試行錯誤や実験を重ねて生まれた、『サガ』サウンドの魅力
2016年12月に発売された、スクウェア・エニックスの『サガ』シリーズ最新作、『サガ スカーレット グレイス』。本作の楽曲はすべて、『サガ』ではおなじみの作曲家、伊藤賢治氏が手掛けている。
このゲーム内BGMを完全収録したオリジナル・サウンドトラックはCD2枚組で好評発売中。音楽配信サイトでは、ハイレゾ音源の配信も行われている。
CD2枚組
全40曲収録
2016年12月21日発売
3000円[税抜](3240円[税込])
本記事では、伊藤氏を始めとするキーマン4人のインタビューをお届け。久しぶりのシリーズ最新作の音楽を作るうえで、伊藤賢治氏と開発スタッフはどのように取り組んでいったのか、キャラクターのテーマやバトル曲など、彩り豊かな楽曲はいかにして生まれたのかをうかがった。
左から
スクウェア・エニックス 音楽ディレクター 岩崎英則氏
スクウェア・エニックス 『サガ スカーレット グレイス』ゲームデザイン・シナリオ担当 河津秋敏氏
作曲家 伊藤賢治氏
スクウェア・エニックス 『サガ スカーレット グレイス』プロデューサー 市川雅統氏
(文中はそれぞれ岩崎、河津、伊藤、市川。また、岩崎氏の“崎”の字は、正しくは山へんに“竒”です)
レコーディングまでしたのに、まさかの没!?
――『サガ スカーレット グレイス』の作曲を終えて、どんなお気持ちですか? 今回は、河津さんがかなり厳しかったとのことですが……。
伊藤 厳しいというより、最初の段階での、イメージのすり合わせがたいへんでした。まずは何曲かデモを送って、方向性を照らし合わせていこうと思ったのですが、もうことごとくNGで。「さあ、どうしよう……!?」となり、岩崎くんと「河津さんはこう思っているんじゃないか?」と話し合ったり、岩崎くんが直接河津さんに聞きに行ったりしました。
岩崎 過去の経験から、河津さんは音楽にたくさん注文をつける方というイメージがなかったので、当初は伊藤さんが書いてきたデモ曲について、どの楽器を収録しようか、ミュージシャンは誰にしようか、といったクオリティーアップの座組みだけ考えていればよいと思っていました。最初のデモは、一度はオーケーをいただいたので「よし! レコーディングだ! これで河津さんも喜ぶだろう!」と思っていろいろ収録してきたのですが、提出すると、「違うから」と……。
――青天の霹靂ですよね! レコーディングまでしてしまったのに。
岩崎 まさに「えっ! もうレコーディングまでしてしまいましたよ!!」という状態になったのですが、河津さんからは、「レコーディングまでしたから、もったいないので使おう」なんて空気は微塵も感じなかったですね(笑)。ただただ「違うから!」と。僕は河津さんと伊藤さんのあいだに入って、コミュニケーションを円滑にするのも自分の役割だと思っていました。でもこの「違うから!」の空気感は、オブラートに包むよりも、ありのまま伝えた方が良いと思い、ストレートなコメントを伊藤さんにぶつけさせてもらいました。伊藤さんは耳が痛くなるようなコメントも、どっしりと「オーケー!」と受け止めてくださいました。「河津さん、今回本気だね。俺もうれしいよ」って。
伊藤 (笑)。
岩崎 そのとき感じたのは、河津さんがお望みなのは、“原点回帰”というか、最近の『サガ』というよりは原点に近いものなのかなと。ただやみくもに生楽器にしてゴージャスにすればよいわけではない、とわかりました。初期に提出したものは「昭和の歌謡ショーを見ているようだね」と言われてしまいました。そうしたら伊藤さんが「なるほど」とご自分でおっしゃって。
伊藤 それまでは、作曲した後はアレンジャーさんにお任せにしていて、言ってみればアレンジに自分の血がはっきり入ってなかったんですよね。よくよく聴いたら、アレンジャーさんが自分のクセで、よかれと思って入れている部分が、河津さんにとって「違った」のかもしれないな、と思いました。そこからは、「アレンジの部分まで自分の血を入れなければダメだ」と思い、岩崎くんとしっかりと自分の提案をしていきました。
――ちなみに河津さんは、当初、イトケンさんにどのようなオーダーをしたのですか?
河津 オーダーのしかたはいつも通りで、「主人公がこれだけいて、今回は主人公のテーマとバトルがそれぞれあって、あとはボス系の曲をいっぱいお願いしますからよろしく!」と。それから、ダンジョンの曲。その時点でゲームデザインが決まっていましたので、「いままでとは使いかたが違うけれども、いままで通りのダンジョンのイメージで作ってください」と伝えましたね。あとは、喜怒哀楽の曲……みたいな形です。ただ、オーダー自体はいままでとまったく同じだったんですけど、自分の中での曲に対して求めるものが、いままでとは違ったかもしれないですね。ユーザーのイトケンに対する期待度がものすごく高いのもわかっていましたので、「1曲1曲がプレイした人の心に残っていくように作っていこう」と考えていました。NGにしたデモは、イメージしていたものよりだいぶテンション上げ気味だったので、「違うなあ」と。最初は、なかなかかみ合わなかったですね。
伊藤 目指す完成度はお互い高いところにあったんですけど、ベクトルがちょっと違ったので、少しずつ方向性をすり合わせていった感じです。
――方向性を決定づけるきっかけになったものはありますか?
伊藤 曲を作る中で思い出した言葉があるんです。「お前が作る音楽は、ゲーム音楽なんだ。クラシックだろうが、ロックだろうが、そんなものはどうでもいい。ゲーム音楽を聴かせるのがお前のオリジナルなんだ」という言葉を言われたことがあって。それを思い出して、じゃあゲームの世界観に合うものを出そう! と考えました。それが生音なのか、ロックなのかというところは置いておいて、自分のオリジナルのものを出そう、その結果でオーケストラの曲だったりロックの曲だったりになる……という姿勢での曲作りに終始するようにしましたね。
――そうして、イトケンさんが試行錯誤を続けて書かれた曲を聴いて、河津さんはいかがでしたか?
河津 もちろん、いいものもあったし、「うーん、これはなあ」というものもありましたね。バルマンテのテーマは最初からよくて、ほぼ一発オッケーだったんですが、バトル曲の中には「こういう展開じゃないよね」というものもありましたし……。「もっとイトケン節全開の曲が欲しいんだけど」みたいな話もしましたね。最初は苦しいときもありましたけど、途中からは(曲作りが)うまくいきだして、あとは時間との戦いになりました。
伊藤 初めのうちはいろいろ考えすぎてしまったところがあって。『サガ』という名前がついてはいても、過去作とは違うじゃないですか。だから新しいところを見せなきゃいけない。でも、「どうせお前の根本的なところは変わらないんだから」ということも言われ、だったら何をやってもいいんだろって思ったりもして。自分の中でゴチャゴチャ感が当初出ちゃったかもしれませんね。第2弾、第3弾のデモを出していくうちに、やっと河津さんから「ようやくわかってくれたようだね~」と言ってもらえました。
ウルピナの気持ちになりきって(コスプレはしないけど)
――バルマンテのテーマは最初からよかった、とのことですが、曲はどういう順番で完成していったのですか?
河津 キャラクターのテーマについては、ウルピナが最後でしたね、最後の最後が「花咲きほこる時~ウルピナテーマ」でした。
――他の曲も含めて、いちばんの最後?
河津 本当にいちばん最後ぐらいでしたね。
市川 ウルピナのテーマは“旅”や“冒険”を感じさせながらも、ただ勇ましいだけではない味わい深さがありますよね。ゲーム自体は、ウルピナのストーリーが最初にできていて、別の曲を仮で入れてテストプレイをしていたのですが、開発終盤に「花咲きほこる時~ウルピナテーマ」がようやく実装されたときに、プレイの印象が変わって。「こんなにも印象が変わるのか」、「こんなゲームだったのか」とチームメンバーみんなで驚きました。ウルピナに限らず、バトル曲もフィールド曲も、実装された瞬間にゲームの雰囲気ががらっと変わって、そこがイトケンさんのすばらしいところだなあと。ロマンチックというか、ロマンシングですよね。
――今回は各主人公にフィールド曲とバトル曲が用意されていますが、もともとそうするおつもりだったのでしょうか。
河津 そうですね。やっぱり飽きずにプレイしてもらいたいという思いがあったので、主人公ごとにテーマがほしいと。『ロマサガ』でもそうでしたし。バトル曲も、前々から「主人公ごとに変えたい」という思いがありました。主人公が8人いた場合、8曲ノーマルバトル書いてくれとはお願いしづらいんですが、今回は主人公が4人だから、4曲やるか! と。
伊藤 『サガフロ』の悪夢が(笑)。
※『サガ フロンティア』は主人公が7人おり、それぞれラストバトルの曲が異なった。
河津 『サガフロ』も、本当はノーマルバトルから変えたかったんですけどね。『サガフロ』のバトル曲が#1、#2、#3というタイトルになっているのはそういう理由だったんですが、当時、そこまでは言いだせなくて(笑)。今回は最初からそういうオーダーにしました。
――それでは、各主人公の楽曲を、どういうイメージで書いたのかをお聞かせください。まずは苦戦したというウルピナから……。
伊藤 相反する要素を持っているキャラだと思うんですよね。お嬢様だけど活発だったり、お嬢様的な暮らしをしていたけど戦いの場に出る、だったり。そういう要素をどう表現しようと悩みましたね。ふたつの要素をそれぞれ表現するか、ふたつの要素を混ぜ合わせるか。
――どちらの方法を取ったんですか?
伊藤 最終的には混ぜ合わせましたね。相反するものじゃなくて、「どちらも私なんだ」という気持ちのウルピナになりきって。もちろんコスプレはしてませんが……!
河津 見た目までなりきって作曲してたら、ちょっとすごいな(笑)。
市川 苦戦した理由はやっぱりそこなんですね。
伊藤 どっちに重きを置くか、そのバランスに苦労して。あまりに並行しすぎてもいけないし……じゃあどう溶け合うんだ、と悩みました。
河津 いちばん長い時間かけてやり取りしただけあって、イメージ的にはいちばんシンクロ率が高い気がします。華やかで凛とした感じ、主人公らしいイメージが合っていますね。ゲームのプレイ感に近い。
――ちなみに、小林智美さんのイラストは、作曲の段階ですでにあった?
伊藤 ありました。(ウルピナに)なりきるために、じーーーっと見てましたね。
河津 ウルピナのイラストは最初に来ましたからね。
岩崎 伊藤さん、何度も質問してこられましたよね。「ウルピナはかわいいだけなのか? それともどうなのか?」みたいな。そのたびに、僕も河津さんに探りを入れて。
伊藤 絵のイメージだけではなく、性格だったりバックボーンを表現したくて。メロディーラインだけではなくて、メロディーに付随する対旋律のものが重要なんですね。ドラムの入れかたとかで性格を表したりして。ですので、曲に反映するための、キャラクターに関する素材があればあるほど作りやすいんです。
――伊藤さんならではの、キャラクターの楽曲の作りかたということですね。続いてレオナルドについてうかがいます。東京ゲームショウでのステージイベントでうかがいましたが、レオナルドのテーマについては、注文が“レオナルドが聴いていそうな曲”だったんですよね?
伊藤 このリクエストは斬新でしたね!
河津 そうですね、レオナルドが聴いていそうな曲。レオナルドのための曲ではなくて。聴いていそうな曲です。実際に、ゲーム内でレオナルドが音楽を聴いたりするシーンはないんですが、そういうイメージで作ってほしいと。
――そのリクエストをかみ砕くのは、たいへんだったのでは?
伊藤 そうですね。参考として挙げられた曲を岩崎くんから聴かせてもらったりしたんですが、余計こんがらがっちゃったりして……。
河津 イメージは歌謡曲だったんですけどね(笑)。
伊藤 『サガ』らしいレオナルドの部分はなんだろうな、というのを探りながら、デモを作っていきました。レオナルドはどうやって音楽を聴くんだろう、みたいなことも考えましたね。まさかウォークマンをつけているわけでもないし。
市川 「俺の道を行く~レオナルドテーマ」という曲名がぴったりで。レオナルドは我が道を行く人で、何しても自由なんですよね。
――オープニングで、いきなり農園を売り払っちゃいますからね、レオナルドは。迷いもなく。そういう展開がサガらしいと思いました(笑)。続いて、タリアの曲のイメージを教えていただけますか?
河津 和服をベースにした服を着ている女性ですが、アジアっぽい雰囲気を意識しすぎるのもどうかな、と思って、「意識しなくていいです」とお願いはして。あまりアジアのイメージに引っ張られすぎると、べたべたになっちゃうかなと。でも上がってきた曲は、意外とそういうテイストで。イトケンがそう来たか、それはそれでいいかなと思って、いまの曲になりました。
伊藤 タリアのテーマは先にメロディーができて、その後に楽器の編成を考えたのですが、バイオリンを二胡っぽく弾くか、二胡そのものにするかを岩崎くんに相談したところ、「どちらも録って、河津さんに判断してもらおう」ということになったんです。結果、二胡のバージョンになりました。
市川 アジアっぽいほうですね。
岩崎 二胡とバイオリンなら、河津さんはバイオリンのほうを選ぶと思ったんですよ。二胡だと濃いので。そうしたら、選ばれたのは二胡でしたね。さらに河津さんから「二胡のこの部分、演奏間違えているよ」と指摘もあって。まさかの録り直しもありました。
河津 バイオリンもすごくよかったんですけど、聴き比べると、二胡のほうが演奏のこぶしっぽいものがよかったので。今後、バイオリンバージョンは、コンサートなどで聴く機会もあるかもしれませんから、ゲーム本編は二胡にしようと思いました。
伊藤 二胡は、『Re:Birth』シリーズやライブでおなじみの土屋玲子さんに弾いてもらいました。
市川 タリアが和服でフィールドを歩いている様子にぴったりの曲ですよね。
伊藤 発注書に、タリアの容姿とだいたいの年齢が書いてあったので、「これはキャピキャピした感じではないな」と。
――ちなみに、タリアは何歳?
河津 さあ、具体的な年齢は決めていませんので……まあ、30代ですね。キャラクターは、年齢分布表を最初に決めてから作っていくので、「この人は80歳以上!」といったざっくりした年齢は決めているんですけど。今回は、子どもは出さない、というのは決めていたので、10代のキャラクターはあまりいないという設定で作っています。
――確かに、今回のキャラクターは、年齢が高めだと感じます。太皇太后ですとか、ローソンですとか。
河津 ファンタジーの世界というか、昔ながらの世界で作ると、年齢的には子どもがいちばん多いんですよね。そうすると、いまのプレイヤーが日常で見ている風景とはぜんぜん違う風景になる。会社勤めの人は、同世代とか、おじさんおばさんばかりが周りにいて、世の中には小さな子どもや中学生や高校生がたくさんいるんだってことを忘れがちになりますから。そのバランスはいつも悩むんですよね。ただ今回は、意図的に低年齢層のキャラクターを登場させずに作りました。ちなみに、自分の年齢が上がってきたこともあって、年上の人間(を描く際)のリアリティーがだんだん上がってきたと思います。いまの自分はモンドくらいの年齢なので。
――なるほど。タリアもそうですが、バルマンテも年齢は高めなのかな? と感じます。そんなバルマンテの楽曲についてお聞かせいただけますか?
伊藤 バルマンテは曲自体は比較的すんなり行きましたよね。
河津 バルマンテは処刑人ということがすべてであり、絵のイメージ以上のものを書きようがないかな、と。ただ上がってきたものは最初からカッコよくて。もうゲーム全体のテーマ曲でもいいんじゃ? くらいのいい曲でした。ひとりの主人公のテーマ曲にするにはもったいないくらいの、すばらしい曲ができましたね。
伊藤 小林さんのイラストがすべてでしたね。イメージがポンっと出てきました。
岩崎 バルマンテはワイルドなキャラなので、リズムに和太鼓を使ってみよう、と伊藤さんと盛り上がったんですよ。どうせ録るなら、すげぇでかい和太鼓を呼ぼう! と和太鼓専門の宮本卯之助商店さんからふたつもお借りして。同時にドラムもレコーディングして、河津さんに判断してもらおうという話だったんですけど、和太鼓を鳴らした瞬間に、「ちょっと違うね」となって(笑)。結果、和太鼓は使われなかったのですが、サントラのクレジットのSpecial Thanksに宮本卯之助商店さんを記載させていただきました。
河津 けっきょく僕は聴いていないんですよ、和太鼓のバージョンは。
伊藤 もったいなかったですね。和太鼓はライブでやるべきでしたね。
岩崎 和太鼓に限らず、今回はいろいろな意味で、実験的なことをやらせてもらいましたね。
伊藤 完成形に近いところで、もう一度サジェスチョンして、これはあり、これはなしと。すごく贅沢でしたね。