PC本体やゲーム機を持ち込んで3日間遊び倒すイベント“C4 LAN”。本イベントのベースは15年ほど前に始めたesports事業らしい。プロデューサーと主催企業の社長に開催意図や経緯を聞いたら、目から鱗が落ちました。

 ゲーマーを虜にする“C4 LAN”というイベントがある。

 50時間以上ぶっ続けで実施され、会期中はひたすらゲームを遊ぶ。まさに夢のような時間を過ごせるのだ。

 直近では“C4 LAN 2018 WINTER”が2018年12月7日~9日に開催され、大盛況のうちに終了した。

会場のベルサール高田馬場は、そこらの体育館より広いイベントホール。ゲーム機やPCがずらりと並ぶ様子は圧巻。

 C4 LANの特徴は以下のとおり。

ゲームを遊びまくる3日間
会期中は昼夜を問わずゲームするのがC4 LANだ。ゲームのイベントというと、トークショーや試合などのステージを観覧するタイプが一般的。一方、C4 LANの目的は“ゲームを遊ぶこと”。参加者全員が主役である。

ゲーム機を持ち込む
C4 LANは“LANパーティー”と呼ばれるジャンルのイベントだ。基本は席の利用権を購入したうえでのBYOC(※)スタイル。もくもくとプレイする人もいれば、何人かでわいわい遊ぶ人もいる。

※BYOC:Bring Your Own Computerの略。参加者がPC本体やゲーム機を持ち込むスタイルのこと。

主催のニチカレは製造&物流関連の会社
述べ人数で1200人以上が参加する大型のゲームイベントだが、主催のニチカレはゲーム会社ではない。エンタメ業界から程遠いイメージすらあるお堅い会社である。

 僕、ミス・ユースケはC4 LANの雰囲気が好きで、よく参加させてもらっている。イベントの雰囲気は前回取材した記事を読んでほしい。

 C4 LANの規模は徐々に大きくなっている。協賛する企業も少なくない。ゲーム業界以外の会社がわざわざ主催するということは、よほど景気がいいということなのだろうか。

 主催者に素朴な疑問をぶつけてみた。

【Q.】儲かってますか?
【A.】いいえ、まったく。

 どういうことだ。じゃあ、何で続けてるんだ。プロデューサーと主催会社の社長に話をうかがった。

 インタビューは2時間30分ほどかけて実施。ひたすら長いので、簡単な索引を用意しておきます。

【P1】C4 LANは最強の総務部門が作るイベントだった

【P2】Red Bull 5GとDeToNator江尻氏との出会いが変化のきっかけ

【P3】ついに開いた“ゲーミング悟り”

【P4】ライフワークは“全国のゲーマーに会いに行くこと”

【P5】ゲーマーのコミュニティはマッドマックスのようなもの

【P6】LANパーティー運営の腕前が向上中。つぎのテーマは“健康”

【P7】1000席を超えるとばかになる。C4 LAN進化の方向性とは?

田原尚展(たはらなおのぶ)

C4 LAN総合プロデューサー。10年以上前に海外に渡り、PC用FPS『Quake』などでプロゲーマーとして活動していた経歴を持つ。文中では田原。

小林泰平(こばやしたいへい)

ニチカレ株式会社 代表取締役社長。ニチカレは滋賀県に本社を構える企業。おもな事業は業務請負(アウトソーシング)、物流、IT関連。小林社長自身もゲーマーで、『Team Fortress 2』や『機動戦士ガンダムオンライン』などを好む。文中では小林。

C4 LANの母体は2004年に始まったesports関連事業“CyAC”

――ゲーム会社ではないニチカレがなぜC4 LANを主催しているのでしょうか。「儲かるから」だったら腑に落ちるんですけど、そうじゃないんですよね。

田原ええ。ぶっちゃけ言うと赤字です。みなさんは疑問でしょうね。何でやってんの? って。

――開催意図をイチから整理してお聞きしたいのですが。

小林最初は“CyAC(サイアック)”なんですよ。

 ニチカレ自体はもともと製造業関連の会社です。15年くらい前かな、中国との関係性が変わって、製造業が打撃を受けるなんて言われて、危機意識があったんですね。で、新しい事業が必要になるじゃないですか。

 世間的にIT事業が伸びている時期だったので、何ができるか、どうやって利益を上げるか、調査をしているうちに、ゲームだなと。それが“esports”だったんです。

 CyAC名義で大会を開いたりしていたので、イベント会社だと思われがちなんですけど、CyACはシステムの名前なんですよ。

田原“CyAC.com”というトーナメントのプラットフォームですね。

小林CyACを流行らせるために、バージョンアップしながら、イベントをくり返しやってました。東京ゲームショウに出展したりして。ところが、これが全然うまくいかない。

――15年近く前に始めて、調子が悪いながらも続いたわけですよね。どういう理由があったんですか?

小林BtoC(※)だからですかね。偉そうなことを言うわけじゃないですけど、いろんなBtoB事業をやっていたので、BtoB(※)については勘所がわかるんですね。これは変えたほうがいいなとか、こうやったら利益が出るな、とか。

 だからですかね、BtoCをやりたかった。一般のエンドユーザーに向けたものを作りたかった。最初は飲食店をやろうとも思ってたんですよ。

※BtoC:Business to Consumerの略。一般ユーザーを対象にしたビジネスのこと。

※BtoB:Business to Businessの略。企業を対象にしたビジネスのこと。

田原へぇー!

小林飲食店の案もあったし、オンラインの八百屋をやろうともしましたし。

田原いま野菜の通販みたいなの多いですよね。

――そっか、もともと流通も強いから。

小林そうですそうです。BtoCをやろうとしている中で、CyACが残ったんです。ある程度は利益が見込めるかなと。

田原多少なりともCyACの売り上げが立っていたのは、いろんなイベントの制作の下請けや補助をやっていたから、でしたっけ。

小林そう。それでも厳しかったけど。最初は現場を人に任せて、僕は上に立つかたちでした。なかなかうまくいかなくて(スタッフが)どんどん辞めていったりもしましたね。

田原赤字事業はつらいですからね。

小林優秀な子も辞めちゃって。決裁権があるような主要スタッフが居なくなったんです。個々の技術を持った人はいたんですけど。さすがに人手が足りないから「じゃあ、おれもやるわ」となって。

ニチカレ公式サイトの会社沿革ページには、2004年5月1日に“コンピューター開発部開設”とある。これがCyACだ。

小林いまはC4が忙しくなってきたこともあって、CyACのサービス自体は終了しました。

――大会プラットフォームからスタートして、いまはゲームを軸に方向転換したと。

小林大きな流れで言えばCyACがC4に成ったイメージです。CyACのユーザーも来てくれますし、やっぱりCyACをやっていたことが大きかった。

 BtoCをやりたい。“角度”の高いものを。BtoCの経験がなかったから、ハードルの高いものをやりたいんですね。

田原確実性の高さじゃなくて、角度なんですね。難しくてチャレンジングなことがしたい。いやー、びっくりした。C4の確度が高いのかと思った。それを見切ってるのか、すごいなと(笑)。

――そこからどういう流れでLANパーティーを開くことになったのでしょうか。

田原C4 LANは日本でLANパーティーをやろうとして始めたプロジェクトじゃないんです。初回は“C4”って名前でした。

 ゲーマーのコミュニティに向けたBtoC事業をやろうと、議論していく中で誕生した感じです。何かしらのオンラインサービスになる可能性もありましたし、ステージをたくさん用意して企業さんに買ってもらうみたいなアイデアもありましたね。

C4 LANのステージではコミュニティーやスポンサー企業主催の企画が実施される。

田原コミュニティには種類があって、タイトル単位でまとまっていることもあれば、友だち同士のマイクロコミュニティもあります。要素を分解していくと、コミュニティの最小単位は一個人のゲーマーですよね。

 ゲーマー個人からお金をいただく事業を始めましょうとなったとき、ぐるっと一周回って「その個人が集まるのがLANパーティーなんだ」と気付いて、BYOCのアイデアを加えて生まれたのが初回の“C4”。この形式をいったんフォーマットにして、“C4”というプロジェクトの中のLANパーティーとして2回目から“C4 LAN”になったんです。

 コミュニティといっしょにビジネスをするのがC4プロジェクトの根幹。今後、C4ブランドの別サービスが出てくる可能性もあるでしょうね。発露のひとつがC4 LANなので。

小林たとえば、コミュニティイベントにノウハウや機材を貸し出すサービスもやってます。お金はまだ取ってないですけど。そういう支援活動もC4プロジェクトの一貫です。

C4 LANは最強の総務部門が作るイベントだった

――オンラインサービスからオフラインイベントに舵を切った理由を教えてください。

田原業務オペレーションの整備が得意だから、というのはありますね。ニチカレは製造業に関連する会社なので、そこをがちがちにやるんです。イベントかどうかは関係なく、製造業務と同じように、オペレーションを事前に整備してやらないといけない。やらないといけないってのも変な表現ですかね。やるのが当たり前。

小林マニュアル制作、シフト組み、残業時間の管理……。こういうのは最初から全部設計するんです。シフト組み担当がひとりいて、それを総務側でもチェックして。

田原ニチカレのおもな業務の特性もあると思うんですけど、労働基準法を順守しようという意識が強いんです。

小林社労士さんにお願いして、アルバイトとボランティアの契約書も作ってます。

――土台の部分がすごいですね。基礎工事だ。

田原極端な話、LANパーティーにステージイベントはなくてもいいんです。C4 LANにはありますけど、QuakeCon(※)にはないですね。ステージがないとすると、ほとんど総務マターなんですよ。

※QuakeCon:アメリカ最大級のLANパーティー。もともとはFPS『Quake』シリーズのファンが集まるイベントで、いまは5000台近いPCが持ち込まれる一大イベントになっている。

――総務部が運営するゲームイベント。初めて聞く言葉です。

田原きらびやかなステージを作って興行するスキルより、大事なのは物流管理。たとえばパソコンが300台とか送られてくるので、これをどう捌くんだって話で。

小林機材の管理に物流に。いわゆるロジスティクスの部分が大きいですね。

田原新しいことをやってるので、法務との連携も大事ですね。会社で言うと管理部門側に関わることがあまりにも多い。警備と清掃もそうかな。それの集合体がLANパーティーです。

 僕がニチカレとならやれると思った理由がそこなんです。総務部門がすごく強い。いろんな事業を小林さんがやられてますからね。物流も倉庫もある。倉庫がない会社にはLANパーティーは難しいですよ。

――倉庫! たしかに。それを考えなくていのは楽ですね。

田原そうなんです。フォークリフトも小林さんが操縦しちゃうし。

小林まあまあまあ、最初はね。いまはやってないですよ。

田原ふつうの会社じゃなかなかできないですよ。社長とか総務の人間がフォークリフトをガンガン乗り回して物資を管理する(笑)。

 物流がほんと難しい。配送会社さんの都合も含めて、読めないところがあるんですよね。その辺りが極まってきたなと、今回の開催で感じました。

 ただ、その中で問題も見えてきました。 いまやってるものの完成度は上がってきたけれども、我々の事業としての課題はどうか。お金の問題もあるわけですよ。慈善団体じゃなくて企業なので、利益を上げるにはどうすればいいか。

前日設営の様子。ボランティアスタッフの力も借りて、大量の機材をさばいていく。

――浅草橋で開催したときは「黒字です」と聞いたと思いますが。

田原あのときは黒字だって自慢してましたよね(笑)。あの規模で黒字にできるビジネスモデルであるということはよくわかったんです。

 ただ、これがいまの規模になると別の話。やっぱり地代がすごく増えてますからね。

――単純な広さとして、何倍かになってますよね。

田原浅草橋は400~500平米くらい。今回はホールだけで2800平米かな。全体で3100とか。広さは6倍くらいですけど、費用感はそれどころじゃなくて。

小林場所代がいちばんたいへんですね。各会場さんにもご協力をいただいていますが、24時間(どころか50時間以上)通しなので、いろいろと延長料金がかかってしまって。

田原会場費以外ですと、会場やステージの制作費と運営コスト。この辺はかなり抑えられていると思います。改めて全体の費用感を確認しましたけど、ふつうのイベント会社さんはびっくりするでしょうね。

 C4 LANは主催のニチカレとC4 LAN実行委員会というふたつの組織で動いていて、できる限り業務を内制するようにしています。中間マージンをカットしているから安いというのはありますね。制作会社さんたちにも知恵を絞っていただいていて、みなさんのご協力で大幅なコストカットが図れているというのが現状です。

小林そうですねえ。全部外注にして制作をやったらたいへんです。黒字化が果てしなく遠い規模でコストがかかると思います。ほんとにみなさんのおかげ。

田原根本的な会場内要素の見直しも毎回やっています。極端な話で言うと、“ステージをなくす”とか。とはいえ、ステージは費用に対してすごくすばらしいものをご提案していただいていて、自分も改めて驚いています。

小林そのレベルで検討や議論を行って、ギリギリまで最適化できないか、各社さんと丁々発止していますよ。

――僕らは各社の企業努力によって、C4 LANを楽しめているわけですね。感謝しかない。

田原ふつうにやってたら今後も地代は増えていきますからね。その辺は永遠の課題です。

小林もっと大きくしたい気持ちはありますし、ネットワークとかインフラ周りはもっとお金をかけたいと思ってます。

田原いまの価格帯の会場でやっている以上は、ここでの黒字化は難しいだろうな、と。赤字を減らすようには努めていますけど、リクープはつぎの展開で狙うべきところであって、まだまだ検証と実験。あとは宣伝という意味で投資をしている段階です。(黒字化できるとしたら)2020年以降。

――総合的に見て、うまくいっているとは感じますか?

田原いいところも悪いところも見えてきて、いまのところはうまくいってるんじゃないでしょうか。楽ではないですけどね。

小林順調にレールに乗ってます。むしろ早いくらい。想定では(ベルサール高田馬場を使い始めて)4回目くらいにいまの規模になるイメージでした。

――ベルサール高田馬場での初開催が2018年春で、今回が2回目。つぎのつぎですか。

田原(2017年冬に)東京流通センターでやったときはそんなに埋まらなくて、動員も少なかったんですね。ここで成長が1回ゆるやかになった。2019年の冬くらいにベルサール高田馬場が埋まるくらいのペースがいいねなんて言ってたら、1発目から埋まっちゃった。

小林びっくりしましたよ。今回は25分で(チケットが)完売。まいったまいった。想定以上にでかくなっちゃった。