパイ』をやっていたことが大きいですね。そこで社外の声優事務所ともいい関係を作ることができたので、「この方にこういう役をお願いしたい」という要望が通りやすかった。逆に、『スーチーパイ』を作るときは、声優さんを起用するという仕組みができあがっておらず初めてのことづくしだったので、こちらから飛び込んで関係を構築していったわけです。

――メニュー画面やカラオケワールドのボスで顕著ですが、いわゆるムービーではなく1枚絵のグラフィックを連続で表示してのアニメーション処理をされていました。それはどんなこだわりが?

荒井 PS以降オープニングはムービーが入ることが当たり前になりますが、当時のムービーはまだ画質が悪く、かつ使い勝手が悪かった。とくに画質という点ではアニメ好きな僕としては許せないものがあったんです。だからちょっと常識ハズレなアイデアだったんですけど、ゲームソフトに(極楽パックで)VHSのテープを付けるという暴挙に出てしまったわけです(笑)。

▲限定版『ゲーム天国 極楽パック』。サターン用ソフトに加えてオリジナルアニメなどを収録したVHSテープが付属するということで話題を呼んだ。なお、『CruisinMix』ではパッケージ版の通常版と限定BOXにアニメーション映像を収録したDVDが付属する。

風穴 ゲームのオープニング映像なんかも、ドット絵をプログラムによる制御で曲に合わせて動かしていました。いまの読者さんには、何を言っているのかわからないかもしれませんけどね。

――当時はまだ映像技術が未熟であったこと、それとインタラクトな気持ちよさを求めて、制御が聞く形にしたと。

荒井 そうですね。メニューで伊藤由紀がアニメーションするのも、そうした部分をちゃんと見せたかったからです。

――チビキャラによる漫才デモの追加は、やはりコンシューマーゲームならではの要素を提供したかった?

荒井 そうですね。キャラクター性をより打ち出したいということです。ゲームを買っていただいてエンディングにいくまでのあいだにキャラクターを立たせないといけない。いくら『エクセリオン』や『フォーメーションZ』といった元のゲームがあったといえ、そこには搭乗者はいない。そのため、サターン版で新たにジェイナスらを設定しました。そのためには、音声ドラマしかないなというところで、そこにボリューム感を持たせたのというのはあります。とくに、ボス・ジーニアス山田側のデモがあることで、キャラクターの厚みが出たと思っています。

――千葉繁さんの怪演が光っていました。

風穴 ジーニアス山田は、『ゲーム天国』を象徴するキャラクターですからね。収録のときはあまりのハイテンション演技に、「脳の血管が切れそうだよ」と言いつつも、ちょっと休んでは収録をくり返してくださったところに、プロ魂を感じました。まさに全身全霊を込めて演じてくださっていましたね。

風穴 けっきょく『ゲーム天国』という世界は、ジーニアス山田が自分のために夢見た世界というネタですしね。裏話としては、キャラクターごとに違うドラマを用意するほどのスケジュール的なゆとりがなかったというのもあるんですけど、ジーニアス山田の陰謀を軸として、そこに各キャラクターごとのエピソードが加わるという仕様としました。

――世界観としては、アーケードの延長線にサターン版がある?

荒井 骨子はアーケード版で完成していたので、その世界観を説明するためにサターン版でドラマを付けたという感じですね。

――アレンジモードのストーリーの結末がしんみりしたものですが、それが当初からの狙い?

荒井 そうですね。いまでこそ復刻されたゲームが遊べるようになっていますけど、当時はアーケードゲームってお店からなくなっちゃうと、もうそこで終わりだったんです。その哀愁を語るべきだなという気持ちはありました。

風穴 荒井は元々ゲームセンターの店員をしていて、そこから開発に異動したんです。

――ある種、伊藤由紀は荒井さんの分身というか。

荒井 自己投影な部分はちょっとありますね(照)。アーケードゲームの一期一会的な部分が好きだった僕としては、そこにオマージュを捧げたかった。

――時代は変わっても、そういった“なくなっていくモノへのペーソス”は普遍的だと思います。それこそスマートフォン向けのゲームなら、サービスが終わってしまったら二度と遊べないわけですし。

●番外:サターン以降、そしてこれからの話

――サターン版発売後には、PS版『GUNばれ!ゲーム天国』の発売や、それと歩調を合わせたコミック版の展開がなされました。そこはみなさんが狙った部分なのでしょうか?

風穴 『GUNばれ!』のときは、ちょっと成り行き感があったかもしれませんね。会社としては、新しいモノを作れるチームと、資産を活かしてお金を生み出すチームに分けたいわけですよ。要するに、続編はほかに任せて新しいモノを作れよ、と。

荒井 『GUNばれ!』に関しては企画監修とドラマパートのシナリオ、社外発注などいろいろとやってはいたんですけど、ゲーム本編はどうしても無理だったので心残りはあります。シューティングゲームの醍醐味の“撃って当てて”の感覚や敵キャラのギミックなどはもっと関わりたかったのですが。

風穴 そうま先生や声優さん関係は僕たちしかできないので関わっていたのですが、ゲームの中身に関しては別のチームです。そこでちょっと企画と実作業が噛み合わなかったかなと。

荒井 フォローすると、非常に納期の短い中でやっていただいたので、申し訳なかったですけどね。

――余談ですが、ジャレコには皆さんいつまで在籍されていたのでしょうか?

荒井 『バトル昆虫伝』が終わったタイミングですね。その後の『アイドル雀士スーチーパイIII』で園田先生への発注と、『アイドル雀士を作っちゃおう!』のドラマCDシナリオは会社を辞めた後にナイショで手伝いました。

風穴 そのころは僕も荒井も開発課長職で、現場というよりは全体的な行程を見る立場だったんです。最後に手掛けたのはアーケードの『ドリームオーディション』(※)でした。企画が頓挫しかかっているので助っ人に入れと命じられて、翌月のAMショーにまでなんとか形にしました。しかもショーで歌を歌わされるオマケつきで。ふだんカラオケにも行かない人間が「ガッツだぜ!!」とか人前で歌っていて、それがほとほとイヤになって辞めました(笑)。

――そんな内情は知るよしもありませんでしたが、外側から『スーチーパイ』シリーズを追いかけていても、『III』あたりからは、明らかに過剰なこだわりがなくなったなとテンションが下がっていました。いまやっと腑に落ちました。

風穴 「こいつら妙なところにこだわるけど、任せておけばちゃんとしたものができあがる」と信じて任せてもらえているうちはいいのですが、それすら面倒くさがられると……ね。言ってはなんですが、ジャレコのゲームがつまらなくなったのは、そのあたりにも原因があると思っています。そのときは苦労するけど、みんなを納得させるものが作れれば、その後何年かは食っていけるのに。

――当時のこだわりをお聞かせください。

荒井 僕はとにかく絵ですね。園田先生へのキャラ絵の発注やアニメ会社への絵コンテ出しなど手を出せる部分はすべて自分でやるということを徹底しています。作家さんからはきっと「めんどくさい男だな」と思われてるんじゃないかなと。

――スーチーチームのとしての矜持としては、いまでもずっと変わらないのですね。

荒井 あまり大きな声では言えないのですが、そういった気持ちは辞めた後に同じチームで制作した『ちゅ~かな雀士 てんほー牌娘』で体現できたかなと思います。僕らが辞めた後にジャレコからはスーチーパイじゃない『アイドル雀士』シリーズが出たわけですが、そういう冠ではなくゲームの中身でこちらが後継作品だと思わせたかった。

風穴 ジャレコを離れてフリーになったことで、会社としてキチンと納期を守ることは大切なんだということは学びました。

荒井 まるで僕らがズボラみたいに言うなよ(笑)。僕らがジャレコにいた時代には、かなりのハイペースでゲームを作っていましたから。

風穴 こだわり持ちつつ、ちゃんとモノを作れる姿勢になりました。時代が変わってきたことによって、こだわるポイントを見誤らないようにしないといけませんしね。メニュー画面のアニメにしても声優さんの起用にしても、いまではふつうにできますから、そこにこだわるべきではない。今回こうやって『ゲーム天国』を復活させていただくことに関しては、20年前のゲームをいま蘇らせる作業を、僕らがやることの意味を見出しています。昔のゲームが遊べるだけじゃなく、昔のモノに新しい“何か”を加えて提供できることには、意義があるんじゃないかと思っています。

荒井 今回通常版のパッケージをA-10さんにお願いしたのも、僕がA-10さんの絵に惚れ込んでいるということもあるし、以前A-10さんがゲーム天国で同人誌を描いてくださったということもあってキャラや世界観を把握していただけていることが大きかったです。今回のパッケージ絵は本当にすばらしいクオリティーのものを仕上げていただけました。ちなみモモコのポーズを決めるにあたっては、お互いマニアックな趣味をぶつけ合いながら5回くらい描き直ししていただく羽目になってしまいました。

――そうしたこだわりがあるからこその……ということですね?

風穴 いわゆる“リメイクもの”って、どうしても新しい技術で新しい画面になるじゃないですか。僕からすると、だったら新しいモノを作れよという気持ちなんです。安易なリメイクが横行するのって、ネタがないか、新しいモノを生み出す姿勢がないか、あるいは企画を通す人が新しいモノに対して懐疑的なんじゃないかと思ってしまう。でも、今回みたいな“昔のモノを蘇らせる”ということに意味を見出してもらえたのは感謝しているし、おもしろいモノができそうな手応えは感じています。そういう気持ちが、伝わる人に伝わればいいなと思います。

――皆さんでまた新作タイトルを手掛けたいといった気持ちは?

風穴 僕たちだけの力ではどうしようもない部分があります。今回、吉川さんが機会や開発場所までを提供してくださったことで非常に助かっています。こうしてガッツリやらせていただいているので、これが続くかどうかは『CruisinMix』の売れ行き次第です。

――ありがとうございました。またお話をお聞かせください!

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