新型コロナウイルス感染症拡大の影響により、あらゆるエンターテイメントを取り巻く環境が激変した2020年。その中でもオフラインでの対戦、イベント開催が前提になっていたトレーディングカードゲーム(TCG)は、ユーザー間での新しい遊びかたを模索せざるを得ない状況になった。
そんな中、バンダイは、TCGをプレイする“場所”を提供するふたつのサービスをスタートさせた。TCGをオンライン上で遊べる“BANDAI TCG CONNECT”(以下、TCGコネクト)と、参加者どうしが仮想の会場内でリアルタイムでコミュニケーションを交わせる“BANDAI TCG ONLINE LOBBY”(以下、オンラインロビー)だ。
“TCGコネクト”は、TCG専用のオンライン上で遊べる対戦システムとして、PCとスマートフォン向けに2020年10月30日にサービスを開始。アカウント登録やアプリのダウンロードが不要なブラウザサービスで、誰でも気軽に始められるのが特徴。現時点では、『バトルスピリッツ』と『デジモンカードゲーム』の2タイトルに対応している。
一方の“オンラインロビー”は、実際のオフラインイベント同様に、参加者どうしが会場内でリアルタイムのコミュニケーションを交わせるブラウザ向けサービス。アバターやプロフィールを作成後、仮想空間のイベントスペースに入場。友だちとの待ち合わせや対戦相手の募集などができる。
“オンラインロビー”は、当面は常時開設ではなく、事前抽選による招待制を予定しており、1月23日には、“デジモンカードゲーム大テイマー交流会 ONLINE”が、1月31日には“バトスピ 大界放祭 ONLINE”がそれぞれ行われる予定だ(※参加の受付は終了)。
ここでは、両サービスの運営を担当するバンダイの福居知憲氏と、“オンラインロビー”のディレクションに協力したカヤックの天野清之氏に聞いた。
福居知憲氏(ふくいとものり)
バンダイ
カード事業部
アジアマーケティングチーム
(写真右、文中は福居)
天野清之氏(あまのきよゆき)
カヤック
クリエイティブ・ディレクター
(写真左、文中は天野)
敷居が低く、気軽に楽しめるTCGのオンラインのサービスを
――まずは“TCGコネクト”をスタートさせた経緯からお聞かせください。やはり新型コロナウイルスの影響が大きいとは思うのですが……。
福居そうですね。“TCGコネクト”は、コロナ禍の状況でもユーザーの皆さんにTCGを遊んでいただける場所を提供したいという思いから、対戦をオンラインで楽しめるシステムとして始めたサービスです。それまでも、すでに一部のユーザーはほかのビデオチャットツールを使ってのリモート対戦を試行錯誤されてはいたのですが、より簡単に遊べて、知り合いどうしだけではなくて、同じカードゲームを持ついろいろな人とマッチングできるサービスを提供したいと思ったのがきっかけになっています。
――システム構築はけっこう急ピッチで進められたのですか?
福居2020年9月上旬に“TCGコネクト”のオープンβテストをおこなったのですが、本サービス開始までの実質的な開発期間は約6ヵ月くらいです。
――開発にあたってとくに心がけた点はどのようなところですか?
福居既存のビデオチャットよりも簡単に、すぐに遊べられるようにするというのは、必須の目標でした。そのため、“TCGコネクト”はアプリではなくて、ブラウザサービスとして提供することにしました。サイトにアクセスして、ニックネームを入力して、ボタンをひとつ押すだけで全国の人とマッチングできるという利便性の高さを重視しています。
――“オンラインロビー”のほうは、どのような経緯でスタートしたのですか?
福居“TCGコネクト”は、とにかく早くて簡単に楽しめるという手軽さとスピード感がいいところなのですが、オンラインになったことによって削がれてしまったオフラインの楽しさがけっこうあるのかなと思ったんです。オンラインでマッチングをすると、すぐにつながるのですが、オフラインのリアル会場だと、「あの人、強いのかな」とか、「あの人、前の会場でも見たな」といった感情の動きや駆け引きがあり、対戦してみて相手の人となりが分かるといったことが往々にしてあるんです。もちろん、対戦中のコミュニケーションもあります。
それが、オンラインで簡略化すればするほど、無機質につながって終わりという感じになるのが、どこか物足りないのではないかと。そうやってオンラインで削ぎ落とした部分が、じつはイベントや大会でユーザーさんが体験したい、“TCGが好まれるポイント”ではないかと気づいたんですね。そこで、オンライン対戦の “前の部分”を作りたいということで、カヤックさんにご相談したんです。
天野カヤックには、専門のチームがあって、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)、MR(複合現実)など、さまざまな仮想空間技術や空間拡張技術の研究を5年以上おこなっているんですね。そのへんのノウハウがあるので、福居さんからお話をいただいて、1週間後くらいには担当させていただいた企画をご提案させていただきました。
――最初から、カヤックさんで……とのことだったのですか?
福居はい。当初、TCGのイベントをオンラインでどう魅力的に見せるかで、すごく悩んだんですね。最初は3Dで擬似空間を構築するといったことも考えたのですが、それをやるとなるとかなり時間も要しますし、本来やりたいことができなくなってしまうのでは……との思いもあって、社内で相談したところ、カヤックさんの名前が挙がり、ご相談させていただいたんです。
――3D化するとやりたいことができなくなるというのは?
福居ロビーの空間をあまりにも作り込みすぎると、TCGは遊んでもらえずにロビーにいらっしゃっただけで満足されてしまう、ロビー目的の方もいるのではないかと少し思ったんですね。
天野あとは、3Dでリッチなものを作るとなったら、アプリにしないといけないんです。今回の“オンラインロビー”のよさというのは、ウェブブラウザで体験できるところなんですね。アプリを認知してもらってダウンロードしてもらって……というよりも、URLからアクセスすれば誰でも参加できる気軽さが特徴です。それはバンダイさんが作られている“TCGコネクト”のいいところでもあるので、“オンラインロビー”のほうをアプリにしてしまうと、ユーザーのスムーズさも損なわれてしまいますよね。“ブラウザファースト”が前提としてあって、そのうえでどの表現が適切かということで、落とし込んでいきました。
――バンダイさんからお話をうかがって、けっこうなスピード感でプロジェクトは進められていった感じですか?
天野最初にバンダイさんからは、「いまのコロナ禍で、いくつかのビデオチャットツールでカードゲームを遊ばれているが、バンダイとしては、そこをさらにフォローしていきたい」ということをうかがっていました。
ビデオチャットツールといっても一長一短で、あるビデオチャットツールでは、お互い知り合いになってカードバトルをしたりお酒を飲んだりするには十分ですが、対戦相手を募集して面識のない人とマッチングするような使いかたは難しい。一方で、別のビデオチャットツールだと、もう少しシンプルなシステムで、知り合いではない人どうしの趣味のつながりに利用されているので、対戦相手の募集はしやすいですが、簡略化されていて、少し味気ない部分もある。
そのへんの楽しさを味わえるような仕組みにしたいというのが、福居さんのご要望でした。
――敷居が低い仕組みで、いかに快適にマッチングを実現するかが、“オンラインロビー”の命題であったと言えそうですね。
福居その通りです。“TCGコネクト”にしても、“オンラインロビー”にしても、変にユーザー登録を強いたり、アプリをダウンロードさせたりといった手間は省きたいというのは、もともと考えていました。そのうえで、使いやすさと見栄えのよさがぴったり合うぎりぎりのところを、カヤックさんにはご提案いただいたと思っています。“オンラインロビー”では、けっきょくビジュアルをドット絵でいくことにしたのですが、そのアイデアはバンダイ側だけでは出せなかったと思います。私たちがやりたかったことを。かわいく、おもしろくまとめてもらえました。
天野ドット絵というのは、ファミコン世代には懐かしいテイストではありますが、若者にとってはむしろ新鮮だったりします。いまのいくらでもデータ容量を使えるご時世で、あえてドット絵を選ぶこともあまり見かけませんし、親しんでもらえるのではないかと判断したんです。
あと、ドット絵ってかわいらしさがあるので、真剣勝負になるほど強めになりがちな発言も、うまいこと緩和できるのではないかと思ったんです。ちなみに、プレイヤーさんのコメントには、語尾に“にゃ”や“にょ”といった言葉を必ず付くようにしていて、たとえ強めな表現になっても、印象を軽減するようにしています。
――ちょっとした配慮がコミュニケーションを円滑にするということですね。最先端の仮想現実技術とドット絵というのもギャップがあっておもしろいですが、カヤックさんの培った最新鋭の技術が、“オンラインロビー”のどのへんに反映されているのですか?
天野まず、世間的に見ると、ブラウザを主においた開発エンジニアは少しずつ減ってきている傾向にあるのかなというなかで、カヤックは約15年間インターネット企業として取り組んできたうえでの、ブラウザに対する知見はかなりあると自負しています。かつてのような、HTMLやJavaScriptを使えばおもしろいウェブページが作れるという時代でもないので、そういう意味では、“オンラインロビー”には、随所にカヤックのブラウザに対するノウハウが盛り込まれているとは言えるかと思います。
――15年間にわたって、インターネットのビジネスに取り組んできた、蓄積は大きいということですね。
天野知見ということでいうと、ロビーの部屋の構造にも活かされています。昨年(2020年)12月に“オンラインロビー”を使ったテスト大会を実施したのですが、ルームで分ける方法ではなく、ひとつの大きな部屋を6分割、9分割といったように必要に応じて区切れるようにプログラムを組んでいるんですね。MMORPGでは、複数の部屋を用意して、ひとつの部屋に最大50人まで入れるようにしているものを多く見かけると思うのですが、そういう方法は取りませんでした。今回のやりかたにより、ひとつの部屋にたくさんの人数が参加しているように見せることができる上に、広い部屋を自由に行き来できるようにしているんです。
――そういった工夫も凝らしているですね。では、ひと部屋に入れる人数は増やせるのですか?
天野設計上はできています。ただ、人数を増やしていくとそれだけ難しさがでてきますので、テスト開催などを行いながら100人、200人と増やしていこうと考えています。
リアルとオンラインをつなぎあわせる“デジタルツイン”の運営モデルを目指して
――昨年12月に“オンラインロビー”を使ったテスト大会を実施したとのことですが、手応えはいかがですか?
福居リアルタイムで人間を見ているかのようにアバターが動いて会話しているのを見ると、やってよかったと思いました。参加していただいた方のアンケート結果も、満足度は総じて高かったです。とくに、ステージ内にスタッフアバターを常駐していて、接続の問題などが起きたときに実際に電話やチャットで解決するということができたのは、すごく評価していただけました。「スタッフさんのおかげで対戦に復帰できました」という報告もけっこうな数をいただいていて、そこはうれしかったです。ユーザーどうしのコミュニケーションだけではなくて、公式スタッフも部屋にいるということの安心感はあったのではないかなと思っています。
――たしかに、その安心感は大きいですね。
福居また、参加したプレイヤーさんに大会への参加目的などもうかがったのですが、カードショップなどで実際にバトルをしたことがなくて、知らない人と対戦するのが初めてという初心者の方が25%もいらっしゃったんです。これはかなり高い数字で、むしろオンラインだからこそ、敷居が下がったのではないかという手応えもありました。
私もそんなにカードゲームがあまり得意ではなくて、カードショップで対戦できる勇気もそんなにないのですが、私のようなタイプのプレイヤーでも、“オンラインロビー”の環境であれば、まずはドット絵のカジュアルなビジュアルに興味を持ってもらえて、ロビーに入ったら、「せっかく来たんだから1回は“TCGコネクト”で遊んでみようかな」と思ってもらえるかもしれない……。そんな感触は持てました。
――オンラインだからこそ気軽に参加できる可能性もあるかもしれないということですね。
福居あと、“オンラインロビー”では、観戦者として入ってチャットのやり取りやユーザーどうしのコミュニケーションも閲覧できるんです。対戦している人のテーブルを押すと観戦できるシステムもあるのですが、それもオフラインの大会ではなかなか覗き込んで見ることはできないですよね。大会の会場で対戦の様子を覗くよりかは、遥かにハードルが低いと思います(笑)。
――あと、現在バンダイさんが展開しているTCGの『バトルスピリッツ』や『デジモンカードゲーム』は、基本的にはオフラインで遊ぶものとして作られたと思うのですが、それを“TCGコネクト”に持っていったときの、再現が難しい部分はどのようにして解決しているのでしょうか? 素人考えだとプレイヤー間でゲームへの理解度に差がある場合や追加されたばかりの新カードを使っての対戦を行なった際などに、試合が止まってしまいそうに思うのですが……。
福居そこは、お互いにカードの効果を読み上げしてもらうなど、ユーザーどうしのコミュニケーションに頼らざるを得ない部分ではあります。ただ、TCG業界全体として、3月あたりからオンライン対戦は少しずつ始まっていたので、ユーザーさんのリテラシーが非常に高くて、オンラインでのプレイに適応してもらっていると感じています。あとは、『デジモンカードゲーム』にしても『バトルスピリッツ』にしても配信番組を放送していて、そこでオンラインサービスの遊びかたなどは、引き続き訴求していきたいと考えています。
――“オンラインロビー”は、2021年1月から正式サービス開始となりますが、基本はイベントごとの開催ですよね?
福居はい。“TCGコネクト”は常設で開いていて、TCGで遊びたいと思ったらアクセスしてもらえばすぐに使えます。一方“オンラインロビー”は、スタッフを常駐させる形式なこともあり、現状はイベント開催ごとに随時オープンさせていくことになります。
――“オンラインロビー”で、大会以外のイベントを開く予定などはありますか?
福居まずは、『バトルスピリッツ』と『デジモンカードゲーム』で、もっと人数を集めた大会を実施したいという想いが強いです。いま考えているのは、リアルのイベントでできたことを、“オンラインロビー”でも実現したいといことです。たとえばアンケートで要望が多かったイベント限定の物販とか、イベントに番組出演者が遊びに来る……みたいなことをオンライン上でもやりたいですね。
天野要望が多かったものといえば、フレンド機能は早めに追加していきたいですね。
福居さらには、初心者が入りやすい環境作りも考えています。先ほどお話した通り、“オンラインロビー”を介したスタッフとの対戦であれば、ハードルもかなり下がると思うので、そういったティーチングも検討しています。
あとは、ユーザーさんの中にも初心者に対して積極的にレクチャーしてくださる方がいて、とくに『バトルスピリッツ』では、そういった方を“バトルスキー”という公認プレイヤーに任命して活動していただいているのですが、同種の制度をオンライン上でも展開できればと思っています。“オンラインロビー”では、アバターの衣装なども付与できますので、公認プレイヤー用の衣装などをご用意すると、わかりやすいですし、安心して遊べますので。
天野僕は、デジタルツインと呼ばれる、リアルとオンラインをつなぎあわせる運営モデルは、コロナ禍が落ち着いていくにつれて必要になってくるのかなと思っています。金銭的だったり時間的な理由だったりで、リアルなイベントに行くのが難しい方でも、遠隔地からリアルイベントに同時参加できるようなやりかたを模索していきたいです。
福居“TCGコネクト”や“オンラインロビー”を企画にするにあたって、コロナが収束しても続けられるオンラインサービスじゃないと意味がないと考えていました。仮にコロナが収束して気兼ねなくイベントが開催できるとなったときも、“オンラインロビー”に行きたいと思っていただけるようなサービスを目指したいです。
――ところで、『デジモンカードゲーム』はそろそろ海外に進出するとうかがったのですが、“TCGコネクト”と“オンラインロビー”の海外展開の予定はありますか?
福居“TCGコネクト”のほうは、海外での展開を前向きに検討しています。ちなみに、『デジモンカードゲーム』は海外でもプレセールが行われていて、とくにアメリカやヨーロッパなどで好調です。“オンラインロビー”のほうは、まずは日本でやってみてから……という感じですね。
――“オンラインロビー”の海外展開は、スタッフの確保がたいへんそうですね。
福居そうですね。そこは、先ほどお話しした公認プレイヤーのような制度が軌道に乗って、それぞれの地域でイベントを開いてもらえるというところまで行ければいいかなと思っています。そこまでの規模になれば、“オンラインロビー”も常設できるのかなと考えています。
――わかりました。最後に、TCGファンに向けてメッセージをお願いします。
福居こういうコロナ禍にあって、新しいサービスに取り組んでいるのですが、ぜひ一度遊びに来ていただきたいです。「いまにTCGってこんなことをやっているんだ」と、見ていただくだけでも楽しんでいただける環境を作れたかなと思っているので、TCGプレイヤーの方はもちろん、“オンラインロビー”のドット絵を見て、ちょっと興味を持ったという方も、ご自身のアバターを作って会場をうろうろしてみてください。
天野福居さんとはカードバトルをイベントとしてより楽しんでもらえるような演出も入れていこうというお話をしています。カヤックとしては、そのあたりもお手伝いできればと思っていますので、ご期待ください。
福居“オンラインロビー”で音楽イベントを行って、アバターたちが踊るみたいなこともやりたいですね!