先週サンフランシスコで行われた、White Owlsのパズルプラットフォームアクション『The MISSING - J.J.マクフィールドと追憶島 -』の開発についての講演を紹介。

 「この作品は、すべての人々が自分自身であることを否定しなくても良いという信念のもとに作られています」

 そんな意味深なメッセージから始まるWhite Owlsのパズルプラットフォームアクション『The MISSING - J.J.マクフィールドと追憶島 -』は、非常にセンシティブなテーマを扱った、誤解される危険性を多分にはらんだ作品だ。

 綺麗な女の子JJの手足が取れたり絶叫しながら炎上したりする、身体破壊を利用してパズルを解くという基本コンセプトだけでも引っかかる人はいるだろうし、それが主人公JJが持つある“秘密”と組み合わさることで本作の本来のメッセージと真逆の解釈をされたり、さらにそのメッセージの深い部分が伝わらなかったりして、二重にも三重にも炎上したり誤解される可能性があった。

 記者は本作のプレス向けデモを先行して遊んだだけでなく、本作のアドバイザーの何人かを知人に持つが、自分も彼らも一度はこの作品を大なり小なり誤解し、理解してなお、この作品がどう受け止められるのかを心配していたのを思い出す。

 しかし、本作のディレクターのSWERY氏はそういった声に「大丈夫です、きっとわかってくれます」と答えてきた。先週サンフランシスコで行われたゲーム開発者向けイベントGDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス)での講演で、その確信の裏にあった理由が明かされた。

最終日終盤のコマという、人が疲れて帰りがちな時間帯ながら、会場はほぼ満員だった。

 さて、ここから先の話は、本作の物語に隠されたいくつかの秘密のネタバレ抜きに進めることができない。というわけで、以降はできれば作品を遊んでから読むのをオススメしたい。

二層構造の苦痛と再生の物語

 まずSWERY氏は、本作の物語を前半と後半の二部構成に分けてみせる。前半部は主人公JJが突然消えた友人のエミリーを探していく話で、そこにあるはずのない思い出の時計台にたどり着いた所からが後半パート。プレイヤーはこの世界が現実ではなく、臨死体験中のJJが見る幻影であることを察するようになる。

 つまり、『The MISSING - J.J.マクフィールドと追憶島 -』とは親友を探す物語ではなく、自分自身の苦痛と再生の物語であり、その中で何度も傷つては蘇るJJの不死の肉体は、臨死体験中のJJの心の痛みの反映なのだ。

 このように本作は、ゲームプレイにおける痛み(パズルを解くための自己欠損によるもの)が、バックグラウンドストーリーとして仕込まれた痛み(JJの心の痛み)の一種の比喩のように連動している形になっている。

 こうした構造を取り、プレイヤーがJJと一体になって進んでいくうちに、JJの心に抱えた辛さがプレイヤーに共有され、彼女の苦痛と救済の物語が伝わるだろう、というのがその狙いだ。

 SWERY氏は「ゲームのストーリーはゲームプレイ体験と強く結びついているほど、プレイヤーに与える感動は大きいのではないか」という仮説をもとにゲームを組み立てていったという。

 実際の作業の流れとしては、(自身のストーリーの評価に比してゲームデザインの評価がそれほど高くなく)今回はゲームデザインで勝負したかったということもあって、ゲームシステムから先に構築し、後からメインストーリーを執筆するというスタイルになっている。

 JJのキャラクターの設計も、実現したいゲームシステム(自己破壊と再生)やプレイヤーに与えたい感情(苦痛と救済)を発端にスタートしている。

 こういったテーマにフィットすると骨子として“大事なものを探している内に深い闇の中でさまようことになる”という設定が導かれ、今度はそれに沿ったキャラクターとして“等身大の若者”という設定が決定。そしてそれをシステムにフィードバックさせ、再生時の痛そうな様子とか移動速度などが導かれていく。

 またストーリーは現在(メイン部分)・過去(サブテキスト)・未来(終盤部分)という3つの構成になっているのだが、それをストーリー進行のためにメインのゲームプレイを中断させないような作りで実現しているというのがユニーク。

 特にSWERY氏が本作での“発明”のひとつとして語っていた、JJが持つスマートフォンのメッセンジャーアプリによる“過去”パートは、個人的にもプレイ時に面白いと感じた演出だ。

 これは、ゲームを進めるとメッセンジャーの過去ログが発掘されていき、それによって過去に何があったのか察せられていくというもの。JJはゲームのスタート時点ですでに決定的な秘密(問題)を抱えているわけだが、そこに至った過程をプレイヤーが後から間接的に追っていくことができる。

 メッセンジャーアプリという形式にすることで、時に一方的なやり取りになったり、あるいは後から発言の真意がわかったりするような、個人的でもあり表層的でもあり、リアルタイムでもあり非リアルタイムでもあるという、複雑な語り口が生まれていると思う。

 ちなみに大学生世代のやり取りとして共感できるものにするため、セカンドライターとして大学院生を雇っていたそう。

共感を目指した設計

 なぜこういったやり方を模索するかと言えば、JJの物語が他人事ではない自分に通じるものとしてプレイヤーに理解されるかが大事だからだ。あえて悪い言い方をすれば「ああ“そっち系”の話なのね」と片付けられてしまうのであれば、それは本当にこの物語が伝わったとは言いがたいだろう。

 本作は性的なマイノリティが抱える困難をテーマのひとつとして持ってはいるのだが、“LGBTQ向け”とか啓蒙用のゲームというわけではなく、そこに込められたテーマはあらゆる人がもちうる普遍的なアイデンティティの問題だ。

 JJの痛みと救済の過程をプレイヤー自身が抱える何らかのアイデンティティの問題に置き換え、可能であればそこから何らかの救いを得られるか? そういった高い共感やシンクロを目指すための模索なのである。

 実際、JJのそういった設定は最初から決まっていたものではなく、“性別や言語や思想といったものを超えて共感を得られる可能性があるキャラクター”の模索の中で出てきたものだ。

 マイノリティとして生きることを苦にするキャラクターが、なぜそうなりうるのか? ここには「誰もがマジョリティでありマイノリティである」というSWERY氏の考えによる逆転の発想が込められている。

 つまり、誰もがマイノリティとしての側面を持つからこそ、プレイを通じて彼女の二重の痛みを経験していく間に自分の中と共通するものを見出しうるというワケだ。

キャラクターの属性と個性を混同するな

 一方でSWERY氏は「LGBTQや性別といったステータスはキャラクターの個性ではない」とも語る。それは日本人やアメリカ人といった属性のひとつの形でしかなく、そのキャラクターの性格や人生や思想など、唯一無二の部分の方こそが描かれないと魅力が出ないというのがその考えだ。

 これまでなんとなくアリかナシか判断していた事が本作の開発を通じてようやく明文化できたとのことで、単に性的マイノリティどうこうに留まらず、安直で平板なキャラクター像を回避するのに有用だと語っていた。

 そのキャラクターの個性の構成の点では、以下の7項目を考えて構築していく方法を取っているという。

1.これまでの人生
2.趣味嗜好・技能
3.興味の対象と熟練度
4.両親や友人とか近親者の家族環境
5.近親者からの客観的評価
6.表面的な知人と彼らからの評価
7.本人の自己評価

 本作では特に5と6を重視しているそうで、メッセンジャーアプリでの会話のバリエーションなどにもそれを見て取ることができる。また7番を含めることで、JJが母親から期待される像と自分がこうありたいと思う像のズレから起きる摩擦(本作の根底にある問題であり、誰でも持ちうる)も、ここにすでに簡潔に表現されるのがわかる。

 なおエミリー以外のキャラクターはほぼメッセンジャーアプリでしか登場しないのだが、こうして作ったキャラクター像に沿って行動させたり発言させ、ゲームのための“役割”によって会話させるようなことは避けているそう。

最後につけられたメッセージ

 このように、センシティブなテーマを(少々トリッキーながら)念入りに練られたロジックで構築していた『The MISSING - J.J.マクフィールドと追憶島 -』。もちろん万人に通用するものではないだろうが、なぜSWERY氏に確信に近いものがあったのかの一端をうかがうことができた。

 さて冒頭で紹介した「この作品は、すべての人々が自分自身であることを否定しなくても良いという信念のもとに作られています」というメッセージ、実は開発の終盤になってアドバイザーの助言によって付けられたものだという。

 思い切ってオープニングで提示して「この作品はなにか違うな」と思わせることで、表面的な部分から誤解した結論(女性に対して嗜虐的であるとか、あるいは性的マイノリティの自殺を変なゲームのギミックのためのツールとして扱っているとか)に飛びつくのを食い止めるのに役立っていると思う。まさに画竜点睛である。