『風ノ旅ビト』、『Sky 星を紡ぐ子どもたち』(以下、『Sky』)など、美しいグラフィックやプレイヤーの感情を揺さぶる体験を提供し続けることで、世界中にファンを持つゲームスタジオ“thatgamecompany”。同社の設立者兼クリエイティブディレクターを務めるのが、ジェノヴァ・チェン氏だ。ファミ通.comでは、ジェノヴァ・チェン氏が東京ゲームショウ2019のタイミングで来日していた折にインタビュー取材を実施。作品を作るうえで大切にしていることや、今後の展開について伺った。

ジェノヴァ・チェン

thatgamecompany”設立者兼クリエイティブディレクター(文中はチェン)

――まず、“thatgamecompany”を設立した経緯から教えてください。

チェン“thatgamecompany”を設立する前は、アニメーションの制作をしたくて、大学院でシネマティックアートを専攻していたのですが、学費を払うために奨学金を探していたところゲーム関係の制度を見つけました。その制度の申請要件が“メインストリームとは違ったゲームを作る”だったので、敵が登場せず、ポイントも存在しない『Cloud』というゲームを制作したところ、60万ものダウンロードがあったんです。

 当時(2006年ごろ)は、現在のようにPC用ゲームの配信プラットフォームが整っておらず、Zipファイルをダウンロードするという時代だったのにも関わらず、それだけもの人に遊んでいただいて。しかも、プレイしてくださった世界中の方々から、「感動した」、「泣いた」というようなメッセージが届いて、「癒しやリラックスというものがゲームになり得るんだ」と感じました。その体験がすごく衝撃的で「これは運命に違いない」と会社の設立を決意しました。

※チェン氏が学生時代に制作した『Cloud』のトレーラーはこちら

――会社を設立してから、これまでを振り返ってみていかがですか?

チェン数々の苦難がありましたが、その中でも私たちが作っているタイトルは、誰も見たことがないようなゲームなので、まずパブリッシャーやチームメンバーに「〇〇のようなゲームを作りたい」とイメージの共有ができず、すべて手探りで答えを探し続ければいけないのが、とてもたいへんです。13年間やってきましたが、それぞれのプロジェクトで異なる形の壁を越えないといけなかったので、すごく苦しいときもありました。

 でも、そんなときに力になったのは、プレイヤーの皆さんです。『Flowery』のときも、『風ノ旅ビト』のときも、『Sky』のときも、ものすごくたくさんのポジティブなメッセージをいただきました。先ほども少しお話しましたが、私たちの会社はプレイヤーの皆さんがいたからこそ設立された会社ですが、ここまで続けて来られたのも皆さんのおかげだと思っています。そういう意味で、プレイヤーの皆さんにはとにかく感謝の気持ちしかないです。

――とくにたいへんだったのはどんなときですか?

チェンあらゆる苦労をしてきたと思うのでいくつか挙げると、あるとき負債が20万ドルを超えて、社員のリストラを進めなくければいけなかったり、給与の支払いが何ヵ月も滞ったりという中で、お金をかき集めていくのは本当に辛かったです。もうひとつは、新作を制作中は楽しみに待ってくださっている方の期待を裏切ってしまわないかといつも不安になります。そういうときに、ひとつも作品をリリースしていない、新進気鋭の開発者がうらやましくなることがありますね。そのほかにも、プロジェクトの進捗がうまくいっていないときは、どうしても現場の雰囲気が悪くなってしまうので、それをまとめるのはたいへんです。

 あと一時期、私に癌の疑いがありまして……。けっきょく癌ではなく、いま思えばすごくインスピレーションを得られた経験だったのですが、そのときは本当に死の危険を感じて怖かったです。

――すばらしい作品の裏にはそんな苦労があったんですね……。では、逆にいい思い出でとくに印象深い出来事を教えてください。GDC2013では、『風ノ旅ビト』のプレイヤーからのメールについて話されていましたが。

※GDC2013 ジェノヴァ・チェン氏のセッションリポートはこちら

チェンいろいろありますが、北京の友人宅に居たときに、ふたりのゲームメディアの編集者から届いた、「『風ノ旅ビト』がゲームオブザイヤーを獲りましたよ。おめでとう!」というメールを見たときのことは、いまでも忘れられないです。しかも、そのふたりとは面識もなかったですし、仕事としてではなく個人的に受賞したことを伝えたくてメールしてくれたようで、文章からもうれしそうなテンションが伝わってきました。それと同時に自分とは何の関わりのない人たちが遊んで、感動して、投票してくれたんだなと思うと、世界中の人たちからのすさまじい量の愛を感じました。あの感覚は人を変えるほどの体験だったと思います。だからこそ、私は『Sky』を作ることにしたんです。

――愛が溢れていますね。

チェンそれともうひとつ。こちらは『Sky』の配信を開始した後に公式お問い合わせから届いたハワイ在住の67歳のご婦人からのメールです。内容は、「私は、『マリオ』も『ソニック』も遊んだことがなく、自分をゲーマーだと思ったことはありません。ただ、この『Sky』というゲームを遊んで、友だちができて、ゲームの最後に私たちはいっしょに泣きました。そこには愛があって、こんな歳になった私の中に愛がまだ残っていたなんて知らなったわ。このゲームがそれを教えてくれたのよ」というものでした。

――すごく感動的なエピソードですね。いままで語っていただいたように“thatgamecompany”の作品の共通点として、プレイヤーの心を動かしたり、感動させたりというような特徴がありますが、どういったところから発想されているのでしょうか?

チェン人間はだいたい10歳~14歳のころに感情をつかさどる部分が成長していていくと思っています。私もその時期に多くの作品を見て「どうしてこういう風になっているんだろう?」、「誰が作ったんだろう?」とずっと考えていました。そして、あるときに中国のRPGで自分が好意を寄せている女性が死んでしまうシーンを見て、私は内省的になり、「自分はどういう人間になりたいのか?」ということを強く考えました。さらに、そこから「人生をよりよくするものを作りたい」思うようになり、アーティストを目指すことにしたんです。

――では、作品を作るうえでいちばん大切にしているものというのは、“人の成長をよりよくするもの”ということですね。

チェンそうですね。演劇用語で“カタルシス”という言葉がありますが、もともとは古代ギリシャで医療用語として生まれました。毒物を体に取り込んでしまった人の胃を洗浄するために大量の水を飲んで胃を空っぽにするということを表現していたのですが、そこから転じて、自分を空っぽにすることから得られるヒーリング効果みたいな概念がカタルシスと呼ばれるようになったんです。そして、私がゲームを作るときにつねに追い求めているのは、まさにカタルシスであり、その経験したプレイヤーが「なぜ、私はこうしているんだろう?」と自問するところから、成長やよりよい人生に繋がっていくと考えています。

――なるほど。カタルシスが“thatgamecompany”作品の根幹にあるのですね。では、ここからはゲームの中身について伺いたいと思います。これまで手掛けられた作品の舞台は、『flOw』の深海、『Flowery』の草原や街、『風ノ旅ビト』の砂漠、『Sky』の空というように、どんどんと規模が大きくなっていますが、これは意識されているのでしょうか?

チェンじつは、当初『Sky』は現代社会っぽい設定で作ろうかと考えていました。ただ、ロマンティックなものを作りたい私にとって、現実世界は意外と灰色なので合わないと感じて、これまでに手掛けた『Flowery』や『風ノ旅ビト』の経験を活かせる、ファンタジーの世界に舞台を変えることにしたんです。そして、公園やテーマパークのように何度来ても楽しめる場所を用意することを目指しました。ですので、『Sky』では、草原や砂漠以外にも、不思議な雰囲気だったり、ムーディーな感じだったり、不気味さだったり、さまざまな要素を取り入れたので、これまで作ってきたものの集大成のような作品になっていると思います。

flOw
Flowery
風ノ旅ビト
Sky 星を紡ぐ子どもたち

――確かに『Sky』は、空が舞台でありながらも、さまざまなシチュエーションが登場しますね。では、『風ノ旅ビト』のまでの作品は、言葉を極力廃したゲームデザインになっていましたが、『Sky』では、チャットやほかのプレイヤーにメッセージを残せる機能が実装されています。こちらにはどのような意図があるのでしょうか?

チェン我々がゲームデザインを決断するときは、どのプラットフォームで発売(配信)するのかというところから決めることが多いです。じつは『風ノ旅ビト』でも、ボイスチャットの実装を検討したのですが、いっしょに冒険している相手がどんな人物なのかがわかってしまうということが課題になりました。というのも、私自身が過去にMMORPGで辛い経験をしたことがありまして……。

 その経験から、せっかく仮想空間という魔法の世界に来ているので、年齢、性別、職業、肌の色、階級などにとらわれず、人と人として交流をしてほしいと考えて、どのような人物なのかがわかってしまうボイスチャットの実装は見送ったんです。当時はコントローラでテキストを打つことも難しかったので、テキストチャットもなくしました。ただ、ゲームを通して信頼関係を築けた後なら、どんな人物なのかわかってもいいかなと思ったので、いっしょに旅をしたプレイヤーのIDがクリアー時に表示される仕組みになっています。

 そして、『Sky』はモバイル端末でプレイするため、簡単にテキストの入力が行えますが、チャットはゲームを進めて友情を育んだのちにはじめて開放される機能にしました。また、チャット機能を開放するかについてもプレイヤーが自由に選択できます。チャットを開放しなくても、ジェスチャーで感情を表現したり、メッセージを残したり、ほかのプレイヤーとコミュニケーションを取れるので、あえてチャットを開放しないというのも楽しみかたのひとつだと思います。

――なるほど。ということは、『Sky』が“thatgamecompany”にとって初の運営型タイトルなったのも、モバイルゲームだったからという理由ですか?

チェンそうですね。もし、モバイルゲームではなかったとしたら、売り切りのゲームにしていたと思います。今回、モバイルゲームを選んだのは、“ゲームで感情を揺さぶることができる”ということをもっと多くの人に知ってもらいたいという思いがあるからです。

 これまで私たちはコンシューマーハードで売り切りのゲームを制作してきましたが、そうするとどうしても遊んでもらえる層が限られてしまいます。より多くの人に遊んでもらえるようにモバイルゲームを選んだので、F2P(※フリー・トゥ・プレイの略。基本プレイ無料のゲームのこと)の運営型タイトルにするのは必然だったと思います。これまで、売り切りのゲームしか作ってこなかったので、プレイヤーの反応を受けてゲームの調整をしていくというのは、すごく新鮮でいい経験でした。

――“thatgamecompany”の今後の展開について教えていただけますか?

チェン今後は『Sky』のアップデートに注力していきます。間もなく始まる新シーズンでは(※本インタビューは9月上旬に実施したもので、新シーズンは配信済み)、より快適に遊べるようにするための機能を追加しています。要望が多かったコントローラでのプレイにも対応しましたし、おんぶを始めとするフレンドシップ機能も追加しています。そのほかにも、アプリの配信開始までには実装し切れなかったアイデアが山ほどあるので、今後のアップデートも楽しみにしていてください。

――期待しています。そろそろインタビュー終了の時間が迫っているのですが、最後の質問の前に好きなゲームを教えてください。

チェン好きなゲームは『ダークソウル』シリーズですね。表面上は似ても似つかないかもしれないですが、じつは我々の作品と似ているところがあるんですよ。世界に圧倒される感覚や、途中参加/退出が可能なプレイヤーどうしの交流のシステムなどは、共通していると思います。もうひとつは『NieR:Automata(ニーア オートマタ)』です。ネタバレになるので詳細は伏せますが、とあるエンディングのアイデアが私たちの考えていたものと似ていて、先にやられてしまったのが悔しかったです。

――最後に日本のファンにメッセージをお願いします。

チェンじつは『Sky』のプレイヤー数は日本の方が最大のグループのひとつなんです。本当に多くの方にプレイしていただいてうれしく思っています。中国で生まれ、アメリカで育った私にとって、日本のことはまだまだわからない部分も多いです。ですので、皆さんからのフィードバックを聞いて、国際的なコミュニティにしていきたいと思っています。これからも、いっしょに『Sky』の世界を作っていきましょう。

※『Sky 星を紡ぐ子どもたち』iOSダウンロードページ(先行リリース中)
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※『Sky 星を紡ぐ子どもたち』公式日本語Twitterアカウント(@thatskygameJP)
※『Sky 星を紡ぐ子どもたち』公式ページ(英語)