ファミ通グループの編集者がおすすめゲームをひたすら語る連載企画。今回のテーマは、バーテンダーアドベンチャー『VA-11 Hall-A ヴァルハラ』です。

【こういう人におすすめ】

  • けだるい大人の会話を楽しみたい
  • ディストピアでくり広げられる人間ドラマにぞくぞくしたい
  • 週末の夜にグラスを傾けながらゆっくりゲームをしたい

※本稿は週刊ファミ通2020年7月2日号(2020年6月18日発売)の特集“いまこそ絶対に遊ぶべき46のゲーム”をWeb用に調整し、加筆修正したものです。

ミス・ユースケのおすすめゲーム

『VA-11 Hall-A ヴァルハラ』

  • プラットフォーム:PS4、Switch(PSVita、Steam版もあり)
  • 発売日:2019年5月30日
  • 発売元:PLAYISM
  • 価格:パッケージ版3828円[税込]、ダウンロード版2200円[税込]
  • パッケージ版:あり
  • ダウンロード版:あり
  • 『VA-11 Hall-A ヴァルハラ』公式サイト

※データはSwitch版とPS4版のものです

『VA-11 Hall-A ヴァルハラ』1杯のカクテルで傷が癒えるわけではないが、お酒はただ寄り添ってくれる。【推しゲーレビュー】_06

「歳を取ることは不幸じゃない。やり遂げた証なの」
「誰かに警戒されるより、親身になって聞いてくれる人だと思ってもらいたい」
「私を幸せにしてくれないかな。ビールをくれればそれでいい」

 これらは、退廃的な雰囲気が魅力の『VA-11Hall-A ヴァルハラ』に登場する人物のセリフだ。深いような、たいした意味はないような、不思議な感覚がある。とくに3つ目がかっこいい。僕も言いたい。

 舞台は西暦207X年のグリッチシティ。市民の体内には監視用ナノマシンが注入され、司法組織“ホワイトナイト”が目を光らせている。貧富の差が激しく、犯罪は多発し、多くの人が将来を悲観しながらも辛うじて生きる腐敗した街。

 社会を構成するのは人間だけではない。自我を持って行動するアンドロイド“リリム”は一定の市民権を得ており、彼らとの恋愛もふつうに受け入れられている。最高級リリムのなかには、絶大な人気を誇る歌姫もいる。

 人間に目を向けると、機械での肉体強化や遺伝子改造は当たり前。人語を話して会社を経営する犬も登場する。ここまでサイバーパンクとディストピアという言葉が似合うゲームはなかなかない。

『VA-11 Hall-A ヴァルハラ』1杯のカクテルで傷が癒えるわけではないが、お酒はただ寄り添ってくれる。【推しゲーレビュー】_02
『VA-11 Hall-A ヴァルハラ』1杯のカクテルで傷が癒えるわけではないが、お酒はただ寄り添ってくれる。【推しゲーレビュー】_03

 そんな街の片隅でひっそりと営業するバー“VA-11 Hall-A(通称、ヴァルハラ)”のバーテンダー・ジルが、本作の主人公。客にカクテルを提供して会話に付き合うことで、物語は進行していく。

 客の話の多くは他愛のない内容だ(なかにはいきなり面倒なことを言い出す自尊心の塊もいるが)。取り留めのないおしゃべりの中で、ときおり確信めいたひと言が飛び出す。何となく言い当てられた気になり、流れるテキストから目が離せなくなってしまう。

 たとえば、明らかにニコ生主やYouTuberをイメージした客が来店したときのこと。「危ないことをするほど視聴者が増えていって、それは飛び切りのスリル」という旨のセリフからは、もう立ち止まれなくなった配信者の焦燥が感じられ、少し切なかった。

 会話を続けることで打ち解け、悩める若者に些細なアドバイスを送り、心に傷を負った相手にはそっとカクテルを差し出す。それで何かが癒えるわけではないが、お酒はただただ寄り添ってくれる。抱えた問題を解決できるかどうかは本人次第だ。

『VA-11 Hall-A ヴァルハラ』1杯のカクテルで傷が癒えるわけではないが、お酒はただ寄り添ってくれる。【推しゲーレビュー】_04

 ちなみに、207X年は大らかな時代なようで、トークネタには性的な暗喩も多い。ここはバー。多様な人生が少しだけ交錯する大人の社交場。ほどほどなら下品な話も受け入れよう。

 僕はお酒好きだが、あまりバーに行くほうではない。ただ、路地裏のバーにはヴァルハラのようであってほしいと、心のどこかで願っている。ときに深入りするが、相手を尊重する人間関係がそこにある。だから『VA-11Hall-A ヴァルハラ』に惹かれるのだと思う。

 PC(Steam)版のタイトルは『VA-11 Hall-A: Cyberpunk Bartender Action』。“バーテンダーアクション”とあるが、ジャンルとしてはビジュアルノベルに近い。大きな違いは、展開に影響を与えるのが選択肢ではなくカクテルという点だ。

 '90年代風のグラフィックやインターフェースと相まって、雰囲気は何とも言えずクール。カクテルを作る際にはレシピを参照でき、何度でもやり直せるので、それほど難しくはない。“スウィートな飲みもの”や“冷たいやつ”など、あいまいなオーダーを受けた場合でも、レシピの解説を読めばわりと何とかなる。常連客の好みを把握しておくのも有効だ。

『VA-11 Hall-A ヴァルハラ』1杯のカクテルで傷が癒えるわけではないが、お酒はただ寄り添ってくれる。【推しゲーレビュー】_05

 テーマとして重要なカクテル作りを簡略化しているのは、物語に没入しやすくするためだろう。諦めにも似た雰囲気が序盤から漂い、中盤ではグリッチシティの根幹を揺るがす大事件が発生する。

 本作がヒーローもの作品だったら、世界を変えようとジルたちが行動を起こすところだが、実際にはそんなことはない。深刻な事態はさておき、物語はジルの内面に集約されていく。彼女たちはあくまでもいち市民。目的があるとすれば、悔いのないように人生をまっとうすることではないだろうか。

 大事件は背景にあるだけ。直接的に巻き込まれでもしなければ、時間は淡々と流れ続ける。これはリアルでも同じだ。大きな力やスーパーヒーローに救済されることを願っても意味がない。最終的には自分の未来は自分で選ばなければならない。

『VA-11 Hall-A ヴァルハラ』1杯のカクテルで傷が癒えるわけではないが、お酒はただ寄り添ってくれる。【推しゲーレビュー】_01

 こういった前向きなメッセージが、未来に希望を持てないディストピア世界で描かれているからこそ、光はより強く感じられる。

 開発のSukeban Gamesはベネズエラ出身のデベロッパーだ。ゲーム内では、ジルが自宅で匿名掲示板を覗くシーンがたびたび登場する。掲示板の中では口々に絶望的な内容が語られており、それはベネズエラの現実そのものだという(2017年9月にファミ通.comに掲載された開発者インタビューより)。

 治安が悪く、情勢も不安定なベネズエラ。そんな国で作られたキャラクターの向こう側に、ベネズエラで必死に生きる人々の姿が見える。

 自分なりの考えかたと信念を持ち、きびしい状況に置かれながらも前を向いて生きていく。そういった繊細さと生命力を内面に秘めているからだろうか、僕はジルたちにどこか人間味を感じている。

『VA-11 Hall-A ヴァルハラ』1杯のカクテルで傷が癒えるわけではないが、お酒はただ寄り添ってくれる。【推しゲーレビュー】_07
掲示板には「結婚しろください」など、日本のネットスラング風書き込みも。

 ゲーマーはなぜゲームをするのか。理由は人それぞれだろうが、最終的には「ゲームを遊ぶと気分がいいから」に帰結すると思う。お酒も似たようなものだ。お酒はおいしい。おいしいから、飲むと気分がいい。気分がいいから、僕は今日もグラスを傾ける。もしかしたらなくてもいいものかもしれない。だが、あると少しだけ人生が華やぐ。

 ヴァルハラの営業開始前、ジルは「一日を変え、一生を変えるカクテルを!」とつぶやく。この『VA-11Hall-A ヴァルハラ』が、あなたにとってのカクテルとなってくれたら、これに勝る幸せはない。

『VA-11 HALL-A ヴァルハラ』(Switch)の購入はこちら (Amazon.co.jp) 『VA-11 HALL-A ヴァルハラ』(PS4)の購入はこちら (Amazon.co.jp)