2023年8月、愛知県・名古屋オアシス21にて世界コスプレサミット2023が開催された。
コロナ禍を経て4年ぶりに完全復活となる本大会には、なんと33もの国と地域からハイクオリティーなコスプレイヤーが集結。
ステージで自らが制作したコスチュームに身を包み、さらに音響・映像を合わせてパフォーマンスを披露した。
参加者たちはコスチュームの出来栄えや、ステージ上での2分間のパフォーマンスも加味して審査されるのだが、今年はその特別審査員として『ドラゴンクエスト』の堀井雄二氏が参加!
自身も銀髪のコスプレ姿になった堀井雄二氏に、イベントのことを始め『DQ』開発状況やコスプレにまつわる思い出など、いろいろと質問をぶつけてみたぞ。
堀井氏がつぎに作ってみたいのは……“お墓”!?
※“世界コスプレサミット2023”一般参加者コスプレイヤーの写真は下記関連記事をチェック!
堀井雄二 氏(ほりい ゆうじ)
1954年生まれのゲームデザイナー。代表作『ドラゴンクエスト』(1986年)や『クロノ・トリガー』(1995年)などRPG作品のほか、『ポートピア連続殺人事件』(1985年/ファミリーコンピュータ版)などのアドベンチャーゲーム、『いただきストリート』(1991年)シリーズなど多くの作品を手掛ける。ワールドコスプレサミット2023特別審査員。
※記事中では『ドラゴンクエスト』を『DQ』と表記し、サブタイトルを省略している場合があります。
堀井雄二(69)、世界のコスプレを語る
――長時間にわたる審査、お疲れ様でした。
堀井出場33組ですか! すごかったですね、皆さんそれぞれ一生懸命に濃いパフォーマンスをされて、採点は苦労しましたね。
――1位になったイギリスの衣装はすごかったですね。
堀井衣装がすごかったですね。近くで見ても相当作りこまれていました。
――堀井さんは本日東京から新幹線で来られたんですか?
堀井そうなんですよ。お昼の新幹線できたんです。
――お疲れのところすみません。
堀井いえ(笑)。
――この“ワールドコスプレチャンピオンシップ”の審査員をやることになった経緯というのは?
堀井実行委員長の方にもともと頼まれていたんですよ。ずっと頼まれていたんですけど、なかなか実現しなくて。というのも、ちょうどこの時期って、僕の故郷の淡路島で島祭りがあって、そっちに帰っていたんです。だけど今年はこちらにしたんです。
――イベント自体もコロナの影響でリアル会場がなかくて、4年ぶりの完全復活という年に堀井さんが特別審査員ということで、より盛り上がったと思います。
堀井僕の審査員の実現も、出場者の皆さんがこうして現地で大会をすることも、何年越しかに叶ったという形ですよね。
――ちなみに本日、堀井さんは何のコスプレをされていたのですか? 客席から拝見していて、「あれは何のキャラクターなんだろう」と思っていました。
堀井キャラクターでも何でもなくて、ただウィッグをつけてるんですよ(笑)。こういうのがいいかなって。多少は何かしないとなって。
――今日のために用意されたんですか?
堀井そうそう。
――改めて今回の“ワールドコスプレチャンピオンシップ”を振り返って、感想などはありますか?
堀井すごかったです! キャラクターへの思い入れを感じました。小道具や大道具も作っていて、映像も作りこまれていて。あのシンクロはすごかったですよね。
――すごかったですね。コスプレって、衣装の審査をするのかなと思っていたんですが。
堀井僕もそう思っていたんですが、2分持ち時間の中でどんなパフォーマンスをするか、すごく考えられていて。
――脚本もコメディータッチのものから感動的なものまでバラエティー豊かでした。
堀井ストーリー性があったりとかね。
――衣装だけではなくて舞台装置も作り込まれていて、『欽ちゃんの仮装大賞』みたいに大掛かりでしたね。
堀井装置も重さや数に規約がある中でどう工夫をするのか。登場人物もふたりまでなんですが、そのふたりで何人も役を演じたり。びっくりでしたね。
ほりいゆうじが コミケ会場に あらわれた!
――そもそも堀井さんはコスプレというものはお好きだったのですか?
堀井けっこう好きで、コミケやゲームショウで写真を撮らせてもらったりしていました(笑)。
――ええっ。いつごろの話ですか?
堀井もう10年くらい前ですかね。
――思ったより最近! “堀井雄二がコスプレの写真を撮りに来た”とわかったら、すごい騒ぎになるのでは?
堀井いえいえ、ただ見に行って撮っていただけなので。
――「ちょっと写真一枚お願いします」という感じで、ふつうに。
堀井そうそう。
――となると、堀井さんだと気づかないままに撮影された方もいるかもしれないですね。
堀井ひとつ笑えるエピソードがあって。コミケに行ったら、たまたま『ドラゴンクエストXI』のコスプレをしている人がいたんですよ。ベロニカとか。そのとき、写真を撮らせてもらおうと思って、声を掛けたんですね。
「すみません、写真を1枚撮ってもいいですか?」と声を掛けてみたら、お友だちとお話されていたところだったようで、「取り込み中なので」とバッサリ断られちゃって(笑)。
――はははは! 「そのゲーム、俺が作ったんだけどな~」って思っちゃいますよね(笑)。
堀井ふふふ。
――“堀井雄二、『DQ』のコスプレ写真を撮ろうとして断られる”と。もうそれだけで何か事件の見出しになりますよ。
堀井それで、「どうしようかな~」とちょっと悩んだんですけど、せっかくだから写真も撮りたいし(笑)。
それで、タイミングをちょっと見計らって、会話がひと段落ついたようなので「何度もすみません……あの~、僕、堀井雄二という者なんですけど」って自己紹介をしたら「あああっ!」って驚かれて(笑)。
――まさか堀井さんがコミケに来ているとは思わないから(笑)。
堀井その後、無事に写真を撮ることができたという記憶があります。
――コスチュームつながりで『DQ』キャラクターの服装についてお聞きしたいんですが、服のデザインというのは鳥山明さんがデザインされているんですか?
堀井あれは完全に鳥山さんですね。だいたい僕がラフを描くんですが、軽いラフなんで、しっかりした衣装は鳥山さんにお願いしている感じですね。
――ご自身の中で「このキャラクターは鳥山さんがすごくいい感じに仕上げてくれたな」といったものはありますか?
堀井その都度その都度、どれもいい感じなんですが、たとえば主人公は『DQV』だと魔物使い風だったり、ちょっと変わってましたよね。『DQVII』はちびっ子だったりとか。『ドラゴンクエストXI』の主人公もサラサラヘアーで印象的でした。どれもいいですよね。
あとは女性キャラクターでいうと、マーニャやミネア、アリーナなど、たくさんいいキャラクターを描いてくれましたね。
――敵キャラクターだと、『DQIII』から登場するカンダタの服装って不思議なデザインですが、あれはなんなんでしょう?
堀井あれの元ネタは“ごろつき”(※)なんですよ。専用のキャラクターグラフィックを当時は作れなかったので、色替えでカンダタを作ったんですけど、それが定着しちゃって。
※ファミリーコンピュータ版の名前は“さつじんき”。
――ごろつきやエリミネーターという名前のモンスターを表現するときに、なぜ覆面とマントとパンツ一丁という形になったんですかね。
堀井あれは鳥山さんのデザインなんですよ。
――やはり鳥山先生のセンスなんですね。衣装でいうと、『DQIII』は仲間キャラクターの職業がたくさんあって、しかも男女があって。かなり大変だったんじゃないかなと思うのですが、なにか思い出はありますか?
堀井遊び人がびっくりしましたね。女の子がバニー姿で男がピエロって(笑)。
――コミケとかでも『DQ』のコスプレをしているコスプレイヤーさんは昔からいらっしゃいますよね。
堀井いますね、見るとうれしいです。ゴーレムのコスプレをしている人もいたり。最近皆さん凝ってますよね、作り込まれていて。
――黒い布に白い枠でメッセージが書かれていて「おきのどくですが ぼうけんのしょ1ばんは きえてしまいました。」という、あの場面のコスプレをした人を見たことがあります(笑)。
堀井すごいですね(笑)。いろいろなコスプレがありますよね。さきほども映画泥棒のコスプレを見かけました。
――“ワールドコスプレチャンピオンシップ”のお話に戻りますが、堀井さんが「この国のチームを推していた」というチームはありますか?
堀井ゼルダのチームですね。ちょうど僕が『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』を遊んでいて、あのゲームのオープニングを再現しているパフォーマンスがおもしろかったですね。
――2位になったラトビアのチームですかね。
堀井「おお、まさにこれ、ゲームでやったよ!」と思って。
――『ゼルダ』はどのくらい進みました?
堀井4つの神殿はクリアーしましたね。ボスに向けてハートとかを集めているところです。YouTubeでいろいろと調べて、ちょっとズルっこなテクニックも駆使して遊んでいます、僕は“チーター”なので(笑)。
――お若い!(笑)
『DQ』最新情報にも直撃
――どこまでお話できるかわからないですが、『ドラゴンクエスト』シリーズの最新開発状況についてもお聞きできればと思います。
堀井2023年12月1日に『ドラゴンクエストモンスターズ3 魔族の王子とエルフの旅』を出すんですよ。
――ピサロが主人公の。
堀井そうそう。発表したときに結構反響があって。しかも発表が制作決定ではなくて、「もう発売日が決まっていて、この日に出ますよ」というものだったので、皆さんすごく喜んでくれました。
――発表の順番的には『HD-2D版 DQIII』や『DQXII』の話があって、「いつになるのかな」と思っていたら、『DQモンスターズ3』は発表当日に発売日も決まっていて、という感じでしたね。
堀井「これから作ります」と言って、また3年後に発売になるという時代でもないだろうと思って、作りながら内緒にしてて、できあがった段階で発表した感じですね。
――ピサロを主人公にしたのはどういった理由なんでしょうか?
堀井プロデューサーの横田君(横田賢人氏)からの提案で「使っていいか」と聞かれたので、「いいよ」と。
実際、つぎの主人公を誰にするか、というのはあったんですよね。最初にテリーがあって、イル・ルカがあって。あとキーファもあって。そういう流れでつぎはピサロとロザリーでいいんじゃないの、と。
――すごくドラマチックなふたりですから。いままで描かれなかった部分の物語も期待してしまいます。『DQモンスターズ3』の開発に堀井さんはどのように関わっているのでしょう?
堀井テストプレイしたり、チェックしたりとかですね。ただ、最初のほうは徹底的に見て直しました。入り口は重要なので。
――それは、『HD-2D版 DQIII』や『DQXII』との関わりかたと同じですか?
堀井だいたい同じですね。まぁ、『DQIII』に関して言えば自分で一度作ったものなので、いろいろとわかっていますから、「ここをこう変えたいならこういう風にしたらいいよ」という感じでアドバイスをするような。
――『HD-2D版 DQIII』、『DQXII』の開発状況はどうでしょうか。
堀井『HD-2D版 DQIII』はけっこう着々とやっていて、『DQXII』はまだちょっと言えないですね。
――『DQモンスターズ3』を含めてどちらも『DQ』ファンの期待値が高いタイトルだと思います。
堀井けっこういろいろと走っているので、引き続き期待してくれるとうれしいです。
作りたい“勇者の墓”
――あのう、失礼な言いかたになってしまったら申し訳ないんですが、堀井さん、お元気ですね。今日も当日の新幹線で駆けつけたということで……よく働きますね。
堀井ねえ、けっこう働いていますよね(笑)。やっぱりお仕事をやめちゃうと寂しいだろうなと思っています。
――先日、『桃太郎電鉄』のさくまあきらさんに取材させていただいて、さくまさんも71歳ながらバリバリ現役でゲームを作ってらっしゃるから、すごいなと思ったところでして。
堀井『桃鉄』もすごく売れましたよね。400万本ですか、すごいですよね。
――エネルギッシュに仕事を続ける秘訣というのはあったりするんでしょうか?
堀井マイペースにやっている、というのがありますね。スタッフも育ってきたので。昔みたいに全部自分で書くのではなく、任せている部分も多いので。
――堀井さんの作品関連の話題ですと、『ドラゴンクエストウォーク』では『ポートピア連続殺人事件』のコラボが始まって、僕も遊んでみたら「事件の起きた神戸に行け」と言われて(笑)。
堀井そういうことをやりたいって言うと聞いて、「おもしろいからやっていいんじゃない」って(笑)。それで、自分もおもしろがって神戸に取材行ったりして。
あのコラボイベントは期限がないですから、いつかは神戸行ったときに思い出して遊んでもらえるといいんじゃないかと。
2~3年掛けて行ってもいいんで、旅行する名目にしてもらえれば。『DQウォーク』で言うと“おみやげ”という要素もそうなんですよね。あれを目的に旅行に行った人も多いと思うんですよ。
――最近は鳥嶋和彦氏とラジオ番組をやられたり、テレビ番組にも出演されていたり、本日はこういったイベントに参加されていたりもして。
堀井基本的に頼まれたら断らないんですよ(笑)。時間が許せばですけどね。
――この記事が載ったらまたさまざまな依頼が舞い込んでくるかもしれませんね(笑)。逆にゲーム作り以外でやってみたいお仕事ってありますか?
堀井1回、「お墓を作ろう」っていう話をしていて。
――お墓!?
堀井いろいろなところと話して“勇者の墓”って商標登録を取ったんですよ。現代はみんな核家族だしお墓を作ってないから、共同墓地じゃないけど、みんなしてそのお墓に入ろうよ、って。自分の生きてる時の記憶を残してデータベースにしちゃって。ていうのをやろうとしてるんです。
データが入っててね、ひいじいちゃんとか、ポンと動画出てきてしゃべればいいと思うんですよ。ただの遺骨だけじゃなくて、いろいろなデータが登録されていて。
――おじいさんの人生をゲームとして楽しめる(笑)。
堀井しかも生きているうちにそれを自分で作る。後世に何を残したいかをそこに入れておけばいい。骨じゃ何にもないけどデータを残せば。もっと言えば、独身だった人はマッチングアプリで死後マッチングしたり(笑)。
誰かと結婚できるかもしれないなと思いながら死んでいくのもいいよなと。
――ぜひ実現してほしいですね(笑)。ちょっと今日持ってきている物がありまして、こちらのマンガ『ドラゴンクエストへの道』の思い出などはあったりしますか?
※監修:石ノ森章太郎、作画:滝沢ひろゆき、エニックス(当時)刊。当時メインプログラマーの中村光一氏や堀井雄二氏を中心に、『ドラゴンクエスト』の開発をマンガ形式で描いたゲーム制作青春物語。すぎやまこういち氏や千田幸信プロデューサーなど、『ドラゴンクエスト』誕生にまつわる実在の人物が多数出演。
堀井懐かしいですね。ただ、マンガなので、内容はけっこう脚色されているんですよ。作中では僕は悩んだり迷ったりしているのですが、実際の開発時、僕は大きく困ったっていうのはそんなになかったんですよ。
――マンガのクライマックスでは、予定されていた発売を延期してまで1週間でプログラムをすべて書き換えたというくだりがありますが。
堀井ああ、それは実際にありました。
――あったんですね。
堀井いろいろ、「つまんねえ」とか言われて、「データ変えて」とか。
――千田プロデューサーも頭を抱えていたり。
堀井このマンガはいつ出たんですかね。
――ええと……奥付を見ると1990年発行ですね。
堀井ということは『DQIII』が出た後ですね。
――ストーリー的には最後のほうに『DQIV』完成打ち上げパーティーがあって、そのくらいでしょうね。そこに出てくるこの“柿原さん”というキャラクターが実在の方かはわからないですが。
堀井これはいないですね(笑)。
――架空の存在でしたか! おもしろいのが、ここのセリフで「『スター・ウォーズ』サーガみたいに」って言ったら「え! まだ5つも作るのかよ!」って言ってるんですけど、作っちゃいましたね。
堀井そうですね、作っちゃいましたね(笑)。