2KとFiraxis Gamesは、発売中のターン制ストラテジーゲーム『シドマイヤーズ シヴィライゼーション VI』において、ペルシアはキュロス2世、またマケドニアはアレキサンドロス大王がリーダーに決定したこと発表した。また、ペルシアとマケドニアを紹介する最新動画も公開。

●ペルシア帝国建国者と古代ギリシャの主君が登場

 2KとFiraxis Gamesは、発売中のターン制ストラテジーゲーム『シドマイヤーズ シヴィライゼーション VI』において、ペルシアはキュロス2世、またマケドニアはアレキサンドロス大王がリーダーに決定したこと発表した。また、ペルシアとマケドニアを紹介する最新動画も公開。
 両文明の配信を含む春アップデートは、近日配信予定となる。

 以下、リリースより。


 2KならびにFiraxis Gamesは、これまで数々の栄誉に輝いてきたターン制ストラテジーゲームシリーズの最新作となる、PC用ゲーム『シドマイヤーズ シヴィライゼーション VI』において、ペルシアはキュロス2世、またマケドニアはアレキサンドロス大王がそのリーダーに決定したことをお知らせいたします。また、ペルシアとマケドニアを紹介する最新動画も公開いたしましたので、併せてお知らせいたします。両文明を含む『シドマイヤーズ シヴィライゼーション VI』春のアップデートは近日配信開始予定です。

『シドマイヤーズ シヴィライゼーション VI』ペルシアの文明情報

■キュロス2世について
 キュロス2世はアケメネス朝(ペルシア帝国)の建国者であり、一般にキュロス大王と呼ばれています。後にアレキサンドロス大王に征服されるまでは、アケメネス朝は史上最大の版図を持つ大帝国でした。アケメネス朝を築く過程で、キュロスは数々の戦いで輝かしい戦果を挙げました。祖父であるメディア王アステュアゲスを奇襲で滅ぼしたことに始まり、リディア、エラム、バビロニア、シリア、ユダヤ、ペトラエアを征服。 そしてようやく満足したキュロスは、自らを「世界の隅々を統べる王」と称したのです。古代世界の基準でも冷酷非情だったことで知られる(征服の対象には、かつての味方や遠縁の親族が含まれていました)キュロスですが、征服した相手の宗教や伝統に対しては敬意を払う人物でもありました。バビロニアの征服後、捕囚となっていたユダヤ人たちを解放したことは、それが窺える顕著な例です。
 キュロスはスキタイの女王トミュリスの手にかかって命を落としたと、ヘロドトスは記しています。

■固有ユニット:不死隊
 ペルシアの精鋭重装歩兵、不死隊は君主と国家を守護する使命を帯びて戦いました。ペルシアの軍隊は、10,000人の不死隊によって構成されていたと伝えられています。不死隊はそれぞれ、長距離用の武器と近接戦闘用の武器をともに携えていました。

固有建造物:パイリダエーザ
 パイリダエーザ(ペルシア庭園)とは、美しく植物を配置して、大地に楽園の感覚を持ち込んだ庭園です。ペルシア庭園はペルシアの文化や文学において、精神と肉体を休める休養の地として描写されています。

『シドマイヤーズ シヴィライゼーション VI』マケドニアの文明情報

■アレキサンドロス大王について
 古代ギリシャ、マケドニア王国の君主であり、歴史上最も有名な征服者の一人として知られるアレキサンドロス大王が誕生したのは、紀元前356年のことです。ギリシャからアジア、北東アフリカを席巻し、ペルシア王ダレイオス3世を打ち破ってペルシア王朝を滅ぼしたとき、この征服王はまだ30歳にもなっていませんでした。アレキサンドロスは戦場で敗れなかったものの、10年を越える戦いの途中で最期を迎えます。インド遠征中の紀元前326年、戦いに疲れ望郷の念に駆られた兵士たちからの撤収を求める声をやむなく聞き入れたアレキサンドロスは、その3年後、自らの帝国の中心地とした都バビロンでその生涯を閉じました。アレキサンドロスが取った戦術の数々は、今日の軍学校においても教えられています。アレキサンドロスは今なお史上最高の将軍の一人に数えられ、人類の歴史において最も影響力のあった人物とされています。

■固有ユニット:ヒュパスピスタイ
 ヒュパスピスタイは、長い槍と短い剣で武装し、盾で防御を固めたマケドニアの精鋭歩兵です。重装歩兵と同様に、こうしたユニットはより装飾的なデザインの装備で識別され、主に密集した陣形で移動する歩兵軍団「ファランクス」の両脇を固めるように配置されました。ファランクスの主力である槍兵は5.5~6.7メートルにもおよぶ長大な槍を正面に向けて構えており、敵に側面を突かれると対応が困難だったため、そこを守るのがヒュパスピスタイの役割だったのです。

固有建造物:バシリコイ・パイデス''
 マケドニア征服の間、若い男子が政略上の人質とされ、マケドニア人として育てられることが多々ありました。彼らはバシリコイ・パイデス、すなわち王立子弟学校に入学し、マケドニア貴族の子息と一緒に、高度な教育と軍事訓練を受けたのです。バシリコイ・パイデスは教師に最高の人材をそろえ、忠誠、名誉、主君を守ること、マケドニアの利益を最優先することを若者たちに教え込みました。