スクウェア・エニックスで『ドラゴンクエスト』シリーズのプロデューサーを務めていたことで知られる青海亮太氏。2023年2月にスクウェア・エニックスを退社したことを発表した同氏が、メタバースプラットフォーム“cluster(クラスター)”を手掛けるスタートアップ企業、クラスターに入社した。

 本記事では、クラスター代表取締役CEOである加藤直人氏と、青海氏のインタビューをお届け。青海氏が国民的ゲームタイトルのプロデューサーから、メタバースプラットフォームのプロダクトマネージャーへと転身した理由は何なのか。加藤氏は、ゲーム畑出身の青海氏の加入によって、clusterにどんな変化が起こると考えているのか。そして、メタバースプラットフォームが進化することで、今後、現実世界とバーチャル世界はどんな関係になるのか……など、非常に多岐にわたるお話をうかがった。

 現在、“メタバース”という言葉は、非常にさまざまな場面で使われている。それゆえに、「一過性のブームで終わってしまうのでは」、「なんだかアヤしいものなのでは」と勘繰ってしまう人もいるだろう。しかし、メタバースという言葉が表す世界……バーチャル空間で人々が自由に過ごすという世界は、メタバースという言葉が生まれる前から存在しており、ゲームファンにとっても馴染みのあるものだ。今回のインタビューを通じて、今後のバーチャル世界におけるコミュニケーションとエンターテインメントがどうなっていくのか、読者の皆さんにも一考してもらえれば幸いだ。

 また、クラスターは、2023年9月21日~9月24日に行われる東京ゲームショウ2023に出展予定(※21日、22日はビジネスデイ)。今回のインタビューで語られている、clusterの特徴や展望を感じ取れるブースになっているとのことなので、気になる人はぜひ訪れてみてほしい。

加藤直人氏(かとう なおと)

クラスター代表取締役CEO。京都大学大学院理学研究科修士課程中退後、スマホゲームの開発を手掛けながら、約3年間の引きこもり生活を送る。2015年にクラスターを起業。2018年に、経済誌『Forbes JAPAN』の“世界を変える30歳未満30人の日本人”に選出された。

青海亮太氏(あおみ りょうた)

クラスター プロダクトマネージャー。玩具メーカーでの商品開発や、ジニアス・ソノリティでポケモンや任天堂タイトルのゲーム開発、スクウェア・エニックスでのゲーム開発を経て、2023年にクラスターに入社。スクウェア・エニックスでは、『ドラゴンクエスト』シリーズのプロデューサーを務め、ゲーム開発のほか『ドラゴンクエスト』のIPプロデュース、二次展開(グッズ・イベントなど)に多数携わっていた。

元『ドラゴンクエスト』Pの青海亮太氏が、メタバースを手掛けるクラスターに参画。加藤直人CEOとともに、世界にとどろくメタバース作りに挑む【インタビュー】

引きこもりだった加藤氏が、VRデバイスと出会い、クラスターを立ち上げるまで

――本日は、クラスターが取り組んでいるサービスや、青海さんが入社された経緯などについて伺っていきたいと思います。まずは、クラスターが行っている事業について教えてください。

加藤シンプルに言うと、“メタバース”と聞いたときに皆さんが想像するであろうものを作っている会社です。いわゆるメタバースのプラットフォームを提供しています。ユーザーさんたちはバーチャル空間、世界そのものを作ることもできますし、アバターのアップロードもできます。そんなプラットフォームのなかで、アバターやアイテム、アクセサリーなどを作って売買することも可能で、我々はその手数料をいただいている、というのが当社のプラットフォーム事業ですね。

――会社の立ち上げ時から、メタバース事業に取り組んでいたのですか?

加藤そもそもはバーチャルイベント会社としてスタートしていて、メタバースという言葉が世に出てきたのはその後ですね。クラスターは、バーチャル上でイベントを開催するためのシステムについては、僕の見る限りでは世界でいちばん充実していると思います。それもあって、バーチャルイベントのために街を作ったり、エンタープライズ案件(※法人のイベント)で使っていただいたりすることが多いです。いまは年間200案件以上を扱っていて、法人での利用は世界でもっとも多いかと思っています。

青海とはいえ、やっぱりユーザーの開くイベントがもっとも多いんですよね! サークルの催しや文化祭のような感覚で開かれたりするものが多くて、それはもう計測できないくらいの数があります。

加藤そうですね。法人利用が多いとは言え、メインで使ってくださっているのは個人のユーザーさんやクリエイターさんになります。我々はワールドと呼んでいるんですけど、そのバーチャルな世界のなかでバーやカフェを運営している人たちもいれば、ゲームを作って遊んでいる人もいますし、麻雀卓を用意して麻雀をしたり、DJイベントを開いたりと、皆さんがワールドの中での生活を自由に楽しんでくださっています。

――加藤さんが起業した経緯について、もう少し詳しくお聞かせください。クラスターの公式サイトには、設立前の加藤さんは引きこもりだった、と書いてありますが……。

加藤引きこもっていた、と言うと何か苦労をしていたと思われるんですけど、すごくポジティブな引きこもりなんですよ(笑)。僕は大学院で量子コンピュータの研究をしていたのですが、インターネットとプログラミングが楽しすぎて、気づいたら3年間引きこもっていたんです。そのときに、引きこもるうえでインターネットは本当に便利だなと思ったんですよ。

――ネガティブなことがきっかけではなく、ポジティブにのめり込んだ結果の引きこもりだったんですね。

加藤当時の自分は、人が集まったり触れ合ったりする瞬間に生まれる特別な熱量を、インターネットに載せられないかと考えていたんです。そのときに、Oculus(当時)のVRデバイスに出会いまして。

――それはいつごろですか?

加藤2014年ですね。当時はまだ、一般市場に出回る、いわゆるコンシューマーバージョンのデバイスはなかったので、開発キットを取り寄せてみたんです。実際に装着してみると、本当に未来を感じて、身体性をインターネットに載せられる時代が来るなと確信したんですよ。そのためのプラットフォームというか、インフラを作りたいなと思って始めたのが、このクラスターという会社でした。

――2014年と言うと、まだメタバースという言葉が普及していないころですね。

加藤そうですね。ただ、いまで言うメタバースというものはすでにありました。2003年ごろにセカンドライフというサービスがスタートして、2007年くらいに、いわゆるメタバースのピークが一度来たんです。言ってみればいまは、2回目のメタバースブームなんですよね。ただその間、2016年にVRがトレンドになっているんです。一般ユーザー向けのVRデバイスが登場して、バーチャル空間で人と交流するようなことも増えていきましたけど、そうしてインターネット上で交流する際に使われていたのは、それまでオンラインゲームで培われてきた技術なんですよね。

――確かに、バーチャル空間での交流というのは、VRやメタバースの登場以前からオンラインゲームでは当たり前に行われていました。

加藤ですよね。だから、そういった技術に対して真摯に取り組んできたのは、ゲーム業界だと思ったんです。ゲーム業界で培われてきた技術と、インターネットやVRといった最先端のテクノロジーを重ね合わせたところに、未来があると思って、会社を立ち上げて突き進んでいたんです。そうしたら、たまたまメタバースという名称が出てきた、という感じですね。

ゲーム業界出身であり、IPプロデュース・二次展開の知見もある青海氏の参画

――ゲーム業界で培われてきた技術を活かしたい……というところが、青海さんがクラスターに参画されたことにつながっていくのでしょうか。

加藤そうですね。前置きが長くなってしまいました(笑)。

青海もともと、私の中では、“メタバース=ユーザー生成コンテンツ、UGC(User Generated Content)”という捉え方のほうが、ごくごく自然で純粋に面白いと思っていました。セカンドライフ以降もいろいろとサービスが登場しましたけど、バーチャル空間があったとしても、誰かがが何かを作り上げないことには、何の遊びもコンテンツも生まれないんですよね。UGCがなければただの空間・箱にすぎません。UGCを通してユーザーが熱量を持って作ったり発信することで、初めて新しいサービスとして成立していくと思うんです。

――いかにユーザーが盛り上がってくれるようにするか、というのが肝になるイメージはあります。

青海たとえば、『どうぶつの森』も一種のUGCだと思いますし、スマートフォンのアプリやSNS、動画配信サービスを見ても、世の中本当にUGCばかりなんですよね。じつはゲームも、我々が思っている以上にUGCの比重が大きくなっているんじゃないかと思っていて。それぐらい、ユーザー自身が生み出すものには、とんでもない熱量・可能性があると思うんです。それから、正直なところ、“メタバース”という言葉が正しく理解されているかと言うと、疑問な部分もありますよね。

――最近はメタバースという言葉がひとり歩きしている感はありますね。

青海ビジネス的に聞こえがいいから、というので使われているのかなと思うんですが、ゲームユーザーからしたら、「メタバースだから遊ぶ」というのではなく、ただ単に「楽しめるコンテンツのひとつとして遊んでいる」にすぎないと思うんです。私としても、メタバースをどうこうしたいというのではなくて、これまでゲームユーザーが楽しんでいた遊びに、新しい技術を使って新たな価値や可能性を生み出したいと考えています。その結果として生まれるものが、いわゆるメタバースと呼ばれるものになるだけかな、と。

加藤昔はゲームとインターネットの技術は別々のものでしたけど、オンラインゲームやダウンロードコンテンツなどが当たり前になって、いまはそのハイブリッド性がどんどん重要になってきていますよね。この流れは今後30年、50年、何なら100年先も止まらないと思っています。これまで僕はWEBやアプリをおもに扱ってきて、そのカルチャーとゲーム業界のカルチャーは混ざらないんじゃないかとかつては思っていたんですけど、それがいま混じり合っているんですよ。その結果として生まれてくるのが、このメタバースという業界なんじゃないかと思っています。

――では、クラスターのスタッフにも、WEB・アプリ系とゲーム系、両方の業界出身の方がいらっしゃるのでしょうか。

加藤開発チームの中では、半々くらいですね。けっこうカルチャーが違っていておもしろいですよ。

青海私もビックリしたのですが、本当にぜんぜん違うんですよね(笑)。ふだん使う言葉も違えば、「こうすればユーザーが喜ぶよね!」と考える際のアプローチの仕方も違うこともあったり。これまでのゲーム開発にはなかった考え方が、新たな発想の源になっています。ゲーム業界だとこのような視野は、なかなかなかったな、と反省もしたり。

加藤その違いが交わるからこそおもしろい化学反応が起きるのが、このメタバースという領域だと思っています。その先に人類の未来があるはずだと、僕は信じています。僕がWEB・アプリ畑出身なので、いまはどうしてもcluster自体がアプリ寄りになっているんですけど、もっとゲーム的になっていいと思いますし、そうすることで垢抜けていくかなとも思います。ですので、ゲーム業界の出身で、かつWEBやアプリに対する感性も持っている人を探していたんです。

――そうして出会ったのが青海さんだったわけですね。

加藤そうです。そこでラブコールを送らせていただきました(笑)。

青海いま振り返っても、加藤さんとの出会いは、まさにRPGの出会いのようでした(笑)。

――そのお誘いを受けて、青海さんはどう思われましたか?

青海私自身、メタバースやUGCなどの新しいサービス、新しい技術はめちゃくちゃ大好物で、興味があったんです。言ってしまえば『ドラゴンクエスト』だってひとつのメタバースみたいなもので、ユーザー自身が作り上げていくコンテンツがたくさんあるんですよね。『ドラゴンクエスト ビルダーズ』はその最たるものですし、『ドラゴンクエストX オンライン』内でユーザーが開催するローカルイベントや、『ドラゴンクエスト モンスターズ』で育て上げるモンスターたちも、ある意味でUGCだと思います。

――自分が育てたモンスターがUGCである、というのは言われてみれば確かにそうかもしれません。

青海さらに『ドラゴンクエストIX』のすれちがい通信“宝の地図”もUGC的とも言えますし、現実世界のリアルと仮想世界のゲームがつながっていくことが、すごく未来的だったと思っていて。そういう意味で、いずれゲームがメタバースへ発展していく未来はあるとずっと考えていました。 そんな流れの中で、加藤さんと出会ったんです。

――実際に加藤さんとお話をしてみて、いかがでしたか?

青海これからの未来の話や、ゲーム・バーチャル世界の話をしているだけで、盛り上がりすぎて時間を忘れてしまうくらいでした。子どものように、こんなことやりたい! こんな世界作りたいね! と無邪気にキャッキャしながら楽しく話せたんです。これはもう、いっしょにおもしろいものが作れるぞ! と直感しました。

――とはいえ、『ドラゴンクエスト』という日本を代表するIPに関わる現場から離れることに、迷いはありませんでしたか?

青海もちろん迷いと葛藤もありましたし、ユーザーの皆様の顔も思い浮かんで……。何ならいまでも未練のようなものを感じることもあります(笑)。ただ、じつは堀井さん(堀井雄二氏。『ドラゴンクエスト』シリーズの生みの親)にも、お話ししていて。私自身、これまでのさまざまな経験値やスキルを活かして、もっともっと世界中の人々がワクワクできるものを作れるんじゃないか、という強い気持ちがあったんです。ダーマ神殿で転職する、じゃないですけど。

――上級職を目指して、新たな挑戦をしてみたかったと。

青海そうやってレベルを高めていけば、世の中にもっとおもしろいものが作れるんじゃないかと思ったんです。最終的には、加藤さんの口から放たれた「青海さん! 僕らを世界に連れていってください!」という言葉がいちばん響きましたね。ならば、仲間になりともに冒険に旅立ちます!! と(笑)。

元『ドラゴンクエスト』Pの青海亮太氏が、メタバースを手掛けるクラスターに参画。加藤直人CEOとともに、世界にとどろくメタバース作りに挑む【インタビュー】

日本発の、世界にとどろくプラットフォームを作る

――加藤さんとしては、青海さんにお声がけした時点で「世界を目指す」という強い意志があったのですね。

加藤僕は、日本発で世界にとどろくようなサービスを作りたいと思っているんです。日本には、IPとしては世界的に人気のあるものがたくさんありますけど、プラットフォームやサービスで言うとなかなかないじゃないですか。とくにIT業界においてはボロ負けと言ってもいいくらいで、世界中の誰もが使うサービスというのは生まれていないですよね。

――確かに、マンガやアニメ、ゲームに関しては、さまざまな作品が世界で人気なのに比べると、サービスはあまり国外では普及していない印象です。

加藤日本的な考えかた、日本のカルチャーを使いながら世界にとどろくようなサービスを……と考えると、いまメタバースと呼ばれているこの領域が最後の砦なんじゃないかと思っています。そのためには、WEB・アプリ系の発想を持つ人間や技術者と、ゲーム系の発想や技術を持った人たちとが手を取り合って戦わないといけないと思うんです。ですので青海さんに、「世界に連れていってください!」と。

青海実際、日本ほどクリエイターがこれほどまで多い国はそうないと思うんです。人口に対して、アニメやマンガ、ゲームなどあらゆるコンテンツでエンタメに携わる人間が圧倒的に多いんです。これを有効活用しない手はないなと。それが日本最大の武器になると思いますし、そうじゃないとこれから世界で戦っていけないと思います。まさに最後の砦です。

――日本のIPは世界的にも注目を集めていますし、本当に大きな武器になると思います。

青海ゲームですと、マリオやポケモンが分かりやすい例で、もはや日本ゲーム発の、というよりも、世界的なアイコンキャラ・ブランドに成長しています。日本がそういう可能性を作り得る土壌を持っているのは圧倒的に強いですよね。

加藤僕は、最終的に人間が働かなくなって、遊んで暮らす世界が来ると思っているんですよ。そのときに、ゲームの技術とインターネットの技術がすごく重要になってくると思うんです。メタバースはゲームの技術をもっと日常に根付いたものにできるし、いまは道具的に使われているインターネットの技術も、もっとエンターテインメントにしていけると思っています。

――ちなみに現在、海外からclusterにアクセスすることは可能なのでしょうか。

加藤できます。ただ、正直にお伝えしますと、現在のユーザーの99%は日本の方で、法人のお客さんも日本の顧客が多いです。それでも、USやヨーロッパなどの英語圏で、少しずつユーザーのコミュニティが育ってきているんですよ。それを着実に大きくしていくため、グローバルチームを組成して動き出しています。clusterみたいなサービスは、一気にバン! とユーザーが増えればいいというものでもないですし。

――じわじわ伸びていくほうがいいと?

加藤何かおもしろいコンテンツで人を集めているわけではなくて、コンテンツを作ってくれる人やコミュニティがあってのおもしろさなので、コミュニティを育てていかないといけないんです。ですので、泥臭くはありますが、毎週毎週ユーザーと丁寧にコミュニケーションをすることを積み重ねていっています。

青海毎週、海外ユーザー向けのイベントを開いて、clusterをアピールしてコミュニティ作りのお手伝いをしているんです。地道ではあるんですけどね。

加藤英語ネイティブのスタッフも増えてきているので、そういった分野を強化していくのがいまのテーマでもあります。

――じっくり伸びていったほうがいいということでしたが、それは世界でも国内でも変わらず、でしょうか。

加藤そうですね。これはWEB・アプリ的な発想なんですけど、クリエイターがものを生み出すUGCのプラットフォームって、一気に人が集まると、いなくなるのも一瞬なんですよね。長く運営するには、クリエイターやそのコミュニティのピラミッドをじっくり育てていって、そこに熱量を投下しながら作っていくというフェーズが、絶対に必要なんです。そこを経ずに一気に立ち上がったプラットフォームの中でいまも残っているものは、探せばあるかもしれないですけど、すごく稀有なんですよ。スタートアップとしては、そこを泥臭くやっていけるのが強みでもありますね。これに関しては、大金を投じて解決しようとしても、意味がないので。

青海メタバースに関しては、海外の巨大企業が巨額を投じて戦っていたりしますが、同じ土俵で同じことをしても勝ち目はないので。しっかりとクリエイターの気持ちになって、ゲーム・エンタメの観点で楽しいものを作る、そういう日本人の武器を最大に使って戦おう、と考えています。

加藤これが、資金力に頼ればどうにかなるような勝負だったら、絶対に我々もやっていないですし、やる意味もないと思うんです。大事なのは、クリエイターの皆さんが好きにものを作ることができて、そこに人生を投下する価値があると思ってもらえる場を形成していく、こと。そこに注力し続けているのが、このクラスターという会社なんです。

ゲーム開発の経験を、clusterの触り心地改善に活かす

――青海さんが加わったことで、改善・進化が期待されるのはどのような部分でしょうか。

加藤いまclusterが抱えている課題として、やっぱりエンジニアカルチャーに寄っているというところがあります。システム部分はよくできていますし、さまざまな企業やIPとのコラボを行うことで、男女比、年齢層ともに幅広いユーザーを獲得しています。ただ、日常生活で使ってもらえるくらい洗練されているかと言えば、そうではないと思います。そうするための触り心地などの部分を磨き上げるには、ものづくりと真摯に向かい合ってきたゲーム業界の、青海さんのような人たちが必要なんです。

青海私はもともと玩具会社でキャラクターグッズやフィギュア制作などに携わっていて、その後『ポケモン』や任天堂のタイトルに関わり、それからスクウェア・エニックスで『ドラゴンクエスト』のタイトルを作ってきました。現実のおもちゃにあるアナログ的な手触り感、『ポケモン』や『ドラゴンクエスト』が持つ、あたたかさ、わかりやすさや機能性といったものに関しては、私の中に、長年積み重なって培われてきたものがあります。そのノウハウを活かせるんじゃないかと思ったんです。

――国民的タイトルで培ったユーザビリティの知見が加わる、というのは大きいですね。

青海clusterはまだ卵から生まれたばかりの状態なので、そこをきれいに包んであげれば、もっといいものになるだろうというのは直感的に思いました。『ドラゴンクエスト』には、堀井さんの作り出す優しい世界があるんですが、堀井さんはとにかくユーザー第一、作り手自身がユーザーになりきることが大事だとふだんからおっしゃっていました。そこは、UGCやメタバースを扱ううえでもいちばん重要なことだと考えています。ユーザーが思いっきり、心ゆくまで楽しめないと!

加藤青海さんにいちばん期待しているのは、やっぱりそこですね。「クラスターのミッションは、人類のクリエイティビティを加速すること」といつも言っているんです。そもそもどうしてこのメタバースの世界を作ったかと言えば、自分が引きこもっていたからというのもありますけど、僕自身オタクなところがあって、人々の作り出したものに触れているときがいちばん幸せなんですよ。

――人の作ったものに触れていたいという想いがあるからこそ、それを促進するようなプラットフォームを作りたかったと。

加藤やっぱり、人の作り出す表現や作品に触れていると、アドレナリンがドバドバ出るじゃないですか。だからそれを加速させていきたいし、clusterのようなプラットフォームは、コンテンツを作って表現してくれるクリエイターの皆さんに支えられているんですよ。だからこそ、ユーザーファースト、クリエイターファーストになるのは必然なんですよね。その中で、たとえばバーチャル空間の世界を作り出すときの手触り自体を楽しめるようになれば、また状況が変わってくると思うんですよ。

――ものづくりの作業そのものが楽しくなったら、新たに参入しようとする人も増えていきそうです。

加藤そうなんですよね。メタバースという言葉がどうしてキラキラしているかと言えば、「こんな世界があったらいいのに」、「こんな自分になれたらいいのに」という想いを実現できてしまうからなんですよ。それがさらに、世界を作るプロセスすらもすごく楽しい、というものになったら、本当に世界が変わると思うんです。

青海『どうぶつの森』や『マインクラフト』がまさにそうですが、本来だと作業になりがちな“作ること”自体がゲーム、遊びになるんですよね。clusterも同じで、世界やアイテムを作ること自体が楽しいし、そこからコミュニティも生まれてくるんです。ボイスチャットやテキストチャットなどの機能もあるので、MMO的に交流を深めていくこともできるし、SNS的に知らない人とつながっていく楽しさもあって、本当にいろいろなもののいいとこ取りをしているな、という印象が強いです。ここにキャラクターや世界観などを肉付けしていけば、きっと世界中で受け入れられるサービスになると思います。

clusterの見た目がガラリと変わる!? リブランディングプロジェクト進行中

――ちなみに、青海さんが入社されたのはいつごろなのですか?

青海今年の2月ですね。いまは入社から7か月ほど経った状態です。

――現在、具体的にはどういった役割を担っているのですか?

青海いまは、clusterそのもののリブランディングを行っています。先ほどお伝えしたように、いまのclusterをベースに、もっと手触り感をよくしたり見た目をよくしたりしつつ、世界観やキャラクターなどの肉付けを行っていくようなプロジェクトです。いまは本当に、ゴリゴリやっている最中です(笑)。

――見た目を変えるということは、UIなども含めて大きく変化していくのでしょうか。

青海そうですね。このリブランディングについてお話しするのは今回のインタビューが初になりますが、本当にガラッと変わります! もう、「これってclusterなの?」ぐらいの変化になると思います。

加藤ただ、根幹にある部分は変わりません。clusterの根幹を作っているのはクリエイターの皆さんであり、クリエイターさんとユーザーさんが作るコミュニティなんです。そこは変わらず、その人たちのclusterに対する考えかたや感じかたを根底から変えるようなイメージですね。clusterを使っていてよかったと思えるような、それを誇りに思えるようなものにしていこうと思っています。まだまだプロジェクトは始まったばかりなので、もっともっと人を巻き込んで仲間を増やしていきたいですね。

――これからも人材募集は続けていくと。

青海日本ほどゲーム・エンタメ業界で働く人が多い国もないので、やはり優秀な方も多いんです。つぎのステップとしては、“ルイーダの酒場”みたいに、仲間になる人たちをどんどん探していくことになります。

加藤本当に、メタバースは日本の一大産業になり得る最後の砦だと思うんです。そこをゼロから作っていこうとしているので、この記事を読んで興味を持った方にはぜひ来てほしいと思っています。インターネットが発達したことで、個々人のパワーが大きくなっていって、個人の時代になってきていると思うんですよ。たとえばYouTuberでもひとりで数億円を稼ぐような人がいるじゃないですか。でも、世界にとどろくプラットフォームを作るというのは、個人ではできないことなんです。

――数えきれないほどの人が過ごすプラットフォームを作るのであれば、相当な人数が必要ですよね。

加藤本当に100人、1000人単位の人が必要なんですよ。しかも、僕は10億人以上が使うような巨大インフラを作ろうと思っているので、そう考えると人が何人いても足りないんですよね。日本ではいろいろなアニメやゲームに触れながら成長して、英才教育を受けた人がたくさんいるんですよ。そういう、テクノロジーに対する感度やクリエイティビティに対するリスペクトを持った人たちにぜひ来てほしいなと思います。

clusterを支えるクリエイターのため、cluster内での経済活動を可能に

――先ほど、メタバースという言葉がひとり歩きしている、という話もありましたが、改めてクラスターの考えるメタバースとは何なのかについて教えていただいてもよろしいでしょうか。

青海『マインクラフト』や『ドラゴンクエスト ビルダーズ』のような、ユーザーが自由にものを作れるUGCサービスがあって、作ったものを売買できる経済圏やボイスチャット機能なども用意されている中で、何をしてもいいし、何もしなくてもいい空間が広がっている世界、というのが私たちの作るメタバースなんです。

――自由にものを作って売買できる環境がありつつ、その中で何をするのかは個人の自由であると。

青海つまり、ユーザーが何をするかがいちばん重要なんですよね。ただ場を提供するだけでは何も起きなくて、そこで楽しいと思えるような価値を生み出せるかどうかが重要なんです。クラスターは“ユーザーが楽しいと思えるような空間や価値を提供することを目標としている”というのが大きなポイントになると思います。

加藤昨年の東京ゲームショウでは、cluster内にエコシステムを作るというテーマで発表をしたんですよ。clusterを支えているのはクリエイターの皆さんで、クリエイターさんにとっては経済活動ってすごく大事じゃないですか。昨年にエコシステムを作り出してから、cluster内でさまざまな流通が発生するようになりましたし、クラスターが仕事を受けている法人と、クリエイターの皆さんがマッチングできるシステムも作って、実際に動き出している案件も出てきています。このように、エコシステムとはしっかり向き合っていて、今年もおもしろい発表ができると思うので、ぜひ注目していただければと思います。

元『ドラゴンクエスト』Pの青海亮太氏が、メタバースを手掛けるクラスターに参画。加藤直人CEOとともに、世界にとどろくメタバース作りに挑む【インタビュー】
ワールドに配置できるクラフトアイテムを、ユーザーが自分で作ることが可能。それを他のユーザー向けに販売することもできる。

clusterの特徴は、とにかくハードルが低いこと。メタバース初心者にオススメ

――メタバースと言われるプラットフォームは数多く存在していますが、clusterはその中でも、クリエイターの支援に力を入れている点が特徴なんですね。

加藤そうですね。いちばんの特徴は、クリエイターにとってのハードルを徹底的に下げているところだと思います。ここがほかのサービスとは思想が違っていて、いちばん差が出ているところかな、と感じています。アバターやワールドを手軽に作れるツールを用意していますし、一方で、よりプロフェッショナルな方に向けたアップロードの仕組みも用意しています。本当に、参加するのは簡単なんですよ。自分の理想の世界を作って、それを享受できるのが一部の人たちだけになってしまうと、それはちょっと違うと思うんですよね。

――アバターだけでなく世界ですらも、特殊な技術がなくても作れてしまう、というのは大きいですね。

加藤インターネットの本質は、個々人に力を与える、民主化するところにあると思うんです。だからハードルは本当に低くなるようにしています。よく、clusterは「メタバース初心者にオススメ」と言われるんですけど、僕らとしてもそうありたいと思い続けているんですよね。誰しもが入れる入り口でありたいんです。

――それは個人にとってだけでなく、企業に対しても同様なのでしょうか。

加藤そうです。法人の皆さんにも、「メタバースというワードがあるらしいから、バーチャル空間を使って何かできないか」と思ったときに、いちばん参入のハードルの低い存在でありたいですね。ハードルも低いし、機能も揃っているし、信頼性もあって安心、安全である。そこがクラスターを評価していただいているポイントだと思いますし、実際にそういった点で僕らは世界一であると自負しています。

――広い層のユーザーを獲得できているということでしたが、その中でも、どのくらいの世代が多いのですか?

加藤多いのは20代ですかね。

青海ただ一方で、主婦の方も多いんですよね。MMOプレイヤーにも主婦の方が多いという話もありますが、同じように、お子さんを送り出した後の時間でクラスターを利用している方が多いのかなと思います。それと、夏休みのあいだはやっぱり若いユーザーさんが多いです。 clusterのワールドにいる子どもたちが「ここを登ってみようぜ!」と遊んでいる姿を見たときは、本当に放課後の公園みたいだな、と思いました。

加藤ちょっと前に、テレビ朝日さんとの企画で、バーチャル空間に一軒家を作るコンテストを開いたんですよ。何百件と応募が集まるなかで、1位になったのは主婦の方でしたね。それぐらい、主婦の方にもしっかり触っていただいています。

clusterはゲーム機での展開も視野に入れている

――小さな子どもや主婦でも気軽に参加できる手軽さがありつつ、最終的にはビジネスとして成立するような仕組みを整えている最中なんですね。

加藤そうですね。ハードルを下げるのは本当に重要だと思っています。よく、「メタバースやバーチャル空間が世間に広まるために、キーとなるものは?」という質問を受けるんですよ。VR機器がもっと軽くなればいいのか、といった話もあるんですけど、正直VR機器は重要ではないと思っています。実際、clusterはスマートフォンユーザーのほうが多いですし、PCのユーザーも多いんです。何なら、この先ゲームハードにも対応していきたいなと考えています。

――ゲームハードに進出、というのは興味深いお話ですね。

青海スマートフォンで手軽にできるから触っていただけている部分もあると思うので、同じようにゲーム機で簡単に遊べたら、敷居がかなり下がると思うんです。何より、ゲーム感覚、遊び感覚で触れられるというのは大きいと思います。

加藤まだ詳細はお伝えできないんですけどね(笑)。とにかく、デバイスを問わずに遊んでもらいたいので、VRはあくまでclusterを体験する手段のひとつ、という位置づけなんです。じゃあ何が重要かと言えば、やっぱりコンテンツに触れたり3D空間の体験を作ったりすることのハードルを、どれだけ下げられるかなんですよね。その意味で、ハードルを一気に下げられるテクノロジーとしてのAIにはすごく期待しています。

――AIは昨今話題を集めていますが、クラスターでも注目していると。

加藤世間的にはチャットGPTが代表するようなLLMと呼ばれる大規模言語モデルが盛り上がっていますけど、僕としては2D画像や3Dモデルを生成するディフュージョンモデルといった生成AIに期待しているんです。ほかにも、NeRFと呼ばれる2Dから3Dを起こすテクノロジーなんかもあるんですけど、そういった3Dコンテンツの生成に関わるAIがメタバースにおいては重要になってくると考えています。クラスターの中にもAI研究チームおよびAI開発チームがあり、そこには非常に力を入れています。

――VRはそこまで重要ではないということでしたが、クラスターを立ち上げるきっかけがVRデバイスにあったというお話だっただけに、そこは少し意外な気もしますね。

青海私としてもメインとしてスマートフォンやPCで触ることを想定しているので、世間一般で抱かれるメタバースのイメージとは少し違ってくると思います。ただ、たとえばVRデバイスが進化して軽量化が進んだり、現在、開発研究が進められているコンタクトレンズ型や網膜投影ディスプレイなどが手軽になってきたりしたら、また話は変わるかもしれないですね。現段階では、スペックや重量、バッテリー容量などまだまだたくさんの技術的な課題があります。ただ、それは研究・開発が進むことで時間が解決していくのかな、と。

加藤バーチャル上の世界があることを知る、あるいはそこに触れるきっかけとしては、VRもいいと思います。ただやっぱり、メタバースの流れの根幹にあるのは、ゲームの技術とWEB・アプリの技術の融合だと思うんです。テーマとして重要なのはそっちなので、画面の見えかたや、そこに触れるためのデバイスにこだわる必要はないと思います。

青海ゲームとWEBの技術が完全にミックスされたものは、まだ世の中に出てきていないので、かなり新しいことをやろうとしているんです。ですので、その答えとして出てくるものがどんな風になるのか、イメージするのはまだ難しいと思います。

加藤実際、いまでもゲームはインターネットを使っていますし、インターネットの中でもゲームの技術を使っているものはあると思うんですよね。ただ、これが完全に合わさったものはまだないと思っているんです。メタバースというのは、その完全融合したものを目指していく人類のチャレンジを指す言葉なんじゃないかと思っています。

clusterを教育の現場で活用する“clusterエデュケーション”

――クラスターでは法人や個人に向けてさまざまなバーチャルサービスを提供しているとのことですが、その中でもユニークな取り組みがあればご紹介いただけますか?

加藤クラスターは官公庁とやり取りをすることも多く、その施策のひとつとして、文科省さんといっしょに“clusterエデュケーション”というものを実施しています。メタバースは教育との相性もすごくいいので、教育でメタバース活用してもらおう、というような取り組みですね。

――デジタル技術が教育に取り込まれているというのはよく耳にしますが、クラスターもそこに加わっていると。

加藤小学生、あるいは小学校に入る前くらいの子どもたちも、ちょっと触ると、すぐにいろんなものを作り出すんですよ。バーチャル空間内で友だちとコミュニケーションを取りながら、積み木のようにものを重ねていって、自己表現ができるんですね。コミュニケーションも学べて、自己表現や共同作業の仕方も学べる、こんなにいい欲張りセットはないと思います。おそらく、教育現場で欲しいと言われているものがすべて学べるんじゃないかな、と。このプロジェクトをいま文科省さんなどと進めているので、これがうまく回れば、日本がメタバース産業で世界をけん引するきっかけになるんじゃないかと思っています。

青海全国の児童・生徒ひとりひとりに1台のコンピュータと高速ネットワークを用意する“GIGAスクール構想”というものを、文部科学省が2019年から進めています。私の子どもも今年小学校に入ったんですが、入学したらまずタブレット端末をひとり1台渡されて、4Gネットワークが使い放題なんですよ。授業もタブレットを使って進めているんです。

――すごい時代になりましたね。

青海小学校入学の時点でそのような環境が整っているので、今後の小中学生、高校生にとって、clusterのようなUGCサービスは、非常に親和性が高いものになると考えています。逆に、これをうまく使わないことは、子どもたちにとってももったいないと思っています。

加藤僕らの時代は、友だちと集まるとなったら誰かの家で物理的に集まっていたじゃないですか。でも、いまはもうゲーム上で集まるほうが当たり前になってきているんです。それを教育に利用しない手はないですよね。

青海よく社内でも言っているんですが、clusterは放課後に集まってお喋りをする場所、部室みたいな存在でありたいなと。そこで何をしてもいいし、何もしなくてもいいんです。この、何をしてもしなくてもいい、というのがいいんです。そういう風に穏やかな時間を過ごしたり、いっしょに何かゲームをしたり、別のワールドに出かけたり、どういう風に過ごしてもいいというのは、現実の延長線上にあるような体験なんですよね。

不老不死が実現したとき、メタバースは重要なインフラになる

――先ほど加藤さんから、「いつか人間が働かなくてもいい時代が来る」といったお話がありましたが、加藤さんの考える未来について、もう少しお話を聞かせていただけますか?

加藤ちょっと突拍子もなく聞こえるかもしれないんですけど、クラスター社が最終的に目指しているのは、不老不死の世界観なんですよ。こんなに楽しいことがある人生だし、死にたくないなと思っていて、そのためにできることは何かと考えると、それはclusterだ、というのが根本の思想としてあるんです。

――不老不死とは、またすごいワードが出ましたね。

青海ファミ通さん誌面で、初めて出るワードかもしれませんね!(笑)

加藤不老不死にも、2パターンあると思うんです。まずは再生医療などを使いながら、どんどん身体をサイボーグ化していく方法。そうしていけば、100歳、200歳と不老長寿を実現できると思うんです。でも、脳の病気が怖い。脳梗塞やアルツハイマー、あるいは何かの事故がきっかけで亡くなってしまうかもしれないじゃないですか。それらもクリアーできるもうひとつの方法が、脳の意識をバーチャル空間にアップロードすることなんですよ。

――さながら『ソードアート・オンライン』の世界ですね。

加藤意識をアップロードすると言われても、ネット上を自分がふわふわ漂っているのは、イメージができませんよね。我々は三次元空間を認識しながら生きているので、「ならば、その空間をバーチャル上に作ってしまおう」という側面も、クラスターにはあるんですよ。日本発のメタバース産業として大きくしていきたいという想いとともに、不老不死が実現したときの重要なインフラになるだろう、という考えもあるんです。

――バーチャル空間に意識を移すというのは、数々のエンタメ作品で描かれているものの、現実でいざ実践……と考えると、まだなかなか想像がつきません。

加藤人の意識の解明度はまだ0.1%にも達していないので、すぐにどうこうできる話ではありませんが、目指せない世界ではないと思っています。実際、クラスターのメタバース研究所では、京都大学の神谷研究室と協力して、脳の情報をメタバース上に反映して活用できないか、といった研究を進めているんです。けっこうガチで目指しているんですよ(笑)。

青海本当に、『ソードアート・オンライン』のように、自分の意識をゲームの中に持っていくような遊びも、いつかはできるようになるかもしれないですよね。

加藤そこまで技術が進んでいたら、食欲や排泄のような基本的な欲求からも解き放たれているはずなんですよね。そうなったときに、最終的に残るのはエンターテインメントだと思うんです。生き続けるにふさわしいくらい世界が楽しいかどうか、それが大事になるんじゃないかと考えています。「この世界があるなら現実世界を捨ててもいいな、と思えるくらいのところまでいくのがひとつの目標ですね。その最終的なエンターテインメントの場としてclusterが発展していったらいいな、と思いながらサービスを作っています。

元『ドラゴンクエスト』Pの青海亮太氏が、メタバースを手掛けるクラスターに参画。加藤直人CEOとともに、世界にとどろくメタバース作りに挑む【インタビュー】

現実とバーチャルが混ざりゆく世界、その黎明期を味わうならいま!

――メタバースという言葉がひとり歩きするほど使われてしまったせいで、「なんだかよくわからなくて怪しい」というイメージを拭えない人もいると思います。そういった層に対してclusterをアピールするならば、どんな点を打ち出しますか?

加藤いちばんはやっぱり、自分の作りたいものを作れるということと、しっかりとした経済性があることですね。本当に、何かを作ることのハードルは低いですし、自由度もすごく高いんですよ。言ってしまうと、ゲーム会社がメタバースを作りますとなった場合、できるのはゲームのメタバースというよりも、いわゆるMMOと呼ばれるゲームなんですよね。決められたルールの中で、何かができるようになっている。それはそれですばらしいですし、それが一概に悪いとは言いません。

――ただ、加藤さんが理想とする考えるメタバースとは違うと。

加藤インターネット由来のものって、ある意味プラットフォーム側が制御できないくらい自由に作れてしまうじゃないですか。そこがおもしろいところだと思うんですよね。実際、クラスターのユーザーさんは我々が想像もしなかったような作りかたやコンテンツを出してくるんです。それに対して、毎日どうしようかと話し合っているくらいで(笑)。「マジか」と運営が頭を抱えるような使いかたをしている人がいて、そういう意外性がおもしろいんですよね。

――ある意味でインターネットの黎明期を思わせるものがありますね。

加藤そうですね。いい意味でも悪い意味でも、作れるものに制限がなくて、しかもそれがゲーム的なインターフェースで楽しく簡単に作れてしまう。そこがクラスターのいちばんいい、おもしろいところだと思います。いま行っているリブランディングは、そこをさらに加速させるようなものです。

青海あとは、世の中のデバイスが進化するとclusterでできることも増えていくんです。ソニーさんから出たmocopiというモーションセンサーを使えば、簡単にモーションキャプチャーもできますので、たとえば朝に、みんなで集まってラジオ体操をしたり、ダンスをしたり……といったことも可能なんです。日本にはさまざまな形でバーチャルに関わる企業や研究者が非常に多いので、将来的にはもっともっとおもしろくなっていくだろうなと思っています。

加藤そういうおもしろさがあるうえで、経済性があるんですよ。実際、clusterで稼いでいるという人も出てきています。いまはまだ億万長者みたいな人は出ていませんけど、生活費の一部をクラスターで稼いでいる人はすでにいるんですよ。それと、これは強調しておきたいんですけど、clusterでは仮想通貨は一切必要ありません。

――メタバースは、NFTや仮想通貨などとともに語られることもありますが、clusterは違うと。

青海NFTやガチャといった概念は一切ありません。ここは、声を大にして伝えておきます!

加藤実際、メタバースはNFTやWEB3.0といった概念とは関係ないんですよ。テクノロジーに聡い人たちが、「そういった概念が交わったらおもしろいね」という話をしてはいるんですけど、僕としては一切交わらないだろうと考えています。

――とはいえ、ユーザーがNFTを導入したいと思った場合、クラスターの中にNFTを持ち込むことは可能なのでしょうか。

加藤それは可能ですね。ただ、クラスターが公式にNFTを提供することはありません。すでに自分で持っているサービスがあって、そこと接続するようなことはできます。そういう風に、やりたければ自分でやってしまっていい、というのがこのメタバースのいいところです。

青海このあたりの考えかたは、入社してから驚かされた部分ですね。先ほどお話があったように、メタバースというものには怪しいビジネス臭みたいなイメージもあるかもしれませんが、clusterからはそういう臭いがまったくしなかったんです。むしろどうやって儲けようとしているのかな、と思ってしまったくらいで(笑)。本当に、「みんなが楽しめる空間、遊び場を作ろう!」というところに注力していて、そこでおもしろいものが生まれてきたら、自然と対価も生まれてくるだろうという考えかたです。だから対価の話は最後に出てくることで、まずは楽しい遊び場を、という感覚ですね。

加藤実際、ユーザーさんがどんな使いかたをしているかと言えば、生活をしているんですよね。生活ごっこですらなくて、生活なんです。週の半分以上でclusterを利用している人たちの平均利用時間は5時間ほどなんですけど、それってつまり、学校や仕事が終わった後、ご飯を食べる時間以外はずっとclusterに入っているような感じなんですよ。

――本当に生活の一部になっていると。

加藤そのなかでバーに行ったりゲームをしたり、麻雀をしたり、あるいは単に雑談をしていたりするので、本当に生活なんですよね。ここがclusterのおもしろいところであり、いいところだと思います。一部の人からすると、clusterが世界の中心になっているんですよね。知り合いがclusterに入ってくると「おかえり」と言って、現実世界に出るときは「いってきます」なんですよ。

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――ある意味現実とバーチャルの逆転が起きているのですね。

加藤おもしろいですよね。もちろん、現実とバーチャルが完全にひっくり返ったらいいとは思っていなくて、僕としては、ふたつが混ざり合った世界になるんじゃないかと思っているんです。どっちが主体でもよくて、現実世界と同じくらい当たり前にバーチャル世界がある。そんな世界ですね。そこに至る黎明期が味わえるというのは、いまのclusterならではの魅力かもしれません。

青海この黎明期っていうのが、すごく楽しいんですよね! もちろん、過去の歴史をみても新しいことにはいろいろと騒がれることがあります。iPhoneが登場したときも、携帯電話は折りたためるのがいいんだとか、iモードがない、バッテリーがもたないとか散々に言われていましたけど、いまでは子どもにまで普及していて。そういう黎明期ならではのノイズは必ずあるのですが、それは今後、時間をかけて変わっていくと思います。

加藤クリストファー・ノーラン監督の『インセプション』という映画では、夢の中でさらに夢に入って、そこからさらに夢の中に入って、何が現実の世界かわからなくなる……みたいな話があるんですけど、そういう風に、バーチャルとの境目がわからなくなっていくと思うんです。そういう世界を作ろうぜ、ということをやっているんですね。まだまだ足りない部分が多いので、いまはそこに向けてがんばっている状態です。

――コロナ禍以降でリモートワークなどが一気に普及しましたし、バーチャル世界で成立する仕事も増えたことを考えると、現実とバーチャルが並立で存在するというのも夢物語ではないと思えます。

加藤こういう話をすると、「じゃあ最終的に現実世界はなくなってしまうのか」みたいなこともよく聞かれるんですよ。でも、そんなことはないと思っています。現状、コンピュータで現実世界の物理現象すべてをシミュレートするのは、計算幾科学上不可能だと証明されているんです。だから、現実世界のリッチさは現実世界だけのものなんです。

――あくまで現実と並立するレベルに留まる、と。

加藤やっぱり、ゲームやバーチャルの世界はある程度デフォルメされた世界なんですよ。でも、極限まで現実に近づけなくても、デフォルメでいいじゃないか、っていう人が増えていくと思うんです。そういったバーチャル世界が普及していく中で現実はどんな立ち位置になるかと言えば、贅沢品ですよね。たとえば今回は当社まで取材に来ていただいていますけど、その移動に使う公共交通機関も、エネルギーを使用するので環境に悪影響を与えるわけじゃないですか。

青海人間、移動するだけでも、体力・カロリー、時間もお金も使いますしね。

加藤そういう、ある意味でのムダをすることでリッチな体験をしているんですよ。いまこうして対面で話す状況というのは、いまのバーチャル空間では完全に再現できない体験ですよね。でも、たとえば紙の本に対して電子書籍があるように、ある程度の代替物というのは出てきているんです。音楽などに関してもそうで、バーチャル、デジタルで用意できるようになっていくと、レコードやCDなどの物質は贅沢品になっていくじゃないですか。合理性としてのバーチャルと、贅沢としての現実世界があって、そのふたつが混ざった世界を作れないか、というのが我々の考えていることですね。

――今回のインタビューも、クラスターの皆さんの理念に則るのならオンラインで実施したほうがいいかとは思ったのですが、やはりオンラインでのインタビューは、どうしてもラグやノイズの問題があります。表情が見づらいと感じてしまったり。でも、今後技術が進化していけば、そういった問題も解決していくかもしれません。

青海オンラインだと、まだどうしてもキャッチボールのタイミングがズレますからね。

――clusterを使ってのインタビューなどは、すでに経験されているのでしょうか。

加藤インタビューをやったこともありますし、講演を行ったこともあります。講演に関しては、Zoomなどで行うよりも、clusterのほうが盛り上がりますね。やっぱり、通常のオンライン会議用ツールだと反応が薄いですし、顔も見えないことが多いじゃないですか。

――聴講者はカメラをオフにしていて、アイコンしか映っていない、ということも多いですからね。

青海VTuberさんの中にも、ふつうに配信するより、cluster上で配信をしたほうが楽しい、という風に言ってくださる方もいます。YouTubeの配信では、コメントは流れるけど、相手の姿もリアクションも見えないんですよね。でもclusterなら、目の前で拍手をしてくれたり、ワーッという声が聞こえたりして、温度感が違うんです。そのぶん、対象人数が少なくなってはしまいますが、感動はいっそう大きい、という話も聞いています。やっぱり、ただ映像を出すだけでなく、表現ができる空間そのものを提供しているのは大きいなと思いましたね。

全国各地で暮らす社員200人が、cluster上で集う

――会社のミーティングなどでもclusterを使用されているのでしょうか。

加藤職種によって頻度は変わりますが、だいたい週に1回、全体ミーティングがあって、cluster上で集まっています。

青海全社員がバーっと登壇して、みんなで話し合いながら発表をするんですよ。

加藤いまはもう社員が200人を超えているので、これが物理的に集まるとなったら週1のペースでは難しいんですけど、そこはバーチャルの強みですよね。カメラがオフになるツールと違って、相手が話を聞いているかどうかもわかるので、話すほうもやりやすいんですよ。

青海倉敷や博多などに住んでいる社員もいるので、バーチャルでないと、この頻度で集まるのは難しいと思います。

――では、実際にスタッフの方と会う機会は少ないのですか?

加藤(エンジニアは)月に1回は出社するようにしています。これは、さっき言った“贅沢が大事”だという考えからですね。贅沢ばかりはもちろんダメですが、贅沢をすべてなくしてしまったら、本当におもしろくない人生になると思うんです。贅沢からしか得られない体験を大事にするという意味で、月に1回は出社してもらっています。ビジネス職は週1回出社しています。

青海ちなみに、最近は社員がどんどん増えているんですよ。毎年倍々で増えてきているほどで。

加藤今年は、さすがに倍ほどは増えないかもしれないですけどね(笑)。先ほど、スタッフの比率はWEB・アプリ系出身とゲーム業界出身とで半々くらい、というお話をしましたけど、法人案件を受けるチームには、それ以外の業界からも人が入っています。たとえばテレビ業界、イベント業界、建設系ですとか。業界自体が黎明期なので、だいたいの業界の出身者がいる状態になっていて、そこもおもしろいところですね。

東京ゲームショウ2023にブース出展

――クラスターは、東京ゲームショウ(以下、TGS)2023に出展されるとうかがいました。TGSに足を運ぼうと思っている方やゲームユーザーに向けて、メッセージをいただけますでしょうか。

加藤clusterは単なるゲームの枠を超えた、生活に紐づく何かでありたい、というのがテーマになっています。そしてメタバースは、空間の中でものを作るという体験こそがコアになるものだと思っていますので、いかに低いハードルで、いかに楽しく体験してもらえるかというところに注力しています。今回のTGSのブースでも、その一端を楽しんでいただけるかと思いますので、ぜひクラスターブースに遊びに来てください。

青海世の中にある、SNSを含むさまざまなサービスとゲームの垣根というのは、もうなくなってきていると思います。ユーザーから見たらどれも同じ遊びですから。以前に堀井さんともお話ししていたのですが、『ドラゴンクエスト』のライバルはTwitter(現X)やInstagramといったSNSだとも考えていました。ユーザーどうしがつながってわいわい遊ぶという意味では、SNSも本質はゲームと変わらないんです。そういう意味で、クラスターが東京ゲームショウに出展するのも自然なことなんです。我々としてはユーザーが楽しんでものづくりに取り込める場を提供したいと考えているので、純粋なゲームユーザーの皆さんに、少しでも触れていただけたらと思います。

cluster(クラスター) 東京ゲームショウ2023特設サイト
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