2022年2月10日、突如発表されたPS5、PS4、Nintendo Switch、PC(Steam)用ソフト『春ゆきてレトロチカ』。スクウェア・エニックスから発売される本作は、100年にわたって起こる殺人事件に挑む実写ミステリアドベンチャーであり、キャストは桜庭ななみさんと平岡祐太さんが主演を担当。撮影プロデューサー・シナリオディレクターに『全裸監督』のたちばな やすひと氏、音楽はアニメ『僕のヒーローアカデミア』、ドラマ『あなたの番です』を手掛けた林ゆうき氏といった、人気ドラマなどで活躍する俳優・スタッフ陣が集結する作品だ。

 人気IPを多く抱えるスクウェア・エニックスが新たに挑戦する完全新作であり、“新本格”ミステリアドベンチャーと呼ばれる本作はいったいどんな内容なのか? 『春ゆきてレトロチカ』のプロデューサーを務める江原純一氏(スクウェア・エニックス)と、ディレクターの伊東幸一郎氏に、開発の経緯や本作の魅力についてお話をうかがった。

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江原純一(えはら じゅんいち)

『春ゆきてレトロチカ』プロデューサー。2022年3月3日発売予定の『BABYLON'S FALL』でもプロデューサーを務める。過去に『NieR:Automata』の共同プロデューサーを務めた。

伊東幸一郎(いとう こういちろう)

『春ゆきてレトロチカ』ディレクター。フリーランスのゲームデザイナーとして活動しており、過去に『428 ~封鎖された渋谷で~』、『TRICK×LOGIC』、『かまいたちの夜×3』などのアドベンチャーゲームでシナリオとゲームデザインを担当。その後『メタルギア ソリッド V』シナリオ、『P.T.』ゲームデザイン、『ファイナルファンタジーXV ロイヤルエディション』シナリオなどに携わる。

いま、実写系ゲームに挑戦してみたい

――スクウェア・エニックスからアドベンチャーゲーム、しかもフルムービーの実写タイトルが出るというのは、とても驚きました。『春ゆきてレトロチカ』は、どういったきっかけで生まれたのでしょうか?

江原発端としては、『レイト・シフト』(※1)のような実写ゲーム、あるいはネットフリックスの『ブラック・ミラー:バンダースナッチ』(※2)など、海外で実写のインタラクションムービーやゲームの波が来ていると感じたことからです。かつての日本は実写ゲームに挑戦していたんですが、最近はやらなくなっていたので、いまこそ実写ゲームに挑戦するのはいいのではないか、という想いから生まれました。……が、この作品を作っている最中に小高さん(小高和剛氏。『ダンガンロンパ』などで知られるクリエイター)が実写フルムービーの『デスカムトゥルー』(※3)を発売されたので、僕もすごくビックリしたんですけど(笑)。

※1 『レイト・シフト』……プレイヤーの選択により、ひとつのストーリーが分岐していくフルモーションビデオの犯罪サスペンスゲーム。CIRCLE Entertainment Ltd.より発売中。
※2 『ブラック・ミラー:バンダースナッチ』……Netflixにて配信中の映画作品。要所要所でゲームのように選択肢が登場し、視聴者が選んだ選択肢によって物語の展開や結末が変わるという、インタラクティブな要素を持った映画として話題を呼んだ。
※3 『デスカムトゥルー』……2020年6月に発売された本郷奏多主演の実写ムービーゲーム。小高和剛氏がディレクター/シナリオを担当した。イザナギゲームズより発売中。

 あともうひとつ、日本のゲーマーって、けっこう実写ゲームを忌避しているだろうなというイメージがあって。というのも、かつてのゲーム業界が作った実写ゲームは粗製乱造のものが多かったと思うんですよね。もちろん『428 〜封鎖された渋谷で〜』(以下、『428』)や『街 〜運命の交差点〜』などはとてもおもしろいですし、僕も大好きなんですが、正直いまいちな実写ゲームも多かったように思います。だから今回、実写ゲームをきちんと真摯に“ゲーム”として作り上げて、マーケットに「こういうゲームどうですか?」と問うてみるのはいいんじゃないかなと。そういう意味では、当たるかどうかは未知数のホームラン狙いのタイトルです。

――とてもチャレンジングな作品だと感じました。伊東さんの中では、実写を使ったアドベンチャーに再挑戦したいという思いはあったんですか?

伊東僕は実写にはこだわっていなくて、それは江原さんですね。

江原先ほどお話しした海外の実写ゲームの波と並行して、『全裸監督』を作られたたちばな やすひとさんと何かやりましょうというお話もあったので、実写を使った表現にしようというのはある程度決めていました。ただ実写でやるからには実写を使う意味が必要ですから、その部分を伊東さんに考えてもらった感じですね。

伊東そうですね。たちばなさんが最初から参加してくださっていたというのは大きいです。

――先ほど江原さんがお話されていたように、実写のゲームにはハードルが高く、ヒットしづらい印象があったと思うんですが、それでも市場に問う挑戦をする価値があると考えていらっしゃるのでしょうか。

江原『春ゆきてレトロチカ』がヒットするかどうかは僕もわからなくて、基本的には「どうですか?」と、お客さんに投げかけるものだと思っています。でも、今回のタイミングで大ヒットにならなかったとしても、きっと受け入れてくれるお客さんが現れ始めると思うんですよね。あと、手抜きではない正しくおもしろいゲームを作り続ければ、この表現技法がどこかで受け入れられるときが来ると思うので、チャレンジはし続けたいなと思います。

――今後を見据えた挑戦でもあると。ただ、近年の実写ゲームやインタラクションムービー、たとえば『ブラック・ミラー:バンダースナッチ』や『デスカムトゥルー』などは選択肢で物語を選んでいくと結末が変わるという設計が中心でしたが、今回は本格的な推理ゲームになっていますよね。それは物語ではなく、インタラクティブなゲームの要素を充実させたいという意図があったのでしょうか。

伊東これは江原さんから「体験できる映画ではなく、しっかりと映像を使ったゲームにしてほしい」というオーダーがありまして、ゲームであるということを打ち出したコンセプトで作っています。『ブラック・ミラー:バンダースナッチ』などは、映像作品としてインタラクションが加わった構成だったと思うのですが、ゲーム業界が出すからにはゲームであると言い切れるものにすることが大事かなと思いました。

スクエニが挑む実写ミステリ『春ゆきてレトロチカ』開発者インタビュー。ゲームファンに届ける“新本格”ミステリ作品制作の経緯や、同じ役者が時代を越えて複数の人物を演じる意味を訊く

――その中で生まれたのが『春ゆきてレトロチカ』になるわけですね。タイトルの意味を教えてもらえますか。

江原本作の撮影監督である芝崎弘記(※)さんが、いくつか単語を提案してくださって、その中に“レトロチカ”という単語があったんです。その単語がすごくよかったので、“レトロチカ”を活かしつつもうちょっと詩的な感じにしたくて伊東さんにご相談した結果、“春ゆきて”というワードを付けていただきました。

※崎はたつさき

伊東“レトロチカ”は“レトロチック”を言い換えた言葉ですが、これだと後ろ向きすぎるかなと思いまして。100年前の事件が現代の謎に関わるという物語ではあるのでまるっきり違うものではないのですが、 “レトロチカ”だけでは意味合いが足りない。

 そこで、まず本作の物語の季節である“春”という言葉を加えて。さらに“ゆきて”というのは別れの意味がありまして、本作はミステリなのでたくさんの人が死んでいきます。そこで出会いの季節の“春”と、別れの“ゆきて”を掛け合わせた、矛盾する言葉でインパクトをつけたいなと考えたものになります。

 また、“ゆきて”は未来に向かうイメージの言葉でもある。その言葉と“レトロチカ”という過去を振り返る言葉を組み合わせて、いまとこれからを生きるために過去を知ろうとする登場人物たちの想いも重ねているという、そういうタイトルになっています。

――なるほど。それは実際にゲームを遊ぶとより実感できるものになっているわけですね。

伊東クリアーまで遊んでいただければ、春が行き去って懐かしく思うような、目線と身体は未来に向いているけど、心は過去を向いているような、そんな雰囲気でゲームを終えられるのではないかと思います。

――タイトルもそうですが、背景のセットなども和風の美しい日本のイメージが強い印象ですが、海外展開も意識されているのでしょうか?

江原そうですね。まず日本のゲーマーに届けたいというのは大前提ですが、海外のユーザーにもプレイしていただきたいです。とくに『シャーロックホームズ』で有名なイギリスの方やミステリに縁が深い国には、ぜひ遊んでもらいたいと意識して作っています。

スクエニが挑む実写ミステリ『春ゆきてレトロチカ』開発者インタビュー。ゲームファンに届ける“新本格”ミステリ作品制作の経緯や、同じ役者が時代を越えて複数の人物を演じる意味を訊く

手がかりのなかから生み出す、数々の仮説

――では、作品のコンセプトなどをお聞きしたいのですが、おおもとの発案は伊東さんのアイデアなのでしょうか?

伊東僕からですね。日本を舞台にすることを前提に、最初は“現代の日本”というテーマでやろうとしていたんです。でも、それだとありきたりになるかなと思いまして。そこで、ミステリとしてもチャレンジになるけれど、100年かけて行われる一連の連続殺人事件というのをコンセプトにしたいと江原さんに提案しました。

――本作ではその100年の時代を超えて4つの殺人事件を解決していくとのことですが、ひとつの事件を順番に進めていくのでしょうか?

伊東犯人当てのミステリとしては、1話ずつ完結しています。ですが、登場人物が共通していたりして、それぞれのエピソードが大きなひとつの物語にもなっているんです。

 ゲームをプレイするとすぐにわかるんですが、現代で起きた殺人事件があって、その事件を解くために過去の事件を描いた小説を読む状況になります。小説を読むことで、現代で進行中の物語から過去に戻っていろいろな事件の謎解きをするようになっていくわけです。そういった各時代の事件は、犯人当てとして完結しています。ですが、各事件から得た手掛かりによって、現代の事件でもいろいろなものが見えてきて……というイメージですね。

 各話が完全に独立しているのではなく、100年の時代をまたいだストーリーが全体をつないでいるんです。100年の年月をつなぐ事件があり、複数話構成というコンセプトもあり。こういった構成はこれまでのミステリアドベンチャーゲームなどにはなかった部分ではないかと思います。

江原少しだけ例を出しますと、現代に四十間了永(しじま りょうえい)という四十間家当主の怖いお父さんが出てきますが、昭和のエピソードだと若かりし時代の了永が登場してきたりと、登場人物がつながるようにもなっているので、徐々に全体のつながりがわかる構成になっています。

――なるほど。また、本作の説明として挙げられている“フェアに作られたミステリ”について改めてご説明いただけますか。

伊東ひと言でいえば、“論理的に考えれば犯行が可能な唯一の人物を特定できる”ということだと思います。本作では論理的に考えやすいようにさまざまな仮説を立てるシステムにしていますので、それらを眺めているうちにハッと真相に気づく、という。論理的に考えられるようにしつつ、かつ犯人当てミステリの醍醐味もちゃんと体験できるものを目指して作りました。

――本格ミステリなどでは、動機は関係なく行動と論理を重視したものが多くありますが、本作ではいわゆる「誰が犯人か?」を当てるエンタメの部分も重視されていると。

伊東そうですね。そこはやっぱり賛否両論ありまして。動機は重要だと考える方もたくさんいらっしゃいますし。一方、犯人当てミステリは動機で論理が左右されないというか、動機がなさそうな人でも心の中に動機を隠しているかもしれない……という、ちゃんと論理や消去法で考えると、この人だけが犯人だと言える遊びですが、本作は動機などのストーリー性も楽しみつつ、論理を考える楽しさもあると思っていただければ。

――論理や消去法で犯人を当てるのは、難しそうな印象がありますね。

伊東遊びやすくはしていますが、難しいところもあると思います。ただその難しさのハードルを下げると、解いたときの喜びもやっぱり落ちてしまう。そのさじ加減は難しいですね。

 あと今回は海外の人たちにもたくさん遊んでほしいという思いで作っているので、簡単というよりは、ちゃんと発想の転換をすればハッと気がつけるという部分に焦点を置いています。複雑で多岐にわたったトリックではなくて、1個気がつけば全部わかるといったイメージです。

――ゲーム内では問題編、推理編、解決編という構成がありますが、問題編でまず映像を見て、推理編で気になった点を観たり確認したりしながら考えて、最後に解決編に挑む……というような流れになるのでしょうか。

伊東以前に私が携わった『TRICK×LOGIC』(※4)に近い構成になっています。『TRICK×LOGIC』は小説を読んで犯人を当てるゲームでしたが、本作は映像で物語が進むこともあって、かなり遊びやすくなっています。また、推理のシステムは開発担当をされているハ・ン・ドさんからご提案いただいたものになっていまして、謎と手がかりを組み合わせて仮説を作っていくのは『TRICK×LOGIC』にもありましたが、そこをより視覚的にわかりやすく、作ったときのうれしさも味わえるように作っています。

※4 『TRICK×LOGIC』……2010年にPSP用ソフトとして発売された推理アドベンチャー。我孫子武丸、綾辻行人、有栖川有栖など人気推理作家7名がシナリオを担当している。

 問題編には、数々の謎とそれを解く手がかりとなる発言や行動、事物が仕込まれていますので、推理編でそれらを組み合わせて仮説を立てていきます。ちなみに、推理編では多くの仮説を立てられますが、それだけでは真相はわからないようになっています。あくまで、最後の一手のような部分は、プレイヤーが自分で考えないといけない。たくさんの仮説がいろいろと生まれてきて、その仮説をつないでいくとなんとなく真相は見えてくるけれど、犯人最大の仕掛け、あるいは決定的なミスだけは仮説として出てこないんですね。それはゲーム側が提示してくれるのではなくて、自分でひらめくというところを醍醐味にしています。

スクエニが挑む実写ミステリ『春ゆきてレトロチカ』開発者インタビュー。ゲームファンに届ける“新本格”ミステリ作品制作の経緯や、同じ役者が時代を越えて複数の人物を演じる意味を訊く

――それはやりがいがありますね! 問題編では、映像が流れていく中で手がかりが出てくるというお話ですが、手がかりというのは見ながら怪しい部分をクリックしていくといったものではなく、自動的に手に入るものなのでしょうか?

伊東基本的には自動入手です。推理編になったら問題編で表示されたすべての手がかりを入手できますが、問題編の途中で任意で手がかりを自分で入手することもできます。手に入れた手がかりは、「この“破かれたドレス”ってどういうことなんだろう……」といったようにその場で説明文を見ながら確認することができます。手がかりや登場人物は問題編でいつでも確認できるので、問題編の途中で「これは推理に関係ないだろうな」みたいなシーンが出てきてちょっと手持ち無沙汰になったときは、ゲットした手がかりを眺めて、ああでもない、こうでもないと考えることもできます。

江原とはいえ、このドラマ、だいぶ無駄な時間はないですけどね(笑)。めちゃくちゃ切り詰めていますから。

伊東はい。ギッチギチになっていますので。だからしっかり集中して見てほしいです(笑)。

江原撮影したすべてのデータの中から、ゲームには4分の1くらいしか使っていないんです。問題編を始めたら一気に観てほしいということと、記憶できる範囲内の尺に収めたいという想いもあって、撮影監督の芝崎さんに編集でかなり切りつめてもらったんです。最初に設定した時間は1本の問題編につき15分でしたっけ?

伊東15分ですね。朝ドラ1話分みたいなイメージで問題編を作ろうという話になったんですが、それだとどうしてもシナリオやトリックが収まらなくて……。15分ではミスリードなども入らないので、程よいさじ加減で増やすことにして、だいたい30分になりました。ただ、台本を書いていて、30分のうちにドラマを含めてミステリをぎゅっと収めるのは相当たいへんでしたね。

 ですが芝崎さんや、プロデューサーのたちばなさんが苦労してくださって、ひとつのシーンにいろいろな手掛かりが入っているという部分も生まれましたので、1回見ただけでは追い切れないといったことはあるかもしれませんね。

 ゲームにはいろいろな手がかりがあって、いろいろな謎がありますが、謎と手がかりを組み合わせて出てくる仮説がすべて正しいとも限らないんです。中にはプレイヤーを惑わすものもあり、仮説を作れば作るほど解決編の選択肢が増えてしまうという状況にもなります。仮説がひとつしかなかったら選択肢は1択のみとなり、正解を導くことができない場合もありますが、作った仮説が多いと解決編でどれ選んだらいいんだろうと迷ってしまうので、いろいろと考えてみてほしいですね。

――作れそうな仮説を全部作っていくタイプのプレイヤーの場合は、逆に悩みそうですね……。

伊東そういうことです。ただギャグみたいなものができるときもありますけどね。「どう考えても違うだろう」みたいな(笑)。あとは、「このふたつは似ているけれど、こっちが正しいだろう」と考えるものなどもあります。ただ、ポイントになるのは、先ほどもお話をしました大きな謎です。犯人が仕掛けた最大の一手、決定的なミスに気付くためにも、いろいろと考えてたくさんの仮説を作ったほうが有利ということもありますね。

スクエニが挑む実写ミステリ『春ゆきてレトロチカ』開発者インタビュー。ゲームファンに届ける“新本格”ミステリ作品制作の経緯や、同じ役者が時代を越えて複数の人物を演じる意味を訊く

――ちなみに、ゲームに収録されている映像パートの総尺はどれくらいあるのでしょうか?

江原映像の部分だけで言うと、8.5時間あります。細かい分岐もあるので、一度のプレイですべてが見られるわけではありませんが。

――観るだけでもたいへんなボリュームですね!

江原いやー、意外とスルっと観られると思いますよ。

伊東3時間近い映画をぶっ続けで観るようなものではないので(笑)。短編で構成されていますし、8分割くらいの大きな区切りも用意しています。ですので、ゲームのやめどころは見つけやすいかと。ひとつの事件を解決編まで遊んで、今日はがんばったな~と映画1本観たような達成感を味わいつつ、つぎの事件の問題編だけ観て寝ようみたいな。

――解決して寝る、ではなく、観ちゃうんですね(笑)。

伊東じっくり謎解きをするのは後日にして、とりあえず問題編だけ観るというのもオススメです。気になった部分を頭の隅に置いておいて、日常の中でああじゃないこうじゃないと考えていくのが楽しかったりしますし。

――ふとした瞬間にひらめいたりする。

伊東そうですそうです。『安楽椅子探偵』(※5)という推理ドラマがあって、お好きな方も多かったと思いますが、あの番組はまず出題編が放送されて、その1週間後に解決編が放送されるので、1週間の強制インターバルがあったんですよね。私はその1週間で、録画した番組をくり返し見て怪しい部分を探したり、仕事やお風呂のあいだにいろいろ推理をしたりして解決編を観たんですが、あれが楽しかった。本作でも、問題編を観てその日は終わりにするといった、あの『安楽椅子探偵』のような感覚を味わってもらえると楽しいかなと思います。

※5 『安楽椅子探偵』(テレビドラマ版)……視聴者参加型の推理ドラマ。原作は、綾辻行人と有栖川有栖の共同執筆による書き下ろし作品。出題編と解決編の2パートに分かれており、視聴者があらゆる情報から推理して、誰が犯人なのか番組へ応募する“犯人当て懸賞企画”が行われていた。

――それはとても楽しそうです。ちなみに、たとえば選択肢を間違えたり、仮説を間違えたりすると、バッドエンドなどになるのでしょうか?

伊東『428』のようにパラレルワールドに行くようなバッドエンドはありません。解決編で間違った選択をしたときに、反論されてやり直しみたいなバッドエンドはあります。今回は、さまざまなバッドエンドを楽しむのではなくて、たったひとつの真相を突き止めるという点に重きを置いています。

――では、途中の話が分岐するといったこともないと。

伊東1本道ですね。ひとつの結論に達する物語になっています。

――先ほど実写動画は8.5時間くらいあるとのお話がありましたが、ゲームのプレイ時間はどれくらいのボリュームになるのでしょうか?

江原平均すると15時間くらいだと思います。ただ、どれくらい謎を考えるかで体感時間は変わりますし、考えようと思ったらいくらでも考えられますから。くり返し動画を観ることも容易なシステムになっていて、凝り性の人は、推理編に突入した後に問題編の動画を何度も見直して考えられたりするので、プレイスタイルによって大きく変わるかなと思います。

伊東実写系のゲームにしては相当長いですよね。

江原長いですね。ただ、もうちょっとボリュームがほしいと言われるお客さんもいらっしゃるかもしれないので、誤解のないようにご説明させていただきたいところは、編集でのカットの手を緩めてボリュームを増やそうとすればとても簡単に増やすこともできたんですよ。

 それこそ編集で1本を30分にまとめずに、長く薄くしていくことは簡単なのですが、漫然となるのは違うだろうということで密度重視のゲームにしています。似たようなゲームだと、スクウェア・エニックスから発売している『ライフイズストレンジ』のようなプレイ感ですね。ひとつひとつのシーンがすごく大切で密度が高くて、でもトータルのプレイ時間はめちゃくちゃあるわけでもない。また、終わったあとには残るものがある……というタイプのゲームにしたかったので、新しくて、でも突飛でもない独特なプレイ体験になると思います。

――続いて解決編についてもお聞きします。解決編はいくつも生み出された仮説からふさわしいものを選ぶ、もしくは組み合わせるといった流れになるのでしょうか?

伊東解決編の流れは、基本的に探偵役が論理的に推理していくものになるんですが、論理的に推理する流れの中でプレイヤーに「あの謎はどういうことだったんだろうか?」というのが問題として提示されて、それに対してプレイヤーが答えていく、と。答えかたは推理編で作った仮説をいくつか並べて選ぶものだったり、単純に選択肢を選ぶものだったり、そしてもちろん犯人を名指しするものもあります。先ほども言いましたが、仮説を立てれば立てるほど、選択肢が増えてどれが正解か迷ってしまうみたいなことも起こりうるということです。

――その中でも、プレイヤーが推理の論理を立証するといったこともありますか?

伊東はい。エピソードによっていろいろな構成がありまして、早々に犯人がわかっているけどトリックがわからないとか、あるいは犯人がやたら反論してくるとか。あとは最後の最後まで犯人がわからないものもありますし、エピソードごとに解きかたが変わっていきます。

――遊ぶ側としてはバリエーションがあるのはうれしいですが、開発者としてはそれだけのストーリーを用意するのはたいへんそうですね。

伊東たちばなさんからミステリにとても詳しいシナリオライターをご紹介いただき、いっしょにドラマとトリックを考えていきました。密室トリック、アリバイトリック、時間や人物の錯誤など、各話ごとに変化をつけています。

江原物理トリックも「本当にできるのか?」ということで撮影班が全部検証してくれたんですよ。まあ、特定状況でないと再現できないトリックももちろんありますが(笑)。

――実際に検証するのはすごいですね。解決編でどうしてもわからない場合や詰まってしまった場合は、先に進んだりヒントを見たりできるのでしょうか?

伊東ヒントがあります。詰まった設問のその先の展開が一瞬見えるような形式です。でも、そのまま見せたら答えになってしまうので、そこをちょっとぼかしながら「この先、こういう展開がありますよ」と未来視するようなヒントになっています。ただ、かなりわかりやすいので、見ると評価は下がってしまいます。

――ああ、AやBといったランク付けの評価がされるリザルトシステムもあると。

伊東はい。各話のクリアー時に表示されます。

スクエニが挑む実写ミステリ『春ゆきてレトロチカ』開発者インタビュー。ゲームファンに届ける“新本格”ミステリ作品制作の経緯や、同じ役者が時代を越えて複数の人物を演じる意味を訊く

注目のスタッフやキャストが集まったきっかけとは

――つぎに実写パートの部分についてお聞きします。本作ではマルチロールシステムと呼ばれる、ひとりの役者さんが複数の役を演じる要素がありますが、これを採用した意図や狙いをお聞かせください。

伊東これは、江原さんといっしょに考えていて……。

江原いやいや、マルチロールシステムは完全に伊東さんが考えてくれたんですよ。僕、何も言ってないです(笑)。

伊東そうだっけ? めっちゃ苦労したからほかの人が考えたんだと思ってた(笑)。

江原伊東さんが「思いつきました」と持ってきて、「すごい!」って話をしたんですよ(笑)。

伊東(笑)。マルチロールシステムを作った意図としては、ある事件では被害者だった人物が、別の事件では犯人となるという絵面のおもしろさがいいなと思ったんです。このマルチロールシステムで描かれるのは、“この人はこういう姿”とすべて決まっているわけではなく、いろいろ曖昧なんです。

 『春ゆきてレトロチカ』は、過去を思い出すときに本や小説の中身を読んで、主人公がその世界をイメージしたものが映像化されているというものなんです。ということは、再現された映像には主人公の思考のバイアスがかかっているわけです。過去の時代を描くシーンでは、主人公は再現された四十間家を訪れるのですが、そこにいる人たちは現代で見た四十間家の面々で構成されている。ですので、この人はこの姿なのかというところがすごく曖昧なんですよ。

 誰がどの役をやって、どういう見えかたにすれば物語としての深みや、ミステリとしての意外性が出せるのかという点は本当に苦労しましたね。たとえば、プレイヤーの視点で考えると「第1話で被害者だった人は、つぎは被害者にならず犯人になる」と考えるんじゃないか、とか、「一度犯人として出てきたから、もう同じ役としては出てこないだろう」という思考になるだろう、とか。そういうプレイヤーのバイアスを利用すると、意外な犯人、意外なミステリができるだろうということで、誰をどの役にするか相当考えました。

 各エピソードを書くときも、まず現代の登場人物をざっと並べて、同じような年代、同じ性別、同じ年齢くらいの役を配置するんです。それからAさんが現代に出てくるなら、過去にもAさんのような人物を出してミステリを作る……みたいなことをしています。過去だけに出てくる子どもや老人とか、そういうのはないようにして、ゲストとして登場する人はいますが、基本的にはすべて揃えてつながりがあるようにしています。

――お話を聞いていると、シナリオを作るのはもちろんですが、撮影もとてもたいへんだったのではないかと思うのですが……。

伊東たいへんでした。でも、役者さんはいろいろな衣装を着たり、メイクを変えたりできたことがよかったようで、セリフ回しも変えてすごく楽しまれていた印象ですね。

江原好評でしたよね。ひとつの作品でいろいろな役ができると。

伊東撮影自体は1ヵ月半くらいでギュッと撮影したんです。ゲームに収録されているものだけでも8時間以上のボリュームですから、撮影としてはかなりの強行スケジュールでしたが、たちばなさんと芝崎監督が率いる実写作品のプロが揃って手際よくやっていただいたので、皆さん「しんどい」と言いながらも、ほぼスケジュール通りで終わりましたね。

――背景を見ると非常にきれいな場所ですが、撮影場所はユーザーも訪れることができるような場所なのでしょうか?

江原すべてスタッフロールに載っているので可能です。ただ、一部架空の場所もありますね。

伊東北は栃木から南は伊豆・修善寺まで、12ヵ所くらいで撮影をしました。その一部は、修善寺の新井旅館という場所なんですが、とてもきれいでしたね。おすすめです。私たちは泊まっていませんが(笑)。

――たびたびお話の出るたちばなさんですが、たちばなさんに撮影プロデューサー/シナリオディレクターをお願いした経緯などをお聞きできますか。

江原たちばなさんが『全裸監督』のシーズン1が終わったときくらいかな。「ゲームにも興味あるんですよね」というお話をいただいていたんです。一方、僕はスクウェア・エニックスに入って『NieR:Automata』(ニーア オートマタ)を担当して、いまは『BABYLON'S FALL』(バビロンズフォール)を担当しているんですが、ゲーム業界に入ったきっかけはとあるミステリゲームだったんです。それでミステリゲームをいつか作りたいという思いがあったので、これはチャンスなんじゃないかと。実写ゲームの提案はハードルがあったんですが、いざ会社に提出したところ「やってみたら」という返事をもらえたこともあって、改めてたちばなさんにお願いをした、という流れですね。

――なるほど。そして音楽は林ゆうきさんが担当されています。林さんは『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』などのアニメのほかに、ドラマ『あなたの番です』も担当されていますが、やはりそのイメージがあってお願いされたのでしょうか?

江原その通りですね。たちばなさんがもともとお知り合いだったので、「楽曲はどなたにお願いしましょうか」という話が出たときに、たちばなさんから林さんを紹介していただいて、お話を持っていったところ、即快諾いただけました。

 林さんは『僕のヒーローアカデミア』や『ハイキュー!!』などのアニメで海外でブレイクされて、海外でもっとも再生された国内アーティストランキング(2020年/Spotify)の6位に入っていらっしゃったんですよ。改めて、すごい人にお願いしたんだなぁと実感しました。楽曲としても親和性がすごく高かったうえに、ポテンシャルもすごかったというか、もともと有名な方でしたが、またこの1年でぐっと飛躍されたので、ホントにただただ感謝しかないですね。

――海外にファンが多いのは海外展開で頼もしいですね。そして、出演者としてはメインキャストに桜庭ななみさんと平岡祐太さんがいらっしゃいますが、このおふたりを選ばれた理由をお聞かせください。

江原実写でゲームをやるということに対しては、芸能事務所さんの反応もさまざまで、その中でも桜庭さんは早い段階で乗り気になっていただけました。また、本作をゲームらしいゲーム作品として作っていくうえでは、出演していただく方にもゲーマーからの拒否反応がなく、距離が近い方がいいのではないかという考えもあって。桜庭さんは過去に『サマーウォーズ』の主演をされていることもあり、親和性が高いのではないかと思い、お願いすることにしました。

 ……というのがお願いした当時の気持ちだったんですが、実際に現場に入った桜庭さんがすごくて。現場は当然ながら毎日毎日撮影がありまして、桜庭さんはその中でも群を抜いてセリフ量が多いんですが、それでも全部頭に入れてくるんですよ。もうすごい! 正直、次回作があったらまた桜庭さんにお願いしたいって思うくらいです(笑)。

 一方、平岡さんはすごくシンプルな理由がありまして、サスペンスドラマの『浅見光彦シリーズ』で主演・浅見光彦役をやられているということと、平岡さんが決まるタイミングで、過去に同じく浅見光彦役をやられた榎木孝明さんの出演が決まったということがあり、「新しい浅見光彦役と、以前の浅見光彦役がいるっておもしろいよね」というミステリマニア向けの配役もあって、お願いしました。

――なるほど。ではオーディションというよりは、指名に近い形でオファーされたんですね。

江原その辺はたちばなさんがアレンジしてくださって、うまく調整していただきました。まだシナリオの中身に触れるからちょっと言えないんですが、このメンバーでよかったなと思っています。

スクエニが挑む実写ミステリ『春ゆきてレトロチカ』開発者インタビュー。ゲームファンに届ける“新本格”ミステリ作品制作の経緯や、同じ役者が時代を越えて複数の人物を演じる意味を訊く
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犯人当てミステリをぜひ楽しんでほしい

――先ほど江原さんからゲームファンに届けたいというお話がありましたが、一方で、実写のミステリゲームということで、ミステリファンや映画ファンなど、これまでのゲームファンと異なるユーザー層にも届けたいというイメージはお持ちなんでしょうか?

江原結果としてそうなるとうれしいなとは思うんですが、本当にこの作品はゲームとして作っているという想いが最初からあるんです。作品を引き合いに出したほうがわかりやすいので申し上げると、『逆転裁判』や『ダンガンロンパ』、打越鋼太郎さん(『Ever17』や『極限脱出』シリーズなど、数々のアドベンチャーを手掛けるクリエイター)のゲームなど、そういったゲームを楽しんできたお客さんにまず遊んでいただいて、おもしろいなと感じてもらえることが最優先だと思っています。

 その層が納得してくれないことには、映画やドラマを楽しんでいるお客さんは引っ張って来られないだろうなと思うので、ブレずに、まずはミステリゲームファン向けに作っていく気持ちで伊東さんたちにはお願いしています。

――なるほど。最初に“ホームラン狙い”だというお話がありましたが、ホームランが打てれば、継続してシリーズ化も……?

江原それはもちろんあります。ただ、現場が撮影も開発も辛すぎるので、つぎはスケジュールをどうにかしないと(苦笑)。だいぶ辛いというか、2回マスターアップがあるようなタイトルになっちゃっているんですよね。実写のクランクアップがあって……そのあとゲームのマスターアップがあって……重い波が2回来て、僕ですらキツイと感じたので、伊東さんはもっとキツイのかなと。

伊東僕としては、撮影の前にシナリオをほぼ完成形にしておかないといけないので、シナリオ、撮影、ゲーム……と、3回大きなハードルがありました(苦笑)。

 フル3Dのゲームであれば、ボイス収録を除いた部分のシナリオは最後の最後まで調整できますし、何とかなるんですけどね。あと、『春ゆきてレトロチカ』は本撮影に入る前にテスト撮影が2回あったんですよ。どうすればミステリっぽく撮れるのか、影の付けかたや色のイメージをどういう風にするかをテスト撮影で決めて。

 ほかにも、ミステリとしてフェアに撮るために、ゲームシステムに合わせて手がかりを入手する時間を確保しながら「分岐がここで入りますよ」とか、そういうのをスタッフに伝えて、こちらも現場の映像ルールみたいなのを把握したりして、テスト撮影もとてもたいへんでした(苦笑)。

――本当に労力がかかったプロジェクトですね。最後に、まだ発表されたばかりではありますが、本作を楽しみにしている読者におひとりずつメッセージをいただけますか。

伊東ゲーム中でもセリフとして語られていますが、およそ100年前に江戸川乱歩がデビューしまして。ということは、犯人当てミステリという日本独自のおもしろいジャンルが100年続いているわけですね。現在までの100年のあいだで培われた犯人当てミステリをぜひ楽しんでほしいなと思っています。

江原こういったミステリ系の作品で気にされることがあるかもしれないので、お伝えしておきたいのが、このゲームは時間制限はありませんし、グロテスクな表現もありません。推理するうえでどうしても必要な表現はしていますが、徹底して配慮しながら作っていますので、心配されずに遊んでみてください。

 また、これは伊東さんの言葉ですが、いまも『イカゲーム』などのデスゲーム系が流行っていますが、そういうほうがエッジが立ちやすいだろうなというのは知りつつも、日本人の精神性の中にあるわびさびを大切にしたいと思いながらこのゲームを作っています。

 ミステリゲームはどうしても人が死んでしまう場面が発生しますが、その死をきちんと悼む気持ちを物語上も含めて大切にしている部分があります。とはいえ、そういった部分も説教くさくならないようにして、もちろん犯人当てがおもしろいというのを大前提に、さらに推理や物語をおもしろいと感じてもらえるように作っているので、楽しみにしてもらえたらうれしいです。

タイトル概要

  • 『春ゆきてレトロチカ』
  • 発売日:2022年5月12日(木)
  • 対応機種:プレイステーション5、プレイステーション4、Nintedo Switch、Steam
  • 価格:6800円[税抜]、7480円[税込]
  • ジャンル:ミステリアドベンチャー
  • プレイ人数:1人
  • CERO:B

予約・早期購入特典

  • 1.ミニサントラ『春ゆきてレトロチカ Mini Soundtrack
    • 『春ゆきてレトロチカ』本編中の楽曲から12曲をセレクト。林ゆうきプロデュースによる楽曲を、いつでもお楽しみいただけるようになります。
    • 作曲家:林ゆうき、奥野大樹、高木亮志、福廣秀一朗、山城ショウゴ
  • 2.『春ゆきてレトロチカ Behind the Scenes』※ダウンロード版予約・購入者対象特典映像
    • レギュラーキャストとゲストキャストにインタビューを敢行。撮影現場の雰囲気をそのままにお届けします。

※『春ゆきてレトロチカ Behind the Scenes』は、2022年5月11日(水)23:59までにPlayStation Storeでご予約いただいた方、2022年5月19日(木)23:59までにMy Nintendo Store、またはSteamにてご予約、ご購入いただいた方に付与されます。

スタッフ

  • ディレクター:伊東幸一郎(『428 封鎖された渋谷で』/『TRICK×LOGIC』)
  • 撮影プロデューサー/シナリオディレクター:たちばな やすひと(NETFLIX『全裸監督』)
  • 音楽:林ゆうき(ゲーム&アニメ『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』/アニメ『僕のヒーローアカデミア』/ドラマ『あなたの番です』)
  • 開発:ハ・ン・ド(『新すばらしきこのせかい』)
  • プロデューサー:江原純一(『NieR:Automata』/『BABYLON'S FALL』)